エピローグ 『アイリス・パナージュ・レポート』


 ―――政権の移行は、驚くほど順調に行われた。元々、シーヴァ王子が王位を継ぐ予定であり、ハント大佐がそれを拒まなかったことが大きな要因と言える。ラーフマが準備していたシステムを、そのまま使うことが出来た。


 『アズー・ラーフマ』が入る予定であった地位に、『ハーディ・ハント大佐』が入ればよかったのだ。ハント大佐が、今後はシーヴァ王子の宰相として、この国の実権を握ることとなる。


 ……この『順調さ』は、皮肉なことにラーフマの政治的手腕が確かに有能であったことを反映させるものだ。


 王族でもなく、しょせんは追放された下級の『呪禁者』に過ぎない男だ。その怪しげな素性の男に過ぎない彼が、王国の全ての権力を掌握出来るように、官僚体制の改造と法律の整備はしっかりと行われていた。


 それらの整備があるからこそ、ハント大佐の政権樹立が容易くなってもいる―――たった数年でこれだけの政治体制を構築する政治的能力の高さを、私は他に知らない。


 悪人であり、悪を受容してしまうという決定的な欠点を除けば……彼は世界屈指の有能な政治家であったと言えただろう。


 だが、才能はあれど、倫理観の破綻した指導者は、国を腐敗に導くものだ。むしろ、才能があったからこそ、この国はマフィアの支配する暴力的な国家になったとも言える。おそらく、この王国は、アズー・ラーフマにとっては『楽園』であったのだ。


 ハント大佐の船出は苦しいものとなる。


 彼自身の能力や、倫理観は高い。我がルード王国とザクロア、そしてグラーセス王国との軍事同盟は結ばれた。難民たちを国境でせき止めることはもうしない。難民たちは、『バガボンド』の多くは、この国の防衛のための義勇兵団として、国境線を守ることになる。


 帝国との離別の時がやって来たのだ。


 帝国との貿易で富を築いていて来たこの国家が、経済的な苦境に晒されるのは火を見るよりも明らかである。


 地方の役人たちの腐敗ぶりも心配だ。ルードのスパイがこれほどこの国で活動できた最大の理由は、役人たちの買収が容易いからだ。彼らは金を握らせれば、『白虎』もラーフマすらも恐れずに、私たちへの情報提供を始め、あらゆる便宜をはかってくれた。


 ……我々が彼らの敵であったときは、その利用しやすさの恩恵を受けられたが。


 彼らが我々の仲間となったと思うと、正直、ゾッとしてしまう。


 腐敗役人たちは、おそらく帝国のスパイどもにも、いくらでも情報提供をしてしまうからだ。


 一度腐った役人は、二度と誠実さを発揮しない。言い逃れをして、上手く罰を逃れ、また罪を繰り返し富を蓄えようと行動するだろう。


 この腐敗役人との戦いが、ハント大佐の最初の試練の一つであり―――我々も手を汚さなければならない任務でもある。


 我々は、不誠実な腐敗役人どもを、これから排除していく。かつての情報提供者である彼らには、顔見知りも多い。辛い任務であり、拒絶するエージェントも出てくるだろう。


 だが、ルード王国の同盟国家である、ハイランド王国を崩壊させる危険がある彼らを放置することは出来ない。


 彼らの放置は、ハイランドだけでなく、我がルード王国の存亡を脅かしかねないからだ。同盟国の軍隊や政府の情報を敵に渡すような者たちは、放置してよい脅威ではない。


 その暗殺の実行は、『私』が中心になって引き受けることになる。


 『ルードのキツネ/パナージュ』の名の元に、我々一族は、この国でこれから三ヶ月以内に、200人の元・情報提供者を殺害、あるいは拉致、もしくはルード王国および第三国への亡命をさせることになる。


 可能であるならば、ハイランドとルードのあいだに政治的摩擦を発生させたくはない。彼らの処分については、ハント大佐とも相談することが多くなる。


 慈悲深き対応と取りたいところではあるが……ハント大佐の潔癖を考えると、彼らへの裁きは厳しいものとなるだろう。腐敗した役人どもは『白虎』と同じか、あるいはそれ以上の邪悪さを持っているからだ。


