第七話 『悪鬼獣シャイターンと双刀の剣聖』 その11


 ―――城塞の北側の門の一つが、ゆっくりと動いていくよ、いや……あっさりかな?


 ジャンがその巨大な門を開く、やせっぽちの彼が押し開いていく姿に戦士たちは驚くよ。


 開かれたその門を、無数の馬車が入って行くね。


 ソルジェたちは仕事をしていたよ、北側をうろつく王国軍の兵士を捕縛していた。




 ―――黒の衣装は効果を発揮したのか、闇に紛れての襲撃技は見事なものだ。


 警備は普段の三倍だけど、ミアとシアンが組んでの高速襲撃は防げないさ。


 シアンは次から次に見張りを殴り倒したし、ミアは蹴り技で気絶させていく。


 ソルジェとリエルとカミラとアイリスは『コウモリ・アタック』で詰め所を落とす。




 ―――夜の闇に紛れて、猟兵たちは暗躍をつづけたというわけさ。


 この戦力を前にすれば、精強で名高いハイランド王国軍の兵士たちも総崩れだよ。


 ハント大佐とイーライ将軍は、猟兵たちの仕事を称えて、握手とハグでソルジェと挨拶。


 ジャンとギンドウとも、久しぶりだと挨拶を交わすのさ、ピエトロともね?




 ―――ジャンとピエトロは、なんだか気が合うようだった。


 ソルジェはピエトロが心配でもあるから、ジャンがついてくれたことで安心をする。


 フーレンの兵士たちは、本能的にジャンを脅威と感じて、殺到するだろう。


 ピエトロは、援護射撃をすればいい……彼の弓は優れている、いい援護をするだろう。




 ―――ソルジェはジャンとギンドウを彼らの護衛に選び、残りのメンバーで空へ向かう。


 カミラの『コウモリ』でね……ああ、飛ぶ前に、ソルジェはカミラに指先を与える。


 カミラはその唇で、ソルジェの親指をつつむように吸い込んで、牙を当てた。


 吸血の時間だよ、彼女には魔力を最大限まで高めておきたいからね!




 ―――『シャイターン』対策の、カードの一つだからね、彼女のお腹は満たしておくべきさ!


 カミラの『闇』……あらゆる魔力を吸い尽くす、吸血鬼のその魔力。


 それで『シャイターン』の『呪い』を破壊出来たなら、それでいいのだが……。


 300人分の生け贄で創られた、その『呪い』……果たして砕けるかは不透明。




 ―――それでも、全てを用意する……ソルジェはあの黒水晶も持っているよ?


 これも秘策の一つだね、ジム・ジェイド氏の遺作だった。


 命を消費しながら、彼が自分の心臓で精製した『呪い』であり『祈り』。


 この黒水晶さえあれば、状況を変えられるだろうさ……。




 ―――少なくとも、アズー・ラーフマを驚かせるよね。


 ソルジェは戦いの達人だよ、相手を怯ませたならば?


