第六話 『剣聖王の都は、裏切り者の血に染まる』 その23


 さすがは水運の国ということかな。シャクディー・ラカと『螺旋寺』の地下には、見事な下水道が整備されている。この標高の高い土地でも水源は豊富のようだ。東部に見える高い山脈が、雲海を喰らって水へと変えているのさ。


 高低差もあるため、そこから流れてくる膨大な水量を、下水道にガンガン使えるというわけだ。いくらでも水かあるってことだ。


 高地というのは水が貴重な場合が多いものだが、この土地では例外。だから?ここの下水道もガンガン水が流れているってわけさ。


 オレたちは、そこにヴァン・カーリーであった『液体』を流して処分した。死体が見つからなければ?……アズー・ラーフマは、ヴァン・カーリーを仕留め損なったと思うだろう。


 この寺の門前には『白虎』たちに死体があるからね?……しかも、『須弥山』の技で殺された死体がある。もちろん、『犯人』は、オレだよ。


 ……でも、『合理的』に推理してしまうと?ヴァン・カーリーの仲間の坊主、そいつの寺を見張っていた『白虎』たちが殺されていて、その内の二人は『須弥山』の技で殺されているんだぞ。


 フツーに考えるのなら、ヴァン・カーリーとその仲間が、ここで『白虎』たちを殺した……そう考えてしまうだろうさ。


 少なくとも、竜騎士が『白虎』たちを殺したという証拠は、どこにも残ってはいない。オレは再び黒髪に化け、ミアはフードで身を隠し、アイリスはそのままだったが……慌てることなく『須弥山』を下山していったよ。


 まばらながらも商人たちが行き交う王都の往来の片隅で、オレたちは三人はお互いを見ていた。ミッションは完了。達成感と若干の疲れを残した顔で、ミアのかけ声を使ってハイタッチさ。


「おつかれさーまー!!」


「……ふう。これで、偽装は完璧ね?」


「ああ。なかなか上出来だ。錬金術の勉強にもなったしね」


 混ぜちゃいけない薬は、混ぜないようにするべきだよ?とんでもない毒液になってしまうことがある。アレじゃあ、まるでゼファーの胃液だ。竜の胃液は鋼さえも融かすのさ。


 それに、『西』から吹く希望の風についても実感が出来たよ。


 ほーら、雨雲が見えるぞ。『西』から吹いてくれている……くくく!最高の風さ。この風が、『西』の中海から蒸発した水を含んで、東の山脈にぶつかり、この上空に雨雲を生んでいる―――。


 最高の状況だ。もうすぐ、この王都に、『ハント大佐の軍勢が攻め込んでくる』はずだよ?……そうなれば、アズー・ラーフマは終わる……終わるのだが。


「……順調そのものだが。懸念は一つだけあるな」


「……ええ。『シャイターン』……不死のモンスターね。殺せば、周囲のフーレン族に取り憑いて、その人物が、新たに『シャイターン』へと変貌する」


「倒し方で確実なのは……ヤツの魂が、周囲にフーレン族がいない状態で殺すこと。二番目は、カミラの吸血鬼の力で、その『呪い』を無効化すること……だが」


「何か、問題があるの?」


「300人分の命を捧げて編まれた『呪い』だぞ?……カミラだって、無効化出来る魔力に限度というモノがある……」


 カミラが制圧出来ないほどの『呪い』……そういう存在だという可能性があるということだ。


 カミラ自身の呪いや、ジャン・レッドウッドの呪いが『闇』にも破壊不能なように。もしも、そうなら……手の出しようがないかもしれない。


「なるほど。もしも、『シャイターン』が復活したら……困ったものね」


「……その言い方では、ラーフマは、それを使わないと考えているんだな?」


「ええ。『シャイターン』は、フーレン族の天敵よ?……当然だけど、ラーフマにとってもね」


「それはそうだが……まあ、追い込まれすぎた時、ヒトの取る行動というものは分からないぞ」


「……うん、そうね。でも、『シャイターン』は破滅をもたらしはしない」


「本能のままに殺すだけの存在か……一度に100人も殺せば、飽きる……シアンはそう言っていたな」


「そう。『虎姫』さまの言葉が正しいのならね。たとえ、アレが動き出しても、100人を犠牲にすれば、当面の危機は去るというわけよ。その犠牲者の数を軽んじるわけじゃないけれど……優先事項は、『国盗り』の方が上」


