第七話 『悪鬼獣シャイターンと双刀の剣聖』 その18


 ―――なんていう茶番なのか、ラーフマは苦笑する。


 だが、別に構わない、傀儡の王に頭を下げることなど、彼には難しいことではない。


 ただ座り、嘘を述べればいいだけのこと。


 それだけで、このバカな母子が満足だというのならば、従おう。




 ―――そもそも、シーヴァは、『お飾り』にしても貧弱すぎる……。


 怯えた王では、権力が弱まる……せめて、見かけだけは堂々としていて欲しいものだが。


 ラーフマは、シーヴァの前に歩み出る。


 そして、語るんだよ。




 ―――シーヴァさま、どうか、私めに命じてくださいませ。


 この国の王に、シーヴァさまに、忠誠をと――――――ッ!?


 ラーフマが左手で己の胸を押さえる仕草をしたときだ、いつもの仕草だ。


 ずっと、憎悪を込めて、睨みつけてきたその仕草を、シャオは把握していたよ。




 ―――これ見よがしの偽りだ、『私を信じて下さい』。


 ヤツがその嘘をつくための、いつもの仕草。


 それをシャオは見切っていたのさ、だから?


 だから、脇腹がどれ位がら空きになるかを、知っていた。




 ―――憎悪を込めた女の動き、息子の『未来』を求める母の動き。


 どちらでもあったよ、その殺意を帯びた動きはね!


 隠し持って来た宝刀で……その小さいが鋭い刃で、シャオはラーフマを突き刺していた。


 肺まで達するその深手、だが、致命傷には至らない……わずかに、力が足りなかった。




 ―――こ、このアマぁああああああああああああああッ!!


 殺されかけたことで、激昂し、ただのマフィアに戻ったラーフマがシャオを殴った!!


 シャオの華奢な体は、吹っ飛んでいた、ベッドの端に体をぶつけて、床へと倒れる!!


 シャオは自分の暗殺が失敗したことを、悔やんでいた……長年の軟禁生活が彼女を弱らせていた、




 ―――母上!!は、母上えええええええええええええええッ!!


 殴り倒された母親に、シーヴァが走って行くよ、それはそうさ、世界でただ一人の家族だ。


 ……だが、目前を遮る者を、怒れる『虎』は許さないものさ。


 脇腹の痛みが、その出血が、アズー・ラーフマを鬼の形相に変えていた。




 ―――どけええええッ!!このクソガキがあああああああッッ!!


 シーヴァをつかむようにして、投げ倒していた。


 殺しはしないよ、ラーフマにとって、シーヴァは大切な『道具』だからね?


 シーヴァは武術を習っているから、キレイに受け身を取っていた、技は勇気がなくても使えるものさ。




 ―――自分の『道具』が大きなケガを負わなかったことを確かめて、彼はシャオを睨む。


 ラーフマは歩き、立ち上がろうとしていた。


 悪人はツカツカと靴音を高く鳴らしながら歩き、シャオの手を踏む。


 宝刀を握ったその小さな右手をね、ラーフマは、怒りを露わにして問い詰めた。




 ―――シャオぉ!!一体どこに、こんなものを、隠し持っていたあああッ!?


 ……侍女たちが、金に目がくらみ盗んだですって?……貴様は、本気でそう信じていたのか。


 金でしか……損得でしか、世界を見られない、下らぬ男め。


 この刃は、我ら母子をあわれんでくれた者たちが、私に届けた刃だッ!!




 ―――私の夫が、私にくれた刃だッ!!


 私に近寄るな、この下郎がッ!!


 私に触れていいのは、私の夫、ガトウさまだけだッ!!


 琥珀の双眸に睨まれて、彼女の放つ気高さに呑まれて、ラーフマの身体が揺れていた。




 ―――そのことが、道具に過ぎない小娘に怯えてしまったことが、彼を激怒させる。


 そうだよ、彼は引いてしまったのさ、悪人にあるまじき行いだ。


 悪人はね、正義や正論に道を譲ることは出来ないのさ。


 もしも、正しさに屈服したとき……悪人は、己の醜さを直視することになる。




 ―――自分が『取るに足らない存在』だと、気がつかされてしまう。


 だから、悪人は、悪を貫くしかないんだよ。


 己の下らぬ醜さに気がついたとき、あまりに己が軽い存在だと気づいたとき。


 ……悪人ってヤツらはね、よく自殺しちゃうんだよね。




 ―――気高さに負けてしまったときは、危ないさ。


 己の誇りなど虚栄でしかないと気がつくと、築いたモノが大きいほどに心は危うくなるよ。


 悪人でも、劣等感と戦いながら生きている。


 自分が取るに足らない存在だと気づかされたくなくて、悪人どもも必死なのさ。




 ―――激怒に体を震わせるアズー・ラーフマを、気高き姫君は睨みつける!!


