元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(『最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~』KADOKAWAコミックウォーカーで連載中)

よしふみ

『ストラウスの歌』

序章 その1

序章


 ―――かつて、黒翼金目の竜と契った蛮勇らがいたという。


 滅びた国の竜の騎士たち。


 その者らの血につけられたる名はストラウス。


 剣と翼は戦場の風に遊び、嵐のごとく無慈悲にすべてをなぎ倒す。




 ガルーナ騎士の家に生まれた全ての男がそうであるように、剣の鋼と鋼がぶつかる音を聞きながら、オレは育ってきたんだ。


 『お前もいつか戦場で死ぬのだ』と徹底的に教え込まれた。うちは母親さえもがそう言ってくるような家だった。由緒のある騎士の家さ。


 曾祖父も祖父も親父も三人いた兄貴たちも、一族に伝わるその教えを、竜太刀の神鋼のように曲げることなく実践していった。


 全員が戦場の伝説になったのさ。戦い抜き、殺しまくり、命を散らし、酒宴の歌となって星空に呑まれていく!!


 ……ああ、ストラウス。血に飢え戦に狂った飛竜の騎士たち―――ってな具合に。


 そうさ。


 オレもだ。オレだって、その伝統に殉ずるつもりだったのによ?……なんで、オレは生きているんだ?……こんな片田舎の酒場なんかで、安酒飲んでるんだろうねえ?


 ―――9年前だ。


 ……いつ考えたってよ、あの日が『死ぬべき日』だったのにな。




『覚悟はよいか、小僧?』


 老竜アーレスはこんなときですら、オレをガキ扱いしやがる……。


「うっせーぞ、ジジイ。オレだってストラウスだ。死ぬ覚悟なんざ、ガキの頃からしてる」


『ハハハ!!』


 まったく。どういう意味がある笑いだ?……まあ、まちがいなくバカにしてるんだろうけどよ……ッ。


 老竜は長い首をしならせて反らし、ずいぶんと高い位置から金色の瞳でオレを見下ろす。竜はプライドが高く、ヒトを虫けらぐらいにしか思っていない。コイツもそうだ。


 引退して久しいくせに、まだ最強の竜であると考えている……。


 偉そうな態度で黒い鱗を光らせながら、アーレスは意地の悪そうな笑みを浮かべた。


『死を怖がらんか。まったく、ストラウスの戦狂いめ』


「……ヒトの家のことを悪く言うんじゃねえ。テメーだって、そういうオレたちが嫌いじゃねえからつるんでいるんだろ、三百年も?」


『まあな。あいかわらず、口だけは達者なガキだ』


「ちがうぞ。剣も槍も弓も、一族の若手じゃ一番だ。だから、今、お前の目に映っている。オレは選ばれた男だ!!お前こそ、死ぬ日にオレと共に戦えることを光栄に思え!!」


『……なるほど、ストラウスだな、確かに』


 老竜アーレスは傷ついた身体を揺らし、オレの足下にその巨体を鎮座させる。


 口には出さないけど、感動してる。竜がオレに従った。竜騎士と認めたんだぜ?……もう見習い竜騎士なんかじゃない!本物の竜騎士として、オレは死ねる!


 他の竜騎士たちの祝福もないし、ここにはベリウス陛下もいない。


 ……それでも最古の竜、アーレスがオレを認めてくれている。『ガルーナ最後の竜騎士』にオレはなれたのだ!


 最高の叙任式だよ。何百年もオレたちの一族が住んで来た屋敷の前で、風車の並ぶオレたちの里で……竜騎士になれた。本物の竜騎士として死んで歌になれる!……これほど、嬉しいことなんてないぜ!


『どうした小僧?臆したわけではあるまい。さっさと、我が背に乗るがいい。我々には語るべきことはない。貴様らは単純だからな』


 相変わらずオレの気持ちなんてアーレスは察しない。だが、アーレスの言葉は正しい。ストラウスとアーレスの三百年は、もはや対話の余地もないほどにお互いを知り尽くす時間だった。


 語ることはない。必要なことは、全て、語り終えている。


 ……何より、オレたちは単純なのさ!