「……たしかに、その理屈は分かるよ。だが、納得までは出来ないね」


「ウフフ。人道的なのね?悪党には、アレほど無慈悲なのに?」


「善良な市民と、悪人に対して、態度が違うってのは不思議なことかな?」


「いいえ。まったく」


 そうだろうな。善悪に対しては、激しく態度が違って然るべきだよ。


 前者は殺さない、可能な限り死から救ってやるべきだ。後者は殺すべきだ、ヒトは反省などしない獣だからね。根っからの悪人には、救う価値などありはしない―――っと。


「雨か……」


 恵みの雨だな。これが降ってくれるほどに、オレは勝利を確信するよ。


「降ってきたね、お兄ちゃん」


「ああ。来い。マントの下に入れてやる」


「やったー」


 ミアはちょっとさみしい気持ちになっているのだろう。オレのマントの下に喜んで入ってくる。もしかして、自分のナイフでヴァン・カーリーを殺せなかったことを、後悔しているのか?


 そうだとしたら、ミアは、いい子だ。『依頼主』に対しての誠実さの現れだと、オレは解釈するよ。刃物でヒトを殺す行為は、どこか儀式的な要素がある。命が消えて行く感触を、直に指で感じられるからね。


 だが。


 あの悪党の穢れた血などで、ミアの手を汚すことは……必要ではない。あんな外道の死など、背負わないでくれ。それでも、きっと、『依頼者』は……リリアー・ゲイルは許してくれるはずだから。


 オレは、ミアの頭をフード越しに撫でてやるよ。


「……がんばったな」


「……うん。がんばった―――でも、いいのかな、あれで?……私の指は、ヤツの死を、感じられなかった……リリアーに、伝えられるかな……?」


「伝わったはずだ。ミアは、真剣に仕事を果たした。リリアーのために戦い、彼女と、彼女の『家族』を苦しめた邪悪な男を、殺してみせた。最高の仕事さ」


「……うん。お兄ちゃんが、そう言ってくれるから、そう思うことにするー」


 そう言いながら、ミアがオレの胸に抱きついてくる。でも、鎧越しだから、固くて、冷たいだろう。ああ、オレは我が妹を抱きしめたよ。殺人の返り血で汚れた腕だが……オレがミアを大切に思う気持ちの熱量は、伝えられると信じている。


 せめて、オレは体を前倒しにして……この通り雨に打たれないようにしてやろう。それに意味があるとか無いとか、そんなことは知ったことか。オレは、今、ミアを世界のあらゆるモノから守ってやりたいだけだ―――。


 しばらく抱きしめてやっていると、ミアがゆっくりとオレの体から離れて行った。ミアは袖で涙を拭いて、オレに笑顔を見せる。強さを表現するための表情さ。


「……ありがとう、お兄ちゃん。もう、だいじょうぶ!」


「……ああ。そうでなくてはな。さすが、オレの妹だ」


 そう言いながら、もう一度、フード越しに頭を撫でてやった。


 ミアは、えへへ!と楽しそうに笑う。いつもの笑顔が戻っている。だから、オレも笑えるんだよ、ミア・マルー・ストラウス。我が最愛の妹よ。


「……さあ。この通り雨で、少ない人混みが、ますます薄まってしまうわよ」


「……ああ、往来で抱き合う『美形の兄妹』が、これ以上、目立っちまうと……衛兵を呼ばれてしまうかもな?」


「そうね。だから……『拠点』に戻りましょう?……色々な情報が届いているはずよ」


 ああ、『拠点』―――つまり、『ホテル・アイリス』へか……。


 なんだか、アイリス『お姉さん』を前にしては、その名前を言いにくいよな。彼女も、だから『拠点』と言ったんだじゃないのか?……親が、娘の名前をつけたホテルか?……なんか、ムダに重たい愛を感じるネーミング・センスだぜ。


「……『クラウスじいじ』は戻っているかなあ?」


「ええ。きっと、戻っているわ。あの『じいじ』はね、この王都の全てを知っているのよ!」


 たしかに、アイリス『お姉さん』の父親だからな?……かなりのベテランだろう。


 ああ、別にアイリス『お姉さん』が三十路も半ばを過ぎた女だからって、年増とかそういうことを言いたいわけじゃないんだぞ?ただ、そうだ!……オレは、クラウス・パナージュの『経験値』を信頼しているだけさ。