 腐敗役人を激しく処罰することで、この国を律することにはなる。それに、民衆の不満の受け皿としても、腐敗役人はいい生け贄ではあるだろ―――。


 乱世の政治は、どうしても血なまぐさくなる。


 難民の受け入れも、ルードやザクロアの人手不足が解消されてしまえば、どうなるのだろうか?皆が他人を受け入れるとは限らない。暴力による難民の排斥も出始めるだろう……。


 前途多難だ。でも、しかたがない、これも時代だと受け入れなくてはならない。


 ……明るい話題もある。


 シャオ・リールーの容態は安定した。『シャイターン』の生け贄として捧げられたというのに、それから生還した存在。呪術を信仰するこの国家では、彼女は『虎姫』と並ぶ生きた伝説として、この国のカリスマになるだろう。


 おそらくこの国を知らない者たちからは、やや信じがたいハナシになるかもしれないが、『須弥山』文化と言えばいいのだろうか―――呪術に守られた存在と、暴力で伝説を築いた存在は、異常なまでの尊敬を受けることになる。崇拝の対象とさえなるのだ。


 シャオ・リールーは、これから政治の表舞台に引きずり出されるかもしれない。彼女は息子を守るためになら、どんな任務もこなすだろう。


 彼女にそれとなく質問をしてみたが……彼女は人道的でやさしい人物だ。『白虎』のせいで親を亡くした難民の孤児たちや、売春産業に搾取されていた子供たちについて、大変に心を痛めておられる。


 ……今後、この国で発生するであろう戦災孤児たちのことも考えると、児童の売春宿でない、真の意味での孤児院を設立しないといけない。この国には倫理観が足りなさすぎている、呪術的カリスマである彼女への信仰心を借りてでも、倫理観を増やすべきであろう。


 その事業へは、我々も協力しやすい。なぜならば、帝国軍との戦いで発生する孤児の存在は、我々、同盟国で共通する政治的課題なのだから。


 残念ながら、ザクロアや、そしてルード王国でさえも、孤児たちに行われる搾取や暴力が社会問題化している。我々の国家でもそうなのだから、『白虎』に倫理を破壊されたハイランド王国では、どんな悲惨な状況になるか分かったものではない。


 児童売春の組織が復活するより先に、児童たちを保護する必要があるのだ。


 ソルジェ・ストラウスとシアン・ヴァティが酔っ払ったときに質問をしてみると、『須弥山』を孤児院にすればいいと同じことを口にしていた。たしかに『須弥山』は、というか『螺旋寺』は空き寺も少なくはない。


 孤児を収容する施設としては、使えなくもないのかもしれない……やや乱暴な気もするが。まあ、両氏の考えとしては、孤児たちに強くなって欲しいということなのかもしれない。乱世を生きるのに必要なのは、暴力。たしかに、間違いではない。


 この二人の思想だけで、社会の全てが救えるとは思えないが、閉鎖的な『須弥山』にも社会的な貢献をお願いしたいところではある。とくに、軍事面では。あの山に籠もる、屈強な『虎』たちは、1000人以上いる。


 俗世に興味を抱けず、ただただ武術の習得に人生を費やした熟練の『虎』たちだ。『白虎』になった若者たちよりも、はるかに戦闘能力は秀でているのだ。


 彼らを王国軍に参加させる必要がある。


 彼らは王国内の内戦や権力闘争に嫌気が差し、『須弥山』に籠もっているのだが……『影虎』さま、『呪法大虎』さまのように、憂国の士はおられる。


 ハイランド王国の生ける伝説であり、政治闘争には関わりの無いシアン・ヴァティが、『須弥山』の古強者どもに働きかけることで、古強者どもを王国軍に参加させられる可能性はある―――どうにか、彼女が国内に留まってくれる内に、『須弥山』で演説をしてもらいたい。


 シアン・ヴァティの愛国心が確かなことは知っている。今回の作戦全体において誰よりも献身的であり、我々がソルジェ・ストラウスをこの国の動乱へ、あたかも偶然を装うような形で巻き込めたのは、彼女の情報提供があればこそだ。


