第七話 『悪鬼獣シャイターンと双刀の剣聖』 その1


 ああ……子供だらけだ?高級ホテルが小さな破壊神たちの巣になっているね?12人の偉大なる自由人たちが、『ホテル・アイリス』を走り回っているよ。


 どいつもこいつも栄養失調気味と来ている。


 だから?


 オレも料理を作っている。クラウス・パナージュだけじゃ足りないもんね。


 アイリスはスパイと秘密の連絡。ミアはガキどもの部屋の用意、カミラはガキどもの着替えを買いにおつかいさ。


 リエルは薬を作っている。


 変態野郎どもに色んなことされちまった子供たちだ。


 ぶっちゃけ、性病の予防さ。命に関わる場合があるからな。リエルちゃんってば、大人の顔も歪むレベルに苦い、エルフの秘薬をガンガン使っているよ。


 それなのに、子供たちはリエルに従う。


 あの苦くて鼻を突き上げてくる薬……本能的には『毒』だと判断してしまいそうな、激しい味のお薬さんを、子供たちはグビグビ飲んでいくだと―――?


 そんなに子供に好かれるタイプだったかな……?もしかして、ミセス・モルドーのおかげで、面倒見の良さが上がったのかもしれない。


 いいことさ。子供に好かれるオレの正妻エルフさん?……ああ、本能の衝動に従って、たくさん子作りしたくなるよ。


 妻たちと協力して、ストラウス一族を復活させよう!!ハーフ・エルフとハーフ・ディアロスとハーフ・バンパイアの猟兵二世どもだ!!……なんだか、世界でも支配できそうなレベルで強そうッッ!!


 ……でも、今このとき作らなくてはならないのは、ハンバーグさ。


 子供に大人気な料理だよ。


 アイリスからの情報が入るのを待っている状態でね?つまり、ヒマなんだ。戒厳令の発動と同時に、宿泊客と従業員がゼロの状態になっているこのホテルに、臨時コックとしてのボランティア活動だ。


 ミアのために、クラウスのハンバーグを覚えておきたいしな?丁度良いよ。ガキどもも栄養つけるべきなのは確かだ。


「しかし……ヒトをたくさん殺した手で、肉をこねる。なんとも罪深い気がするよ」


「フフフ。いいではないですか?……殺戮と、ボランティア。怖くて優しいあなた方に、とても似合っていると、私は思います」


 クラウスは上品なしゃべり方だ。こんなスパイなら潜入されても良いって豪邸もあるんじゃないか?上品だし、素敵な老紳士さんだし……何より、料理上手と来ているんだから。最高だよな。


「しかし、クラウスよ」


「なんでしょうか、サー・ストラウス?」


「君は、どこで料理を覚えたんだ?」


「世界中、さまざまな土地を巡りましたので……あちらこちらで覚えました。料理が作れれば、どんな施設にも雇い口がありますゆえ」


「……料理人って、スパイ向きってことか」


「ええ!各国の王城には、複数名の諜報員が料理人として忍び込んでいるのではないでしょうか」


「ほー。晩餐会のメニューにドキドキ感が加わったよ」


「毒は盛りません。諜報員は、まず、その存在を発見されないこと……それが第一原則でございますから」


 たしかに、毒殺なんて起きたら、コックさんを最初に怪しむもんね?……じゃあ、料理以外で暗殺していたんだろうか?彼は大ベテランだ。だから、おそらく質問をすれば、色々と血なまぐさい話題が、たくさん聞けそうだけど。今は、そっち方面はいいか。


 真に聞きたいのは……彼のハンバーグが美味しいコツだ。


「……ミアは肉料理にうるさいんだが」


「そうなのですか。たしかに、あのリトル・レディは食事をとても楽しそうに取られる。味に秘められた哲学を、紐解こうとしているかのようですな」


「そうだ。ミアの舌は肥えている。とくに、肉に関してはね。それなのに、彼女は君のハンバーグを褒めまくりだった。何か、コツがあるのか?」


「コツ……ですか?……さて。どうでしょうかな」


 クラウスは首を傾げている。


 うむ、たしかに、オレの目の前で起きていた一連の現象は……別段、変わったところがないと来ている……ッ。


 そもそも、シンプルな素材だものな?


 みじん切りした玉ねぎをバターで炒める。普通だね。


 パン粉に牛乳、卵と炒めた玉ねぎ、塩、コショウ、ナツメグを混ぜる。普通だね?


