第六話 『剣聖王の都は、裏切り者の血に染まる』 その19


 ―――クラウスの用意した料理は最高さ、ここは流通を牛耳るマフィアの都。


 最高の食材が用意されているよ、良い肉を食べたソルジェとミアは感動さ。


 92点のステーキと、ミアの食べたハンバーグは銀河の支配に乗り出せるレベルだって!!


 ストラウス兄妹は、ニコニコしているよ?いつもより、ニコニコ。




 ―――その理由を、リエルもカミラも分かっていたね。


 ストラウス兄妹は、怒っているんだよ?


 この兄妹は、怒りを帯びた殺意を隠すために、笑顔を選ぶ時がある。


 メフィー・ファールとリリアー・ゲイル、二人の少女のための『笑顔』さ。




 ―――ソルジェは一口だけしか、酒を呑まなかったよ。


 アイリスは、それでも許してくれたのさ。


 アイリスは、スパイ同士の秘密の会話でもあるのか、四人を残して別の部屋へ行く。


 ソルジェは彼女たちの血縁関係を疑っているけれど、今はその追求を放棄する。




 ―――彼の9年前からの本能さ、復讐者としての本能が、今は何より優先されていた。


 ソルジェはもちろんセシル・ストラウスの死から、解放されることはない。


 彼の魂は、苦しんでいるよ、セシルとメフィーが頭の中で結びついてしまう。


 幼い少女は、ソルジェにとっては、誰しもがセシルである部分があるんだよね。




 ―――乱世では難儀な考えだ、他人の痛みを、我が身の苦しみとして受け止めてしまうことなんて。


 いつもなら、酒に逃げる夜のはず……セックス依存症だから、二人の妻を求めたかもね。


 それでも、ソルジェはただ一人、復讐者としての孤独をつくり、一人で眠ったよ。


 メフィーへの祈りで、その痛む心は一杯なのさ。




 ―――そんな夫のことが、リエルもカミラも誇らしい。


 だから、そんな夫の大切な妹であるミアを、二人して抱きしめて眠るのさ。


 ミアも復讐者モードに入っていたからね、二人の『姉』たちは、ミアに質問するんだ。


 悲しい物語だとしても、背負うべき物語だとしても。




 ―――私たちには、共有してもいいのだぞ、ミア?


 そうです、なぜならば、自分たちは、『家族』っすから!


 ミアは姉たちに泣きつきながら、『風』が伝えたリリアー・ゲイルの歌を告げるよ。


 それは、とても悲しい歌であり、ミアが受けた依頼なのだ。




 ―――ミアが受けた依頼なのだから、それはリエルとカミラが受けたも同じ。


 彼女たちは、ソルジェ・ストラウスの『家族』だからね。


 その絆は、とても強くて深いのさ。


 ソルジェは『家族』たちが、少女のために捧げる祈りの涙の音を聴きながら。




 ―――今、この悲しい祈りの夜に、同じ部屋に『家族』がいることを嬉しく思うのさ。


 ゆっくりと瞳を閉じて、ソルジェは眠りにつくんだよ。


 少女たちも、泣き疲れて眠っていった……。


 祈りの夜は、こうして終わりを告げて……戒厳令下の王都に、また朝が来る……。




 ―――久しぶりに、いいベッドで眠れたから、しっかりと眠ることが出来た。


 猟兵たちの朝寝坊を、今朝のリエルは許したよ。


 ソルジェはまだ眠っていたけれど、リエルはその炎みたいな赤毛を撫でて。


 その額にキスをしてあげる……彼女は力で夫が敵に負けることは無いと知っている。




 ―――それでも、邪悪な罠は……星空の英雄たちをも死に至らしめてきたからね。


 本質的に死にたがりのソルジェには、リエルの魔法のキスが必要なんだ。


 リエルは、この日も自分の夫が死なないように、無言のままに祈るんだ。


 彼に千の勝利がもたらされますように、一度の負けも、訪れませんように……。




 ―――リエルのキスが『魔法』になる理由はね、ソルジェの心に響くからさ。


 ソルジェは知っているよ、眠ったふりをしながらね……。


 リエルにだって、キスしたい額が必要だってことをさ……。


 乱世の英雄たちは、孤独だからね……絆が無いと、生きている甲斐が無いんだよ。




 ―――ああ、メフィー・ファール?リリアー・ゲイル?


 悲しい運命を過ごしてしまった君たちに、僕たちの命がけの祈りを捧げるよ。


 『パンジャール猟兵団』は、君たちのために、悪党どもを滅ぼすんだ。


 ジャンもギンドウも、この朝焼けの光が届く大地で『白虎』を次から次に殺しているよ。




 ―――さあ、時間も空間も超えた絆で結ばれた、我らが血に穢れた罪深き猟兵たちよ。


 悲しいままに命を散らした少女たちのために、一シエルにもならない仕事をしよう。


 お金なんかじゃ変えられない、正義を満たすため。


 祈りにより強い祝福を与えるために、悪党どもを生け贄に捧げようじゃないか。




 ―――目を覚まし、あくびをして、ゴハンを食べて、風呂に入って歯磨きだ。


 奇剣打ちが蘇らせた『竜鱗の鎧』を身につけて、左には『竜爪の篭手』をはめる。


 背中に竜太刀を背負ったら?赤い髪を魔術で黒くして?