 その行動を見れば明らかなことだ。彼女もまた、この国の窮状を嘆き、帝国軍の侵略を懸念している。


 彼女ならば、『螺旋寺』を巡り、奥義を極めた猛者どもを勧誘できるはずだ。彼女はこの国では戦の女神として、称えられている存在なのだから。


 彼女の言葉に導かれ、『白虎』のようにたるんだ『虎』たちではなく、武術に人生と才能の全てを捧げて来た千人の『虎』たちが戦列に加われば?……十万の軍勢の侵略にさえも、この国は耐えられる可能性はあるだろう。


 我々は、大陸のたった5%だ。ファリス帝国の支配下および属州となった大陸の大地は95%もある……この差は絶望的な数字に思えるし、事実そう判断することは間違いではない。


 あまりにも敵は多い。


 しかし……可能性がある。『力』で、『数』を超えるのだ。


 荒唐無稽に聞こえるかもしれないが、帝国軍は大陸を支配するために、多くの人材を消費してきた。侵略戦争のあげく、有能なベテランどもが戦場で死んでいるのだ。比較的、精鋭をそろえている侵略師団たちでさえ、かつての威力はない。


 それら三つの師団を立て続けに破ったソルジェ・ストラウスは語る。


 連中は弱体化しているのさ。それはそうだろう、ここに『イーライ・モルドー』がいるんだぞ?


 ……そうだ。ベテランたちの戦死加えて、かつて帝国軍を支えていた『亜人種の兵士たち』が離脱しているのだ。つまり、かつてに比べて帝国軍には、『強兵』が少なくなっている―――。


 ここに我々の、ほぼ唯一の希望があると言えるだろう。


 『強さ』で『弱者』を多く殺す……荒唐無稽な戦略では、ない。事実、私たちは帝国軍を、かんたんに殲滅してみせたのだ。難民が主力の部隊で、正規軍を容易く駆逐した。ソルジェ・ストラウスの作戦や、常識はずれの『パンジャール猟兵団』の活躍はあるが、それでもなお、兵士の質で、我々は勝っていたのだ。


 そして、補充されて来た帝国の国境警備隊の隊員たちには、やはり新兵が多い。これは、第五、第六、第七師団が、有能な兵士たちを集め、再建しようとしている影響もある。強兵がそちらに取られているのだ。


 おそらく、師団の名を冠さない帝国軍の集団は、脆いだろう。今もハイランドの南の国境線を睨む帝国軍がいるが……彼らを蹴散らそうと思えば、王国軍と『バガボンド』が手を組んで襲えば、まちがいなく一時間もいらないだろう。


 しばらくは放置すべきだ。殲滅すれば、より多くがここに投入される。雑魚の群れとにらみ合いをして、時間を稼ぐ。このハイランド王国軍は、戦力を温存し、帝国軍との最終決戦に備えてもらう必要がある。


 フーレン族を主体に構築された彼らの軍団は、圧倒的な機動力と夜戦における優位を持つ。夜であれば、騎馬兵すらも圧倒するのだから。


 『須弥山』の真の『虎』たちが目覚めれば、この国を防衛出来る可能性は高まる。真の強兵が戦列に加われれば、こちらの死者は減り、あちらの死者は激増するからだ。


 そうだ。


 ヤツらを殺しまくれ。


 ソルジェ・ストラウスとシアン・ヴァティの言葉である。なんとも血なまぐさく、文明的な理性を感じさせない言葉だが―――帝国軍を弱体化させるには、これしかない。まとまった軍勢を一度に滅ぼせると、なおいい。


 それを再建しようというリクルートが発生する。その人材募集に引き抜かれて、現在、帝国軍の三つの師団に、有能な人材が引き抜かれている……侵略師団以外の国境警備隊や、都市防衛軍にも回ってくるはずだった、若く腕の立つ兵士が激減しているのだ。


