第六話 『剣聖王の都は、裏切り者の血に染まる』 その20
「なんだ、お前ら?……ここは、観光客の来るようなトコロではないぞ?」
背の高いフーレン族だった。長い尻尾の持ち主だが、その尻尾の先は折れて曲がっている。その尻尾を神経質そうに揺らしながら、彼はオレを睨んできた。
「……そうかい?でも、こんな入り組んだ場所にある小さな寺に、大の大人が9人も集まっているんだ、愉快なことが起こるんじゃないのか?」
オレの言葉に、『白虎』どもは機嫌を悪くする。
「さっさと立ち去ることだな……我々は、気が短いのだぞ、外国人?」
「……なるほど。そうみたいだな、後ろのガラの悪い連中が刀を抜いているぞ?……オレの殺気を悟っているようだ」
「……ほう。オレも久しぶりの現場仕事で鈍っていたか」
そう言いながら、鍵尻尾も背中の双刀を抜いてくる。物言いと、そして感じ取れる気配から、並みの『虎』ではないのだと判断するよ。かなり強い人物のようだな。ミアが口惜しがるかもしれないが、この獲物はオレが相手するよ。
「何者だ、貴様?」
「……ああ。すまんな、ちょっと変装を解くよ―――」
オレは魔術を使い、黒毛の変装を解きかけて―――背中の竜太刀に指を伸ばしていた。くくく、ヤツめ。なかなか好みのタイプだぜ。話している最中に、いきなり斬りつけてきたよ!!
シアン・ヴァティを感じさせるねッ!!
ガキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンッッ!!
竜太刀の鋼が歌い、ヤツの右手が握る刀を受け止めていた!!
「……ッ!止めるか、オレの奇襲をッ!!」
「ホント、いい動きだよ。ほとんど隙が無い。予備動作を消して、あそこまで動けるのは大したものさ」
「チッ」
舌打ちされる。鍵尻尾は奇襲攻撃を完全に止められたショックから立ち直り、バックステップで逃げる。
ヤツは左の腕の刀で攻撃して来ないのかって?……出来ないさ。竜太刀と双刀、重さも威力も桁違い―――片手持ちにならざるを得ない双刀では、オレの攻撃を受けることは出来ないのだから。
鍵尻尾が一瞬前までいた場所を、オレの竜太刀が斬り裂いていた。ヤツが逃亡を選ばなければ、右の刀をへし折って、ヤツの首を刎ねていたところさ。
「……いい勘をしているじゃないか」
「……貴様、ヴァンのヤツが雇った傭兵か?」
「傭兵じゃあるが……ヴァン・カーリーの傭兵じゃあないね」
その言葉と共に、オレの黒髪にかけられていた変装が解除される。赤毛に戻ったよ。なんで、こんな変装をしていたか?……王都で『竜騎士』が警戒されているから、用心のためだよ。
オレだって、潜むことの重要さを、ちゃんと理解しているのさ。一々、敵に身分がバレてしまうと、仕事がしにくくなるだろ?……でも、もうそのコソコソする時間も終わりだ。騎士道にもとづいて、名乗りを上げようじゃないか。
「赤毛に……片目……まさか」
「我が名はソルジェ・ストラウス。ガルーナの最後の竜騎士。大陸最強の傭兵団、『パンジャール猟兵団』の団長だよ!!」
「なるほど、ヴァンの命を狙ってきたのか……」
「ああ。そうだよ?……でも、それだけじゃあ、足りねえな」
「……我々も殺すと?9対2だぞ?」
「いいや?もう7対3だよ」
「なに!?」
暗殺と襲撃は開始されていた。我が妹、ミア・マルー・ストラウスは、『風隠れ/インビジブル』を使っていたよ。完全なる無音の暗殺劇さ。武術寺院の屋根に跳び上がって、そこを音もなく走り、敵の背後を取っていたよ。
そして?
背後から『虎』を襲っていたよ。屋根から音も無く降ってきて、その背中に飛びつくと同時にナイフでノドを切り裂いて殺し……もう一人は無音の跳び蹴りが宿す、真空の牙で首を刎ねていた。
いつになく派手な動作だ。リリアー・ゲイルのために、その新しい技を使っているな。威力は十分だよ。でも、首を刎ねられた死体が、ぐらりと揺れて倒れた。音が立ち、『虎』どもはオレのミアに気づいた。
だから?
アイリス・パナージュも仕掛ける。奇襲を使える最後の瞬間だからね?
