第四話 『戦場で踊る虎よ、昏き現在を撃ち抜く射手よ』 その15


 ―――少女はしばらく考えて、そして、気がついていた。


 そうですね……その聖剣の『容器』に入っていたのが、『狭間』の血液なんですね?


 ……そうよ、正解……少しも驚かないのね?『凝固』すれば、普通は怯えるわ。


 そうですか?私は、両親が人間族です……ヴァンガルズ家は、名門貴族なんですよ?




 ―――夫婦となることさえ、仕事のようなものです。


 結婚は、私たち帝国貴族にとって、『義務』ですから……一族を存続させるための。


 その相手となる方を選ぶにも、さまざまな条件があります……。


 残念ながら、我々の血統は、異端審問官さまの興味を引けるようなものではないです。




 ―――私たちの血は、ありきたりで……愛ではなく、義務で配合されるだけですから。


 『配合』……少女の口から出た言葉に、ルチアは驚いていた。


 戸惑いさえ覚えてしまう、自分が、何か触れるべきではない少女の闇に触れた気がした。


 ……ごめんなさいね、貴方を、疑っていたわ……。




 ―――いいんですよ、嘘を見破るのが、異端審問官さまの任務ですもの。


 ですが……それでも、やはり……気持ちの良いものでは、ないですね。


 自分の血の『配合』を……分析されるなんて。


 おしとやかな少女ではある……だが、その迫力は心のどこかにある闇が放つのか?




 ―――ほんとうに、もうしわけない気持ちで一杯だわ。


 貴方の指を、傷つけてしまった……本当に、ごめんなさい。


 いえ……すみません、私も、少し、感情的になってしまいました……。


 少女も、ルチアに謝罪していた……女たちは、お互いを労るように笑う。




 ―――貴族の結婚……私には、縁がないものだから、配慮に欠けていたかもしれない。


 大丈夫ですよ?異端審問官さまの、お仕事ですから、私は平気です。


 そういってもらえると、助かります、エスリン・ヴァンガルズ。


 少女は笑顔を浮かべる……そして、礼拝堂のドアがノックされた。




 ―――はい?なんでしょうか?


 エスリン・ヴァンガルズ?早く支度をしなさい!!退避命令が出ているのですよ!?


 あ、はい……ビアンカさんだ、待たせちゃったんですね。


 ……ビアンカさん?それは、どういった人物ですか?




 ―――え?こちらに来てから、お世話していただいている方です。


 このあたりの修道院の、シスターで、私たちを手伝ってくれているんですよ。


 手伝う?治療行為のボランティアのこと……?


 ええ、それも含めて、食事や何やら、色々とお世話をしていただいて。




 ―――少女の手を、ルチアが引っ張った。


 え?ど、どうしたんですか、ルチアさま?


 いいから、奥に……扉の向こうの貴方……『何』ですか?


 ……とても、『まともな生き物』には、思えません……何ですか、この異質な魔力は?




 ―――その言い方は……ショックっす。


 ビアンカ……さん?少女は、ビアンカの声質が大きく変貌したことに驚いた。


 ずっと若い女の声のように聞こえる……そして、『闇』が礼拝堂に侵入するのさ。


 それは……『コウモリ』の群れだ、『コウモリ』の群れが、扉を『貫いて』入って来た!!




 ―――え!?ええ!?と、扉を、すり抜けてる!?


 何者です、貴方は……ッ!!これは、『闇』の魔術ですね……ヒトには、使えぬ力!!


 『コウモリ』があつまり、一人の尼僧に化けるのだ。


 金色の髪に、ふくよかな顔のシスター・ビアンカに。




 ―――バケモノ扱いは、傷つくっすよ?こう見えても、旦那さまもいる、若い女子なんすから?


 そう言いながら、シスター・ビアンカが、顔の『皮』を剥いでいた。


 中年女の顔の下から……少女と呼べるほどの童顔が現れる。


 そうさ、金色の長髪に、アメジスト色の瞳をした、若く美しい少女であった。




 ―――ビアンカさん……変装、していたの……?