 ナチュラル黒髪の妹と並ぶのさ……そして?アイリスと一緒にお出かけさ。




 ―――リエルとカミラもね、クラウス・パナージュと共に出発だよ。


 果たすべき仕事をするんだよ、金のためではなく、ただ誇りのために……。


 僕たちの流儀は、悪党の合理主義には理解不能かもしれないよね。


 でも、そんなに難しい哲学じゃないのさ、嫌いなヤツを殺すことは猟兵の美学なだけ。




 ―――ソルジェとミアは、アイリスと共に『須弥山』にやって来たよ。


 『螺旋寺』、そこは古く異国情緒につつまれた、不思議なお寺の列だった。


 戒厳令下だから、道行く人は少ないものの……年寄りの修行者もいれば。


 まだ幼い修行者たちもいて、朝から魂と肉体を結びつかせ、技を踊る練習に励んでいた。




「……ガルーナに似ている雰囲気がある」


「え?そーなの?」


「ああ、といっても、昔のガルーナだけどな?……オレと兄貴たちも、あんな風にガキの頃から、アーレスを相手に、練習をしていた。必死に、強くなりたくて」


 フードをかぶったミアが、ニコリと笑う。


「お兄ちゃんにも、そんな時代があったんだねえ」


「うん、とってもチャーミングな男の子だったんだぞ?」


「あはは!」


 どういう意味のウケだったのかな?まあ、ミアが笑ってくれたなら、オレはそれでいいんだよ。ミアに、ストラウス家の思い出を伝えられたことも嬉しいし……。


「でも。本当に器用なヒトね?髪の色を一瞬で変えられるなんて?」


「君だって、色んな職業に化けられて、スゴいと思うぞ?そうだよなあ、ミア?」


「うん!アイリス、器用!」


「ウフフ。ミアちゃんに褒められると嬉しいわ」


 オレのは皮肉が混じっているから、素直に受け取ってくれないのかね?


 さてと、香の煙と祈りの言葉と……修行に明け暮れる剣士たちの声が満ちる、『螺旋寺』をオレたちは登っていく。『虎』を目指した基礎体力作りとして、この石畳におおわれた山道を毎日、修行者たちが駆け上がるんだろうな。


 その石畳のあちこちがすり減り、歴史をカンジさせる。


 ちょっと歩きにくいほどにデコボコしちまっているが……それはそれで構わないのだろう。歴史ってモノをカンジさせてくれるから、オレは嫌いになれないね?同じ剣の道を必死に走った過去の剣聖たちの足跡を、踏めるんだぜ?


 そういうことを喜べるのが本物の剣士だと思うんだよね。剣術は、ただの技ではない。文化であり歴史であり物語そのものさ。


 それぞれの土地の事情を反映し、それぞれに住まう住民たちの生きざまを反映して創られるものだからね。


 形だけ継承し、試合に勝てばそれでいいのだとか?


 殺すための技巧の性能を競うだけで満足するとか?


 その程度の器しか持たぬ者は、真の剣士とは、とても呼べたものではない。


 技巧には歴史と意味がある。そいつを知って、その歴史と共に在ってこそ、初めて、その流派の真意が分かるというものだ。


 ……そういうモノを『読める』ようになれば?


 あらゆる流派の『意味』が読めるようにはなって、敬意と共に分析も出来るようになるものさ。


 どんな意味で、そのステップを刻むとか、どんな意味で、その肘の角度を選んだとか。武術の意味を読んでしまえれば?……まるで、同門同士のじゃれあいのように、オレに敵の鋼の牙は当たることが無くなるわけだ。


 学べ、識れ、読め、感じて、考えろ。


 武術には、技巧の鍛錬以外も大切だということだよ。己の流派の『意味』も把握してないような三流剣士が、世の中には多い。ただの腕っ節まかせに剣を振り回しているだけでも、たしかに戦いには勝てるからな。


 だが。そんなものに、真の美学は宿らない。


 独善的な技巧など、おおよそ脆く、つまらないものだ。


 試合など意味がない行いを禁止して、型だけ練習させるのも有りだと思う時もある。極論だとバカにされそうだがね?……真に備えていれば、実戦になど対応できるさ。そうでなければ、備えが足りん。


 『考えるまでもなく動ける』までに仕込めばいいんだ。簡単なことだろうに?……鈍ったジーロウ・カーンが、『盲虎』に勝てたのは、それが完成していたからだぜ?


 目先の派手さや、試合での勝ち負けなど、下らぬことにかまけ過ぎた剣士どもと道場などが、この世界には多すぎるが……ここは違う。


 技巧に隠された意味を認識できるようになるまで、この石畳の上で踊るのさ。意味が分かれば、どんなときにも技巧を好きに引き出せるようになるのだからね?