「―――『炎の舌よ、我が敵を焼いて斬り裂け』……『ガー・プラーガ』」
静かに呪文を唱えて、彼女はミアの背後に迫る『虎』を焼き払った。『炎』の刃だ、魔力の消費が少なく、広範囲を焼けるわけじゃないが……命中させられたら、達人並みの太刀筋で、斬り裂かれるというわけか。これで、3対6さ。
「クソ!!こいつら、やるぞ!!」
「油断するな!!数を、減らすぞ!!」
『白虎』の精鋭たちが、この場で最も弱い敵であるアイリスを狙おうと動いた。だが、そういうワケにはいかないさ……彼女を守るのも、騎士道の一環でな!!
不用意にオレの左側を駆け抜けようとしていた、その二人の『虎』たちに、オレは斬りかかっていたよ。彼らは、やや警戒が薄かったね。鍵尻尾がオレを止めると考えていたな。いい連携だ、君ら三人は古くからの仲間同士か?
同じ時に死ねて……良かったじゃないかね。あの世で、反省会でもして苦笑しろ。
ザシュウウウウウウウウウウッ!!
一人目の『虎』を斬り裂いたのさ。肉を裂く快感を覚える。いい肉だ。脂が少なく、刃に筋繊維が絡みつくような硬さだった。鍛錬を怠る日は無かったようだな。感心するよ、自堕落な生活を送れるはずなのに、戦士でいることを忘れてくれずにいた。
「く、くそう!?」
二人目は、『虎』には珍しく長剣一本か。その理由は分かる。コイツは左腕が不自由なのさ。後天的な症状だろう。首に、傷痕があるね。かつて、そこに一撃をもらい、首から腕に向かう腕への神経の叢が断ち切られた。
命があっただけでも奇跡の大ケガだが―――その戦いに敗北した後も、右腕一本で戦うために、長剣へ鞍替えしたのか?よどみのない、いい動きをしている。左腕が死んだのは、ずいぶん昔のようだな。
達人の域に迫るほどの技巧を帯びた斬撃が、オレへと向かう。努力に敬意を表して打ち合いをしてやりたいが。なにぶん、急いでいるのでな?あんまり長く騒ぐと、ヴァン・カーリーに気取られちまうかもしれん。
オレは『竜爪の篭手』を使っていたよ。『爪』を伸ばしながら、腕も伸ばすのさ。狙ったのは、長剣を握る、彼の右手だよ。『爪』が、彼の拳を斬り裂きながら、剣を奪い取っていた……。
「ぎゃあああああああッ!?お、オレの腕がッ!?」
二本目の腕が死んだな。剣士としての死でもある。だから、その屈辱の時を……一瞬でも短く終わらせてやるために。二刀流になったオレは踊るんだ。
竜太刀と長剣の二刀流の剣舞が、彼の鍛錬された肉体を斬り裂いていた。彼の黒い瞳が見開かれて、オレを見つめる。命の赤を体から放出していきながら、死の淵で儚く揺れたその瞳が、問いかけるのさ。
「―――『須弥山』の……剣舞……」
そうだ。君たちが子供の頃から練習するその技巧だよ。かつては君も踊れたのだろう、この剣舞を……おそらく、もう少し短い双刀を使ってのことだろうが?
シアンの動きと、この山を歩きながら見てきた子供たちがくれたものだ……始まりと頂点を見て、オレもこの技巧の意味を識ることが出来たんだよ。どうだ?及第点以上だろう?死にゆく君は、どこか感心したように笑ってくれていたな。
オレは熟練した剣士の命を斬り裂くことで、二刀流の感覚を研いだのさ。殺すという行為はね、剣士にとって、何かを確かめ、何かを得る行為でもあるんだよ。
「ベン!!ジャー!!」
名前を聞いたよ。二人分の、おそらくオレの殺した命につけられた名前だ。鍵尻尾のヤツが叫んだのさ。口惜しそうに。そうだよな、たしかに君の落ち度でもある。その群れで最強の君は、あの二人のカバーに回るはずだった。
というか、最強の敵であるオレを止めておく仕事を果たさなくてはならなかった。でも、オレは君の意表を突けるほどの大胆さで、君から離れて彼らを襲った。
君は、オレを追いかけようとしただろね。仲間を守るためでもあるし、君に背後を見せたオレを仕留める、絶好の機会だったのだから。走ろうとして、踏み込みに時間と力を使い過ぎていたんだろうよ。
だから?