 琥珀色の双眸が、クズ野郎を射抜くように見ているよ。


 もはや、彼女は邪悪なマフィアの、クズ野郎の虜などではない。


 気高きシャオは牙を剥き、幸運の象徴である白い尻尾の毛を怒りに逆立てる!!




 ―――アズー・ラーフマ!!薄汚い手をどけろ、この邪悪で恥知らずな『王殺し』めッ!!


 そうだ、ラーフマは激怒しているのに、あのシャオに激怒され罵倒されている。


 その事実に気づき、彼は自分の『王国』が不完全だったことに愕然としているのさ。


 支配したはずだった、恐怖で、支配したはずだった、陵辱し、操り、呪うように虜にした!!




 ―――この王国さえも乗っ取り、支配したではないかッ!!


 師匠からは低脳と見限られ、追放されて、野に下り『白虎』の前身の結社に拾われた。


 『呪禁者』だった事実を隠し、暴力を磨いた。


 知識と呪術を悪用し、他のマフィアには出来ぬコトをしたッ!!私は偉大だッ!!




 ―――豊かにしただろう!?この国を、豊かにし、富を築きッ!!


 富にへつらい尻尾を振るバカどもを、支配してやって来たッ!!


 そうだというのに?そうだというのに、たった一人の無力な小娘に軽んじられたッ!!


 その事実は、所詮は邪道の一人でしかない彼の誇りを、たやすく粉々にしていたよ。




 ―――取るに足らぬ悪党の、劣等感が爆発するよ、恐怖で支配出来ぬなら選択肢は暴力だけ。


 ふざけるなあああああああ!!私の、『道具』でしかない、小娘があああああッ!!


 マフィアの足が、姫君の身体を何度も踏みつけた、シャオは、それでも刃に指を絡める。


 奪われたくはなかった、それは、たとえ政略結婚でしかなかったにせよ。




 ―――彼女に、『愛している』、という言葉と共に、夫が捧げてくれたものだったから。


 どんなにラーフマに肉体を穢されようとも、夫は、ガトウだけだった。


 シャオの見せる抵抗が、ラーフマにはたまらなく腹立たしい。


 正しき者が見せる折れぬ心が……口惜しいのさ。




 ―――ねじれて曲がった心を持つ、正道から逃げた、ただの落伍者。


 それが、マフィア・アズー・ラーフマの本質なんだ。


 だから、こんなに弱い女一人にさえ、心で負けてしまっているんだよ。


 ふざけるな!!ふざけるなああ!!ふざけるなああああああッッ!!




 ―――叫びながら、殴り、蹴り続け……そして、背中に『熱』を知る。


 ラーフマはね、気づいたんだよ、背中を『刺され』ながら。


 『須弥山』の刀は、いつだって『一対』さ、『右』の刀と、『左』の刀。


 宝刀だって、同じことだった……ガトウの宝刀も、もちろん、そうだよ。




 ―――背中に刺さっていたのは、もう一振りの刀、ハイランドの王子は武術を学ぶよ。


 四つの頃からね、毎日のように『須弥山』の武術を叩き込むのさ。


 だから、心がどんなに恐怖で包まれていたとしてもね?……望めば、技巧が動き出す。


 シーヴァは、母から託された宝刀を手にして、祖父のベッドを足場にし、跳んだのさ。




 ―――シアンが見せる飛びつき技、『翔牙』という技だよ、本来は二本でやるが。


 両手で握り、一本の宝刀でも出来る、悪人の背中に刃は刺さっていた。


 ……は、母上を……ッ、僕の母上をッ!!殴るなあああああッ!!


