第七話 『悪鬼獣シャイターンと双刀の剣聖』 その25


 宙にいるバケモノは、たしかに『シャイターン・ゾンビ』に、よく似ていたよ。これが真の『シャイターン』かよ。紅く輝く幾何学的な紋章が、こちらを睨みつけてくる。


 紅い瞳は光を帯びて、憎悪を垂れ流していた。ふむ、名残があるよ、その邪悪さに。くくく、アズー・ラーフマめ、ずいぶんとみじめな姿になっちまったもんだな。


 さーて。


 行くぜ、アーレスよ。お前がこの悪人に腹が立っているのは、十分に承知している。竜太刀の鋼が唸りっぱなしだったからな。見ろよ、黄金色の劫火が、いつも以上に刃から噴き出しているぞ。


 思い切りやれ。ここは宙だからな、誰にも迷惑はかけやしねえよ!!


 『シャイターン』のヤツが、歯ぎしりしながら両腕を交差させる。身の守りを固めて、しのぐつもりか。その程度で、オレとアーレスの怒りに耐えられるとでも思っているのなら、バカにしすぎだぞ……ッ。


 誇りを穢されたような気持ちになり、竜太刀に絡みつく黄金の炎が、螺旋を描いて爆ぜるように輝いた。世界を焼き尽くすための炎が、オレの刃には宿るのさ。行くぜ、アーレスッッ!!


「魔剣ッ!!『バースト・ザッパー』ぁああああああああああああああああッッ!!!」


 黄金色の劫火がヤツの交差された両腕に炸裂し、灼熱の爆風が、世界を壊しながら焼き払っていく!!


 空中に浮かんだような回廊が美しかったこの場所が、劫火の生み出す破壊によって、壊れて行くぜ。ああ、美しかった場所なんだが、勿体ないねえ。


 破壊力に、『シャイターン』の腕が負ける。吹き飛ぶぜ、肉も骨も、ヤツの両腕が爆裂の力に引き裂かれていたよ。ああ、衝撃波がヤツを吹き飛ばす。巨体ゆえに、よく風が当たって吹っ飛びやがるよ。


 ……もちろん、ヤツの巨体に当たり、跳ね返ってきた衝撃波は、オレにも平等な物理現象を発生させやがったな。簡単に言えば、オレも『バースト・ザッパー』の爆風に、吹っ飛ばされちまっていたんだ。


 全身が引き千切られるように痛くて、熱いぜ。だから、ありがたい。爆風の衝撃で揺れた頭が気絶しなくて済む。最高の気付けだよ。


 オレはそのまま王城の壁に叩きつけられる。ああ、おかげで、7階から落下するなんてことにはならずに済んだな……。


 体が壁をずり落ちていく……オレは、竜爪を出して、壁石に突き立ててやるんだ。青き魔力に輝く爪が、岩を引っ掻きながら、滑落していくオレを静止させる。宙ぶらりんだ、このままじゃ回避運動もままならん。


 オレは、すぐ目の前に見えた空中回廊を目掛けて、壁を蹴り飛んでいたよ。『バースト・ザッパー』の衝撃波を受けたせいで、この足場はずいぶんと不安定になっていた。グラリと頼りなく揺れやがった……。


 身を屈め、この廊下の倒壊に備えるが……大丈夫そうだ。揺れは収まっていた。かなり頼りは無いが、今すぐ崩壊するという心配はしなくてもいいのだろう。


 どうやら、この回廊は、各部分が独立したロープや金具で固定されているようだな。


 つまり、支柱の数本を破壊されたからといって、構造物の全てが崩落するわけじゃないってことだ。安心した。だから、次に備える。オレは探すぞ、魔眼を使い。『シャイターン』を探す。爆撃で吹き飛んだが……両腕ぐらいだろう?


 アレぐらいじゃ、ヒトでも死なない。まあ、あまり簡単に死んでもらっても困るんだがな……やりにくい敵だよ。


 さあて、どこにいる?


 オレは周囲を探す。あらゆる方向を見るのさ……この空間を飾り付けていた、無数の布飾りたちが、炎に焼かれながらこの空間を舞い落ちていく。だから、かなり視界が悪い。


 ……どこだ?上を見てもいない、下を見てもいない―――っ!?


『ギギギギガガガガアガアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 ヤツが左から襲いかかって来た。まさかの、噛みつき攻撃か。白くてデカい牙がオレに迫るが竜太刀を操り、オレを喰らおうとする歯の群れを、強打で迎え撃った。


 ガギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンッッッ!!!