「おうよ。『戦い』、『殺し』、『奪う』……それが、ストラウス家の家訓だ」


 それしかない。野蛮でバカな一族なんだよ、『魔王ベリウス』の『一番槍』は。


 オレは老竜に飛び乗っていた。鎧の重さも気にしないほどに、オレの身は軽い。これは騎士の家に育ってしまった男にしか分からない感覚かもしれないな。


 今から、死にに行くんだぞ?


 それでもオレの心は躍っている。こんなに嬉しいことはないぞ。こんなに心が躍っている時間をオレは知らない。


「さて、行こうぜ、アーレス!」


『うむ。死ぬにはいい日だ』


 朝焼けに染まるガルーナの山脈。それを見つめながら、数多の伝説を作りあげてきた老竜は翼を広げる。当然ながらその翼には傷が多い。アーレスがこの三百年を戦い抜いてきた証でもあるし……老いから来るモノもある。


 飛竜の寿命など、せいぜい250年程度とされる。オレたちヒトからすれば長すぎる程だが、このアーレスは別格だ、もう三百年以上も生きている。四つの世紀をまたぎ、コイツはオレの一族たちと戦争ばかりしてきた。


 その伝説も、今日これから終わる。


 オレたちは特攻をかけるのだ。これから単騎で、敵の拠点のひとつに突っ込む。


 敵の名は『バルモア連邦軍』。


 かつては弱小国家たちであったが、この十数年で大きく力をつけてきた東方諸国ども。それらが作りあげた同盟の軍だ。


 戦士たちの質はともかく、数は多い。ヤツらは数の多さを使った戦術を採る。それは効率的ではなかったものの、合理的ではあったのだろう。


 ガルーナの猛将たちの大半は戦死している。数で囲まれ、ゆっくりと砕けるように彼らは討たれていった。


 『魔王』と称されて恐れられるオレたちのベリウス王も、さすがに死期を悟っているようだ。王は各地で戦っていた兵士たちを王都に呼び戻し、同盟国ファリスからの義勇兵たちと合流させ、これから連邦との決戦に赴く。


 王の勝率は、ゼロだろう。さすがにこれだけの物量差では、どうにもならん。


 負け戦だ。


 だが、時間を稼ぐ意味はある。


 女子供どもをファリスや『亜人の国』へ避難させられるのだ。魔王さまは亜人種にも人気があるからな。エルフやドワーフらの国にも、オレたちガルーナの血筋は伝わっていくだろう。国は滅びてしまうが……この血に刻まれた歌は続くのだ。


 自前のガキがいないのは不服だが、オレはまだ17だしな。四男坊だから婚約も後回しにされてしまった。ファリスの貴族に嫁いだ姉貴とは疎遠になっているが……うん。オレの妹にでも期待しよう。


 いつか我が妹セシルの腹に宿る男が、どうかオレたち兄弟の生まれ変わりでありますように。戦場の歌に憧れ、いつか飛竜と共に空を駆けますように。勇敢であれ。そして、戦いを楽しめ。戦場で死ぬ日は、恐れるな。


 なぜなら、オレたちがすでにあの世で、お前との祝杯を掲げるために集まっている。


『祈りは十分か?』


「……ああ。行こうぜ!!」


『うむ。さあて、翼よ長いことムリをさせたが……これで終いだ。もう一仕事頼むぞ』


 そう言いながらアーレスはその大きな翼を羽ばたかせ、風を起こす。ああ、いつもの通りだ。力強い風だな。老竜の起こした風は里を駆け抜けて、収穫されたばかりの畑に潜み、おこぼれにあずかっていた早起きな小鳥どもを驚かせてしまう。


 鳥たちが空へと逃げる。しかし、彼らはアーレスを恐れてはいない。この土地にとって、空を飛ぶ老竜は当然の景色でしかなかったから。老竜が喰らうのは空飛ぶ同胞などではない。そのような軽い肉では、コイツの貪欲な腹を満たせはしない。