 ゆえに……私はクラリスさまに進言いたしたい。


 ファリス帝国の『都市』を襲うべきです。


 三つの侵略師団が再建する前に、こちらから攻撃を仕掛けるべきです。


 帝国軍の『数』が、圧倒的に多い以上、我々は、『質』で上回る必要があります。


 『質』とは色々な解釈が出来ますが……軍団における戦闘能力の『平均値』と考えてください。


 現在、帝国軍は十二もの侵略師団が存在し、それらは各地に派兵され、侵略戦争や反乱の鎮圧に出向いています。彼らは、帝国軍の中でも精強です。


 逆に言えば、帝国軍の国境警備隊、都市防衛隊などは、貧弱。質がとても悪い。国境警備隊に関しては、疲弊した難民たちに殲滅されたほどです。


 彼らを打撃することは、こちらにも低リスクであり、見返りが期待出来ます。


 彼らを殲滅すれば、彼らを再建しようという求人要求が発生するからです。彼らも可能であれば、より精強な部隊を創設したいと願うはずです。つまり、侵略師団に流れ出ていた『強兵』が、今まで弱兵ばかりであったそれらにも流れるのです。


 となれば?


 侵略師団は、『強兵』の供給源を失うのです。


 可能であれば、都市部の防衛隊がいい。都市を襲撃すれば、郷土愛を刺激出来ます。故郷を守ろうとする感情を刺激できるのです―――そうなれば、各都市にいる戦士の資質を多く持つ若者たちが、侵略師団への参加を拒むようになるでしょう。故郷を守ろうと、出身地の街を警備する部隊への入隊を志願するようになる。


 我々にとって、目下、脅威である存在は、侵略師団の存在と、せっかく会戦で潰した三つの侵略師団たちが再建されていることです。


 帝国軍の『総兵力』の『質』を下げることは出来ません。


 ですが……我々にとって脅威ではない『都市防衛隊』の『質』を上げ……逆に、侵略師団の『質』を下げることは戦略上可能なわけです。


 陛下、ザクロアの東南東に位置し、そしてこのハイランド王国の北西に位置する『アリューバ半島』には、帝国海軍が拠点を多く持っています。


 ザクロア攻めに第五師団が派遣された時と、そして、彼らが本国へと撤退する時に使った軍港がそこです。


 そこに……都市部を攻めるための兵力として、『最適な存在』が、反帝国活動をしていることをご存じでしょうか?


 『アリューバ都市同盟』……帝国軍に滅ぼされた、都市国家たち。かつてその同盟の正規軍であった亡国の戦士たちが、反帝国活動にいそしみ……そのかたわらで、海賊化しています。


 もはや、反帝国ゲリラと海賊行為。そのどちらが彼らの本分なのかは分からないところですが、どちらにせよ、彼らは私の提案した、帝国軍の『質』のコントロールを可能とする、有能な駒なのです―――。


 彼ら、『北海の海賊』たちを、我らが『自由同盟』の一員にすることが出来れば、我々と帝国軍との戦争で、大いに優位になると考えています……どうか、ご検討を。




「……ふむ。なるほどな。で、どうしてコレをオレに見せるんだ?」


 そこは『ホテル・アイリス』のロイヤル・スイートだ。時間は早朝の七時。休日のオレにしては、あまりにも早起きだ。まあ、起きるつもりはなかったんだが、起こされちまってね。


 目の前に、アイリス『お姉さん』がいるよ。彼女は、オレを叩き起こすと、寝ぼけ眼でアルコール臭がするオレに、その『アイリス・パナージュ・リポート』を読ませた。


「……これは、その……オレのような一傭兵が見ない方がいいモノだろ。クラリス陛下へ送るべき書類のはずだぞ」


 凄腕女スパイが、女王陛下に送る報告書……へへへ、どうしてこんなモノをオレに見せてしまうんだよ、アイリス・パナージュよ?