 殺意を帯びたとき、シーヴァの体に刻まれた『須弥山』の技巧が再び動く。




 ―――指が動き、刃が動く、ねじるようにね?……そうさ、傷口を大きく広げるよ。


 幼いが、その技巧は完璧だった……しかし、宝刀の小ささと子供の力では威力が無い。


 残念ながらラーフマの体は、その攻撃に耐えていたよ……。


 『虎』が暴れ、背中に取りつくシーヴァを投げ捨てたのさ……。




 ―――怒れるラーフマは、足下でうめくシャオの頭を殴り、彼女を気絶させた。


 母上えええッ!!……立ち上がるシーヴァに、ラーフマは『風』を撃ち込んだ。


 シーヴァの小さな体が吹っ飛び、壁に叩きつけられる、それでも、意識はある。


 『須弥山』の指導が、生きていた、小さいが、『虎』に至る資質は十分。




 ―――だが、まだ幼く、歩き出す力が出ない、腹に当たった『風』は、肋骨を割っていた。


 息もろくに吸えないよ、だから、動くこともままならず……シーヴァは睨むだけだ。


 そしてラーフマは怒りを覚えるよ、『道具』でしかない母子にここまでやられたからね。


 だから?……ラーフマは実行することにする、最高の『守護者』を創るんだ。




 ―――ラーフマが、呪文を唱えるよ……『糸』が意志あるように動いていく。


 このお香の煙の中でなら、ガールドから奪った知識で『制御』が可能さ。


 密閉され、そして……ラーフマに呪われたカーレイ王がいた、この穢れた場所なら。


 ラーフマの呪術が染みついた、この場所だけでなら……『シャイターン』さえ『道具』だ。




 ―――見ろ、シーヴァよ!!この国の次の王よッ!!あれが、私の『守護神』だッ!!


 ……い、『糸』が、うごいてる……っ!?


 ああ、『糸』を蜘蛛の脚の代わりのように使ってなあ、『繭』が、来たるぞッ!!


 『シャイターン』の、『繭』がなああああああッ!!ハハハハハッ!!




 ―――そして、シーヴァは見たよ、大きな大きな『繭』の姿をね。


 この部屋の天井に、それは張り付いていた……それが、今、彼らの前に降りてくる。


 ……これに生きたヒトを入れれば、最強の『呪い尾』、『シャイターン』になるのだよ?


 『誰』を捧げると思う?……お前ではない、お前の母親だよ、シーヴァッッ!!




 ―――あまりの言葉にシーヴァは呆然とする、6才だ、状況を把握するのも難しい。


 だが、お構いなしに悲劇は進む、ラーフマが、シャオの髪を掴む。


 意識のないシャオは、それでも宝刀を放していない、腹が立つが、かまわない。


 ラーフマは、まったくの躊躇もなしに、シャオをその『繭』目掛けて投げ入れたよ。




 ―――『繭』は、意識無く飛んだシャオの華奢な体を……。


 まるで、捕食するように動いていたよ。


 自ら『割れて』、大きな『口』を開き、シャオを呑み込む。


 『糸』が死んだ蜘蛛の脚みたいに、己を抱き込むようにして、『繭』を包んでいった。




 ―――母うええええええええええええええええええええッ!!シーヴァが叫ぶ。


 息子の声で、シャオは目を覚ますが……もう、彼女の体は『糸』の底へと沈む途中だ。


 そして……その場所で、彼女は『何か』に触れるんだ、ラーフマが、説明するよ。


 ……カーレイ王だ!……私の呪術を長年刻んだ、彼の『遺体』、それも、そこにあるぞ?




 ―――シャオが悲鳴をあげたよ、義父のものとはいえ死体に触れた、それは怖いよ。


 腐敗はまだ少しだけ……でも、葬儀は行われたはずなのに!?


 埋められたのは、空の棺桶さ……呪いを浴び続けた最高の『素体』。


 それを、この外道の『呪禁者』が、利用せぬまま土に還してやるわけがなかった。




 ―――『長年の実験材料』だ、カーレイ王の肉体は、死してなお悪人の傀儡だったよ。


 おぞましい儀式が始まることを本能で悟り、シャオは、息子に、逃げて!!と叫ぶ。


 だが、ラーフマは命じるんだよ、シーヴァにね。


 逃げるな、その目で見ていろ!貴様の母親が、貴様の祖父と混ざり、魔物になる様を!!




 ―――シャオの悲鳴はすぐに消え、『繭』はどんどん膨らんでいく……。


 そして……そして、『繭』は割れたよ、白くて醜い顔が『繭』から突き出ていた……ッ。


 ギギギギイイイイイイ!!悪鬼獣が啼き、それゆえに、シーヴァは絶望する。


 泣いて、叫んで……悲しみと苦しみの果てに、シーヴァの心は灰になった。




 ……ラーフマの言う通り、世界は残酷さ。シーヴァ、君にとっても、君の母親にとってもね。でも、その残酷は、平等に訪れる……『魔王』が、来るよ。君らを虐めた、その鬼畜を殺すために。


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