第一話 『王無き土地にて』 その2


「さて、そろそろ行くとするか?」


 オレはアジトの前にいる。その広い庭にはゼファーも座っているぞ。そう、もちろんゼファーに乗っていくつもりだ。オレたち四人ぐらい乗せて、ザクロアまで飛ぶのは簡単なことだからね。


 だけど、ロロカ先生はそのつもりじゃないらしい。


 『愛馬』を連れていた。


 ああ、馬と言っても、ちょっと『特殊な馬』なんだけどね?……その馬の額からは『角』が生えている。ロロカ先生と同じような水色の角が、一本だけな。


 これは、いわゆる『ユニコーン』と呼ばれる生物だ。ディアロスは、己の生え替わった『角』を愛馬に『移植』することで、この生命体を創りあげるらしい。


 まったく、『角』を触られたら殺してもいいとか、その『角』を家畜に突き刺して改造するとか?彼らは自分たちのアイデンティティを何だと思っているのだろう?


 興味深い風習ではあるし、『ユニコーン化』した生物は、ロロカ・シャーネルの意のままに動き、魔術まで使う。


 オレとゼファーの関係性に似ている?……いや、どうかな。ユニコーンは、どちらかというと、生物というよりも『傀儡』に見える。ディアロスの分身みたいな存在ではあるが、自分たちより下位の道具……そんな風に感じてしまうのさ。


 もちろん、ロロカは決して、このユニコーン『白夜号』を愛情無く扱っているわけではない。丁寧に敬意を持って接しているのは分かるよ。


 だが、ユニコーンからは、生物としての感情を気取ることが出来ないんだ。オレの魔眼を使ってもね。まったくの無言のまま、その白い馬はロロカ先生のそばにやって来て、ロロカ先生はひょいとそいつにまたがった。


「……白夜で行くのか?ゼファーのが、速いぞ?」


「はい。スピードでは、とても敵いません。でも、馬の背のほうが私は慣れていますし。それに、その……えーと?」


 ん?……ああ、そうか、『乗馬ダイエット』か。ちょっと、ホッペタがプニプニしてたもんね?まあ、それでもいい。


 ユニコーンの白夜は他の馬たちと違って、三日三晩飲まず食わずでも、普通の馬の5倍近い距離を走り続けられるし―――うん。やっぱり、生き物っぽくないな。


 ゼファーを追い越すことはないだろうが、二、三回、メシ休憩でもしてたら、ザクロア地方にはたどり着けるだろう。


 まあ、急がなくてもいいさ。なにせ、色々と、『作戦』を立てる時間も要るからな……あと、クラリス陛下の使いが持ってきた、ザクロアについての『報告書』も読んでおかなければならないしな。


 これが、けっこう分厚いんだわ。200ページぐらいありそう……っ。


 今日のうちにたどり着かなくても、問題は無いだろうな。うん。悪くないペースの旅になりそうだ。


 ロロカ先生と違って、本一冊読むのに、120秒で十分ってマネは、オレには出来ないもん。この書類をゼファーの背で読みながら、頭痛でも起こすとするかね。


「よし。じゃあ、リエルとミアはゼファーの背に乗れ……ん?」


 そして、オレはその人物の存在に気がついていた。


 玄関先に、若い男が立っている。茶色い髪をした、細身のひょろっとした若者だ。『ジャン・レッドウッド』。21才の若き猟兵である。


 腰に下げている『サーベル』がコイツの武器……なはずだが、その腕はイマイチだ。でも、身体能力があるから、常人の十数倍は強い。


 なぜか?このヒョロヒョロなボディで?


 それは、彼の患った『症状』のせいというかな?


 このうすら笑いを浮かべている根の暗そうな青年は、『人狼/ウェアウルフ』だ。残念なことに、『人狼族』は種族として事実上、『滅びている』。この世界のどこにも人狼の群れも集落も存在していないようだ。


 彼らはあまりに少数過ぎて、すでに人間の血に融けてしまったのさ。


 その子孫たちでさえ、自分が人狼の末裔だということを知らずに暮らしている。そして、ときたま残酷な『先祖返り』が起きてしまい、悲劇と共に、自分たちの正体に彼らは気付く。


 狼へと変身し、身近な人を襲っちまう。


 襲うというか、殺して、食ってしまうんだ。


 この今ではすっかりとヘタレた風貌になってしまった青年も、初めて薄暗い森の中で出会ったときは、迫力を感じさせていた。そりゃもうカッコよくてな?……『オレに近づけば、殺す』。みたいなコト言ってやがったんだぞ?


