第七話 『悪鬼獣シャイターンと双刀の剣聖』 その19


「ここは通さぬ!!たとえ、それが『虎姫』、貴方であったとしても!!」


 曲がりくねった通路を走っていると、時たま出会う、何度か目の『小部屋』。本来は戦士を配置して、敵が王へ到達する時間を一分でも遅らせるための仕掛けだろう。斬り合いを出来る程の大きさはあるし、何より『伏兵』を隠せる場所だ。


 しかし……ラーフマめ、どうなっているんだ?細剣を装備した婆様が、意気揚々とオレたちの前に立ちふさがっている。服装からして、あきらかに非戦闘員。というか、おそらくババアのメイドだ。


「……婆さん、何の冗談だ?」


「……赤毛よ、気安く呼ぶな。私は貴様の敵だ」


「誤解があるかもしれないな……オレは、ラーフマを殺しに来ただけだぞ?他の者の命に興味はない!」


「シーヴァさまを、ハント大佐に差し出すつもりでしょう?」


 高齢女性はそう言いながら、細剣を構える。さすがはハイランドの王城勤めということか。彼女にも『須弥山』を感じる。


 若い頃は、かなりの剣士だったのかもしれない。だが、今では、さすがにムリがある。どのババアもシスター・アビゲイルになれるわけじゃないんだ。


「……久しぶりに剣を握ったのだろう?止めておけ、腰が壊れるぞ」


「……うるさい。若造め。私が、いったい、どれだけの王に仕えたと思っているのか!!」


「ふん。この程度の修羅場は、慣れているか、大ベテランよ」


「ええ、その通り!剣を抜くがいい!!」


「ムチャを言え……年寄り殺しになんざ、なれるかよ」


 アズー・ラーフマってのは、こんな小細工を使うマフィアなのかね?いやいや、確かにとんでもないよ?……この年寄りを斬り捨てるのは、オレにはムリだなあ……とッ!


 シュンシュンシュン!!


 くくく、婆さんとは思えない身のこなしだったな。フーレン族ならではの動きだろうか?オレはその三連続の突きを躱したよ。


「く!?その体格で、そんな鎧を着込んでいるくせに……どうして、そこまで動けるんでしょうね!?」


「『達人』の技巧というのは、そういうものだろう?矛盾を体現する。だからこそ、強いんだよ」


「……自分で『達人』などと語るのは、どの口でしょうかね」


「この口だよ!……オレは、自信があるぞ。オレよりも強いヤツは、『須弥山』にもいない」


 確信だよ。シアン・ヴァティがその証。彼女が強いヤツを求めて外国に出なければいけなかったのは……結局、自分よりも『上』の剣士がこの王国にはいないからだ。そのシアンよりも、オレは『上』だ。


