第七話 『戦場の焔演』 その1
……小細工ばかりしてしまったな。そうだ、戦に勝つために、それらをさせてもらったよ。でも、その罰は受けよう。オレは竜騎士。『報い』からは逃げない。
オレが放った数々の卑劣な策……それらの全ての代価を、これから支払おう。
北天から飛来したゼファーの歌が、戦場に響き渡るそのとき、オレは背中の竜太刀を抜刀するのさ。
魔法が解けて、オレは『ルノー将軍』じゃなくなった。呪いが解けたお姫さまなら、イケメン王子と愛ある会話でもかましちまうんだろうが……男女の差ってあるもんだ。
オレみたいな男の子は……魂の底から怒り狂ってるようなオッサン騎士どもに、にらまれて、これから愛ゼロで、友情もゼロの殺し合いがスタートだよ!!
「ハハハハハハハハハハッッ!!名乗りは上げたぞ、帝国の騎士どもよおおッ!!このオレを討ち取る機会はやるぞ!!屈辱を晴らしたければ、剣で語れえええッッ!!」
「ほざけ、この痴れ者がああああああああああッ!!」
「ルードのスパイめえええええええええええッ!!」
大柄な騎士たちが剣を構えて、オレに左右から迫ってくる。なかなか速い。さすがは本職の騎士だ。重装の鎧を身にまとっていても、それだけの動きをしてくるか。介者剣術、ファリスの騎士流派!!
いい動きだ!!それゆえに、オレには通じるはずがない!!
ガキの頃から、散々やらされて来たんだ。鎧をまとった騎士への殺し方なんてものはな。ステップを踏め、必殺の一打を放つための間合いを維持し、気合いを帯びて加速しろ。速さと間合いを制することで、騎士との戦いには勝てる―――。
そうだ、ガキの頃なら、踊って避けていた。
でもよ、9年も経っている。オレの筋力はさらに強まり、技巧は極まった。踊る必要さえないのさ。純粋なる、嵐の速さ!!それをもって、オレは騎士たちに襲いかかる!!
ただひたすらに速く、重く!!
オレの放った竜太刀の斬撃が、右から来ていた騎士の兜と鎧ごと、その騎士の肉体を縦に切り裂いていた。騎士の体から鮮血が噴き上がる。オレは返り血を浴びながらも体を回転させ、竜太刀を次の獲物へと叩き込む。
ほう。こちらの攻撃を読み、構えた剣で受け止めるつもりか?……浅はかだな。竜太刀を受け止められるとでも思うなよ!これはアーレスの角が融けた、とびっきりの業物なんだぞ!!
「それを……ファリスのなまくらごときで、受けられるかあああッ!!」
バキイイイイイイイイイインンンンッッ!!
「がはあッ!?」
アーレスの剣が、帝国の鉄を叩き割っていた。そして、竜太刀はそのまま騎士の鎧へと振り下ろされていき、騎士を一刀のもとに斬り捨てていた。
「……ば、ばかな!つ、剣と、よ、鎧が、切り裂かれたのかッ!?」
「真の竜太刀とは、真の竜騎士とは、そういうものだ」
笑う。そして、オレは空をにらむ。
『GHAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHッッ!!』
竜の雄叫びが再びこだまして、その翼の黒い影が走った。大地を目指して噴き出された劫火のブレスがオレと騎士ども、そしてラミアの上空を駆け抜けていく。
炎が狙ったのは、騎馬兵の群れさ。軍勢の最前列に並んでいた、突撃用の騎馬たちへとゼファーの炎が降り注いでいくのが、この陣地が築かれた丘の上からはよく見える。
馬はパニック状態だ。竜の雄叫びに本能的な恐怖が呼び起こされ、膨大な熱量を浴びせられた馬は、主に構わず暴走を始めてしまう。馬上の兵士たちは、落馬し、またはゼファーの吐いた火に呑まれていった。
「な、なんと、騎馬隊が、炎に焼かれていくッ!?」
「りゅ、竜だとッ!?」
「まさか、絶滅したはずだぞッ!!」
……そうだな。オレだって、そうかもしれないと考えていた。でも、ゼファーは、待っていてくれた。あの鉄臭い谷の奥で、オレのことを、ずっとな。
「―――竜は生きていたのさ。そして、オレの翼となってくれた!!」
「……魔竜と心通わす、バケモノめッ!!」
勇敢なラミアがオレの前に立ちふさがる。彼女はそのアメジスト色の瞳で、オレのことを強くにらみつづけていた。今にも飛びかかって来そうだな。
だけど、オレはお前を斬るつもりはないぞ―――お前には、すべき役目があるだろうが!
