第二話 『魔王は、命の値段を訊ねられ……』 その13


「さ、サー・ストラウス!!な、何を言っているんですか!?」


 想像はしていたが、若く正義をもつ少年は、やはりどこか潔癖であった。


「か、彼らと、手を組むんですか!?か、彼らは、と、父さんを、こ、こんな目に遭わせた張本人なんですよ!?」


「……ピエトロ、私のことはいいのだ」


「いや!?よ、よいわけないよ、父さん!?だ、だって、こいつら、他にも、たくさんヒドいことをしたじゃないか!?……川を渡ろうとしたヒトたちを、オレたちの仲間を、や、槍で、串刺しにしたり、したんだぞッ!!」


 怒りのままに、少年は剣を抜いた。


 そして、そのまま、ジーロウ・カーンに向ける。突きつける。ジーロウの武術の腕ならば、それは何の脅威にもならないはずだ。


 だが、ピエトロ・モルドーの目から流れる涙が持つ意味に、臆病なジーロウは射抜かれている。ピエトロの正義は、もっともだろう?彼は、仲間を大勢、この尻尾の生えたハイランド王国のならず者たちに殺されたんだ。


 復讐。


 それが持つ正義を、オレは疑うことはない。


 我が妹セシルを殺されたから、オレはまだ帝国と戦い続けていられる。


「みんな、みんな……帝国の人間たちに、迫害されたくなくて……体を切られたり、殺されたりしたくなくて……そんな惨めがイヤで、命がけで、ここまで逃げてきた人たちばかりなんだぞッ!!それを、それを、お前らは、殺しやがったんだぞッッ!!」


 少年の叫びが、この宴の跡に響いていた。純粋な怒りさ。それは、この酔っ払いどもにも届いている。だから、酔っ払いどもは打ちひしがれるように、頭を垂れているのさ。


「お前らだって、亜人種だろッ!?帝国は、いつか必ず、お前らを殺しにやって来るんだぞッッ!!……それなのに、金欲しさに、帝国なんかに、媚びへつらって!!お前らは、オレたちの仲間を、殺しやがったッッ!!」


 ピエトロは剣を振りかぶる。ジーロウの首を刎ねるつもりだろうな。オレは止めない。ジーロウひとりの命で、ピエトロの心が癒えるのなら、それも救いだろう?


 このクズどもの行いは、殺されるに相応しい。命がけで逃げてきた難民たちを、自分のたちの利益のために、利用した。


 殺したし、強制送還もして帝国に尻尾振って媚びてきた。あげく?女にエロいことまで強いてたんだろ?強姦とか輪姦もしただろう。戦場で男が社会的弱者にすることなんて、よく知ってるよ。


 万死に値するのさ。


 だから、オレは止めない。もしも、オレが同じ立場だったら、ここにいる兵士どもの全員の皮を剥いで、苦しめてから殺してやるもんね。必ずやる、絶対だ。オレの『家族』に害を成した者に、一秒たりとも生きている資格などないのだ。


 だけど―――。


 だけどな、ピエトロ。


 君は、オレのように邪悪ではないのさ。その正義は純粋すぎる。だから、うなだれたジーロウの、『すまない』という言葉に、君の体は、君の殺意は、止まってしまう。


 いいか、ピエトロ。オレはその正義を素晴らしいことだと思うぜ。オレの狂暴で荒れ狂った正義よりもな。


「あ、あやまるなよ……ッ。あ、あやまったぐらいで、許されるわけがないことを、しておきながら……ッッ!!」


「……あ、ああ……そうだよ……オレたちは……そうだ……許されるわけが、ないんだ。すまない」


「だから!!あやまるなって、言ってるじゃないかああああああああああああッッ!!」


 そして?


