第五話 『悪鬼たちの夜』 その4


 闇にまぎれて馬を走らせたオレたちは、静かだった。オレとリエルはただひたすらに馬術に気を使ったよ。馬の心音に気を配りながら、最高の歩調を作らせようと神経を研ぎ澄ませていた。


 竜に比べれば、あまりにも弱い生物だが……独特の魅力を覚える存在だよ。牛にも乗ったことがあるが、それよりはエネルギーを感じるな。ベヒーモスは、まだ乗ってないが、一度は乗ってみたい。


 まあ、騎竜も乗馬も似ているところは多い。飛び方や走り方を支配する乗り方と、獣の自由にさせる乗り方……その二つのバランスの取り方ってことだけさ。


 エルフの聴覚なら、馬の心音が細かく聞こえる。ドドドドと足音をそこら中にやかましく響かせながら走っている最中だってね。


 エルフ族ならな馬の心音に合わせて、走らせ方を調整すれば良いだけのことさ。そのおかげもあってね、エルフ族ってのは、乗馬の名手ぞろいだ。


 馬を偏愛しているマルケス・アインウルフの第六師団に、父親が所属していたおかげか?ピエトロもなかなかの乗馬の名手だったな。体重も軽いから、馬にもやさしいよね。


 オレはリエルとピエトロたちの走り方をマネしただけさ。あとは、骨格から感じる重心移動に、オレの重心と体重を乗せてやるように走らせたよ。ゼファーの翼の羽ばたきを助けてやるときの技巧の応用……馬にだって有用なわけだ。


 ただし、オレのは戦場仕様なのだろうな。馬の疲れが、リエルたちの馬よりも強かったぜ。


 もちろん、巨体のフーレン族であるジーロウ・カーンの馬に比べれば、疲れちゃいないけどな?


 ジーロウが馬に乗り慣れていないことは、予想がついていた。ハイランド王国は、南部はヴァールナ川とその支流に『水分供給』されている広大な湿地帯ばかりだ。


 北部へは、まだ行ったことがないが、標高の高い切り立った台地の上だという。森林も多く、急峻な崖ばかり。馬は荷車を引かせるだけの存在で、乗って走らせるような環境ではないだろう?


 標高も高いということは……馬の心臓には負担が強そうな環境だ。


 とはいえ、この馬たちも武装した騎士を乗せて走れるようには調教している。


 革製の鎧に薄い鉄板を仕込んだだけという、軽装の鎧を装備しただけのジーロウが、どれだけ下手クソな馬術を晒そうとも、隊列を遅れるという惨めなことにはならなかった。


 だが……ジーロウでなければ?……オレたちの進軍速度は10%は速くなっていたところだろうよ。


 乗馬で知れる文化の違いもあるということだな。オレ、一瞬、ジーロウの体を見て、ヤツの露骨にダメなところを発見した。仕方ないから、世話してやる。


 エルフたちからは、粗暴で太ったジーロウは、バカにされていそうだもんな。エルフって気位が高いから、自分より劣った人々に対して、そこそこ冷徹なんだよね。


「……おい、ジーロウ」


「な、なんだ。ソルジェ・ストラウス」


「馬の乗り方が、色々と間違っている」


「し、仕方がねえだろうが?こんなモン、喰ったり荷物を引かせることはあっても、乗って走るとか、しねえよ、フツー!?」


 なるほど、予想は的中。しかし、飢えた難民の胃袋とは異なり、積極的に喰うのか?馬が一瞬、怯えたような気がするが……いや、指摘するのは止めておこう。死霊と話せる身だ……この上、動物さんとも会話が出来ると噂されるのは辛い。