 そうだ、『虎』を目指すガキどもよ。その小さな円を描いた石畳の上で、十万回はステップを刻め。意味なく動くなよ。一つの動作に秘められた意味を、まだ分からなくてもいいから、考えながら実行しろ。


 そうすれば、君たちはより速く、より強く動けるようになるんだからね。すぐに悟れなくてもいいから、何万回も考えろ。まだ幼い君たちには、その時間が許されているのだからな。


 疲れ果てて、指一本動けないときは、君より上手な剣舞を見て、君より下手な剣舞も見ろ。何が、どう違うのかを見比べて、外れてもいいから、必ず答えを探してみろ。回り道などない、なまじっか才があれば、踏めない道もある。


 とにかく意味を感じられるほどになるまで、試行錯誤しながら、踊るんだよ?……肉体だけじゃなく、心にも技巧を焼き付けて、もがき苦しみながら剣の鋼と融けてみろ―――。


 巷の道場にあふれる天才くんが、到達出来ない高みに行けるのは、道を踏み外さずに、細かな意味さえも理解しようともがいた剣士のみさ。技巧と共に、背を伸ばせ……若き翼を持つ者たちよ。


「……えらく楽しげね、サー・ストラウス?」


「まあね?未熟な剣士たちが、必死に強さを求めて、剣を振る。うつくしい光景だ。剣術を構成する理念、意味、それらを識ろうと必死なサマが……まぶしくてね」


「本職の剣士サマは、剣術のコトとなると難解なのよね」


「ああ、他はバカさらしてるけどね。なんというか、未熟者を見ると、微笑ましくなるじゃないか」


「それは、時と場合によるわね。ジーロウくん見てても笑えないときがあるわ」


「たしかにな!……だが、ここを歩けば?さまざまな完成度の『虎』の剣を知れるんだ。そうすることで、『虎』の真髄が何なのか、なんとなーく見えてくるじゃないか?」


「うん。重心の遊び方が、分かる。あそこの子たちの中で、一番伸びるのは、今このとき、一番ダメな子かも」


「オレもそう思う。あの子は、いい修行をしている。才に欠くだけに、必死に技巧の意味を把握しようともがいているな」


「戦場で、生き残れそうなタイプだね」


「同感だ」


「……猟兵さんたちのレベルは、ほんと、とんでもないのね。皆が達人?……それぞれの技を盗みながら、切磋琢磨するのかしらね?」


「そんなカンジっぽーい」


 オレ、シアンの動きを記憶しているから、この修行者たちの技巧の意味がよく分かる。オレの二刀流も、まだ改善出来そうってイメージが湧いてくるね。ありがとう、少年たちよ。オレは君らのおかげで、より強くなっているよ―――。


「ほんと、剣士って剣術のことが好きすぎるわよ?……さて……そっちの道よ。左の道」


 彼女の言葉に促されて、オレはその道を見る。裏路地というか……廃れたような雰囲気の道だったな。


「……こんなところから、あっさりと行けるのか?『呪禁者』の寺に?」


「ええ。秘匿された身分だからね……表の顔は別にあるみたい。だから、比較的、人通りの多い場所に居を構えていてもいいのよ。そもそも、呪いが専門だからって、不便で不気味な洞窟暮らししかダメとは限らないでしょ」


「……そうかもな。先入観や固定観念はいけないことだ。それじゃあ、行くぞ、ミア?」


「うん!……『白虎』が見張っていると思うけれど、排除していいの?」


「ああ。『白虎』どもを、駆逐する……殺せるだけ、殺してな。悪党は、痛みでしか反省することはない―――全員、殺すぞ」


「うん。了解だよ、お兄ちゃん」


 そして……オレたち仲良し兄妹とベテラン女スパイは、その小さく細い道をしばらく歩く。寺の密集地帯であるせいで、表通りからちょっと入ると、複雑で狭い小道が、絡み合った糸のように複雑に交差していたよ。


 『螺旋寺』の乱立ぶりは深刻なところがある。さて、寺の建材である古びた木が放つ酸っぱい香りを嗅ぎながら、オレたちは、『呪禁者』のアジトだった場所へと、たどり着いた。


 大きな寺たちに隠れるように建っている、日の光も当たりにくいような、小さな寺だよ。


 その小さな寺が『呪禁者』のアトリエさ。画に描いたように不名誉な立地。不気味な洞窟よりはマシかもしれないが、高度な呪術師にしては冴えない暮らしだ。露骨な冷遇を感じるね、『呪禁者』たちは、現政権に不満があったのかもしれない。


 だから?……反逆の徒である、ヴァン・カーリーの言葉に乗ったのだろうか?……不満こそ、反乱の動力としては、最も相応しい。


 とはいえ、最終的には悪辣なアズー・ラーフマにバレて、殺されちまったようだがな。


 まだ時刻は11時を回ったばかりだよ。『そこ』にはヴァン・カーリーはまだ来ていなかったが……『白虎』どもが数名、たむろしていた。


 ……さっそく、メフィー・ファールへの『生け贄』を見つけた気がするね。だから?オレたちストラウス兄妹は、猟兵のスマイルを浮かべるんだよ。


 仲良し兄妹だから、そっくりな笑顔だ。



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