「おい、ファリスの騎士ども。姫君を、オレの前に立たせるなッ!!」
「言われなくとも!!」
「ラミアさま、ここはお下がりください!!」
「あとは、我々、騎士の仕事です!!」
騎士どもはラミアをこの戦場から隠そうとしている。ラミアは不服そうだ。
「で、ですが……私だって、少しでも皆様のお力に……ッ」
「―――いいか、ラミア?」
「き、気安く、私の名前を呼ぶな!!」
「お前には、生きてやって欲しいことがあるんだよ」
「な、なにをだ!?」
「……ソルジェ・ストラウス。この名が持つ『恐怖』を、帝国へと届けてくれないか?」
「……ッ!?」
「貴様の『恐怖』などっ!!」
「我らが、ここで断ち切ってやるわッ!!」
血気盛んな騎士たちが叫び、オレへと斬りかかってくる。ラミアは、騎士たちに連れられてこの場から離脱する―――そう。それでいい。
そうだ。伝えるんだぞ、ラミア?
このオレさまが、どんなに恐ろしいバケモノなのかを!!
「ハアアアッッ!!」
騎士の打ち込みを竜太刀で受け止める。向こうは両腕、こちらは片腕。
「受けきるのか!?なんと、剛力なッ!?」
そうだ、圧倒的な筋力の差がある。そして、残念ながらお前とオレとのあいだにある差は、それだけではないのさ。魔力を込める。剣を持たない左の手のひらに。
オレは剣を押し込もうと力を入れてくる騎士の顔面に、そいつを向ける。
「『炎よ、爆ぜろ』」
「……え」
大した魔術ではない。だが、これだけの至近距離で炸裂されたなら、兜は破損し、その顔面はズタズタに切り裂かれるだろう。
「ぐわああああああああッ!?」
ヤツが苦悶の叫びを上げるが、オレは気にしていられない。そいつの胴へと鉄靴の底を叩き込み、地面に転がせると、次の騎士との戦いへと向かう。
「おのれ、魔術も使うのか!?」
「そうだよ、魔王軍の竜騎士は、バケモンなのさ!!」
竜太刀と騎士剣がぶつかり合う。鋼が歌い、火花が煌めく。
いいねえ。血が、どんどん熱くなって来やがるぜ!!
オレと騎士は何度か打ち合い、力に圧倒された騎士の体勢が崩れると、オレは逆袈裟に放った斬撃で、その手練れのことをあの世に送った。
切り裂かれた鎧からは血が吹き上がり、オレに血の雨を注いでくる。そうだ。この赤い色を浴びるのが、たまらなく好きだ。血霧を突破して、戦場を踏み荒らす!
「来やがれ、帝国人どもよ!!ガルーナを裏切った、嘘つきどもめ!!片っ端から、殺してやるぞおおおおッッ!!」
寄越せ!!寄越しやがれ!!足りねえぞ!!オレの故郷を裏切り、滅ぼした貴様らの血を、もっと、オレに寄越しやがれ!!
「襲撃者だああああ!!こっちに集まれえええええッ!!」
数が多い。騎士どもは、兵士を呼び、オレを囲もうとしてくるね。
「……くくく!!いいねえ、そうだよ!!ドンドン来やがれ!!そうじゃねえと、オレはあがないきれねえよなあ!!」
「貴様、何を言っている!?」
「テメーらには分からん、『竜騎士の誇り』ってヤツについてだよ!!」
―――そう。小細工ばかり使ってしまった。
この、ソルジェ・ストラウスがだぞ?