「たしかに、『じいじ』は、頼りになりそうだった!あのハンバーグを作れる腕は、まちがいなく他の仕事も完璧にこなす!」


 ……そんなに彼のハンバーグを愛しているのか、妹よ?……オレは彼に土下座してでも、そのレシピを教えてもらわねばならないな―――。


「ええ。うちの義理の父親は天才だから安心してくれていいわ。それに、ミアちゃんの頼れるお姉さんたちが、二人もついて行ってくれたのよ?……必ず、『ゲスト』を保護してくれているはず」


「……そっか。うん。信じる。リエルと、カミラちゃんなら、必ず、任務を果たす!だって、私たちは『パンジャール猟兵団』の……猟兵だもん!!」


 猟兵の誇りを、その唇に帯びさせて。我が妹、ミア・マルー・ストラウスは不敵に笑う。そうだ、オレたちに不可能はない。オレたちは、大陸最強の傭兵集団、『パンジャール猟兵団』なのだから。


「……さあて。ミア、帰るとしよう。風呂に入って、昼飯を食おう」


「うん!『じいじ』にハンバーグを、オーダーするの!!今日は、昼間からお肉を食べて、仕事の成功を、祝うんだ!!きっと、『あの子たち』も、あのハンバーグを気に入るんだから!!」




 ―――そうさ、リエルとカミラも『仕事』をしていたんだよ。


 老紳士なスパイにエスコートされて、向かった先は王都の影、貧民街さ。


 『白虎』の『畑』のひとつだよ、搾取の対象にされた者たちの住まう場所。


 そこの一角に、『孤児院』はあったんだ……名ばかりのね。




 ―――つまりは、子供を売春させる施設だね。


 一部の性癖の持ち主は、そういう行為にいくらでも金を注ぎ込むだろう?


 アズー・ラーフマも認める『政策』の一つさ、『娯楽』の解禁だよ……。


 貧しい者も、子供を変態に売れば、日々の糧を得られる。




 ―――悪行は金に化ける、それを商いと呼べる倫理観の欠如が必要だけどね。


 うちの猟兵女子ズのモラルは高い、リエルもカミラも心の闇が少ない少女たちだ。


 その『孤児院』にたどり着く頃には、二人の目は戦場にいる時よりも険しいよ。


 大ベテランのクラウス・パナージュさえも、少し怯むほどだった。




 ―――猟兵は、団長の命令に忠実だよ、『白虎』を狩れ、その命令は実行されていく。


 マフィアの犯罪を減らすための、現実的な選択の一つ。


 それは何かというと『浄化作戦』だよ、その地域のマフィアを片っ端から殺すのさ。


 悪を排除するための、端的だが有効な手段……それは彼らを根こそぎ殺すことだから。




 ―――リエルはその邪悪な『孤児院』へと向かって歩きながら、矢を放ったよ。


 それらの矢は、見張りの『白虎』どものノド元を貫いていく。


 声帯を壊して、言葉を放てなくするのさ……そして、苦しみを与えるためだ。


 即死はしない、長々と苦しみやがて死ぬ、リエルはその罰を選んでいた。




 ―――まだ、昼間だから『客』はいなかった。


 だから、リエルの怒りに殺されたのは『白虎』だけ、夜だったら客も殺したはずさ。


 ドアを蹴破り『孤児院』の中に入ったよ、最初にあるのは『檻』。


 そこに『商品』である子供たちが、栄養失調気味にやせ細った体で眠っていたよ。




 ―――痩せ細っているのは、管理の結果さ……。


 ロリコン野郎に売る商品だ、成長を遅らせようと必死なんだ。


 より幼い子を求めて、客は、ここに来るんだから。


 だから、食事を与えない……痩せて、小さな子を『作る』。




 ―――悪の底深さを知らないリエルには、そこまでのことは分からなかった。


 でも、子供を『檻』に閉じ込めている様子を見るだけで十分だった。


 彼女の怒りの炎は、さらに熱を帯びるんだよ……。


 リエルは、そういう正義の持ち主さ……悪を許せるほど、愚かでもなければ怠惰でもない。




 ―――リエルの怒りが昂ぶるよ、彼女の正義は、苛烈なものだ。


 怒りのままに早足に、『孤児院』の中を進んでいくのさ。


 『白虎』を見つけ次第、殺意と怒りと軽蔑を込めた矢を放つ。


 ノドを貫かれ、血に溺れて死ねばいい……リエルの殺意は形と成って実現するのさ。




 ―――殺して、殺して、殺しまくる。


 弓姫リエルは、キレていた……子供を、性奴隷にして商品にするだとッ!?


