第四話 『戦場で踊る虎よ、昏き現在を撃ち抜く射手よ』 その16


 ―――知りたいかい?……『真実』を?


 シスター・アビゲイルの問いかけに、異端審問官はうなずく。


 そうかい……でも、タダでは、教えてやれないねえ。


 私が話すことを、他言しないというのなら……『真実』を話してあげよう。




 ―――どうだい?……異端審問官ルチア・アレッサンドラよ?


 ……それは、彼女たちを……守るため、ですか?


 そんなところだねえ……でも、アンタを納得させてやりたくもある。


 このまま、黙っていれば……私らの『嘘』は、アンタから逃げ勝てる。




 ―――それもいいが……そこまでボロボロにされて、アンタが何も得ないのは辛い。


 ……私に、同情しているのですか?私を……哀れんでいる……?


 そうさ?悪いかい、同胞よ……宗派こそ違うが、同じイースさまの下僕同士。


 慈悲の女神の信徒として……アンタに慈悲をくれてやりたいのさ?




 ―――ルチアは黙る……考えて、悩んでいる。


 自分が同情されることを屈辱とは思わない、彼女が戸惑ってしまう理由は……。


 目の前の老婆が、己を犠牲にしようとしていることを感じるからか……。


 ……知れば、私は……異端審問官として、弾劾すべきヒトを、弾劾しますよ?




 ―――そうかい……それでも、いいさ……あの子たちは『自由』になった。


 だったら……他のことは、構わないねえ?


 ……ルチアは拒絶すべきか迷った、自分を庇い負傷した彼女を、罪に問いたくない。


 知らなければ……確証は得ない……それであれば、誰もが罪から免れる……?




 ―――それでも、それは……『嘘』だから……。


 『嘘』はルチアの信仰では許されない行為、とくに、この礼拝堂のような場所では。


 ……だが、沈黙ならば……?『嘘』ではない……沈黙を選べば、誰も傷つかない。


 そう考えていた、そして、アビゲイルもそれを悟っていると予想する……。




 ―――やっぱり、話してやるよ?


 ……え?……シスター・アビゲイル、自分たちに不利な証言を、行うというのですか?


 そうさ、『嘘』を嫌うアンタにね……とっておきの嘘のハナシを伝えてやりたい。


 そうじゃなくちゃ……惨めに負け散らかしたアンタが、かわいそう過ぎる。




 ―――ここは慈悲の女神の家だからねえ、教えを求めてやって来た娘を……。


 何も持たすことなく、帰してしまうのは……私の信仰が許さない。


 ……私は、罪を、裁く存在ですよ……?


 裁けばいいさ、そんなに『嘘』が嫌いなら?




 ―――その言葉に、ルチアは沈黙する……彼女だって、知りたいのさ。


 目の前で起きた事実の真相を……そして、アビゲイルの言葉が自分に何をもたらすのかを。


 ……沈黙するルチアを、アビゲイルはやさしい瞳で見つめながら、その口を開く。


 ……昔々、あるところに……男と女がいたんだと。




 ―――男は、そこそこ名のある貴族さまで、女は耳が長いフツーの女……。


 その連中は愛し合い、女の腹には子供が出来た……。


 男の家族は女と、その子供を認めなかったし……ハーフ・エルフは迫害されている。


 だから、その『夫婦』は、あるハーフ・エルフの女に助言を求めて来たんだよ。




 ―――どうすればいいですかってね?ハーフ・エルフは困ってねえ?


 アンタも知っているとおり、『狭間』は迫害されているし……。


 とくにハーフ・エルフへの迫害はキツい……だから、『嘘』をつけと教えたのさ。


 そのハーフ・エルフの耳は、短くてね、そのせいで多くの者に気づかれない。




 ―――耳さえ伸びなければ、騙せるだろう……そう考えたわけさ。


 エルフの妻を娶ることを、貴族の一族に認めさせることは難しいが……。


 生まれたばかりのハーフ・エルフの赤子を、呪術で耳の成長だけ遅らせれば?


 ハーフ・エルフであることを、どうにか、誤魔化せるのではないか?




 ―――そう考えたのさ……だけど、ヒトの成長を、一部分だけ呪う?


 その呪いは、とても繊細で、過酷で……使い主を苦しめる。


 命を削ることになる……それを説明したんだが……母親は即答したよ。


 自分の腹の中にいる子供を、守りたいとね?




 ―――命がけの『嘘』の始まりさ……母親は住み込みのメイドに化けた。


 妻ではなく、メイドとして生きながら……毎日、呪いをかけ続けたよ。


 ……貴族の男は、偽りの結婚をしたね……赤ん坊に『母親』を用意するために。


 そして……『嘘』だらけの家族が作られたのさ。




 ―――男は『妻』を愛していなく、『妻』も彼を愛してはいなかった。


 それでも彼女は、赤ん坊の母親代わりをしっかりとつとめたね……。


 赤ん坊は『妻』によく懐いた……いつも咳ばかりしている、やつれたエルフは嫌ったよ。


 それでも、そのエルフの女は……幸せだと、『私』に手紙を送ってくれた。




 ―――『私』はいつも祈ったし……後悔もしていたよ。


 もっと、キレイな道があったのではないかと……考えていた。


 でも、『私』は愚かなのさ……正義を貫けるアンタとは、違って、迷ってばかりさ。


 ……エルフの女は、また妊娠した……教義には反するが、『私』は出産に反対だった。




 ―――二人分の呪いをかけるんだ……命を削るだけでは、すまないよ?


