第七話 『悪鬼獣シャイターンと双刀の剣聖』 その7


「……なあ、ジム・ジェイド」


「……なんですか?私は、もうなんでも話しますよ?」


 どこかヤケクソだな。人生の多くを、君は師匠や『呪禁者』として道に捧げて来たことの証だ。それを失った今、自暴自棄にもなるってものさ。でも、それはある意味で、勤勉さやマジメさの裏返しでもある。


 忠実な態度であったのだろう?君は、師匠にも、己の生きざまにも。そうであるのなら、オレは君を狂人とは思わない。ある種のリスペクトを伴う言葉で、君に頼み込もうと思うんだ。


 そうだ。これは尋問ではない。


 ただのお願いなんだよ、ジム・ジェイド?


「聞かせてくれ。君は、この王国に生きる人々の幸福を望むかい?長くてよく動く尻尾の生えた同族たちを?」


「まあ、それは、当然……『呪禁者』は……そもそも、外敵と戦い、平和を構築するための集団ですからね」


「ならば、妊婦の腹を『シャイターン』が裂いて出てくる瞬間など、見たくもないはずだよ。君が、その呪いを、最高の技術として尊敬していたとしても……ちがうか?」


「……違わないですよ。私だって、それは、ヒドい光景だと思います」


 その素直さを感じさせる言葉を聞けて、オレは何だか嬉しいよ。君に対して、少しいい印象を抱ける。改めて君を見ると……古い傷だらけだ。アイリスの義理の親父による犯行にしては、古過ぎるよね。


 君は、どうやら日常的に暴力へ晒されていた時期がある。つい最近ね。


「その目のケガは、師匠か?それともヴァンにやられたのか?」


「……ヴァンです。ヤツは、乱暴だった……『呪い尾』を、増やすことにも……私は、賛成したわけじゃない」


 そうか。そう言うと、君は殴られた。君の師匠はそれを黙認したのか?……君は、その狂った三人組の中で、一番マトモな男ではあったのだろうな。


「『呪い尾』にされた子たちを、哀れに思ったのか」


「……不必要な、犠牲です。そんな罪は、犯すべきではなかった!」


「後悔しているか」


「……私は、そうですね……はい……後悔していますよ……」


「なるほどな……だから、『あえて見つかった』んだな?……師匠がラーフマに殺されて、君は、もう、この悪事に荷担することが、心の底からイヤになったんだろう?」


 ヴァン・カーリーの屋敷の周りに行った。君は、そして、クラウスに捕らえられた。迂闊な行為だ。オレには、それは自首のように見える。『白虎』に捕まり、全てを吐くつもりだったのか。


「ヴァン・カーリーが姑息な言葉で言い逃れしないように、『生きた証拠』として、ヤツの実家の周りをうろついていた。そういうことだな」


 そこで捕まれば、ヴァン・カーリーとガールドの結託が明らかになる。口が上手そうで学も金もあるヴァン・カーリーを、確実に陥れたかったんだろう。ルードのスパイに捕まって、彼は……クラウスにヴァン・カーリーの情報を吐いた。


 ヴァン・カーリーを殺させるために。君の、命がけの復讐だったんじゃないかね。


 どうにも師匠に尽くしす過ぎていると思うが、それが君の選んだことならば、オレは文句は言わない。結果的に、オレはこの手でヴァン・カーリーを殺せたからね。その事実には、満足している。


「……お師匠さまは……変わられた。あの男のせいですよ……ッ。かつては、プライドがあったのに……どんどん、金に卑しく、浅ましくなられてしまった……果ては、クスリまで!!……あんな、偉大な苦行に耐えて、先代から叡智を引き継いだお方が……ッ」


 マフィアに堕落させられたか。


 ……高度な技術や知識を持つ者でも、堕落しない者はいないということかもしれん。嫉妬や憎悪、屈辱……そういう負の感情を与えられた男は、囚われてしまうのだろう。


 強くなければ、『自由』ではいられない。


 この国の『虎』たちが、そうであるように。


「……なあ、オレには君が根っからの邪悪には見えないよ。だから、聞くんだけど、胎児を助けてやれる方法が、何か、ないか?……君にしか思いつけない、『シャイターン』の弱点がないのだろうか?」


「……私なんかでは……」


「頼むよ。君の協力が必要なんだ、オレには!!……見当はついているんだ、ラーフマの側にも、いるんだろう?『呪禁者』が?」


 いるはずだ。この国の呪術に詳しい人物が。そうでなければ、ラーフマという危険人物を、こんな身近な場所で野放しにはしておかない。『呪禁者』の力に対応が出来るから、『呪禁者』を飼い慣らせた。