アイリス『お姉さん』の放った二本のナイフを、躱すのではなく、双刀を振るって叩き落とすことに使ってしまっていた。
そうさ、彼女は魔術師の『弱点』を消したよ。魔術を放った後の無防備な時間―――その魔術師共通の弱点である時間に、投げナイフの二連発だ。
しかも、毒付きだぞ?刃に赤い液体がついて、露骨に主張している。視覚効果で目立たせる意図もあるんだよ。剣舞は便利。周囲の動きも盗み見できるから。
君は、対応せざるをえなかったのさ。
彼女ならば、急所狙いの軌道で投げられるだろうからな?君は、双刀で毒牙の連続攻撃を叩き落としてみせたものの、アイリスの二発目の『炎の剣』を躱すために、全力で回避運動を強いられた。
手傷を負わなかったが、アイリスにより連携は破綻させられ、時間をオレに与えてしまったな。君を信じ、君を頼って突撃してきた『虎』たちを、オレはその時間のあいだに容易く切り裂けた。
いい判断力だな、アイリス・パナージュ。声を出して褒めてあげたいが、今は鍵尻尾の怒りに晒されている君を、守らなくちゃならないな!!
ガギ、カキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンッッ!!
鋼の合奏が起きた。ヤツの二刀流を、オレの二刀流が弾いていたからだった。忌々しげに歪む顔がそこにあったよ。彼は、オレを憎悪しているようだが……当然だろうな。
「貴様ッ!!ベンの剣で、オレの攻撃を防ぐかッ!!」
「……聞き慣れた音がしたか?」
君らはじゃれ合うように鍛錬したのかもな。お互いを、お互いの武器が持つ鋼で攻め合った。その度に、鋼は同じ音で歌っただろう。そんな思い出の歌を穢してしまったかもしれない。そう考えると、何とも切ないが……君は過去よりも、現在に必死になるべきだ。
オレは容赦なく、悲しみを抱える君を、斬り殺すために踊るぞ?
君よりはるかに強い、このオレがな。
オレは鍵尻尾の双刀を、押し込んだ。力では容易く勝てるからだよ。鍵尻尾の体が、大きく揺れる。そこに、オレはつけ込むのさ。走り込み、二刀流で斬りかかるぜ。
「ぐうう、おおおおおおおッッ!?」
『同門対決』に決着が着きにくい理由は?……そいつはお互いの手の内を知り尽くしているがゆえに、どこまでも『読めてしまう』からだ。相手の動きが分かるからこそ、反応できる。対応できちまう……。
だけど?……狡猾な剣士は、オレみたいに、その『同門対決』を演出することだって可能となる。
「しゅ、『須弥山』の技を……ッ!?」
そうだ。これは『螺旋寺』に入門した子供たちが、必死に踊り、習得に励んでいた技巧さ。この動きに付けられた名前は知らないが、オレは、君たちがこのよく知った剣の動きをすれば?対応してくれると信じている。
オレの威力を帯びた二刀流の乱打が、ヤツの双刀に完全に受け止められる。
そうだ、鍵尻尾は、オレの攻撃を受けてしまったんだ。手が痺れるだろう?武器の重量、筋力、そして姿勢……君には不利な点が多すぎる。だが、オレの技巧に反射的に体が動いてしまったな。
避けるべきはずの技を、避けられなかったのは、君が見知った技だったからさ。本能にまで刻みつけられた、『須弥山』での修行が、君の動きを制限していた。君は、本当に、どこまでも『須弥山』の剣士だったんだよ。
誇るがいい。
初志をどこまでも貫徹し、君は『須弥山』の技巧に生きて……『須弥山』の技巧の前に命を落とすのだから。
手が痺れ、体勢を崩した君は、命乞いをしなかった。生きる確率がわずかにあるというのに、この場を退かなかった。仲間を守れなかったことに罪悪感を覚えてのことだろうか?そうだとすると、君はますますオレ好みだ。
『須弥山』の剣で、ベンくんの剣で、オレは鍵尻尾の胸を貫いていたよ。心臓を下から突くように斬り裂き、背中側の肋骨までも突き破る。刃を回し、破滅的なダメージを、さらに苛烈なものにするのさ……命を喰らって壊す『虎』の牙の動きだ。
死に際に攻撃してくるヤツもいる。だから、接近して殺す時は、密着し、体全体を使って制圧するのさ。ああ、密着した鍵尻尾の、命の鼓動……その最後の心拍を、オレは鋼越しの指で感じたよ。
ミアはオレが彼を仕留めているあいだに、あと二人の『白虎』を『風』とナイフで斬り殺し、アイリスは『炎』の魔術で逃げ出した最後の一人を焼き払った。戦闘は、すぐに終わったんだ。
こうして、オレたちストラウス兄妹は、ヴァン・カーリーを殺す権利を奪い取ったのさ。
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