第七話 『悪鬼獣シャイターンと双刀の剣聖』 その10


 オレたちが襲ったのは北側の城塞だよ……北から来る大佐たちを入城させなくてはならないからだ。オレは北を見るよ。闇の果てに、オレの仲間たちが乗る馬車の群れが見える。ああ、ジャンがいるな。


 ん、こっちに気づいて手を振っているな。両腕で。さすがオレの大ファン一号。しかし、魔眼の望遠能力と、タメを張るのかよ?……くくく、相変わらず、デタラメな身体能力だよ。『人狼』ってのはさ。


 その隣にピエトロがいる、急に手を振り出したのは、ジャンにオレがいることを告げられたからなのかな……うん。オレは、右手を軽く上げるだけにしておこう。彼らが二人そろっていると、ちょっと重たい。


 ハイランド台地の、草木の少ない乾いた白い荒野に、馬車団はもう来ている。待たすわけにはいかないな。西風も強い、雨の気配がする。近く、雨が降るぞ。救国の英雄を、雨に打たせるわけにはいかないだろう。さて、仕事を始めようじゃないか。


「カミラ!次だ!!」


「了解!!』


 また『コウモリ』に化けるよ。芸が無いだと?……そうじゃない、これが最も効率的なのさ。


 この三人なら、またたく間に『見張り台』を制圧出来るもんね?もちろん、左手に見える隣の『見張り台』を制圧しにかかるリエルとミアも、完璧だよ。


 ゼファーから『風』をまとって飛び降りたミアが、無音の着地を見せていた。それからは影のようになめらかに動く。おお、シアン・ヴァティの動きをマネ出来るようになってきているな!!


 低く忍び寄る、例の動きさ。


 『コウモリ』の一匹で、お兄ちゃんはミアを見ていた。獲物に忍び寄ったミアは、今夜はワイヤーを使った。背後から背の高いフーレン族の首に、ワイヤーを絡める。『切る』技もあるが……今夜は締め落とすだけさ。


 それでいい。『白虎』以外は殺すな。王国軍の兵士を殺すのは、オレたちの正義ではない。彼らはオレたちの仲間だ。ハント政権が樹立した後は、帝国軍と戦う、オレたちの同胞となるんだよ。


 リエルは……ああ。彼女も音もなく砦に飛び降りていた。うらやましい。あの技巧は、体重のあるオレにはムリだよ。運動神経以前の問題だよね。敵の背後を取ったリエルは……あれ?あの魔法のハンカチを使った!!


 あれって、女エルフに共通の護身術なのかね……?


『……アイリス』


『なに、サー・ストラウス?どの『コウモリ』が貴方なのか、よく分からないんですけれど?』


『そういうものさ。まあ、どれでもいい。あのハンカチ、オレにも今度くれないか?』


『なによ、いやらしい。女子に使わないでよね!?』


『……勘繰りすぎだ。男に使うんだ』


『ま、まあ。セックス観は自由よ!?』


『そうじゃない、敵に使いたい。君たちみたいにね?』


 たとえば、アレだ?ほら、ルチア・アレッサンドラのとき?あの魔法のハンカチがあれば、彼女の頸動脈を締めあげなくても、安らかに落とせた。意識を落として、そのまま紳士的にエスコートしてやれたじゃないか、ベッドの上に……。


 ……ちがうぞ?


 他意はない。


『……沈黙は雄弁よね』


『失礼なことを考えていないか、オレの副官殿?』


『ソルジェさま、次の見張り台ですよ!!』


『ああ……しかし……オレたちの出番はないかもしれないな』


 そうさ。シアン・ヴァティが音もなく見張り台へと続く城塞をよじ登っているからだ。彼女、ヒマを持て余して、狩りに来たのか……。


 古びた城塞は、あちこちが崩れているのさ。強固な石組みだから、少々、崩れたところで、建造物としての頑丈さは問題ないだろう。だが、指がかかる程の穴があれば?……あんな風にフィジカル一つで攻略されることになる。