 これで、つなぎは出来た。完全に、模倣が出来る。ていうか、まったく驚きのない、フツーのつなぎ。丁寧に混ぜられているといった印象を受けるが……それ以外には、いたってフツーだよ。


 さーて、肉だ。


 牛のミンチ肉に、ああ、牛脂を混ぜる。うむ、よくあるヤツだな。オレも肉屋に行けば、必ず多めにもらってきている。スープに入れても美味くなる。牛のうま味が、この白い脂に詰まっているんだよなあ。


 だが……特別なメソッドではない。よくやる技術だ。さて、ミンチとつなぎを混ぜていくぜ。よーく捏ねて、空気を抜く。12人のガキどもと、ミアのために、鍛えあげられた指と手のひらで、よーく捏ねる。


 これについては、クラウスよりも筋力があるオレの方が、より空気を抜けたのではないだろうか?ミンチとつなぎが、しっかりと混ざった。さて、フツーだぞ。もう、このまま焼くだけだろ?


 ……何か、見落としているのか?


 ……そうだな。


 この手触りは、いつもの牛脂と違う。標高が高いからだろうか?……いや、この香りは……最近、どこかで嗅いだことがあるぞ。どこだ?……そうだな。スープ、スープで嗅いだはずだぞ?……つまり、コレは、まさか?


「クラウスよ!」


「どうなさいましたかな?」


「……この牛脂は……『ネグラーチカ』の脂か?」


 あの赤と白の毛皮を持つという珍獣……ッ。そうだ、『バロー・ガーウィック』で飲んだスープ、それにこの甘く粘りの強い脂の香りがしたんだ!!


 自信がある。オレは、ミア曰くの『ねぐねぐ』を、いつか狩るつもりでいた。そうだ、忘れていた。ここは、北海の商業圏と接続している場所なのだッ!!


「……ああ。まさか、この牛脂の秘密が、バレてしまいますとはな」


「ディアロス族のスープに、入っていたんだ」


「素晴らしい見識の広さです。北方に住む民族の食文化にさえ、お詳しいとは!」


「いや、詳しいってほど、食べちゃいないよ。でも、美味い脂だと感動したからね。『ネグラーチカ』って、ディアロス族以外も食べているんだな」


「北海では、それなりにポピュラーですよ」


「そうなのか?……赤と白の毛皮なんだろ?」


 そんなモンスターの肉を、よく食べる気になったな、北海人どもは?


「ええ。とてもユーモラスな珍獣ですよ」


「……くくく!『珍獣』か。いい響きだ。ワクワクしてくるぞ?一度は、お目にかかりたいものだぜ」


 北海か。一度は行っておきたい、グルメな辺境だな―――。


 さて、ミアよ。このハンバーグの謎が一つ、解明されたよ。


 ……しかし、『ネグラーチカ』か?……どうやって入手出来るというのか?北海の商品が入ってくる土地ならば、ひょっとして、買えるのか?


 あるいは、ハンバーグを作る度に、オレがゼファーで北極圏にまで行って……いいや、さすがにハンバーグのために、そんな冒険に行くというのも、現実的ではない。


 何より、ゼファーが疲れてしまう……まだ成長期の翼だからな、ムチャはさせるべきじゃないぜ?


「……ふむ。購入するしかないが……どうしたって、北海貿易と接続する場所じゃなくては、入手困難だ」


「通常の牛脂でも、十分、美味しくなりますぞ」


「いいや……それでは、散々、オレがミアに食べさせてきたノーマルなヤツと、まったく同じになってしまうじゃないか―――」


 まいったな。


 せっかく、味の秘密を見つけ出したというのに、材料が入手困難だと?これでは、オレはミアのために、再現出来ない……なんて、もどかしいのだろうか?


「さて、それでは焼き始めましょうか」


「……あ、ああ。あのやせっぽちのガキどもに、美味いハンバーグを……って!?クラウスよ、それは!?」


「ええ、氷ですよ」


 なんてこともないように、それを言ってのけるぜ。彼は砕いた氷を、ハンバーグのたねで包んでいった!!


 氷……オレたち人類から失われた、四番目の属性。『炎』も『風』も『雷』も使える、多才なオレでさえ、使うことの出来ない属性だぞ?まさか、このパナージュ・パパは、それを使えるとでもいうのだろうか!?


 ……いや、まさかな。


 そうだ。ここは、どこだと思うんだ?ハイランドの北部、台地だぞ?基本的に気温が低い。氷を確保する手段は多い。だが、おそらくコレは……。


「……『氷室』か」


「ええ。これは、冬場に貯蔵していた氷ですよ。酒や肉を保存するのにも使いますが、この氷自体にも、使い方があります」


「ハンバーグのたねに入れるのか」


「はい。真ん中に。お試し下さい」


「……ああ」


 これをして、どうするというんだ?オレはハンバーグのたねで、氷を包む。そして、しばらく置いた後で……熱したフライパンの上で、『それ』を焼き始めるんだよ。


「……これをすると、どーなるという?」


「結果としては、やわらかく、ふっくらと焼けます」


「なに?」


 ……なるほど?うむ……この強い火力。そうか!!