 オレはあのとき、いい若手を見つけたと思ったんだ。


 尖ってる!!……そこが、いい。やはり、男ってもんは、大なり小なり尖ってないと、カッコ悪いだろう?……そう思っていたんだが、なんか今では、あのときとは全く異なる印象を持つ青年にジャンは成り果てている。


 見ろよ?あいつ、オレと目線が合うと、ニコニコしてる。どうしたんだ、ジャン?オレは、ギラついていたあの目を買っていたんだぜ?今のお前は、もう狼じゃなくて犬だ。


「だ、団長。そ、その、今回は―――」


「見送りか?ご苦労だったな。まあ、土産はテキトーな焼き菓子でも見繕って……」


「い、いえ。ぼ、僕は、その……見送りじゃなくて、ですね?」


「……はあ?」


「そ、その……僕、ギンドウさんに言われたんです」


「ギンドウに?何をだ?」


「え、ええ。ソルジェ団長と、い、一緒に行けって!……言われました」


「そうか。ふむ……」


 困ったな。ハーレムごっこのつもりだったんだが……?ミアは妹だし、リエルはオレの恋人。三人でラブラブかつアットホームな混浴なんて計画してたんだがね?


 それに、オレ、ロロカの角を拭いてやったもん。彼女、代わりに、オレを洗ってくれるっていってたし?そんな四人で、ザクロアの温泉で混浴プレイ?最高。


 ははは。男だもん。ハーレム・プレイ、一度ぐらいやってみたかったな。


「や、やっぱり、僕みたいな狼男が、お供なんて、ダメっすよね?」


 ……あー、いつもながら自虐が酷いぜ、ジャン・レッドウッドよ。ほんと、こういうムダにメンタルが弱い部下って、扱いに困るよな?無下に扱うと、ある日いきなり退職したり、引きこもったりしちまいそう。


 そもそも、コイツは、8年間も森のなかに引きこもっていたようなヤツだからな。下手にメンタルを傷つけると、どこかの森に逃げてしまうかもしれない。


 はあ。管理職って大変だ。上司には上司の苦労があるんだよね?どこの酒場でも、上司の悪口が聞こえてくるけど。でも、そんな君らだって上司になることもあるんだぞ?


 明日は我が身だよ、あんまり経営者の悪口を言ってあげるなって?


 なんだかんだで、面倒な部下だっているんだぜ?誰もが有能か?……そうじゃないだろう?


「いや。お前は頼りになる。脚も速いし、嗅覚も優れている。耳もいい」


「あ、ありがとうございますッッ!!」


 うん。丁寧なんだ。丁寧な言葉づかいだし、団長に対する団員の態度としては間違っちゃいない。むしろ、大正解だよ、ジャン?


 ……でも、オレが少し褒めると、死ぬほど喜ぶのは止めてくれないか?なんか、気持ち悪いんだよ。


「へ、へへ。僕、団長と一緒の任務とか、久しぶりで、嬉しいです」


「そ、そうか。オレも、そんなカンジだ」


 なんだろ?コイツには、やけに気をつかってしまう。


 なんというか、壊れやすいガラス細工でも扱っているみたいだ。


 正直、知り合って日が浅いクラリス陛下との方が、まだ気楽に話せてる。ジャンよ、その社交性を、どうにか向上させられないのか?国家元首より、面倒くさいんだぞ、お前?


「……それで。ついて来ると言うのなら、かまわんが。いいのか?」


「え?」


「いや。お前、一応、ザクロアって『地元』だろ?」


 そう。人狼の君にとって、クソ悲惨なエピソードのあるね?


「あ、ああ。だいじょうぶです。僕、団長とコルテスさんに『殺された』ことになってますし?……地元の人たち、僕のコトなんて、もう誰も覚えてませんよ」


「……だろうね」


 うん。まあ、本人がそう言っているのなら、問題はないか。どんな形であれ故郷に帰る。その行為は、当人とって、少なからず価値はあるだろうしな……。


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