 婆さんは、口惜しそうにシワだらけの顔を歪めるのさ。


「……フン。腹立たしいが、その剣気……シアンさまを従えるだけのことはあると、認めようじゃないか」


「そうか。だったら、ついでに通してくれないか?」


「通すものかい!シーヴァさまも、シャオさまも、私は、最期までお守りするんだ!」


 そう言いながら、婆さんは突きを放つ。オレは、避けないよ。避ける前に、シアンがその細剣を『ピンポイント・シャープネス』を帯びた斬撃で、切り裂いていたから。


「ぬう!私の剣を、よくも!……ですが、さすが、『虎姫』です!」


「リンメー・パーズ……いい動きだ。だが、老いは隠せない」


 リンメー婆さんともお知り合いなのか。蛇の道は蛇と言うしな。強い女性は強い女性と、どいつもこいつも知り合い同士なのかもしれない。


 とにかく、婆さんは武装を失った。だが、それでも、その通路に立ちふさがる。肉体の盾となり、オレたちを防ごうというのか……っ。


 その必死さは、認めよう。だから、オレは訊くんだよ。


「……命を賭けて、何を望むと言うんだ、婆さん……いや、リンメー・パーズよ。オレはソルジェ・ストラウス。ガルーナの竜騎士だ、女性の願いを無下にはせんぞ。話せ」


「……私が望むのは、シーヴァさまとシャオさまの命のみ!!」


「……彼らは、貴方にとって何なのだ?」


「シーヴァさまは、この国の王となるべきお方!!シャオさまは、その母親だ!!」


「そうじゃない」


「なに?」


「立場を聞いているのではない。どうして、二人を守りたいか、それを聞いている」


「……っ」


 だんまりか。実力行使というワケにはいかんな。説得を続けるしかないか。騎士道精神を捨てて、年寄りを斬るほど、オレは落ちてはいない。


「リンメー・パーズよ、オレたちは急いでいる。君は、王子とその母親を守りたいと言ったが……アズー・ラーフマを守りたいとは口にしていない」


「……当たり前だ、あのようなゲスを、我が身を犠牲にしてまで守りたいものか!!」


 ほう?気が合いそうだな。


 そうだ。間違えてはいけない。王家と『白虎』は元々、別物だ。彼女はハイランド王家に仕えてはいるが、『白虎』に魂を売ったマフィアのクズなどではない。ならば、交渉も説得も可能なはずだ。オレたちは、敵同士ではない。


「……リンメー・パーズ、オレが『どういった存在』なのか分かるか?」


「ええ。知っていますとも。王城でメイドたちの長をするということは、この国の表も裏も知り尽くすということです」


 たしかに、女中やメイドが王侯貴族関連のゴシップの情報源だってことは、世界中の市民が知っていることだよな。


 メイド長がオレを睨む。灰色の尻尾をピシッ!と鞭を打つようにしならせながら。


「ソルジェ・ストラウス!ガルーナの竜騎士。亡国の竜騎士が、ルード王国の傭兵となったのだ!!……祖国を滅ぼした帝国に、復讐の怒りを持つだけの存在。貴様は、『忠』を失った、『さまよえる騎士』だ」


 手厳しい。だが、全て真実だな。オレが難民たちに共感を禁じ得ないのは、過剰な程の肩入れをしてしまう理由は、そこだよ。オレこそが、『バガボンド/漂泊者』だからだ。


「ああ。たしかに、オレはガルーナもベリウス陛下も守れなかったよ。忠誠を捧げるべき存在は、すでにこの世から消え去ったさ。だが、騎士道は捨ててはいないぞ」


「……ほう」


「あのハント大佐が、罪無き6才児を不幸にしたがる男とは思えないが……もしも、そのシーヴァとシャオが、『亡命』を希望するのなら、ルードだろうがどこにだろうが、好きなところに運んでみせる。ハント大佐であっても、このオレが殺させはしない」


「……本気で言っているのですか?……この敵と味方が入れ替わるのが常な、乱世において、それを貫くことは、あまりにも難しい。それでも、そんな言葉を本気で口にしていると?」


「もちろんそうだ。罪無き者に振るう剣は持たない。『須弥山』の流儀を君らが継いでいるように、オレもガルーナ竜騎士の志を継いでいる。それは、国が滅びようが、不変の哲学だ。己の定めた道に反してまで、生きようなどとする道は、竜騎士にはない」


「……いい言葉です。ですが、そのような言葉だけで、私を説得出来るとでも?」


「ああ、思っている。嘘でこんなことを言えるほどに、オレは歪んでいると思うか?」


「……いいえ。お前が嘘つきとは、言わない。それに……それほど歪んでいるとは思えない。ですが、それでも、私は慎重でなくてはならないのです!……少し、考えさせてください……」


 なるほど。忠臣の鑑だ。


 だが……オレは貴方のその必死さが、ただの忠節由来の感情ではないように思えるぞ。感情移入しているのはないか?……眼球運動が活発過ぎる、そしてその灰色の尻尾の動きもね?……職務由来の動揺なのかい、その激しさが?