 そして白銀の刃は振り落とされる。シアンは見てもいなかった。オレは見てた。未熟者だからな。剣の軌道次第では、オレは何かをしたのかね?……いいや、きっと、何もしなかった。


 オレが復讐者になったのは、17才だもん。


 ピエトロも17才だ。だから、オレは彼に任せているよ。状況を鑑みれば、ジーロウ・カーンを生存し、利用したほうがいい。でも?オレはそれを主張出来なかった。ピエトロの復讐だって、正しい行いなのだから。


 どっちでも、オレは受け止めるのさ。ピエトロ・モルドー。オレは、君の刃が床へ叩きつけられたこの瞬間を、リスペクトをもって受け止めている。


「ちくしょうめええええええええええええええええッ!!な、なんで、お、オレは、弱虫なんだよおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「……いや。いいんだ、それでいいんだよ、ピエトロ」


 父親が、泣いて叫んでいるピエトロの肩を抱いてやる。ふむ。さすが、イーライ・モルドーだ。


 難民たちのリーダーに選ばれるだけの器を持った男だ。息子のした選択を、彼のリスペクトと愛情をもって抱きしめているのさ。


 ならば、オレも称賛の言葉を与えたい。そうすべきだと信じているからだ。


「ピエトロ。お前の選択は、弱虫だからではない」


「……サー・ストラウス?」


「ヒトを許そうとする力を持つこと、それもまた勇気だ。お前は、誰しもが出来ない大きな選択をしたんだ」


 そうだ。偉大な行為だ。オレには、とても出来ない、勇敢な行いだ。


 オレは殺すことで、可能性を壊すことしか出来ない。悪党の反省の言葉など、信じることも出来ない。オレもまた、邪悪でしかない。


 だけど、君はな、ピエトロ。まぶしいぐらいの正義を持っているよ。


「……オレは、ヘタレなだけです……」


「それで救われる者もいる。色んな連中がいないと、世界は、つまんないんだよ」


「……サー・ストラウス?オレは、コイツらに、不幸にされた人たちに……顔向けが、出来るのでしょうか……?」


「出来るさ。このフーレンどもを、許せる心。それもまた、世界を変えるための力を束ねることになるのだからな」


「世界を……変える?」


「ああ。君の正義と赦しは、コイツらに罪悪感を背負わせた。それを背負ったフーレンなら、真の『虎』に、今度こそなれるさ?……なあ、そうだろう?ジーロウ?そうでなければ、お前は生きている実感を、二度と味わえないのだからな」


 呪うような言葉を、オレは使うよ。オレは『魔王』だからね?やさしくはなれない。でも、ジーロウ・カーンは、オレを見上げてくる。その瞳に怯えはまだ残っているようだが、迷いは無かった。


「……死にたくないんだな?ジーロウ?『未来』が、欲しいんだな?」


「あ、ああ。お、オレ……まだ、な、何も成せてねえ……『虎』になっただけ……何も、偉大なことを成せてねえんだあ……っ。そ、それでも、生きていたい……ッ。な、なあ、そうだろう、みんな!?」


「は、はい……隊長……っ。オレ、まだ、死にたくないです……っ」


「『白虎』に、こ、殺されたく、ないです……ッ」


「……そうだよなあ。そうだよなあ……す、すまねえなあ、坊主?……お、オレたち、生きていたいんだ……今後は、必ず……『虎』として、相応しい生き方をする!!心を入れ替える!!『白虎』には、もう、依存したりしない!!自分の正義に、生きる『虎』になるよ!!」