 リエルの正義が、その行いを許さない。


 もはや、『白虎』を射殺すことが、彼女の使命となっていた。




 ―――見張りの数は多くなく、リエルは数分もしないうちに終わらせていたよ。


 子供たちは、もちろんリエルを見て怯えていた。


 知っているさ、こんな姿を見せたなら……怯えられて当然だったよ……。


 だからこそ、リエルは一人でやったんだ……。




 ―――役割分担なんだよ、カミラまで恐れられないために、リエルだけで殺したのさ。


 子供たちに、恐怖の目で見られるリエルは、想像していたよりも強い心の苦しみ得る。


 それでも、いいさ……涙をこらえながら、リエルは『孤児院』の庭に出て座るんだ。


 カミラはね……リエルの行いを、リスペクトしていたよ。




 ―――役目を果たさなくてはと、カミラは子供たちの前へと走った。


 カミラはその怪力で、檻の鍵を破壊していく。


 まあ、子供を閉じ込めるための檻、吸血鬼の前では、全くの無力さ。


 そして、カミラは女吸血鬼の奴隷だった過去を持つ乙女……。




 ―――怯え切った、少年と少女たちに、言うべき言葉を知っていた。


 だいじょうぶだよ!もう、お家に帰っていいんだよ!!


 ……もう、こんなところにいなくても、いいんだよ!!


 ……お金が無いのなら、待ってて、その金庫を開けるから……。




 ―――カミラが『闇』を使って、金庫の鋼を切断したよ。


 お金がたくさん、そこにはあった……子供たちが消費されることで出来た金だった。


 悲しいけれど、この子供の親たちは、みんな貧しい。


 だから、カミラは与えるんだ、伝説の義賊のような心のままに。


 



 ―――このお金を持って帰りなさい、そして、親に二度と自分を売るなと言いなさい。


 そしたら……きっと……抱きしめてもらえるんだから。


 あなたたちには、愛される権利があるんだ。


 だから、さっさと、こんなところから、帰るんだ……!!




 ―――もしも……帰れる場所が無いのなら……。


 カミラのアメジスト色の瞳が、クラウスを射抜くように見つめた。


 クラウスは、微笑みながら、うなずくよ。


 カミラは、子供じみた顔になり、子供たちに告げるんだ!!




 ―――『私』と一緒に来なさい!!とってもいいホテルに連れて行ってあげる!!


 しばらく、そこにいていいのよ!!


 しばらくすれば……この王国は、変わるから……ソルジェさまが、力で無理矢理に変えるから!!


 そのときまで、そこにいて?私たちが、守るから……。




 ―――私と、ソルジェさまと、ミアちゃんと、このおじいさんと……。


 ……君たちのために、泣きながら、矢を射る……。


 あの、『勇者』みたいなお姉さんが、絶対に守るんだから!!


 カミラは素になると一人称が変わるんだ……猟兵ではなく、一人のヒトとしての言葉だよ。




 ―――その幼いぐらい、まっすぐな言葉が、子供たちには届いたんだ。


 そして?子供たちが、走ったよ。


 これが偽善的な行為だって?ああ、そうかもしれないね。


 それでもね、僕たちは英雄じゃない、猟兵さ。




 ―――暴力をもって、己の正義を成すだけの、とても単純な職業人だよ。


 さあ、リエル……女勇者さま?子供たちは、もう君を怖がっていない。


 だから、探そうよ?


 『ミロウ』と『ククル』……君たちの『妹』がした契約を代行しよう!!




 ―――ミアは言ったじゃないか、リリアー・ゲイルにね?


 『ミロウ』と『ククル』は任せとけ!!……そうだよ、だから、リエル。


 その名前を呼んで、その子供たちを見つけて!!


 だいじょうぶさ、二人とも耳がいいよ、君の正義を帯びた声はよく通る!!




 ―――そしてね、リエル・ハーヴェルは、ミアに代わって見つけたよ!!


 『ミロウ』と『ククル』、リリアー・ゲイルの弟と妹だよ。


 走って来た二人の子供たちを、なぜだか涙を流しながら、弓姫リエルは抱きしめる。


 ……さあ、帰ろう、私の妹は、お前たちの姉と約束をしたのだ。




 お前たちに、必ず、『未来』をやると、約束したのだから―――。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る