 どうにかしてくれるはずさ……たとえ、それが『シャイターン』であろうとも。


 栄養補給が終わったら?『コウモリ』で化けて、皆が上空へと飛んだのさ。




 ―――ソルジェと女戦鬼たちと女スパイがね、黒き竜の背に乗るよ。


 王国軍は、気が緩んでいたね……夜中の2時だ、本能がその心を緩ませる時刻だ。


 竜への警戒は強かったけれど、闇色の竜を見つけるのはフーレンの目でも難しい。


 ゼファーは200メートル以上、低く飛ぶことは、あったとしても一瞬さ。




 ―――それに、ギンドウの作った『竜吠えの鏑矢』は、効果的だったのさ。


 竜が『南』にいるように見せかけることは、出来たんだよね。


 ラーフマの指示で、南に向かっていた弓兵隊が、膠着する南の戦場に届きそうだ。


 王国軍は援軍が合流すれば、『バガボンド』に接近しようと考えている。




 ―――武装した難民たちを追い散らし、帝国軍にも自分たちの戦力を見せておきたい。


 援軍が合流した自分たちなら、『バガボンド』と帝国軍とも同時に戦える。


 それを見せつけておきたかったよ、国境近くに陣取る帝国軍は、最大の脅威だよ。


 侵略の哲学と、人間第一主義を掲げる、この軍隊……脅威以外の何でもない。




 ―――王国軍の兵士たちは、自分が何と戦おうとしているのか分からなくなる。


 ラーフマの親帝国政策は、国に富をもたらしはしたけれど……魂を帝国に売りつけた。


 ハント大佐の掲げる正義は、帝国との戦をもたらし誇りを得るが……富を失うよ。


 それらは、両立することのない思想だからね。




 ―――兵士たちは、大いに混乱していたよ……難民たちに、自分が重なりもする。


 傷ついた『虎』の兵士たちも、彼らの列には混じっていたからね。


 そうさ、王国軍は負けられない。


 彼らは分かっているんだよ、兵士だからね。




 ―――自分たちがどう振る舞おうとも、帝国軍という略奪者からすれば。


 けっきょくは関係ないことだよ、自分たちが弱り、緩めば……帝国軍は、必ず友情を捨てて奪いに来るよ。


 襲いかかり、自分たちを殲滅し……そして、ハイランド王国を奪うだろう。


 隣接する国家に、友情は築きにくいものさ。




 ―――あったとしても、それは脆さしかない偽りの友情に過ぎないね。


 兵士たちは葛藤のあげく、その考えに至るんだ。


 強さを見せつけよう……少々、小競り合いを起こしたとしても構わない。


 『バガボンド』を追い散らし、国境線で、帝国軍と対峙しよう……。




 ―――強くなければ、覇権国家の隣国なんてやっていけないよ。


 王国軍は、ラーフマの言いつけを破ろうとしていたのさ……。


 帝国軍にプレッシャーをかける気だ、知らしめなくてはならない、来れば、殺すと。


 指揮官は、それで罪を問われてもいいさと考えていた。




 ―――国境線で戦意を欠くなど、愚の骨頂……衝突を避けて、弱さを見せる?


 軍人として最悪の決断だよね?……あちらは、上がってきているのだから。


 消耗することも無いほどの戦力を集結させて、『バガボンド』を追い散らす。


 そして……国境線を越えるほどの勢いで南下して、帝国軍こそを威嚇する。




 ―――そうだよ、王国軍から見れば、『バガボンド』も帝国軍も。


 追い返すべき『敵』である、そう認識することは彼らの哲学として正しいね。


 ああ……弓隊の援軍が来たよ、これで竜も怖くない。


 指揮官は……ゆっくりと軍を進めたよ。




 ―――その動きを見切っていたピアノの旦那が動いたよ、巨大な強弓を引いた。


 鏑矢を放つね、これは竜の模倣ではないのさ、『バガボンド』に後退しろと告げる歌。


 非戦闘員が多い『バガボンド』たちは……踵を返して原初の森林へと戻る。


 最後の『ギラア・バトゥ』の血をつかうよ、これで……明日は森にもぐれない。




 ―――『バガボンド』が西へと去るのを見て、帝国軍は安堵したか?


 いいや……そんなことはない、竜と武装した難民たちは脅威だったが……。


 ほとんど全軍が集結しつつあるハイランド王国軍は、それよりも脅威だった。


 指揮官は命令していたよ、帝国軍を追い返すぞ……。




 ―――ラーフマの指揮を超えて、ハイランド王国軍は南下を続ける。


 帝国軍は知っている、『虎』たちの強さを……それに、大きな疑惑もわくよ。


 『バガボンド』と連携しているようにさえ、王国軍の動きは認識されていた。


 西の森へともぐる『バガボンド』……だが、その距離は、まだ近い。




 ―――武装難民とハイランド王国軍が連携すれば?北と西から同時に攻められれば?