「安心して。それを読まれても暗殺しなくてもいいの」


「ほう、女王陛下にはすでに送った後のモノか」


「ええ。送っただけじゃなく、返事も貰っているのよ」


「そうか……オレが酒飲んで遊び回っている時にも、世界は動いてるんだね」


 しかも、結構、壮大そうな作戦がさ。


「これをオレに見せていいってことは、つまり、オレが行くってことだな」


「さすが、ハナシが早いわね!そうよ、クラリス陛下から、貴方に新たな命令が来ています―――」


「―――北海の海賊どもと接触し……ヤツらに帝国都市部を襲わせろってか?」


「ええ。そうよ。倫理観が咎めるかしら、サー・ストラウス?」


「別に、そんなことはない。戦争とは古来より略奪のし合いだ」


「……彼らへのエサは、『自由同盟』の『私掠船免状』よ」


「ほう。帝国旗を掲げる商船を略奪し放題。ついでに、沿岸都市部も襲わせるのか。オレたちの海賊騎士サマになるってわけだな」


「ええ。邪悪な判断かしら」


「いいや……殺し合いに奪い合い、そいつが戦争の本質だよ」


 海賊って響きも、なんかワクワクして嫌いじゃねえしな。


「何より、帝国を攻めるための手段というのが気に入った。後手に回り過ぎていた。防衛的な戦ばかりしている。オレたちは、これじゃあ、帝国に勝てない」


「一気に攻勢へ転じるというわけではないわ。海賊行為での破壊は、たかが知れている。でも、インパクトになる」


「故郷の街が襲われると考えれば、侵略師団への有能な戦士の流れが止まるというワケだな。みんな故郷を失うのは辛い」


 よく、わかるよ。オレだってそうだもん。


「いい考えだと思っているし、実際、クラリス陛下も、そう判断したわ」


「さすが陛下。オレの性格をよく分かっているよ!こういう仕事は、絶対に引き受けちまうに決まってるもんな!」


「ええ。まあ、陛下というよりは―――うちの『弟』が貴方を知っているだけね」


「ん?……弟がいるのか?」


「血のつながりはないけど。いるわよ、何人か。ちなみに、他言は無用。国家機密なのよ、誰がうちのスパイなのかって」


 くくく、血のつながりのない何人かの弟サンね……つまり、そいつら全員ルードのスパイか。ああ、パナージュ家は、たくさんいるんだな。ヤツもかよ。


「それじゃあ、貴方は仕事を受けるということで、陛下には報告していいかしら?」


「頼むよ。ルード王国に帰ってから、そのままアリューバ半島に向かうより、一度、ザクロア経由でアリューバ半島に向かった方が、まだ早いからね」


「ザクロア?」


「ああ。温泉旅行に行きたくてね!!」


「なるほど、楽しそうでいいわ」


「君が多忙じゃなかったら、お誘いするんだが……200人の悪徳役人を暗殺して回らないといけないわけだ」


「そうよ、とっても大変。世界の裏側を知ることが出来る、知的な快楽にまつわる、代償みたいなものよ」


「知的の快楽の代償にしちゃあ、血なまぐさいもんだぜ」


「貴方がヒマなら、お手伝いしてもらうところなのに……残念だわ」


「しばらくお別れだな、副官三号。そろそろ行くんだろ?……だって、下の階からピアノが聞こえてるよ」


 ピアノの旦那が来ているんだな。アイリスと共に、ハイランド王国の村や町を回って、悪人どもを殺していくのさ。くくく。スパイってば、ウルトラ・クールなお仕事でやんの。


「オレも悪党殺して回りたかったが……海賊さんでガマンしよう」


「殺しちゃダメよ?」


「ああ、そうだな。でも……オレが行くんだから、殺すべきヤツもいるんだろうね」


 だって、海賊サンたちが一枚岩だとは思えないからな。気の合うヤツと、気の合わないヤツがいそうだな。


「好きな海賊と組んでいいわ。私掠船の『免状』は、何枚でも許可できる。でも、あまり貧弱なヤツは選ばないでね?」


「おっかなくてワルな海賊を、オレは気に入らないと思う。騎士道精神を持っていなくてはダメだ。腐敗は、強さをも脆くする」


「ええ、『白虎』がいい例ね」


「そうだ。『海賊行為』を許可するんだぞ?……闇の仕事に免許を与える。その人選には高い倫理観という判断材料を無視できないな。オレや、君の仕事と同じように、ヒトを殺し、略奪をも可能とする行為には……気高さがいる」


「……私ってば、嘘つきなのに、気高い貴方の仲間として認めてくれるのかしら?」


「ああ。とっくにね。『シャイターン』と戦う前に、伝えただろ?」


「ええ……覚えているわ。だから、サービスよ。スパイの私が、あなたの質問に答えてあげる。不思議に思うこと、いろいろあったでしょ?」


「質問か……君のコト信じてるから、根掘り葉掘りと聞きたくはないが……でも。あー……そうだなあ、君たちの呪術のアドバイザーは、『呪法大虎』サンっぽいから……いいや、聞かなくていいかな」


