第七話 『悪鬼獣シャイターンと双刀の剣聖』 その8


 ―――ソルジェが『竜鱗の鎧』を身につけ始めた頃、はるか南では動きがあったよ。


 ずっと原初の森林に隠れていた『陽動部隊』、彼らが動き始めるんだ。


 ジーロウ・カーンは緊張していたね、ピアノの旦那はクールに無言。


 作戦は簡単だ、王国軍の前に踊り出て、追いかけられたら逃げるだけ。




 ―――逃げるだけ……なんだけど、追いつかれたら命の危険は十分にある。


 鎧は着けているけれど、武器は持ってはいなかった。


 逃げるために、身軽となったのさ。


 コレは、戦というよりも、ただの度胸試しみたいなもんだよ。




 ―――命の危険に身をさらし、全力で逃げるだけの簡単なお仕事さ。


 ジーロウは仲間たちを見回すよ、皆、緊張もしているのに……笑っている。


 そうだね、気楽なもんだから。


 子供の頃にたくさんやったことを、大人になって、戦場でやるんだよ。




 ―――さあて、行こうか、ピアノの旦那?


 ジーロウはピアノの旦那に声をかける、旦那は弓を撃つ係さ。


 走るのには、あまり向いていないからね?


 巨人族にしては細身だけど、体重があるんだから、仕方がないでしょう?




 ―――向いていることと、向いていないこと、ヒトにはそういうモノがあるんだから。


 ジーロウは仲間を連れて、森を出るよ……。


 ヴァールナ川に静かに入り、川底を歩いて、その大きな川を渡っていく。


 陽動作戦で、何度も飛び込んだから、みんなすっかり慣れていた。




 ―――川から上がり、その黒い尻尾のビュンビュン振って、水を飛ばすよ。


 水を吸った服を絞り、ちょっとでも身軽さを作るんだ。


 経験は、ヒトにさまざまな行為を思いつかせるモノだよね?


 夜の闇の中を、黒に溶け込むことを目指してコソコソと動く。




 ―――配置につくよ、しばらくそこで待つんだよ……。


 もっと南東で隠れていた『バガボンド』のみんなが、森から出てくるのを待つのさ。


 ケガ人や女子供も含む、大部隊、ケットシーのキキラも猫耳を揺らして行進だ。


 いいんだよ、もう隠れなくていいんだ、明日のぼる太陽は、君たちの仲間だから。




 ―――傷だらけの『バガボンド』大部隊、その動きに、二つの軍隊が反応するよ。


 ファリス帝国軍が、北上してくるよ……リベンジをしたがっている。


 こっぴどくやられたばかりだから……機を見て、難民たちを襲うつもりだよ。


 国境近くまで大軍が北上し……停止する。




 ―――竜騎士を警戒していたよ、前回、この戦を敗北に導いた、赤毛の悪鬼を。


 そして、空を舞う、邪悪な竜のことも探していたよ。


 いないね……どこにも、いない。


 地上を行進する『バガボンド』たちしか、見えなかった。




 ―――だからこそ、怖くなり、固まるんだ。


 二度の敗北は許されないが……また竜に奇襲されたら、敗北の可能性もある。


 見つけなくてはならない、竜だけは絶対に……。


 竜が見つからない夜空を、帝国軍の兵士たちは怯えた眼で見上げていたよ。




 ―――ハイランド王国軍にも緊張が走っていた、『バガボンド』は難民だ。


 追い詰め過ぎたら、どんな暴走をするか分かったものではない。


 西の海岸では、難民が暴徒化したとの知らせもある……。


 帝国軍をも挫く軍勢……舐めてはかかれない。




 ―――王都へと向けて手紙をつけたフクロウを飛ばし、貴重な早馬を走らせる。


 アズー・ラーフマへ、『敵』に動きあり……そう伝えたんだよ。


 王国軍たちは緊張するよ、『バガボンド』らの数の多さはバカに出来ない……。


 そして、その奥に見えるのが、ファリス帝国軍……。




 ―――王国軍の指揮官は、難しい条件を課せられているよ。


 あまり南に行きすぎないこと、帝国との戦は、絶対に避けること。


 そうラーフマからの命令があった……だが、疑心暗鬼が生じるよ。


 こちらが疲弊したら、帝国軍がこの胡散臭い友情を、守るとでもいうのか?