 もっと大きな肉がいる。


 たとえば、バルモアの兵士の肉とかな。


 竜が、大地を蹴り上げ、ふたたび空へと戻る。


 アーレスは老練な翼の動きで、跳躍と羽ばたきを融合させて風を支配した。


 風に乗れば無粋な動きは必要ない。ただ、しずかに翼を広げてそこに風をあつめ、ゆっくりと旋回を始める。


『さあて。見納めだぞ、見ておけ、小僧。貴様の故郷だ』


「……ああ。小さな里だが、なかなかのものだ。お前も鳥たちに挨拶は?」


『フン。翼ある同胞に、別れなどいらぬ。死しても我らの魂は空に在るからな』


 老竜に並び、馴染みの鳥たちが朝焼けの空を飛翔する。鳥にはヒトの世の争いなど関係ないのだ。今日も餌と恋を求めて飛んで歌うだけ。オレたちみたいに単純だ。餌と恋しい戦いを求めて、飛んで殺し合いをするだけだから。


『……鳥どもよりも。あれはいいのか?』


「あれ?」


『下を見るがいい』


 アーレスがその大きな下あごを揺らし、オレの視線を誘導する。そこにはオレの家があった。そして、庭には7才になったばかりのセシルが走っている。オレと同じ赤い髪を揺らして、空に向かってブンブン手を振っていた。


「あにさまーっ!!あにさまーっ!!」


 大きな声だ。風に愛されて、空によく響く声をしているな。あれなら、いいガキを産むだろう。オレは竜太刀を振り上げ合図をする。それで十分だ。ストラウスの血筋ならば、伝わるべきことは伝わっただろう?分からなければ、お袋に聞け。


「さて。行こう」


『うむ。戦士どもは、東から来るな』


 翼で風を弄び、アーレスはその身を大きく傾けて飛翔の向きを変える。鳥たちは、アーレスの起こす風に乗って、より高い場所へと飛んでいく。老竜曰く、鳥たちは竜の翼の起こす風で遊ぶのがたまらなく楽しいらしい。


 アーレスは加速する。


 太陽が昇ろうとする方角。


 そこに……オレたちの敵はいた。




 わずか数分間の飛翔のあとで、老竜は敵の『巣』を見つける。メシを用意するにおいと、負傷した兵士からあふれるように流れる血のにおい。オレとアーレスにとっては、どちらも『食欲』をそそられるモノだ。原始的な嗅覚が、オレたちに戦い、殺して、奪えと訴えてくる。


 だが。戦士にも作法はいる。


 たとえ、それが魔王軍の竜騎士だとして、例外はない。いや、最後の竜騎士だからこそ、オレたちには戦士たる義務があるのだ。


「歌え、アーレス。ヤツらの目を覚まさせてやれ!!」


『ほう。いいのか、小僧?奇襲の一撃の方が、より多くを殺せるが?』


「不意打ちなどつまらん。オレたちの歌には、一点の曇りも許されない」


『……くくく。それでこそ、ストラウスだ』


 老いた竜の身体がゆっくりと膨らむ。肺に空気をため込んだのだ。アーレスのあばらが軋むような音を立てて動き、やがて止まる。竜が、歌う。


『GHAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHッッ!!』


 空が揺れる。森の木々が踊り、大地にいる獣たちは王者の雄叫びに震え上がった。バルモア連邦軍の兵士たちは、この突然に天から降り注いだ竜の歌に驚愕しただろう。あわててテントから出てくる。武装を整えようとする。


 まったく、ドジな連中だ。


 竜騎士は全て滅びたと思っていたか?


 親父や兄貴たちを討ち取ったぐらいで、いい気になるなよ?