 ……ああ、忘れるところだった。


 この太り気味の鼻ピアス野郎に、ちょっくらアドバイスをしてやらんとな。


「……ジーロウ。脚で、馬の腹を締めつけるな」


「あ、ああ!?でも、落ちちまうだろう!?」


「大丈夫だ、骨盤を馬の背骨に乗せて、重心を預けてやれ。『虎』の脚力で締めつけるから、肋骨の動きを制限して、呼吸を乱している」


「オレの脚で、この馬、苦しんでいるってことなのか?」


「あと体重でもな」


「う、うるせえぞ!?」


「とにかく、脚の力を抜いてやれ。お前は、武術の腕はあるんだ。そんな馬ごときに、振り落とされるような身体能力はしていない」


「……分かった。脚の力を抜いて……骨盤を、背骨に預け……」


「そうだ。そのまま重心を重ねる……うん。いいカンジだ」


「おお!ホントだ、馬の野郎、ちょっと元気が出てる」


「礼は言わないのか?」


「……お、恩着せがましいなあ」


「お前は武術をする者として、より上位の存在への敬いが足りないからな。教えられ、より強さを手にした時は、どうするんだ?」


「……あ、ありがとうよ!!」


「くくく、どういたしまして」


「……嫌味な野郎だぜ」


「馬にも乗れるようになれよ、ジーロウ。『虎』は強い男に惹かれるのだろう?『バガボンド』の『虎』たちのリーダーの一人になれ」


「お、オレが、リーダー……?」


「なれる。実力はあるさ。昨夜の戦で、無様は晒さなかったんだろう?別人のように見違えた。自信をつけたお前なら、『虎』の称号に相応しい」


 そうさ、認識を改めてやるよ。お前は、ダメな『虎』ではない。シアンと共に戦場を駆けて、目を覚ましたようだな。


「お前は、他のフーレンよりは才能がある。鈍ってはいるが武術の腕もあるのだ。他の者たちの手本になるよう行動して、導いてやれ」


「……へ、へん!!貴様なんぞに、言われなくても、やってやるっつーの!!」


「ああ。その意気だ。素直な『虎』など、つまらんからな」


 そう言って、オレは左手で手綱をさばき、馬に『走れ』と命じる。黒い馬にムリをさせながら、この群れの先頭に踊り出る……。


「速度を、落とすぞ?……そろそろ、分かれ道だ。小さく細い道になる……見落とさないように注意しろ?」


「了解だ、ソルジェ団長」


「りょ、了解!!サー・ストラウス!!」


「……ピエトロ、深呼吸しろ。オレは地獄耳だ。声は小さくしてていい……これから行くのは密貿易の現場でもある……『白虎』も、北の山脈から這いずるように降りてきているはずだ。荷物と一緒にな?」


「……フーレン族の、敵がいる……?連中は、夜目が利きます……耳も、人間族より、ずっといい……」


「そうだ。おそらく、フーレンの上位戦士である『虎』もいる。暗殺しながら、連中の詰め所を叩くことになる……殺す覚悟は出来ているな?」


「……はい。昨夜の戦場で、誓いました。『殺す以上に、救います』……その誓いがあるから、オレはもう、ヒトを射殺せます」


 勇者の器を持つ少年は、また一つ本物の戦士に近づいたようだ。やさしさと強さを持つ者を、オレは好ましいと思うよ。


「……リエル、ピエトロはまだ未熟だ。彼のカバーは頼むぞ?」


「ああ。任せておけ」


「うん。君に任せられるなら安心できる。ピエトロ、今夜の彼女は君の師匠だ。しっかりと従うように」


「はい……っ」


 ふむ。小声であろうと心がけている。実際には戦場となる場所は、まだ距離がある。だが、戦場に着く前から心構えを作っていることは、有効だよ。


 油断を少しでも削り落とすためには?


 必要最低限より、ちょっと多くの準備をしておくことが大事だ。常に自分が未熟だと思い、常にまだ上があると考えておくことぐらいしか……油断を減らす手段を、オレは知らないね?