 彼女は、それほど強い魔力を持っちゃいない……死ぬのは、時間の問題だった。


 それでも、産みたいと願い……『私』は困ったが……一つの賭けに出た。


 女子だったら、成長すれば『私』の学校に寄越しな?




 ―――呪いは、『私』が引き継いでやるから……男だったら、『私』を教育係として雇え。


 その『夫婦』に『私』はそう約束させたよ……ちょっとでも、負担を減らしたかった。


 産まれてきたのは女の子さ、『私』が取り上げたよ?


 名前をつけてもやったのさ、『私』の母親の名前さ。




 ―――『私』がその子をどれだけ大切に考えているかを、エルフの女に伝えたくてね。


 けっきょく、『私』は『エスリン』と『グレイ』の家庭教師役もした。


 週に二度、貴族の家を訪ねて、母親に代わり、呪いをかけてやったさ。


 我々の命をガンガン削り、あの兄妹の耳は、人間族の長さのままだったよ。




 ―――喜びばかりではなかったね、『嘘』は、やはりヒトの心を蝕むのさ。


 男の『偽りの妻』は……嫉妬に狂い、飲酒に溺れていた。


 愛していないはずの男だったが……近くに居続ければ情もわいたのだろう。


 金目当ての偽装結婚だったのに……彼女は、愛を求めてしまった。




 ―――やがて、真実の愛を得られぬ彼女は、毒薬を飲んで自殺してしまった。


 『グレイ』は母親が死んだと、嘆いたよ……そして、妹が生まれたせいだと罵った。


 『母親』は、その言葉を許せずに……『グレイ』の頬を叩いたよ。


 ……『母親』には許された行為だが……『グレイ』はとても怒った。




 ―――『グレイ』は『エルフでしかないその召使い』を、かつてより憎んだ。


 父親に、彼女をクビにしろと、何度も願い出るほどに……。


 それでも真実は告げられなかった……告げるべきだったかもしれない。


 だが……世の中のハーフ・エルフへの弾劾は、強まるばかりだったからね?




 ―――臆病者の嘘つきたちは、『嘘』を守ることにした、命を削りながらね。


 そして……息子に嫌われながらも、ひたすら命を捧げすぎた『母親』は……。


 やがて、命に限界が来てしまったよ……。


 『グレイ』が11の時に、彼女は死んだ……奇跡みたいな『長生き』だ。




 ―――アレだけの呪術を使いつづけた、才に恵まれない者がね……?


 『母親』の呪いを……いいや、『祝福』を得られなくなった兄妹だが……。


 『グレイ』の耳は、むしろ小さすぎるほどだったから、様子を見ることになった。


 結果的には、いいバランスに落ち着いたよ。




 ―――11年の『祝福』は……『グレイ』に輝かしい人生を用意できた。


 『母親』は最高の仕事をしたのさ、命を費やし、たとえ息子に嫌われながらもな。


 おかげで、『私』は自分の母親と同じ名前を持つ娘に、集中できた。


 週二で『エスリン』に呪いをかけながら、彼女が、『私』の学園に入学するのを待った。




 ―――時間はどうにか無事に過ぎた、人間第一主義なんておっかないモノが出来て焦ったが。


 どうにかこうにか……誤魔化せたね。


 『私』は……アーバンで、彼女を守りながら、耳に呪いをかけたのさ。


 完璧なサイズに調整できた、ぱっと見では人間族にしか見えないよ?




 ―――体は成長しきり、耳の伸びも止まる……ようやくお役御免だってところさ。


 それが……『私』と……あの『家族』にまつわる、大きな大きな、『大嘘』さ。


 ああ……ほんと、20年以上、面倒見てきたおかげでね、私はボロボロ。


 吸血鬼の娘なんかに負けちまったよ?……でもねえ、後悔だけはしちゃいない。




 ―――『嘘』をついて……守れた命もある……。


 人種差別野郎のクソ皇帝の『血狩り』から……逃れる術はこれだけだったよ。


 最高の仕事だと、胸を張って、口に出来る。


 私の人生を賭けた、大いなる仕事の一つさ、あの兄妹を守れたことはね?




 ―――だからね……私は、ちょっとだけアンタが嫌いでもあるよ。


 私が命を削り、あのエルフの女が苦しみながら、命をも捧げた『嘘』を……。


 アンタは、台無しにしちまったんだから……。


 ああ、そうさ。




 ―――知るべきだよ、ルチア・アレッサンドラ。


 お前の暴いた真実が持つ、大きな痛みをね?


 その痛みを知ることで、今みたいに、悩み、苦しんでこそ……。


 アンタの信仰は、より本物に近づけるのさ。


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