 シアンは、最後の三メートルを、走った。


 岩壁を蹴り上げながら、跳び、指一本で全身をささえるだけじゃなく、体を跳ね上げたのさ。様々な動作を同時に行うことで、まるで岩壁を走るように見えちまう。


 真に高度な技巧とは、ああいうものだ。


 『意味』が分からなくなるのさ―――そういう高みへと至った技巧に、勝てる者など、まずいない。まして、シアン・ヴァティに奇襲されるという状況下ではな。


 壁を上ったシアンは、宙に跳び、そのまま獲物に跳び蹴りを入れた。見張り台の上層部を巡回していた男の首が、ガクンと揺れていたよ。そのまま気絶さ。


 ああ、手加減はしているが……なんて乱暴なのかね、そして、さすがだよな、敵の位置を目で見ずに気取っていた。しかも、完璧に。


 だが、次の瞬間、仲間の倒れる音を不審に思った兵士が、シアンを見ようとしていた。しかし、シアンが肩から入っていく、強烈な当て身を彼の腹に叩き込み、失神させる。あれを入れられちまったら、横隔膜を圧されて、口から空気が、ぜーんぶ抜け出てしまうのさ……。


 兵士の体が揺れながら倒れたよ。


 三人目は異常に気がついたようだ。双刀を抜く。だが……双刀を構えるというリスクも存在するよ。武器はね、有効な間合いが広がる利点をあるけれど。どうしたって重量があるものだから、初手の動きが素手よりは遅くなるぞ。


 シアンは影のように沈む動きで、獲物に近づいた。そう、敵でさえない。レベルが違いすぎる。ただの獲物さ。獲物の視界に突然、『虎姫』が死角から這入ってくる。


 獲物は驚き、刀を動かそうとするが―――ハンド・スピードが違った。元から絶望的なスピード差があっただろうに。さらに、武装の有無の重量差。シアンの強襲は、神速を帯びていた。『虎姫』の強烈な掌打が顔面を直撃していたよ。


 脳が揺れる。ああ、さらにコンビネーションで反対側の手で、哀れな獲物の腹にも掌打が命中する。脳震とうに、横隔膜を突き上げられる呼吸困難。


 嘘だろ、やめてやれ……!?


 ぐらぐらと揺れる彼の背後から抱きついて、そのまま、引き抜くようにスープレックスでぶん投げていたよ。兵士が後頭部から『見張り台』の固いクリーム色の石材に墜落しちまった……ッ。


 うつくしい。


 その一言だ。


 あの技巧を極めるために、どれだけ多くの命を壊して来たのか。今夜のシアン・ヴァティは、いつもの二倍はシアン・ヴァティ度が高いカンジだ。


 ちょっと怖いが、彼女の近くに『コウモリ』からヒトへと戻る。ああ、ほら見たことか。ノー・モーションだよ。


 予備動作ナシの動きで、シアンは跳ねていた。琥珀色の双眸に愛情じみた熱を帯び、オレに向かって、双刀を使っての七連続攻撃だったよ。


 竜太刀と、『竜爪の篭手』を使って、そのうつくしい殺人技巧の全てを防いだぜ。なんか、懐かしい!シアンと再会したっていう気になれるね。


「……ふむ。鈍っていないか」


「ああ。君もジャングルをマラソンしたぐらいでは、疲れなかったか?」


「まあな」


 シアンの『長チェック』は終了したようだ。オレを『長』として認めた彼女は、双刀を腰裏にしまい込み。その長くてセクシーな尻尾をヒュンと唸らせていた。


 長い黒髪が、ハイランド北部を流れる西風に乗るよ。


 彼女の琥珀色の瞳が映したのは、故郷の風景かな。オレの顔から視線が流れるように東へと向かう。『須弥山』……剣士たちの聖なる山を、彼女は見つめた。あの『螺旋寺』が並ぶ、雑多に武術寺院が並ぶ、剣士たちの鍛錬と生と死がある場所さ。


 聖なる山を見つめながら、うつくしき黒髪の剣聖の口が開いた。


「……あの山を、見てきたな」


「ああ。ヴァン・カーリーを追いかけてね」


「剣士たちが、生きていたか?」


 なんてオレと君のあいだにしか使えない言葉なのか。まるで、秘密を共有する恋人たちのような気持ちになるよ。うつくしく、不要なモノが混ざっていない問いは、なかなか味わえるものではないな。