 ―――亜人種の指を刎ねる者たちなど、信頼に値するとは思えない。


 『バガボンド』との戦で消耗すれば、帝国軍は北進し、ハイランドを落とすだろう。


 それが乱世の常識で、たしかに帝国軍はそれを狙ってもいたんだよ。


 『バガボンド』はゆっくりと堂々と行進し、南北に大軍がいる場所にたどり着く。




 ―――あとは度胸の勝負だよ、こういうのには『バガボンド』には向いている。


 皆が地獄を走り抜けた者たちで、閉塞する今日を打ち壊すことを願った勇者たちだ。


 暗転していく人生を、ひっくり返してやろうと牙を剥く、強き魂の持ち主たちだ。


 いつかソルジェの民になる、この亜人種の群れは、獣のように誇り高い。




 ―――ハイランド王国軍も、ファリス帝国軍も焦れるよりも不安であった。


 とくにハイランド王国軍は、ハント大佐、竜、『バガボンド』、そして帝国軍。


 警戒しなければならないことが多すぎた、焦らされるほどに、混乱が高まる。


 ピアノの旦那は、西の海岸から同僚のスパイが届けた『鏑矢』を取り出すよ。




 ―――ギンドウ・アーヴィングの特別製の鏑矢だよ、効果は秘密。


 『バガボンド』が停止して、三十分が過ぎた頃……。


 茂みに身を伏せていたジーロウ・カーンの尻尾が立った、仲間たちが動き始める。


 わざと見つかる、そのために、彼らは何の気ナシに歩いて行くよ。




 ―――ハイランド王国軍は、無能ではない、フーレン族は夜目も利くからね?


 ハイランド王国軍の兵士たちが、十数名の『虎』たちに気がついたよ。


 パナージュ隊の連中さ、蜂の巣を突いたような大騒ぎだ。


 ヤツらを殺せええええええええええええッ!!号令一発、兵士が走る!!




 ―――深夜のマラソンのスタートだ、ジーロウたちは北西に走っていく。


 ハイランド王国軍の兵士たちが、ジーロウたちに迫ったが。


 そのとき、ピアノの旦那は、その巨体を活かして、巨人の強弓を引いていた。


 特別製の重たい『鏑矢』だからね、巨人の強弓だけで放てるよ。




 ―――ピアノの旦那は弓が好きさ、弦が張ってあるからピアノの仲間だもんね、


 夜空の星に、彼の黒い瞳が狙いを定めて……。


 ジーロウがお尻を切られる前に、矢を放つよッ!!


 さあて……『特別製』の鏑矢が、特別な歌を星空に響かせるよ!?




 ――――がごごごごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!


 それは不細工な歌だった、ピアノの旦那は顔をしかめる。


 自分の指が、そんな音を奏でてしまったことが、気にくわない。


 そうだよね?音楽家ならば、そんなものさ!!




 ―――ソルジェがブチ切れそうになる、ギンドウの竜型アイテムの第二弾さ。


 ザクロアでの竜の『模型』……アレもソルジェには受けが悪かった。


 けれども、コレもヒドいよね?


 とてもゼファーの『歌』とは言いがたい、まあ、鏑矢だもん、仕方ないよ。




 ―――むしろ、ギンドウの技術とアイデアを褒めなくちゃね?


 『竜吠えの鏑矢』……なんだか、ネーミングも冴えない。


 『りゅうぼえ』……うん、あまりうつくしさを感じない。


 吠えるって、まるで躾のなっていない犬みたいじゃないか?




 ―――でも、まあ、その効果はバッチリだよ?


 ジーロウ・カーンたちを追いかけていた、ハイランド王国軍の兵士たちが止まる。


 上空から竜に襲撃されると考えたんだ、彼らは、慌てて撤退する。


 気がついた、陽動部隊に引きずり出されて、孤立化させられるところであったと。




 ―――そう考えていたけれど、もちろん考え過ぎだよね。


 竜なんて、ここの夜空にはいないんだもの。


 でも、ハイランド王国軍の兵士たちはビビったよ。


 知っているよ数日前の戦のことを、竜が、帝国兵を焼いて飛び回る。




 ―――『虎』の戦士たちだって、空から来る竜の炎には無力じゃないか。


 だから……彼らは部隊を集結させるんだ。


 弓兵隊の影に隠れ……隊列の維持に全神経を集中させる。


 軍の消耗を最小限にしなければならない戦だ、陣地を守る、それが最良だった。




 ―――竜が出たことを、王国軍の指揮官は都へ連絡をしたよ。


 フクロウたちが飛び去るよ、高台の上にある物見やぐらを目指してね?