 そうです、ここに来てから、ずっと……騙していて、ごめんなさい。


 ……あなた、ルード王国の、スパイですか?


 外れです、異端審問官さま。




 ―――ならば……魔王、ソルジェ・ストラウスの配下?


 そうっすよ、私の名前はカミラ・ブリーズ……ソルジェさまの三番目の妻で、猟兵。


 それならば、容赦は必要ないですね!!


 ルチアが加速し、聖剣を振るう。




 ―――カミラはその反射神経の速さで、ルチアの聖剣の剣舞を躱していくよ。


 でも、冷や汗をかいてしまう……ルチアの技量も大したモノだが、気迫が強いのさ。


 ……なんだか、怒ってるっすか?


 ええ……失望させてくれました、魔王!!しょせんは、邪悪な誘拐犯か!!




 ―――ルチアは悟ったよ、カミラが少女を連れに来たということを。


 そして……失言していた、カミラに……ソルジェの悪口を言ったんだ。


 アメジスト色の瞳が、輝いていた……闇みたいに深くて、宝石のように深く。


 それは、ただの手刀さ?でも、激怒した吸血鬼のそれは、音よりも速い。




 ―――聖剣が、たった一撃でへし折れていた……。


 ルチアは驚愕する、聖なる鋼が、手刀ごときに、折られるなんて―――ッ!?


 カミラが沈み込みながら迫る、体当たりだ、ルチアは身を守るために背後に跳んだ。


 だが、カミラは速すぎた……ルチアの体が吹っ飛ばされて、壁に叩きつけられていた。




 ―――ルチアさん!?少女が悲鳴じみた声音で、彼女の名前を呼んだ。


 ルチアに駆け寄ろうとするが、ルチアは手で少女の動きを遮る。


 来ちゃダメ、逃げて……彼女は、貴方を狙っているのよ……ッ。


 そうっすよ、ソルジェさまの命令っすから?




 ―――なぜ、彼女を……?


 ソルジェさまは、ルード王国に雇われているんすよ?


 ……利益のために、少女を利用する……魔王、それが貴方の正義ですかッ!?


 ……違う光景を、期待してたっすか?


 



 ―――ッ!?……ええ、そうですね、もっと……大義を見られるかと、期待していた。


 ……そういうのが見たいなら、窓から外でも見るといいっすよ。


 ……え?……どういう、意味?


 神さまでは助けられなかった難民の皆さんを、ソルジェさまは助けてる。




 ―――そ、それは……それは、一瞬のことでしょう!?


 帝国は、巨大なのよ!!こんな勝利は、一瞬のことでしかないわ!!


 そうかもしれないっす、でも……。


 一瞬の重さが、神さまの語る永遠なんかに劣るっすか?




 ―――永遠の救済に、価値がないとでも……?


 そこまでは思わないけれど……一瞬の価値を知らないで、永遠の尊さを知れるんすか?


 ……ッ!?そ、それは……ッ。


 ソルジェさまの勝利に、文句を言うヤツは、自分……嫌いっすよ。




 ―――ソルジェさまは、自分を『聖なる呪い』と言ってくれて、妻にしてくれた。


 三番目の妻だけど、自分には、それでも、とても嬉しい……。


 あんたの神さまは、呪われた『私』の居場所も命も奪って、地獄に行けと言うだけっす。


 吸血鬼は、それだけ呪われた存在……穢れているっすよ?




 ―――そんな、硬い剣を、手で切り裂けるんすよ!?


 こ、こんなバケモノを……愛してくれるっす……神さまは、何もしてくれなかった!!


 それでも、ソルジェさまだけは、私をあの城から救い出して、愛をくれた!!


 神さまなんて、この世にいもしない『嘘』を騙る、お前みたいな大嘘つきがッ!!




 ―――何も知らない、嘘つきがッ!!私の愛するヒトの、悪口を言うんじゃないッ!!


 カミラの背から漆黒の翼が生える、そして、その瞳は殺意に燃えて。


 全身からは闇色の魔力を解き放つ、礼拝堂が、震えているのさ、魔王の后の『力』にね。


 カミラは我を失いそうだった、吸血鬼の力を暴走させれば?