これは、その罰なんだよ。贖罪さ。
ストラウスらしからぬことをしてしまったからな、その『穢れ』を晴らすために、この『最前線』で、敵地のど真ん中で、オレは孤軍奮闘することで、名誉を回復したいのさッ!!
竜太刀と共に、ストラウスの嵐は吹き荒ぶ!!
笑いながら、殺意を歌いながら、オレは敵兵の群れへと飛びかかっていく!!
竜太刀で殺し、爆炎で壊し、雷で砕く!!
体を破裂しそうな悦びが巡り、返り血と悲鳴と怒号が、オレの剣舞に融けていく!!
くくく!!いいねえ、数が多いぞ、さすが帝国軍の『中心』!!そうでなくてはな、そうでなくては、ストラウスの戦いには相応しくないぞッッ!!
「囲めえええッ!!」
「バケモノだとしても、数で押せば勝てるハズだ!!」
「名誉を求めるな、勝利に食らい付けッ!!」
わらわらと湧いて来やがるぜ?……いいねえ。オレを楽しませてくれる!!その礼を、今からさせてもらうぞ、帝国の豚どもめッッ!!
オレは竜太刀を縦に構える。
帝国兵どもが魔術を警戒し、その動きを一瞬だけ止める。バカめ、命取りだ。確かに、魔術を使う。しかし、それは貴様らにではない。オレ自身への魔術だよ。
「―――『竜の焔演』ッ!!」
疾風の速さを脚に与え、雷神の剛力を腕に授け、竜太刀に殺戮の劫火の祝福をかける。竜騎士の『必殺技』、『竜の焔演/複合強化魔術』だ!!
視界に獲物を探し、見つけ―――。
オレは即座に敵の群れのあいだを駆け抜けながら、獲物と定めた弓兵の胴体へと竜太刀を叩き込む。
肉を切り、骨を爆炎が砕く。
その命を破壊する感触を楽しみながら、疾風迅雷は次から次に戦場を走り回り、炎の魔剣で敵を切り裂いていく。
「バカなッ!!」
「速すぎるぞ!?」
「い、いかんぞ!集まれ、密集して、防御を―――」
首を刎ねられながらも一人の騎士が口にした策に、兵士どもは反応する。互いの背中を合わせることで、疾風のスピードにも『死角』を作らない。
前面の防御にのみ集中すれば?たしかに、君らの技量なら、無防備に殺されることもなかろう。
……だが。
「……それは、悪手だぞ?」
そうなれば、スピードはいらない。『風』も、そして『雷』の魔術もオフにする。君らのオレ対策に付き合ってやるほど、ヒマじゃないのさ。
集まっているのなら、それこそ好都合だよ。オレは竜太刀に宿した『炎』だけは解除しちゃいない。むしろ、剣がまとう炎を、より大きなモノにしていくのさ。
「……ひいっ。りゅ、竜の……ほ、ほのおおおおおおッ!?」
感性のいい兵士が、そんなことを口にする。そうだよ、賢いな。コレはアーレスの魔力を帯びているんだ。オレのなかにアーレスが遺してくれた、魔竜の炎だよ!!
「『魔剣』……ッ!『バースト・ザッパー』ぁああああああああッッ!!」
アーレスの劫火が再び世界を焼き払う!!
炎の斬撃が大地に触れると、爆炎を帯びた疾風が世界を焼きながら駆け抜けた。密集していた帝国兵どもを灼熱の風の刃に、その身を切り刻まれながら爆撃される。断末魔の叫びすら、『バースト・ザッパー』は呑み込んじまうのさ。
刻まれ、焼かれ、爆破された兵士の死体が、灼熱に焦げる大地に転がっていく。
「……ひいいいッ!?」
「ば、ばけもんだああ……っ」
新たに駆けつけた兵士たちが、この殺戮の現場に驚愕している。なるほど。君たちは、今まで、本当に恐ろしい敵と戦ったことが無かったようだな。
歓迎するといい。
オレは、君らの人生にとって、初めて現れた『絶対的な恐怖』だぞ?
竜太刀を構え直すと、オレはその若き戦士どもへと牙を剥く―――。
「来やがれッ!!帝国の、豚どもがあああああああッ!!」
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