 壊滅させられる可能性は、極めて高かった……。


 帝国軍にも自覚はあるよ、自分たちが侵略者だということにね。


 自分たちの哲学のもとに、世界は統制されるべきだと過信してはいるけれど。




 ―――どの国家だって、他国に攻め入られることを、受け入れる気は無いだろう。


 そんなことぐらい、帝国の兵士たちの半分以上は分かっているさ。


 ああ、でも、半分近くは分かっていないところが怖い。


 人間第一主義という思想はね、亜人種との関わりが減少していた若者によく根付く。




 ―――自分たち人間は選ばれた種族であり、あらゆる種族を統制すべきた。


 それが優れた種族の役目である、そう信じているんだよ。


 若者は純粋で狂暴で、よく間違うのさ……侵略者を正義の化身と見なすことだってできる。


 歪んだ自己愛を見せるのも、ヒトという愚かな種族がもつ習性の一つ。




 ―――人間族だけじゃなく亜人種も含めてのことだけど、皆、自分が一番可愛いよ。


 だからこそ、理解すべきだね。


 奪おうとすれば、奪われることもある。


 あらゆるヒト族は、牙が生えているんだよ?




 ―――極限まで追い詰められたなら、最終的に狂暴を見せるのがヒトの本能さ。


 国家が欲しいなら?……殺し合いで奪えばそれで済む。


 ヒトの理屈など、獣と同じ。


 だからこそ、この三すくみは意味を持つ。




 ―――誰もが自分たち以外を敵だと信じ、その動きを止めてしまうのさ。


 三者がそれぞれを警戒しながら、動きの全てを止めてしまう……。


 それでいいんだよ……僕らにとっては、それこそが狙い。


 ジーロウとピアノの旦那は、ハイタッチさ!!




 ―――時間も稼げるし、ラーフマはその内に王国軍の行いを知る。


 動揺したのさ、己の統制を超えて動く王国軍に激怒したよ。


 この緊張のせいで、帝国との貿易再開が遠のくことを感じて、吐き気を覚えていた。


 彼はすべきことがありすぎる、ハント大佐、『行方不明』のヴァン・カーリー、竜に、帝国への対応。




 ―――もう若くもないからね、深夜の労働は、彼を疲弊させたよ……。


 彼の苛立ちを見て、王国の要人たちは不安になる、彼の狂暴さを知っている。


 とくに城につとめている者たちの7割は、彼こそが『王殺し』だと信じているからね。


 この狂気の人物には、もう歯止めなど利かない……。




 ―――国土を防衛しようと動いた兵士たちに、彼は厳罰を与えるのだろうか?


 そうなれば、ますます国家が分裂される……役人たちはそう考え、頭を抱えるよ。


 ラーフマのもたらす利益は好きだが……この混迷は、命の危険を感じさせた。


 役人たちの多くが、ラーフマに嫌気が差して、あるいはラーフマに嫌悪されてしまっていたよ。




 ―――この王宮から離れて来たのだが、もしかして、自分もそうすべき時が来たのか?