「うん。生きていたぞ。君の故郷の一つは、きっと、何も変わっちゃいないよ」


 初めて行ったはずだが……あそこには悠久を感じさせるものがある。幼き子供たちにも、熟練の修行者にも、剣舞の練習の果てに、すり減りヘコんだ敷石にさえも、オレはシアン・ヴァティを感じられた。


「……そのようだ。お前の剣に、『須弥山』を感じた。器用な男だ、双刀を創り上げつつあるのか」


「……ああ。『須弥山』のでは、オレの竜太刀には合わないから、アレンジがいる」


「左の爪の使い方が、良くなっていたぞ」


「君に褒められるとうれしいよ。アドバイスをくれ」


「重心が、まだ固い。柔軟に動ければ、よりどちらも使えるだろう」


「……膝にかかる負担を増やすのは怖いが」


「……大丈夫だ、お前はケガに強い。真の強者に必要な、頑丈さがある。踊れるさ」


「……おお。今度、しっかりと練習に付き合ってくれ」


「いいぞ。お代は頂くがな」


 シアン・ヴァティにしては珍しいな。故郷に来て、なにか懐かしいモノが欲しくなったか?……ホームシックかね?……あの『虎姫』が?……そりゃあ、ありえる。あの『須弥山』は、シアン・ヴァティの分身のようなものだ。


 世界のどこにいても、シアン・ヴァティの技巧には、『須弥山』の歌が帯びられている。完全にして無欠、鏡合わせの双刀の剣舞が放つ、鋼の歌が……。


「わかった。何でも言え。オレがやれるものなら、何でもやるさ」


「……ああ。約束だぞ」


 そして、この美女剣士サマは、本当に時々だけ見せる、あの魔性を宿す媚びた瞳でオレを見るんだ。一瞬だけな。一瞬が終わると。双眸の魔法は消え去って、彼女は首を振り、背中を反らし、尻尾はヒュンヒュン振って、体中のストレッチを始めるんだ。


 これは、照れ隠し?


 そうじゃないな。ガチのストレッチだ。シアンはガチの美女だが、やはり、武術と共に在ってこそ、本物のシアン・ヴァティだよね―――。


 ―――『どーじぇ』!みんなが、うごきはじめているよ!!


 ……ゼファーが魔眼越しに言葉を伝えて来た。オレは北を見たよ。そうさ、ハント大佐とイーライ将軍、そしてピエトロ、あとはジャン・レッドウッドに、ギンドウ・アーヴィング……『国盗り』をするには、十二分な戦力がそろっている。


 リエルとミアのチームも二つ目の『見張り台』を落としている。北の『見張り台』は、今、フリーパスで通れるだろう。城門も、ジャンが押すだけで開くだろう。速やかに、この石造りの城塞に囲まれた王都の中に、入れるってもんさ。


 決戦が近い……。


 だからこそ。


 シアンよ。


 告げなければならない。


「……『シャイターン』がいる」


「……ほう。悪い言葉を口にしたら、現実となって邂逅してしまう」


「それは、ハイランドの慣用句か?」


「いいや。最後まで生きていた、兄が遺した言葉だ―――強き者を探して、彷徨っていたが……兄にとっては、どこか空しい旅だったのかもしれん」


「可愛い妹と旅が出来た。それほどの幸せは、他に無かったさ」


 オレは、シアン・ヴァティを知っている。だから、答えなんて分かっているんだ。それでも聞くよ、オレが『パンジャール猟兵団』の団長だから。


「……フーレンである君には、あまりにも危険な戦場になる。それでも、来るのか」


「愚問だな」


「ああ。愚問さ。来い、シアン。王城に行き、アズー・ラーフマを斬るぞ」


「そうでなくてはな、我が『長』よ」


 『シャイターン』?


 フーレン族の『天敵』だって?


 死ねば、近くのフーレン族の体を乗っ取り転生する、邪悪なバケモノ?


 ……くくく、そんなことぐらいで。


 オレのシアン・ヴァティが、『須弥山』の伝説が……戦場から逃げるような女であるわけがないさ。


 ああ、行こうぜ、シアン?


 王城には『白虎』だらけだ。君の故郷に相応しくない邪悪が……『虎』とも呼べぬ、偽りの『虎』が―――この剣士たちの聖なる山が見える場所に……いていいはずが無いのさ。

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