 ……まだ、この国にはオレとアーレスがいるのだ。


「……戦支度のための暇は与えた。行くぞ!!」


『うむ。愚か者どもを、ついばみに行くとしようか!!』


 アーレスが頭を下げて翼をたたんだ。風はオレたちからすり抜けていき、星の重さがオレたちを虜にする。自由落下だ。


 バルモアの兵士たちがオレたち目掛けて火矢を放ってくる。多いな。視界を埋め尽くすほどに大量の火矢が飛来してくる。いい殺意だ。そうではなくては困る。オレたちの最後の闘いが、つまらないものでは先祖に申し訳が立たない。


「ギリギリまで、低くだ!!」


『おうとも!!』


 アーレスの首がさらに下を向く。オレも身体を前に倒し、重心をあやつる。鎧と兜を打つ風の音が強くなった。急激に軌道を変えたオレたちの頭上を、火矢たちが飛んでいく。そうだ。簡単には当たってやるつもりはない。


 ククク!勢いがいいな!地面にぶつかるまで、あと少しだ!!そうさ、今だ、ここで!!このタイミングで!!


「羽ばたけ、アーレス!!」


『うむ!!』


 老竜の大翼が空を叩き、落下していた巨重の軌道が急変する。オレも肉体を暴れさせることで、この無茶な軌道変化に貢献する。体がねじ切られそうなほどの重力加速度を感じるが、ガマンだ。


 大地に衝突するギリギリ低空をアーレスは飛ぶ。兵士たちの群れへと突入する。竜の巨体と翼が巻き起こす風に呑まれ、バルモアの男どもは吹き飛ばされていく。だが、それだけで済ますわけがない。


「焼き払え!!」


『GHHHAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHッッ!!』


 ブレスだ。灼熱に燃える竜のブレスがバルモアの野営地を焼いていった。右に左に、アーレスは痛めつけるようにヤツらの陣営を丸焼きにしていくのだ。


 オレたちはまたたく間に敵の群れを飛び抜けてしまう。


「……飛べ。矢が来る!」


 ブーツ越しに内くるぶしを使ってアーレスを叩く、アーレスはその振動で翼を羽ばたかせて、高度を上げるのだ。矢がオレたちの下を通り抜けていく。しかし、オレの右腕には一本矢が刺さっていた。オレはそれを引き抜いた。痛むが、気にしない。


「……無傷とは、いかなかったな」


『悪くない突撃であったが。バルモアの弓は、遠くまでよく届く』


 アーレスの身にも数本の矢が刺さっている。数を撃てば当たるということだ。熟練の弓隊がいる以上、いつまでも空にいてはこちらが不利には変わりない。


 兄貴たちが二人でも残っていれば、三方向から強襲をかけて、混乱させている内に敵兵どもを焔だけで殲滅することも出来たが―――単独では、五百年も研鑽してきた竜騎士の戦術も使えないのだ。


 いいさ。かまわん。


「さて。次は敵のど真ん中に降りるぞ!!どちらが、より多く殺すか勝負だ!!」


『こざかしい。我に勝てると思うなよ、小僧!!』


 空で身をひねり、オレたちは再び急降下だ。今度はさっきよりも遠い場所からアーレスはブレスを吐く。細いが、それゆえに勢いが強くて長い火炎が大地と兵士を焼き払う。つゆ払いだ!!あの敵地の中央こそが、オレたちの舞台だ!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


『GAAAOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHッッ!!』


 戦いの歌を叫びながら、オレたちは敵の群れへと突入していた。アーレスの巨大な足爪が大地をゴゴゴゴギイイイイと削りあげ、制動をかける。その動作に轢かれてバルモアの兵士たちが死傷していく。


「う、うあああああ……ッ。ど、ドラゴンだああああッ!?」


「ま、魔王の、先兵だあああああッ!?」


 バルモアの兵士たちは巨大な老竜の姿に怯えてしまう。だが、竜だけに怯えている場合ではないぞ?……『竜騎士』だ。ガルーナの竜には、いつだって短気と蛮勇で知られるストラウスの『剣鬼』が共に在る。


「我が名は、ソルジェ・ストラウス!!魔王の翼将、ケイン・ストラウスが四男ッ!!」


 オレは竜の背から跳んでいた。竜太刀を構えながら、空で叫ぶ。そして、手近にうろついていた敵兵の一人目掛けて、力ずくに断頭の一撃を振り下ろしていた。


 竜太刀は魔銀と鉄を混ぜた鋼だ。軽い割りには切れ味がよい。しかし、一メートル半を超える刀身をもつ竜太刀ほどの大型刀では、とうぜんながら重くなる。そして竜太刀は完成するのだ。重量と切れ味が加わる、最強の刃が!!