 膠着状態が続いていくよ、戦場は、今、ソルジェとアイリスの『策』が掌握していた。


 この虎たちの大地は、完全に我々の『策』にハマったのさ。




 ―――フクロウは高台へ至る崖の道を、羽ばたくことで飛び越えていた。


 物見やぐらにたどり着くと、鶏肉をご褒美にもらったよ。


 見張りの兵士は、フクロウの脚にくくられた暗号文を確認すると。


 思わず生唾を飲み込んだ、大役が待っているのさ。




 ―――物見やぐらの上部ある、『連絡灯』の出番だよ。


 大きな炎が薪を焼く、やぐらの丈夫は、まるで巨大なカンテラだよ。


 火の粉が散って、尻尾に熱さを感じるけれど、見張りの彼には任務があるんだ。


 仕組みこそはシンプルだけど、伝書フクロウよりも、はるかに早い通信さ。




 ―――それは炎が生み出す、光の速さの通信網。


 巨大カンテラの炎を、彼は、巨大な『板』を使って隠すんだ。


 二秒隠す、そしたら板を引き上げて、二秒待つ、そしてまた下ろすんだ。


 こうすれば?12キロ先にある、同じ物見やぐらにも光の速さで連絡が行く。




 ―――光のシグナルが、物見やぐらのリレーをスタートさせていたよ。


 高台に並ぶ物見やぐらたちが、そのシグナルを連絡していく。


 目指したのは、もちろん王都シャクディー・ラカさ。


 王城からでも光は見えた、そのための戒厳令でもある、夜の街の光は通信を妨げるから。




 ―――闇夜を超えて、戦場から伝えられた竜の情報……。


 この単調なシグナルは、細かな状況を伝えるには不向きであったが。


 あらかじめ、決めていた重要事項を素早く伝えることには向いていた。


 兵士は走り、アズー・ラーフマの寝所へ連絡を入れた。




 ―――眠りの浅い夜だから、ラーフマは大して不機嫌にはならなかった。


 兵士に、わかった、すぐ行こう、と伝えていたよ。


 そう言った後で、彼は若い妾の胸を吸い、麻薬で上ずる声を上げさせて楽しんだ。


 それから、服を着て、双刀を腰裏に差して……寝室を後にしていたのさ。




 ―――竜か……ルードの狂犬が、『私の王国』を焼きに来たかッ!!!


 ラーフマはもちろん不機嫌だよ、彼は頭はいいからね、ソルジェの脅威を知っていた。


 怒りで歯が割れてしまいそうなほどに、噛み、部下の兵士たちを緊張させていたよ。


 それでも、部下は、ラーフマに報告するんだ。




 ―――み、南が、援軍を求めております!!


 竜と、『武装難民ども』を確認、援軍を求めて―――。


 ああ、いいとも、送ってやれ!!王都の守りは最小限だ!!


 数で圧倒し、『難民ども』を速やかに制圧するのだ!!




 ―――ラーフマの命令は素早く実行されたのさ、物見やぐらのリレーが伝えてね。


 王都のはるか南にて、軽装弓兵隊が動いたよ。


 竜対策の兵士たち、彼らは馬車を走らせて、すごい勢いで南下していくんだよね。


 ラーフマは……今夜、竜もハントも狩るつもりだった……戴冠式前に全てを片付ける。




 ―――そう考えていた、憂いを断つんだ。


 そして、シーヴァ王子を傀儡の王にして、ラーフマの統治は続くんだよ。


 彼は己の野心の勝利を確信する、殺せばいい。


 敵は、殺してしまえばいい。




 ―――そうすれば?愚かな民衆は押し黙る!!


 いくら自分を非難しようとも、やがては必ず従うようになる!!


 暴力はヤツらの勇気を壊し、利益はヤツらの媚びを呼ぶ。


 民衆という者は、しょせんはその程度の存在に過ぎない!!




 ―――そうなのかもしれないね、民衆の心は強くはない。


 誰もが英雄に憧れるけれど、英雄のような過酷な道を生きることは望めない。


 それでもね?……民衆は、英雄が好きなのは……?


 ヒトの心には正義を欲望する心が、備わっているからだと僕は信じるよ。




 ―――正しく生きたいと願うのさ、それは弱くて儚い志だけど。


 本当の英雄が側にいて、それを支えてくれるなら……民衆だって勇者になれるかも?


 民衆の正義を代弁する者が、英雄であるのならば……今夜のハント大佐はまさにそれ。


 『虎』が、王都に戻ったよ?……復讐のためではない、ただ正義のために!!



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