 ピエトロの魔力が高まる。


 だが、深呼吸のアドバイスは実践してくれているな。そうだ。肉体の挙動で、精神を後追いさせることが出来る。落ち着きたければ、落ち着いている時の行動を真似れば、それでいいってことさ。


 さて……馬を、よりゆっくりにする。


 ここからは、もう敵地だぜ。作戦のための土地にやって来た。崖に沿うようにして走る細い坂道を、オレの黒い馬さんが上っていくよ。雑木林を貫く、細い道だ。魔眼を使い、サーチをかける。


 足下に地雷が仕掛けられていないかを調べるんだ。火薬式の地雷も、リエルが得意な魔術式の地雷も、とりあえずは見つけられない。


 他にも注意する点は幾つもあるぜ……『落ち葉』が『裏返って』いないかどうかも、ちゃんと気に留めるべき事柄だ。


 地に落ちて、湿り気を帯びた落ち葉は、そう簡単には裏返らないものさ。お互いが湿り気で静かにくっついているから。


 それでも、例外があるもんだ。


 ヒトがそこを歩けば?靴底に圧されて、あるいは蹴られて、もしくは靴底について……『ひっくり返る』。他の葉っぱたちよりも、白くキレイに見えるものさ、裏返った葉っぱはね?


 まあ、湿気具合や日の当たり方で色々と違うが、コントラストが乱れるのは確実だ。森林地帯で敵を追いかける時のコツの一つだよ。


 こういう風に魔力だけでなく、知識も利用する。それが、猟兵……『パンジャール猟兵団』の方針ってヤツさ。さてと、肝心な敵の気配についてだが……痕跡はないな。何もない。オレが見つけられる範囲の痕跡は、まったくない。


 思えば、密貿易の現場だ。


 お互いを見張らないのが、暗黙のルールだったりしたのかもしれんなぁ。


 そうだったとしても、安心は出来ない……この小道の先は、地図の精確さを信用すれば、絶好の狙撃地点さ。


 兵士の一人でも配置しておきたくなったとしても不思議ではない。現在は、今までと違い……両国間の緊張は、間違いなくピークになっているのだからな。『虎』にだって頭上からの矢は有効だ。白兵戦をやることを思えば、十倍は勝率が増す。


 ……登り坂の終わりが見える。オレは、音も無く馬の背から降りた。


 リエルもピエトロもそれに続いた。音を殺したいい動作だ。だが、案の定、フーレンの野郎は、ちょっとうるさかった。敵にミアがいたら、五百メートル先からでも発見されていたところだろう。


 だが、敵にミアはいなかったから、安心。


 オレは馬の手綱をリエルに預けると、そのまま、一人で先行するよ。皆で行くと音が立つからね、どうしたって。『風』の魔術を使う。全身に遮音の『風』の壁をまとうのさ。


 『風隠れ』……隠密のスキルだ。


 体から放つ音を、『風』でかき乱してくれる。まあ、もっと簡単に言えば?音と気配を消してくれる、便利な魔術ってことだよ。


 そのまま気配を消して、オレは暗殺の歩法で丘を登る……結論としては、誰もいなかったね。安心する……この見晴らしのいい場所に、兵士を配置しない?敵はマヌケなのか、まだお互いを信じているのか?


 ……どっちにせよ、練度をカンジさせない集団ではある。


 帝国側は、大したことは無いだろう。問題は、『白虎』の連中が、密貿易に若く未熟かもしれないが、どれでけの『虎』を用意しているかってことだけだな。


 密貿易の店じまいバーゲンセールだ。いつもより豪華な品とかもるかもしれん……ついでに、警備の人数が多いかもな……。


 よーし。それじゃあ、この見晴らしのいい崖の上から、敵情視察と行くかね?


 オレは左眼の眼帯をずらして、金色に輝く竜の目玉をギョロリと開くぞ。そして?……もちろん、魔眼の新しい能力、『ディープ・シーカー』を発揮するのさ。


 さあて、視界から色彩が奪われていく。


 全てがモノクロの画に変換されて、夜の闇は意味を無くす。オレの目に映っているのは、白黒の世界であり、コントラストや輪郭がとにかく強調された世界だよ。


 闇の駆逐されたその視界のなかに……オレは、たくさんの帝国軍人と、『白虎』と思しき長い尻尾を尻から生やしたフーレン族の戦士たちを見つけたよ。


 この鉱山には、今……殺すべき敵が、40名ほどいるのさ。たったのね。


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