 バルモアの兵士は兜ごと頭部を断たれる。いや、それだけではなく、ついに全身を縦一文字に切り裂かれていた。さすがはストラウスの技と剣。オレは、今日も鬼のように強いぞ!!


 爆発するように男の体からは血が噴き出し、オレはその返り血を浴びながらも加速する。もう名乗りは上げた。後は、殺し合うだけだ。


「フハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」


 兵士の群れに切り込み、竜太刀とひとつになったオレは暴れる。


 貴様らは、この巨大な刀と戦ったことはないのだろう。戦ったことがある者の全てはあの世に葬られているはずだからな!!


 竜太刀は強い!!並みのロングソードや槍では、重たく速い竜太刀の剣舞をしのげはしない。またたく間に七人の兵士を斬り捨てたオレは、さらなる獲物を目指して戦場を駆ける。見境ない!容赦もしない!視界に入る人間全てを、オレの刃が切り裂いていく!


 殺せ。殺せ!殺せ!!


 血が騒いで声をあげる。焦らされるぜ。なぜなら、アーレスが歌っているからだ。


 古竜は焔を吐き散らし、その尻尾でテントごと兵士をなぎ倒し、蹴り爪で切り裂きながら潰し、牙で兵士を粉砕していく。辺り一面で、叫びと血潮が弾けていた。悪竜は、古き物語に歌われる生態を実践するのだ。アーレスは、今までどおりに返り血を楽しみ、殺戮の舞踏に酔いしれている。


 急げ!


 オレは、アレに勝たねばならない!!


 負ければ、つまらん歌にされてしまう!!


 飢えた狼のように、オレは大地を蹴り、殺意に導かれるままに獲物へと無慈悲な攻撃を加えていく。


 斬る、斬って、斬ったッ!!


 竜太刀と数手打ち合える兵士もいた。バルモアは全てが弱兵というわけではない。しかし、それでも歌に焦がれるストラウスを、簡単に止められると思ってくれるなよ!?


 五手、六手と剣をかわした相手を押し込んで、オレは回転しながら竜太刀でそいつの腹を撫でるように切り裂いた。


 血と悲鳴が噴き上がる。だが、オレは無慈悲だ。死に行くそれに止めという安楽を与えてやることもないままに、次の獲物へと襲いかかる。


「弓だあああ!!弓で、竜を先に仕留めてしまえ!!」


 紅い服を着た兵士……バルモアの士官だ。そいつが混沌のまま破壊されていく兵団を立て直そうと指示を飛ばした。弓兵たちは隊伍を組んで、弓に矢をつがう。アーレスを狙っているのだ。我が一族と最もながく在った、敬愛すべき古竜を!!


「―――『唸れ、暗雲従えし、雷帝の矛よ』!!……『アーク・ブリッツ』ッ!!」


 オレは雷の魔術を差し向けた左手より放出していた。光速の雷撃が、弓兵たちを一瞬のうちに焼き尽くしてしまう。しかし、全てではない。弓兵たちが放ったいくつかの矢が、ミスリルの鎧をまとったアーレスの身に降り注いだ。