「熱された氷が、焼けた肉の中で蒸気に変わるのか?その蒸気が、肉を押して、膨らませる?……その前に、肉を冷やすことで、肉の線維を固めているから……蒸気を閉じ込めてくれるのかッッッ!!!」


「え?……ええ、多分」


 あれ?……クラウスが、引いている。オレの料理にかける情熱的な分析に、引いているのかよ。いいさ、どうせ、オレなんて、死霊ともお話しが出来てしまうような変人だもんね。


 しかし……分かる。焼かれるハンバーグをひっくり返すとき、弾力を感じたよ。


「下手をすれば、固く仕上がってしまうほどの肉の密度だ。牛脂ならぬ『ねぐねぐ脂』を閉じ込めるために、肉の檻を創り上げるのかと思い込んでいた……っ」


 でも、違うんだ。


 肉たちは、今……ッ。やわらかく膨らむ。


「これは、肉の檻などではない、まるで、母性をも感じさせるような、やさしげな抱擁だよッッ!!そうだよな、クラウスッッ!!」


「……ええ!」


 さすがはベテラン支配人。客の一人でもあるオレに、同調してくれる。そうだ、いいサービス業とは、客を否定しないことだ。ゴメンね、変な圧力をかけているかな?でも、感動を、言葉にして伝えたい。


「……ああ。分かるよ、冷たく、固められた肉が、ゆっくりと膨らみながらも、ハンバーグの内部の肉汁を、包み込むように抱きしめてくれているのが!!これは、美味い。やわらかさ、弾力、そして『ねぐねぐ脂』のうま味を帯びた、大量の肉汁ッ!!……どう表現すべきか、この圧倒的な母性をッ!!」


「お兄ちゃんッッ!!」


 オレの料理愛が、きっと空間を伝わり、マイ・スイート・シスターのハートとか鼓膜に届いたんだろうね?ミアが、この厨房にやって来た。


 ミアの黒くて大きな瞳が、涙を流しているのだ!!


「それは、その料理の名前は、『愛』が相応しいと思うッッ!!」


「……ッ!!」


 さすがは、ミアだぜ!!最高の感性だッ!!そうだ、この肉ミンチを焼いたモノは、もうハンバーグではない。ハンバーグであるが、それだけの地位に収めていい存在などではないのだ……ッ。


「これは、『愛』である。あの悲惨な搾取の場所から生還を果たした、あの哀れで、これからの人生を誰よりも祝福されるべき子供たちが食すに……母性を帯びたこの家庭的な料理は、何よりも相応しいッ!!」


 ああ……いい焼き具合だ。香りも最高!!これで喜ばない子供は、いないはずだ!!


「クラウス、そしてミアよッ!!これをあの子たちに、早く運べッ!!焼くのは、オレに任せてくれッ!!……一秒でも早くだ。この味と栄養を、あの子たちに届けてやりたいのだ、オレはッ!!」


「うんッッ!!今ばかりは、お兄ちゃんが焼いたハンバーグの一番星を、ミアはあの子たちの誰かに、譲るッ!!ミアのは、一番最後でいいんだッッ!!」


「そうか!!ミア!!ありがとうッ!!」


「ううん!!お兄ちゃんこそ、美味しい料理を、ありがとうッッ!!」


 そして、ストラウス兄妹は聖なるハンバーグの前で抱きしめ合うのだ!!


 クラウス・パナージュは、そんなオレたちを微笑みながら見守ってくれている。


「……あなた方は、本当に素敵な兄妹ですね!!」


 好々爺の君にそう褒められると、オレたちは嬉しくて、そっくりなストラウス系スマイルを同時に浮かべるのだ。


 そして、皿は運ばれていくよ。オレは、七つのフライパンを操り、すぐさま人数分のハンバーグを焼き上げていくのさ。子供たちは喜んでくれたよ?……そりゃそうだ、美味いモノというのは、心を無条件に幸せにしてくれるんだ。


 くくく、景気づけだぜ、哀れで惨めな時間を過ごしてしまった、ガキどもよ。お前らの人生はね、きっと明るい!!必ずやその小さな指で幸福を掴める!!そいつを信じて、肉を食えッッッ!!!

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