 まるで、金属でも叩いたかのような音がした。『シャイターン』の歯が数本へし折られる。怯んだヤツに、続けざまに斬撃を放つ。左、右、左と、力任せのラッシュで、ヤツの顔を破壊していった。


 ヤツが痛みを嫌い、右に跳んだ。空中だよ。その黒い巨体が下へと落ちて行きやがる。オレは追いかけるために、躊躇することなく、空中回廊から飛んでいた。ああ、まだ四階だよ。この高さから墜落すると、大ケガもありうる。


 だが、オレは知っているよ。あの巨大なシルクの飾り布……そこら中に垂れているそれに捕まればいいのさ。視界を遮った飾り布、そいつにオレは竜爪を立てていた。


 手触りの良さそうなシルクの布だからな。逆に言えば、よく滑る。握力に頼ると、指からするりと抜けてしまうかもしれない。だから、爪を広げながら、突き刺すように引っかけた。爪が布を噛んだ直後に、腕を捻るようにして、飾り布を爪に絡ませる。


 装備を含めた体重が、爪にかかったよ。ビリビリとその飾り布を引き裂きながら、オレの落下が再開する。だが、悪くない減速さ。あのまま落ちるよりは、よほど痛みの少ない着地となったさ。


 数メートル落ちたところで、オレは竜太刀を使い、布を切り裂いて落下する。二階分の高さからの落下さ。竜騎士の鍛えあげられた体では、この程度の落下は、痛くも痒くもない。何度、竜から落ちて育つと思っているんだ?


 地上は、死体と、うめく戦士たちで満ちていた。生きている者は、皆、オレの味方のようだな。壁にもたれたようにして立つギンドウを見つけたし、ジャンは隅っこの方で倒れている。


 命に別状は無さそうだ。だから、今は挨拶なんてしねえよ。すべきことをしよう。


 オレは『シャイターン』を目掛けて走っていた。逃がすつもりはない。ヤツは床に転がる死体を、喰っていたよ。噛みつき、持ち上げ、呑み込んでいく―――それは、『素材』の補充だったらしい。


 ヤツの砕けて骨まで見えていた両腕が、うごめく肉の『泡』に包まれて、やや不細工な形に再生したんだよ。まったく、とんでもない生命力だ。だが……いい場所にいる。ここなら落下することもない。


 しっかりと、戦えるぜ。さあて、来いよ、『シャイターン』。再生した腕の先は、尖っている……なるほど、『双刀』を模造したのか。つまり、それは剣だろうよ。


 剣士が剣を握って向かい合っているなら、やることは決まっているさ。


『ソルジェ・ストラウスううううううううううううううううううううううッ!!』


 『シャイターン』がオレの名前を呼びながら、双刀の剣舞を放ってくる。『須弥山』の技巧だ。あの歪んだ巨体になっていても、見事にその動きを継承していやがるぜ。未熟すぎた『呪い尾』の子たちとは、明からに違う。熟練の剣士の動きだった。


 骨で作られた呪刀が、アーレスの竜太刀とぶつかっていく。激しく刀同士を衝突させたんだよ。オレは『チャージ/筋力増強』の『雷』を帯びさせた腕力を頼りに、この絶対的に不利な体格差を、どうにかこうにか埋めていく。


 斬り結びながらも、剣士の技巧は狡猾さを帯びるものさ。オレは右腕を引くヤツの動作に、『乗る』。右腕の影になるように跳び込みながら、ヤツの右脚に斬りつけた。


『ガギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンッッ!!』


 肉を裂かれたヤツが、身を回転させながら跳ねて、追撃の強打から逃げていく。この巨体で、しなやかに動くものだ。


 宙で回転した『シャイターン』が、器用に着地する。骨の刀を杖代わりに床に突き刺して、見事にバランスを取りやがったのさ。


 だが、オレはすでに追いかけていたぞ、床を蹴り、跳び。ヤツの顔面に向けて、強打をぶち込んでやる。『シャイターン』の体が、大きく揺らぐ……。


 脳震とうを起こしたのか。ふん、やはり生命の基本的な構造には、準じているというわけか。さっきの『シャイターン』とも同じだったな。


 魔物といえども動物と同じか。ならば、これなら死へと近づけるだろう。


 『シャイターン』の懐へと飛び込む。狙ったのは、ヤツの腹!!そこに目掛けて、竜太刀を突き刺してやった。ヤツが不気味な声で叫ぶが、容赦はしない。竜太刀を刺したまま、続けて竜爪を突き立てる!!


 くくく!!これで、終わりじゃねえぞッ!!


「うおらあああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 竜太刀を右に振り抜き、竜爪を左に振り抜いてやったのさ!!『シャイターン』の黒い腹が左右に大きく切り裂かれ、腹に収納されていた臓腑が出血と共にあふれたよ。融けかけの肉片も転がり落ちてくる。


 深い一撃だ。致命傷か?……どうだろうな。フツーのバケモノよりも、お前はタフだもんよ?


『竜騎士いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!』


 『シャイターン』は、いや、アズー・ラーフマが叫びながら、その巨大な腕で懐に潜り込んでいたオレを捕まえる。


 くそ、馬鹿力め!!


 『奇剣打ち』が完全に修復してくれたばかりの『竜鱗の鎧』が、ギリギリと歪む音を立てていく。だが、やはり、大き過ぎると雑だな。スペースがありすぎる。これならば、どうにか腕が動くぞ……っ。


『は、ははは……このまま、潰してやるぞ、ソルジェ・ストラウスッッ!!』


「ああ。なかなかの剛力で締めつけてくるぜ……ッ」


『ヒャハハ!!……お前だけは、許さない……私の王国を、奪ったのは……ハントごときではない。全ては、お前が来たからだッ!!お前こそが、邪悪なる侵略者なのだッッ!!』


「貴様が言うな……この、『王殺し』のクソ野郎が……ッ」


『だまれええええええええええええええッッ!!!我こそは、偉大なる『白虎』の首魁!!この王国の真なる支配者、我こそが、『王』!!アズー・ラーフマ王だあああああああああああッッ!!!』


 腕による締め付けが強まる。だが、これぐらいでは死なん。死んでられるか、これから、もっとムチャするんだからよ……ッッ。


 ザグリ。オレは左腕をヤツの腹へと叩き込んだ。傷口の中にね。巨大な腕の締めつけは、雑すぎる。力は強いが、精密さは無い。肘から先が、自由に動けたぞ?


『ぐう!?……私の、腹を、えぐるのか……ッ!!だが、この程度では、死なんッ!!死なんぞおおおおッ!!』


「えぐるんじゃない。プレゼントをやるんだ」


『……ッ!?』


「この国の王とやらよ。クラリス陛下からの親書の代わりに、オレから情熱的なプレゼントをするんだよ。竜の劫火がつくる……爆炎をな」


『……な、なにッ!?』


 くくく。ああ、よく密着してくれた。この『ゼロ距離』からなら劇的に効くだろうよ。腹の中から爆撃するんだからなァ……いくら、タフなお前でも死が近づく。


 オレはヤツの内臓にまみれる左手に、『炎』を発生させていくよ。強力な破壊力を秘めた魔力が、そこに収束していく。


『は、ハッタリだ!!この距離で爆炎を放つなどッ!!で、出来るワケがない!!自殺行為だぞッッ!!』


「くくく、死なねえよ。オレは、ファリス帝国を、ぶっ潰すまでは、死ねないんだよッッ!!爆ぜろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」


『や、やめ―――――――――』


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッッ!!!


 強烈な爆裂が『シャイターン』の腹の中で起きていたよ。オレから腕を放して仰け反ろうとしたが、遅かったな。ヤツの腹が吹き飛び、その背骨が砕ける音を聞く。


 ざまあみろ。これで……お前は―――ああ、しかし、ほんと無茶なことをしているぜ。もちろん、オレ自身も、その爆風で吹っ飛ばされちまっていたさ。数メートル吹っ飛んで、背中から床へと墜落していたよ。


 爆風を浴びすぎた体は、ろくすっぽ動かずに受け身も取れずに床に叩きつけられる。肺に潰れるような打撃が加わり、背中がクソ痛い。


 高いところから背中から落ちたことがあるヤツだけに分かると思うが、肺が潰れるこの痛みは、背骨が軋むこの打撃は、ヒトの行動力を奪うんだよ。


 ここから、すぐに動けるヤツなんて、そうはいない……そうはいないが、オレは、ムチャして体を起こす。


 体が壊れちまいそうな痛みが走る。背骨が軋むような痛みだよ。医学的知識が恐怖をあおる。背骨が壊れると、ヒトは動けなくなるんだぞ?……知ってるよ。しかし、オレは、猟兵ッ!!『パンジャール猟兵団』の団長は、最強の存在!!……死んでも、勝つッ!!


「ぐが、がが、があああああ……ッ!ぐふう……ッッ」


 口からゲホリと吐血して、それでも竜太刀を杖代わりにしてでも、オレは立ったぞ。ヤツを探す……すぐに見つかるよ。だって、血の道が、続いているんだぜ?……だから、追いかけるまでさ―――。



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