 ―――ヒトごときが、敵うはずもない……ああ、ソルジェは、特別枠だから?


 少なくとも、聖剣を折られて負傷したルチアには、どうすることも出来ないさ。


 ……イースよ……信仰を否定されたまま、私は、ここで……死ぬ、のですか?


 ルチアがそう自身の神さまに、問いかけたとき―――。




 ―――仕込み刀を抜刀しながら、僧兵武術の最高峰が突入してきていた。


 シスター・アビゲイルの小さな体が、双刀の剣舞を踊るのさ。


 そしてカミラが放った、五つの闇の斬撃を切り裂いた……?


 いや一つだけが、彼女を打撃して、その小さな体を弾き飛ばす。




 ―――シスター・アビゲイル!?ルチアが動いて、彼女を受け止めた。


 ……ふん、とんでもない力だねえ、吸血鬼め……でも、正気に戻ったかい?


 そうさ、カミラはシスター・アビゲイルの血を見て、落ち着いていた。


 ……ごめんっす、ここまでやるつもりは、なかったのに……。




 ―――『エスリン』?自分と一緒に来るっす……お兄さんに会わせてあげるっすよ。


 『あなた』が……愛していると言っていた、グレイに……。


 『お兄さま』が、そこにいるのですか!?


 いるっすよ、ソルジェさまが助けたから……いっしょに行くっす、『エスリン』……。




 ―――は、はい、カミラさま……私を、お兄さまのところに!!


 ……ま、まちなさい!!エスリンさん、ダメよ!?


 ルチアがエスリンに駆け寄ろうとするが、アビゲイルが彼女を止める。


 ……やめときな、お前とあの子じゃ、次元が違いすぎる。




 ―――ですが!?こ、このままでは、エスリンさんが!?


 ……ソルジェさまは、この子を不幸にはしないっすよ?


 なによ、それ!?


 そのまんまの意味っす……お前でも神さまでも助けられない、この子を助けるっすよ。




 ―――カミラは、まだ冷静じゃなかったよ。


 カミラは……少女を見つめる、まっすぐにね……反論を許さない気迫がそこにあった。


 ……だから、『エスリン』からの『命令』じゃなくて……『自分で選ぶ』っす。


 ……え?




 ―――『あなた』の、その存在が、偽りでも本当でも、どうでもいいっす。


 自分の気持ちを叫ぶっすよ?……それなら、自分が、『あなた』を連れて行く。


 ああ、カミラは『作戦』を忘れていたよ、でも……いいのさ、きっと。


 ソルジェなら、『この失敗』なら許してくれるから。




 ―――『偽りの少女』は……嘘を止める……灰色の髪の思い人の名を呼ぶのさ。


 『グレイ・ヴァンガルズ』に会わせて……カミラ!!


 魔王の后は、ニッコリと笑うんだ、まだ猟兵になりかけの、どこか田舎臭い顔で!!


 ……行くっすよ、『ジル』ッ!!




 ―――『偽りの少女』とカミラが手を結ぶ、そして『闇』は広がるのさ。


 無数の『コウモリ』に化けて、二人の少女たちが、礼拝堂の中を遊ぶように舞った。


 そして、カミラの声が響くのさ。


 ……拷問女、ソルジェさまが作った勝利が、『一瞬』だとしても……。




 ―――その一瞬が無ければ、そこで終わっていたヒトもいるんだ。


 それに……一瞬だって、繰り返して……何度でも、絶望を喰らって、立ち上がって。


 何度だって、指を伸ばして、欲しいって願って、戦い抜いて!!


 そしたら……絶対に、『一瞬』はたくさん折り重なって、永遠にだって勝るっす!!




 ―――おバカさんの特権さ、感情のままに叫び……そして……?


 『コウモリ』は空へと踊るよ、この礼拝堂の屋根を貫いてね?


 ……シスター・アビゲイルは苦笑するよ、やれやれ、好演技が台無しだよ。


 ……『演技』……どういうことですか、シスター・アビゲイル?


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