第七話 『悪鬼獣シャイターンと双刀の剣聖』 その24


 ―――それは異常な光景だった、勇猛なハント大佐や熟練した戦士のイーライ。


 ジャン・レッドウッドに、ギンドウ・アーヴィング……。


 そんな連中さえも、目を見開き、その異常すぎる行動を見ていた。


 そうさ、彼は、死体を食べていたからね、なかなか嫌悪にあふれる行動だろう?




 ―――アズー・ラーフマは喰らっていた、死んだ『白虎』に飛びついて。


 その肥大化しつつある歯を使い、屍肉を削り取るように喰らうんだ。


 牙を突き立て、背骨を弓反りにさせて、ダイナミックに肉を喰らったよ。


 理性など欠片もないような蛮行を使い、彼は『虎』をその身に入れる。




 ―――ノドを大きく揺さぶりながら、ラーフマは人肉を呑み込んでいったのさ。


 肉を喰らう度に、ラーフマの体がビクン!!ビクン!!と躍動し、膨らんだよ。


 すぐに、ヒトの上半身を咥えられるほどの大きさになった。


 そして、彼は新たな死体に飛びついて、それをたったの二口で喰らってしまう。




 ―――脚が再生していたよ、腕も生え終わる。


 角やトゲが体のあちこちから生えていき、その骨格は歪みが消えてシャープになる。


 殺戮者としての完成だよ、悪人が堕ちるところまで堕ちた悪鬼の姿さ。


 長い手脚にギョロリとした紅い瞳、体を走る幾何学的な真紅の紋章。




 ―――尻尾は骨格が異常に太く発達し、刺々しさを帯びていた。


 実際、その尻尾の先には、鋭く太いトゲが三つ生えている。


 毒針さ、常に毒汁を垂らし、それが床石を、融かして蒸気を上げていたよ。


 その全長は7メートルほどか、こう言うとソルジェは怒るだろうけど、竜にも似ている。




 ―――攻撃性にあふれているよ、その長い手脚に毒々しいトゲのある尾はね。


 高速を帯びて動く巨体、それが、どれほどの脅威なのか……。


 そして……彼には常識離れの再生能力もあるし、殺せば他者に取り憑き転生する。


 フーレン族は、怯えてしまうよ……ハント大佐でさえも、その顔をしかめる。




 ―――本能から来る深さの恐怖に怯えたフーレン族たちを、ラーフマは嬉しそうに見回す。


 人肉の繊維がはさまる歯を見せつけながら、悪鬼獣は不気味に笑うんだよ。


 フハハハハッ!!怯えておるなあ、ハーディ・ハントお!?


 ハント大佐は、すぐには納得出来なかった。




 ―――この醜いバケモノが、本当にアズー・ラーフマなのだろうか。


 いや、声には面影がある、この悪意にも……だが、問わずにはいられなかったのさ。


 ……本当に、貴様がラーフマなのか?


 いかにも、我こそが、アズー・ラーフマ……この国の、真の『王』だ。




 ―――ハント大佐は呆気に取られるよ、ラーフマの目に余る増長に。


 貴様、そのような魔物に堕ちてなお、我が王国を穢す言葉を吐くのか。


 穢す?……いいや、我はいつだって、この国のためにこそ動いたぞ?


 お前に、出来るのか?これほどの、発展が?成し遂げられたか、貧しき者の救済を?




 ―――救済だと?貴様の行ったことは、暴力と恐怖による搾取と圧政だ!!


 そう見えるか?……我のおかげで、どれほどの民が、腹を満たしたと思う?


 どれほどの富が、この王国を豊かにしたのか?


 貧民たちは、子を口減らしで殺すのではなく、売り払えば良くなったのだぞ?




 ―――あれほど激しかった、商人どもの対立も、我が力で鎮圧した。


 だからこそ、商いの歯車が噛み合い、この王国は一流の経済国家へと発展した。


 それが、真実だ。


 我こそが、この国の、真なる守護者、真なる王、アズー・ラーフマであるッ!!




 ―――いいや、違うぞ、ラーフマよ!!


 お前は、虐げられた者の苦しみを見ていない!!


 どれだけの者を犠牲にして、作りあげた富なのか分かっているのか!?


 富める者は確かに増えただろう、だが、欲望の犠牲になる人々も増えている!!




 ―――弱者を踏みにじり、食い物にする道が……王道なワケがあるかッ!!


 そんな血塗られた道は、虚栄の道に他ならないッ!!


 発展とは、苦しみながら築くものだッ!!


 長く時間がかかったとしても、より多くのヒトが手を取り合い、必死に築くものだッ!!




 ―――悪を認めた貴様の道が、どれだけ真実の誠意を集められるというッ!!


 お前の道に寄りつくのは、欲望にたかる蠅だけだッ!!


 悪意の道には、それだけしか寄りつかぬッ!!


 正義ある者は、真の誠意を持つ不屈の民は、真の王道の元にしか集まらないッ!!




 ―――お前自身を見るがいい!!お前の周りに誰がいる!?


 お前が窮地に陥った、今このとき……お前が、真に助けを必要とするこの瞬間!!


 お前のそばに、誰がいるのだ、アズー・ラーフマよ?


 悪鬼獣は、その言葉を聞いて、首を回す……死体はあったよ、でも、それだけさ。




 ―――ラーフマよ、王とは、一人ではなれぬのだ!!


 民がいてこそ、王なのだ!!