「そうなのね。でも言うわ。彼が色々と私たちを影でサポートしてくれていたわ。この国の呪術のエキスパート……あの黒水晶の信頼性も、彼は保証してくれていたのよ」


「なるほど、オレの想像通りか。何でも知っている呪術師サンがバックにいたんだな」


「そうね。でも、彼も驚いていた。シャオさまの生還は、奇跡みたいな確率らしいの」


「だろうな……でも、素敵な奇跡じゃないか」


 王妃の背中に刻まれた守護の呪術と、王妃にプレゼントされた旦那の形見の宝刀にかけられていた呪術が……彼女が、『シャイターン』に呑まれるのを遅延したなんてさ。オレたち、おかげで間に合えた。


「あの黒水晶も、貢献していた可能性があるみたいよ」


「ん?どういうことだ?」


「回収した破片を見てもらったら、『白い尾』への『守護呪術』が刻まれていたそうね。そのおかげで、シャオさまを守護する力も強まった。蘇生させた力の一つに、なったみたいよ」


「……そうか、ジム・ジェイドが、メフィー・ファールのことを、悔やんでいたからかもしれないな」


「善意は悪意を超える。そんなこともあるみたいね」


「素敵な物語だ」


「……ええ。じゃあ。私は、そろそろ行くわ」


「うん。いってらっしゃい、アイリス・パナージュ。また今度な?」


「貴方も体には気をつけなさい。酒は、呑みすぎないようにね?……じゃあ、また!!」


 そう言いながら、アイリス『お姉さん』は、オレの副官三号は、悪人狩りの世直しの旅へと向かうのさ。オレは、ニヤリと笑う。そして、そのままベッドに背中をダイブさせるよ。


 二度寝しよう。まだ、酒が抜けてないから、もうっちょっと眠っておきたい。それに、面白い事実を聞いてしまって、顔が緩んで仕方がないのさ。この顔で、他の連中に会うと、国家機密をおしゃべりしてしまいそうになるよ。


 ……秘密にしておいてやるよ、我が友、シャーロン・ドーチェ。アイリス『お姉さん』の弟よ。




 ―――ゼファーは王城のてっぺんで、やさしい朝の風を吸う。


 ここは朝陽がよく当たり、なんだかとっても気持ちが良かった。


 朝焼けにそまるシャクディー・ラカを、竜の金色の眼は見つめる。


 シアンが走り、王国軍の新兵たちが、それにつづく。




 ―――『須弥山』から降りて、街を朝から走っている。


 ああやって、ヒトは戦士になるのだと、竜は知る。


 ゼファーはこの王国が、剣士に満ちているのが楽しかった。


 鍛冶屋たちは、朝から鋼を叩いて、刀をつくる。




 ―――鋼の歌はリズミカル、トンテンカンテンいいリズム。


 竜の長い首を横たえて、ゼファーも今朝は二度寝をするのさ。


 旅立ちは、明日になるんだから。


 今日はたっぷりと寝ておこう、昨夜は原初の森林で夜遊びしていたものね。




 ―――巨大な蛇と、巨大なイノシシを仕留めて、腹一杯食べたんだ。


 そのおかげか、翼が一回り太くなっていた。


 原初の森林に祝福されて、彼はまた強さを得たよ。


 ゼファーはあくびしながら、疲れた首を横たえた。




 ―――眠りにつきながら、幼き王子の剣舞が奏でる音を聞く。


 彼は母親を守れる男になりたくて、必死に双刀と一つになって踊っていたよ。


 新たな宰相殿は、王子の健気な心を誇りに思いながら。


 王子の双刀を鋼で受け止めながら、笑っていた。




 ―――ゼファーは、『未来』へと向かう鋼の音に抱かれながら。


 大きなあくびをのみこんで、そのまま金色の瞳を閉じていく。


 魔眼の絆が、『どーじぇ』の寝息を伝えて来たよ。


 だから、ゼファーも一緒になって眠るのさ……とっても、いい朝だから!!



 



第四章、『悪鬼獣シャイターンと双刀の剣聖』、終わり。


第五章、『アリューバ半島の海賊騎士団』に続きます。


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