「……勝手にすればいいよ。でも、次に、難民に、オレたちに、武器を向けたら……絶対に、殺してやるからなッ!!」


 正義をもつ少年の瞳は強いな。ヒトを生まれ変わらせる力ぐらいは、持っているんだよ。いい瞳を持っているぞ、ピエトロ。オレには、永遠に手に入らない素晴らしい瞳だよ。


「……おい。ソルジェ・ストラウス」


「なんだい、シアン?」


「気づいているだろうが、ヤツの気配が止まったぞ」


 シアンはオレたちが話し合っているあいだも、ずっと一人で『呪い尾』の動きを見張り続けていた。魔力と、壁を伝う足音を、追い続けることでね。


「……ああ。頭上だな。何かを企んでいやがるぜ?……それに」


「それに、どうした?」


「ヤツは、どういうわけか、シアンに斬られたはずの尻尾が、また伸びている」


「……ヤツらは、再生するのだ」


「ほう。なるほどな……驚異的なことだな、斬られてまだ数分だぞ?」


「『呪い尾』は、『素体』となった者の命を糧に、滅びるまで戦うことになる」


「……『素体』……つまり、アレの元となったフーレン族か」


「そうだ。それが生きている限り、『呪い尾』は、いくら傷つけられても、殺されなければ、すみやかに修復する。それが、『フツーの呪い尾』だ」


 気になる言い方をしたな。


 『フツーではない呪い尾』もいると、言いたいようだし、おそらくそうなのだろう。何事にも『例外』というモノは存在するのが世の常だからな。


 まあ、現状、それについてはどうでもいい。


 この『フツーの呪い尾』とやらを、倒せばいいだけのことさ。


「どうすれば、殺せる?」


「知らん。切り裂けば、死ぬだろう」


「なるほど。分かりやすい助言だよ」


「ソルジェ・ストラウス……お、オレたちは、アンタに協力するぞ!!ほかに、居場所はない。仲間に捨てられたオレたちだけど、使ってくれるなら、全力を尽くす!!」


 ジーロウ・カーンとその部下たちは、道を選択したようだ。オレたちに合流してくれるらしいね。なるほど、好都合だ。オレたちは、この国で何をするにしたとしても、戦力が足りなかったからな。


 生まれ変わって心を入れ替えたらしいジーロウは、オレに訊いてくる。


「それで、オレと部下たちは、どうすればいいんだよ?」


「とりあえず、この場にまとまっていろ。『呪い尾』とやらは、お前らを求めて、降りてくるはずだ―――エサになれ。ヤツが来たところを、オレとシアンで仕留める」


「お、おう!!どうせ、『呪い尾』はどこまでも追いかけてくるんだ!!構わねえ!!なあ、みんな、そうだろう!!」


「おお!!」


「カーン隊の意地を、見せてやりましょう!!」


 フーレン族の戦士たちは、もう酒の影響も受けていないようだ。


 ……『ヴァン・カーリー』に与えられた絶望と、ピエトロ・モルドーに与えられた希望。相反するそれらの衝撃に、心はかき乱されて……いいショック療法になったのかもな。


「……アイリス・パナージュ。モルドー親子のカバーを頼めるか?」


「ええ。イーライは『ターゲット』に含まれている可能性が高いものね……?」


 女スパイはナイフを逆手に持ちながら、静かに呟いていた。


 そうだ。間違いなく、イーライ・モルドーも『ターゲット』のはずだよ。


 だから?


「ジーロウ、お前らは、イーライの『盾』になれよ?」


「わ、わかった!!そういうわけだ、イーライ・モルドー……さんざん殴って、すまなかったが……詫びる。だから、今は、アンタら親子を守らせてくれるか?」


「ああ。息子が許したのなら、私も許すさ」


 ほんと。出来た人物だよ。この親にしてあの子があるというわけだな。くくく、ああ、絶対に殺しちゃならねえな、この親子をよ!!


「さて。こっちの結束はバッチリだよ……で?ヤツは、まだ動かないのか……?」


「この屋上にいる。動かないな……だが、不穏だ」


「ああ。魔力を昂ぶらせているな……」


 オレは魔眼でヤツの動きを全て把握している。ヤツは両腕を天に掲げて、そこに魔力を集中させている―――何をしてくるつもりかは、分からない。だが、何かはしてくるつもりだぜ。『みんな、気を抜くなよ』。その言葉を吐こうとした直前だった。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッ!!


 耳をつんざく爆音を響かせながら……天井全体が、崩壊させられていた。『呪い尾』が、爆炎を発生させやがったのさ。クソ野郎め!!天井の全てが、落ちてくるぞッ!?


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