 何人もの役人たちの心が離れて行くが、追い詰められイラつくラーフマは気づけない。


 人心掌握にも長けてはいたが、この国の真の支配者の座を得ようとしている今……。


 彼は、あまりにも傲慢になり、他人の心を読む行為に意識を向けられなかった。




 ―――ラーフマには、この国を良くしてきた自覚なるものがあった。


 邪悪な行いも多いが、たしかに彼はこの国に利益はもたらしてはいるよ。


 だが、忘れてはならない、利益で作った絆はね、致命的な脆さがある。


 今後の利益が見通せなければ、過去の絆は、即座に消えるんだよ。




 ―――帝国との貿易が滞るなか……役人たちへと回る金が減っていたんだ。


 ラーフマには、もう狡猾な役人たちを統制する力も失い始めているのさ。


 ラーフマを守り、共に在ろうとする者は、もう親衛隊のような『白虎』だけだろう。


 『白虎』からすれば、ラーフマがもたらす密貿易の利益が、まだあるからね……。




 ―――王城の内部が混乱する頃……戴冠式を控えたシーヴァ王子は母の部屋にいた。


 シーヴァ王子は勇敢な子供ではないよ、武術も学問も、たっぷりとしこまれたけど。


 日々、ラーフマの残忍さと、恐怖をすり込まれても来たからね……。


 彼は母に抱きつき、泣いていた……。




 ―――まだ6才の彼は、その涙の理由なんて、自分でも分からない。


 ラーフマが怖くて……ハント大佐のことも怖かった。


 母親と祖父以外に、自分を権力の道具として見なさず、愛してくれる者などいない。


 彼はそう確信していた、その愛をくれる片割れの祖父が、目の前で殺された……。




 ―――無力な子供に過ぎない彼は、泣く権利があった……仕方がないさ、子供だもん。


 幽閉されて、軟禁生活の母親は、シーヴァ王子のことを慰めるように抱いている。


 ……『だいじょうぶよ』という言葉を、かけてやりたかったけれど……。


 彼女だって、ハント大佐の真意は知らない……。




 ―――夫と夫の父をラーフマに殺され、彼女にだって頼れる力は残っていない。


 彼女は自分が無力でつまらない女だと、絶望している。


 夫を殺したことを語られながら、ラーフマに陵辱された夜さえあった。


 死にたいほどの屈辱だったが、それでもシーヴァのために生きてきた。




 ―――だが、そんな日々が……本当に価値があったものなのか。


 彼女は分からない、ラーフマに嬲られつづけ、誇りを穢されつづけ。


 最愛の息子は、絶望の底にいる……そうさ、彼女には息子の流す涙の意味が分かる。


 それは、絶望の涙だよ……あらゆる行いに『未来』を見ることが出来ない者の涙さ。




 ―――最愛の息子を生かすために……そう信じ、屈辱に耐えて惨めに生き抜いた。


 それなのに……この結末と、これから待ち受けるこの子の将来は……あまりにも悲惨だ。


 息子の苦しみを、終わらせてやるべきだろうか……?


 この苦しみと絶望しかない傀儡の人生を送る、惨めで哀れな、私の息子の物語を。




 ―――母親は……夫から婚約の記念に送られた品を、ずっと隠し持っていた。


 彼女を哀れんだ侍女たちが、ラーフマから隠し抜いて、彼女へと戻した品だった。


 宝刀だよ……美しい装飾が施された、一振りの宝刀……。


 いつか、ラーフマと刺し違えるか、自分の首を掻き切るために、隠し持ってきた物だ。




 ―――愛する夫からもらった、この小さな宝刀で……。


 最愛の息子の胸を貫くべきだろうか……白くて長い尻尾を揺らしながら、彼女は悩む。


 息子を殺し、自分も死のうかしら……。


 そう覚悟を決めようとしていた、ラーフマのような悪党に、全てを奪われたまま朽ちる?




 ―――そんな無意味な苦しみだけの世界で、惨めに過ごさなければならぬのなら?


 『フーレンの王妃』となる定めであったその美しい姫は、尊厳に満ちた死を望む。


 我が子に訊くのさ……シーヴァ、もう、苦しいのは、イヤかしら?


 あまりにも苦しくて、すべてが、もう……イヤかしら?




 ―――シーヴァの問いに全てを委ねる気だったよ、もしも、彼がうなずけば?


 彼女はシーヴァを殺して、自分も死ぬつもりだったのさ。


 シーヴァは……何かを悟ったのか、わずかにその身を震わせながら、母親に言ったよ。


 ……母上……ぼ、ぼくは……ぼくは…………。




 しにたく、ないです…………。


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