 民は、弱く儚い……その人生には、真の困難に晒されることがある。


 その困難に挑むためには、曇り無き正義がいる。




 ―――曇り無き正義を、希望として民に与えられる者こそが、真の王なのだ!!


 ゆえに、お前は王などではない……お前の道に、希望を見出す者などいないからな。


 お前は、ただの悪人だッ!!


 欲に忠実なだけの、正義を持たぬ悪人にすぎないッ!!




 ―――だからこそ、お前は孤独になっているッ!!


 お前を真の意味で慕う民は、この王国には、ただの一人もいなかっただけだッ!!


 そのような者は、王でないッ!!


 アズー・ラーフマ!!貴様は、ただの醜く邪悪な、『王殺し』の裏切り者だッ!!




 ―――ラーフマは、怒りのままに叫んでいたよ。


 己の『功績』を否定されたことが、己の生きざまを否定されたことが。


 あまりにも口惜しくて、腹立たしい……それに反論するための『根拠』を探したが。


 この孤独な悪鬼獣の周りには、そのとき生きている者は誰もいやしなかった。




 ―――殺してやる、殺してやるぞおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!


 ハーディ・ハントおおおおおおおおおおッ!!お前が、お前が、消えればいいんだ!!


 お前が消えれば、修正出来るッ!!私の王国は、戻ってくるはずだッ!!


 だから!!だから、消えろおおお!!しねえええ!!はんとおおおおおおおおッッ!!




 ―――悪鬼獣がその巨体で、ハント大佐に跳びかかる。


 その爪が、ハントを切り裂くために振り回される。


 さすがに『虎』たちでさえも、この悪鬼獣の力には太刀打ち出来そうにない。


 だからこそ、猟兵たちの出番だよ!!




 ―――巨狼が、ジャン・レッドウッドが、悪鬼獣に跳びかかった。


 巨大なアゴで、振り上げられていた悪鬼獣の腕に噛みついた。


 悪鬼獣の骨が砕かれる、だが……ジャンは驚くよ。


 砕けた骨が、蠢いて、修復していく!?




 ―――悪鬼獣は、腕に噛みつく巨狼を、簡単なことのように振り回す。


 床と壁に叩きつけられて、すでに疲れ果てていたジャンは、牙を離していた。


 悪鬼獣の拳の乱打が、ジャンの体に撃ち込まれていく。


 疲労し過ぎていたから、もうその打撃に抗う術はジャンにも残っていない。




 ―――ただただ殴られ続けるだけだった、だからこそ、ギンドウがキレる。


 魔銀の義手に魔力を込めて、悪鬼獣目掛けて走るのさ。


 ……クソが、このゲテモノがッ!!


 オレの舎弟を、いじめていいのは、オレだけっすよッッ!!!




 ―――もう魔力が残っちゃいないのに、ギンドウが『ジゲルフィン』を連発する!!


 紫電の雷槍が悪鬼獣の肉体を穿ち、大穴を開けていたよ。


 だが、その肉体は、またたく間に修復されていく……。


 そうさ、悪鬼獣は……最高の『素体』を手にしていたのさ。




 ―――転生を繰り返し、強さを増して来た『悪鬼獣シャイターン』……。


 今度の『素体』は、邪悪なる大悪人……武術も呪術も習得している、明白なる強者。


 イーライとピエトロが、『虎』たちが、悪鬼獣を攻撃しようとするが。


 悪鬼獣は、宙へと跳んで、彼らの突撃を回避した。




 ―――壊れた回廊を足蹴にして、ヤツは宙を飛び回る。


 悪鬼獣は、牙を剥き……その両腕に『雷』を帯電させていた。


 悪鬼獣は、その『雷』を狙いもつけずに戦場へと放ったのさ。


 疲れ果てていた戦士たちが、ハントまでもが、『雷』を浴びて倒れたよ。




 ―――死ぬほどの傷ではないが、肉体が痺れて、動きが凍りつく。


 皆が倒れ込む、戦意はあっても……とっくに体力の限界を超えた体は、動かない。


 悪鬼獣は喜び……そして、シアン・ヴァティの鋼の牙に報復を受けていた。


 双刀が、ザクリとその首元に突き立てられる!!




 ―――ミアを『安全な場所』に運んで来たあとで、シアンは宙にいるヤツを攻撃した。


 刃が踊り、悪鬼獣の肉を深く切り刻む、不死身のバケモノといえど。


 心臓が脈打つ生命体だ、首を切られてえぐられれば、その出血はおびただしい。


 激痛に苦しみながらも、悪鬼獣は暴れ、シアンを宙に投げ飛ばす……。




 ―――毒針付きの尻尾を振り回し、宙で体勢を整えて、悪鬼獣は空中回廊に取りついた。


 まだ宙にいるシアンは無防備に映る、だから?彼女を殺すために、手脚に力を込める。


 剛力に負けた回廊の木がミシリと歪み……次の瞬間には、それを足蹴にしてヤツは跳ぶ。


 シアンを殺すためにね……だけど、『安全な場所』は動いていたよ。




 ―――謁見の間の奥にある通路まで、『安全な場所』はミアは背負って運ぶと。


 そのまま急いで、この戦場に戻って来たんだよ。


 そうだ、我らが団長、ソルジェ・ストラウスが宙に飛ぶのさ!!


 悪鬼獣は見るんだよ、アーレスの竜太刀が、黄金色の劫火を帯びている光景を!!


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