 ラーフマのそばには『呪禁者』がいる。いや……オレの予感では―――。


「―――オレは、『シャイターン』だけでなく、『そいつ』とも戦わないといけないのなら……キツい戦いになる。力を貸してくれないか?……お前は、もうたくさんの命でその手を汚しているだろ?……難民たちを『シャイターン』の生け贄にしたし、メフィー・ファールを見殺しにした」


「……メフィー……ああ、白い尾は……幸運の兆しのはずだったのに……っ」


「罪を、軽くする方法など、多くはない。だが、無垢な命を救うために協力してくるのならば、メフィー・ファールとリリアー・ゲイルは許してくれる。彼女たちは、やさしい女の子だから」


 沈黙は長い。だが、これが悔恨の時だけではないと信じたい。考えているのだろう?尻尾が動いているぞ?……何かをくれ。オレに、より多くのアドバイスを……。


「…………呪術は、ルールです……『シャイターン』といえど、ルールには従う」


「それは、呪術で御せるという意味か?」


「……真の『シャイターン』は、獣です……ハイランドの、自然のままに在る、ある意味では無垢な殺戮者。でも、ラーフマは、それを望まない。だから、ヤツは、『シャイターン』を劣化させるでしょう」


「……ヤツも、『呪禁者』か」


「ええ……お師匠さまの、弟弟子だったのに……悪行が露見し、追放され……『白虎』という結社の始祖たちの一人になった……」


「そうかい」


 驚くことはない。『呪禁者』を管理出来るのは、『呪禁者』だけなのだからな。この暴力に囚われた王国で、『呪禁者』という呪術の力と、王宮に出入りしていたという経験は、支配者への道を築くための、素晴らしい道具になったんじゃないのか?


「ヤツは、真の『シャイターン』を……『自然の摂理』を、認めないでしょう」


 『自然の摂理』と来たか……。


 ヒトが呪いで生み出した殺戮の魔獣を、そう呼ぶ思想は理解しかねるが……続きを聞かせて欲しいところだ。


 何故だか、君の心音がおかしいんだよ。


 魔眼に映る君の心臓には、『何か』が刺さっているんだが?……一体、何をしたいのかは知らないが、伝える言葉があるなら言うがいい。君の口が語る言葉は、聞くべき価値を持っているような気がしているよ。


「……ヤツは『繭』に呪術を刻み、偉大な『摂理』を、曲げようとする。『シャイターン』を、あえて劣化させて、制御可能なように、汚染しようとしているでしょう……『創造』の瞬間になら……私にだって、汚染は出来る」


「『創造』の瞬間?……それは、『繭』に、細工をしろというのか?そんなことをしなくても、手っ取り早く、壊せば……」


「ダメです。破壊は出来ません。『繭』を攻撃をすれば……それをした者の肉体を奪う。『始まり』は、フーレン族でなくてもいいのです」


「なんだと?」


「……ほとんど完成しているからですよ。ヒトの身であるなら、『繭』は受け入れる種族を問わない。だから、貴方は、絶対に攻撃してはいけない。貴方自身が選ばれてしまいますからね」


「……最高の忠告をありがとう」


 まったく、オレのような気の短い男は、そのトラップに確実に引っかかるトコロだったよ。『繭』を見つけ次第、壊す気だったんだよ。あやうく、オレが『シャイターン』になるところだったな……。


 ゾッとするよ、オレは初めて『シャイターン』の恐怖を理解できた気がする。フーレン族ではないから、どこか安心していたんだな。


 ありがとうよ、ジム・ジェイド……オレは君に命を救われたかもしれない。いいや、オレの命よりも大切な、猟兵たちを『シャイターン』にするところだった。そうなれば、オレは自分の罪深さに耐えることが出来なかったよ―――。


「ジムよ、君を信用したい。それで、どう細工すればいいんだ?」


「……今、『呪術』を、つくっています……私の、『心臓』には……呪術の魔石が入っています。強力な呪術の、触媒になりえる存在です……」


「師匠に入れられたのか?」


「いいえ。自分で、選んだのですよ……これは、元々は、自決用の、魔石です。『呪禁者』は、情報漏洩を防ぐため、捕らえられたとき、自分の意志で死ねるのです」


「……待て、何をするつもりだ。死ぬな、お前は……死ぬべきではない」


「……いいんですよ。どうせ、死ななくちゃ、コレは取り出せない。私の心臓から……魔石を取り出して……『シャイターン』の口に突っ込んで下さい」


「……心臓の魔石を、魔物に喰わせる……?」


 どうなるんだ、それをすれば?