 そうじゃない。


 貴方は本当に……彼らのことが―――。


「……大切な二人なんだな」


「……ええ。道具にされた、あわれな方々です」


「……そうか。彼らは、ラーフマの傀儡だったのか」


「……誰よりも同情すべき方々。私は、ただ仕えていましたが……何も、してあげることが出来ませんでした」


「今、している。命を賭けて、盾となっている」


「……無力な、年寄りのワガママに過ぎない行為かもしれません」


「いいや。貴方は確かに、オレたちを足止めしている。忠節は尽くしているぞ。だが、オレも、9年前に同じようなことをした。竜と共に敵に特攻までしてみたが、それでもガルーナを守れなかった。王も家族もな……故郷もない。地名までも帝国に変えられ、失われた」


「ソルジェ・ストラウス……」


「貴方が命よりも大切な者たちのために忠節を尽くそうというのは分かった。だがな、この時間は、本当に正しいのか?ずいぶんと使っているぞ?……9年前、オレたちは、悪党のファリスを信じて、裏切られ、殺された。貴方は、大切な二人をこの先に置いて来たな」


「……ッ!!」


「そこに、邪悪だと分かりきっている男、アズー・ラーフマもいるんだろう?」


「そ、それは……っ」


「悪人は信じるな。オレを見ろ。故郷も王も、母も、妹も……あらゆるものを失った男が口にする言葉は、滑稽な戯言に過ぎないというのか?」


「……っ!!」


 ……現状では、どう考えても最高の申し出のはずだ。ハント大佐に殺されるよりは、第三国に亡命した方がマシだってのは、王子とその母親の『生命』を重視するのであれば、簡単な選択じゃないか?


 なのに、アンタはためらっている。


 つまり。


 ……オレを信じてくれていないというわけだな。


 悲しいが、仕方がない。でも、いいさ。オレにも切り札があるんだ。


「―――なあ、アンタ、『虎姫』なら信じられるか?」


「……どういうことだ?」


「おい。シアンよ、オレがガルーナの竜騎士に反する行いをすれば、背中から斬れ」


 シアン・ヴァティは普段通りの表情で、事もなげにうなずくよ。


「わかった、我が『長』よ、そうしよう。お前が誇りに反したならば、必ずや、この刀でお前を殺す」


 くくく、それでこそ、オレの愛しい『虎姫』さんだ。ああ、殺せよ?このオレが、君の琥珀の瞳に映す価値を放てなくなったそのときは、君がオレを殺して……『魔王』を継承しろ。


「なあ……どうだい、婆さん。これで、オレの言葉を信じられるか?……オレと、シアン・ヴァティの『約束』を」


「……分かりました。必ずや、お約束をお守り下さいますね?」


「当然だ。ガルーナと、『虎姫』に誓う。君の大切な二人を守るために、全力を尽くすことを誓おう」


「……ふう。敵かもしれぬモノに、お二人を渡すことを選ぶとは……」


「乱世だ。今日の敵は、明日の仲間」


「ですが、明後日は?」


「そこまで生きていられたなら、十分な信頼が置ける交渉だったと納得出来るんじゃないのか?」


「……たしかに」


「『永遠』を補償することは出来ない。だが、この瞬間の誓いを……永遠に忘れないことは出来るさ」


「……ええ。誓って下さい。サー・ストラウス」


「ああ。我が故郷ガルーナと、我が一族、ストラウスの名にかけて」


 その言葉を信じてくれたのか、婆さんは、オレたちのために道を譲る。


「お二人を、お願いします」


「ああ、任せとけ」


 オレたちは『パンジャール猟兵団』……負けるようには出来ちゃいのさ。さーて、奇襲と要人救出か……ならば、時間よりも慎重さを重視した方がいい可能性があるんだが。


 さっきから、ミアが本当に小さなそよ風を魔術で呼んでいる。


 返ってきたのは、香のにおい……『須弥山』の武術寺院の修行者たちが使っていたものか?……『呪禁者』であるラーフマの愛用品?……この窮地に、瞑想でもしているのだろうか。別に、していてもおかしくはないけども。


「……婆さん、この先の部屋に向かう通路は、ここだけなのか?」


「ええ。ここだけです。ハイランドの王は、逃げも隠れもしない。この先は寝所であり、最期の地」


「……つまり、死角からの奇襲は出来ぬということか」


 リエルが、ふうむ、と口元に指を当てながら語る。たしかに、それは厄介だ。だが、意表を突くというのは、正面からでも―――ッ!?


 ……そして。


 オレたちは聞いちまったんだよ。


『ギギギギギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!!』


 ……『シャイターン』の産声をな。



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