 オレの食いつきの良さに気をよくしたのか、ジム・ジェイドは満足げに唇を歪めていたよ。白い歯が、冷たい闇のなかで、光って見えたんだ。


「それを喰わせてやるといい。『シャイターン』をね、殺した直後なら、転生する直前なら……『ルール』を、ねじ曲げてやれます……全てを変わらせることは出来ませんが……これで、『幼子だけは、助かる』……『逆』に、してやりますよ……へへ、へへへ」


「……なるほど。『そのルール』が、逆転するわけか」


「……ええ。楽しみです。劣化した『シャイターン』を操ろうとするのなら、彼は、その近くにいるんでしょう?……ヤツは、52才ですからね……しかも、ドロドロに……魂が、汚れている……っ」


「無垢ではないな。それからは、あまりにも遠い存在だ」


「だからこそ……今度の……呪いは……いいや、私の祈りが…………ッ」


 ジム・ジェイドの体が、ビクリと跳ねて……そのまま、心臓が止まったよ。魔石が巨大化して、心臓を貫いて、潰してしまったんだ。蘇生措置は、ムダだ。壊れすぎた心臓が、動くことはない。


 彼は、もう死んだんだ。


 拷問イスに張りつけられたまま、氷室から流れてくる冷気に冷やされたまま。


「……すまないな、ジム・ジェイドよ。オレは、君に生きていて欲しかった。解放してやるつもりだったんだぞ?……ああ、これを告げなきゃならない。リリアー・ゲイルの、妹と、弟は、うちの女たちが助けたぞ。彼らは、もう誰からも搾取されたりはしない」


『……そうですか、それは良かった…………』


 冷気に混じった言葉が、静かに―――だが、確かにオレの心へ届いたぞ。死者の声が聞こえるのも、悪くはない、賢きアーレス。お前の眼は、偉大な能力を今夜も発揮しているんだ。


 アイリス・パナージュが死んだジム・ジェイドの拘束を解いてやっている。そして、彼女はオレを見た。もちろん、オレも手伝うよ。


 むしろ魔眼のあるオレこそが、彼の肉体から最も早く、魔石を取り出せるじゃないか?


 オレはイスに座ったまま死んでいるジムの背後から両脇に腕を差し込んでいく。そして、胴体に手を回して持ち上げていく、アイリスはサポートをしてくれる。彼の両脚をまとめるようにして抱えた。そのまま、この小さな拷問室の床に、彼の体を置いたよ。


「……すまんな、ジムよ。ちょっと、胸を開けさせてもらうぞ」


 もう返事は返ってこない。


 ああ、そうだな。その方がお互いのためだ。霊魂になってまで、留まりつづけることが楽しい世界ではないものな?……自分の死体が大男にナイフで切り開かれる光景ってのは。


 そんな不愉快なモノを見なくてもいいはずだ。さっさと夜空に浮かぶ星となるがいい。


 君は罪を償う。


 『シャイターン』の完全な対策は手に入らなかったが、使いようによっては、起死回生の機会を生み出す、魔法の石を、君はオレに託してくれるのだからな。


 ジムの死体に馬乗りになるよ。着ていた上着をナイフの刃で裂いて……オレは、彼の胸にナイフの刃を立てるよ。肋骨の軟骨を割るように裂いて……ああ、詳しくはいいよな。


 まあ、胸郭の前面部を、へし折るような音を立ててかっさばいたってわけさ。


 ウサギの骨抜き作業みたいなものだ。それに比べると、あまりにも罪深くはあるがね。


 彼の心臓には……ほら、肉眼でも確認出来るよ。黒水晶みたいな突出物が生えている。これが魔石だろうな、間違いない。オレの知っている『普通の心臓』には、こんな物体は無いから。


 敬意を払いながら、それを刻み……オレは手どころか肘までを血に染めながら、ジム・ジェイドの『遺作』を取り出していた。


 黒い水晶みたいなその魔石を、オレはランタンの灯火に向けて掲げたよ。魔石が炎の光に照らされながら、不気味な現象を起こしていく……魔石の表面についていた血が、消えて行く―――石が、血を吸いやがるのさ。


 くくく、たしかにコレは……十分に呪われているらしい。


「……ありがとう、ジム・ジェイド。君は、きっと……多くを救った偉大な『呪禁者』であると、オレは確信するよ……」


 コレが切り札になるかもしれない。悪意はいつも合理的であるものさ。追い詰められれば、倫理なき悪党は、全ての手段を解放するだろう。手を尽くさずして負けるほど、うつくしい美学は持ってはいまい。


 あさましく邪悪なほどに……全てを使う。


 『シャイターン』があるのなら、お前はきっと使うさ。


 そして……?


 アズー・ラーフマよ。お前は、悪意の合理が、捨て身の善意に挫かれる瞬間を味わうことになるだろう。合理的な悪意を阻む存在とは?……いつだって、予測不能の非合理的な……だが、美しい善意であるべきなのさ。


 お前の知らない自己犠牲という善意。それが持つ牙に、噛みつかれてしまえ。


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