『ぐふうッ!!……ふははは!!いい腕だ、やはり、この弓は魔銀を貫く!!』


 感心しているのか。敵の叡智に。その武器の鋼に。しかし、それだけではない。誇り高き竜は、皆が例外なく……ストラウスの一族よりも、ずっと短気だ。


『ゆるさんぞ、虫けらどもがあああああああッッ!!』


 ひときわ巨大な焔のブレスが戦場を熱風で焦がしていく。六、七人の弓兵が焼き払われて、鉄弓ごと融けて発火する。


「もらったああああああ!!」


 戦斧フルスイングが背後からオレを襲っていた。残念だが、オレは寸前に身を伏せていた。兜が、がきいいん!という耳障りな音を立てながら、空へと飛んでいく。


 気絶しなかったのは幸いだったな。オレは経験だけでステップを刻み、竜太刀の薙ぎ払いで、襲撃者の胴体を真っ二つに切り裂いていた。


 しかし。ふらつく。くそ。鼓膜から脳を惑わす音が、頭の奥に入っちまったか。数秒かかるぞ。敵兵はすき間なくオレに襲いかかってくる。


『未熟者めがッ!!』


 古竜が大地を蹴って走る。そして、オレに突撃してきていた兵士の群れを踏みつぶしていく。残酷な突進はそのままつづき、アーレスは兵士の群れに特攻していった。四方八方から攻撃を浴びる。あいつは激しく全身から流血する。しかし、古竜は怯むことなどない。その巨体で暴れ回り、兵士たちを殺していく。


 オレも……オレも行くぞ、アーレスッ!!


 笑うのだ。牙を剥き、残酷を宿した表情になり、オレは竜の暴れる空間に走り込む。


 竜太刀を振り回し、兵士を斬り捨てていく。矢が背中に当たった。呼吸するたびに激痛が走る。筋肉が矢で縫い合わされてしまったのか、左腕の動きが悪くなる。


 だが、かまうものか!!


 オレは敵兵のノド元を左手で掴み、即座にノドの骨を潰して殺す。殺したそいつを敵の群れ目がめてぶん投げてやる!!そして、吼えた!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 殺意の衝動を解き放ちながら、オレは敵の群れへと突っ込んだ!!力と速度まかせの斬撃の嵐だ、オレは自分と敵どもの血を風に捧げながら、剣舞に狂う。


 怯えた敵は動きを鈍らせ、竜太刀に魂を捧げるだけだ。殺しまくった。熱を帯びてきたストラウスの血が、オレに疲弊を感じさせることはない!!


「このバケモノめがあああああッ!!」


 バルモアの兵士のくせに勇敢な男が、馬上槍を構えてアーレスの脇腹に深いのを一撃入れる。アーレスの口が焔と混じった血を吹くが、次の瞬間には長くしなった尻尾が古竜の怒りを買った槍兵を叩きつぶしていた。


「魔術師よ!!あの古びた竜を、風で切り裂くのだ!!」


 士官が叫ぶ。


 だが、そんなことはオレがさせない。


 オレはその士官に竜太刀を投げつける。士官の胴体を竜太刀が貫いてしまう。


 風使いの魔術師が、無防備になったオレを見て、引きつった顔で笑う。舐められた?そうだな、素手の剣士など、魔術師からすれば雑魚か?


 ……それとも、オレの手元が狂ったのを笑ったのかな?本来なら、魔術師に投げつけておくべきだった!!くそ!戦場では、上手く行かないことだってある!!


「ははは!小僧、お前から先に風の餌食にしてやるぞお!!」


 まったく、どいつもこいつもガキあつかいしやがって。


「オレさまは、ソルジェ・ストラウスさまだぞッッ!!」


「ひい!?く、くるなああ、魔王の手先めええええええッ!?」


 風の魔術をその男は放った。真空の刃がオレの体を切る。鎧が守ってくれたから死なないが、鎧の覆っていない場所からは血が吹き上がった。しかし、オレは止まらない。魔術師と間合いを開くなど、愚の骨頂だ!!


 流血もダメージも気にすることなく、ただまっすぐに獲物へと疾走する!


 怒りのままに鉄拳を振るう!!


 飛竜に自在に乗れるまでに鍛えあげた肉体から放つ拳だ!!それがヤツの顔面を撃ち抜いた。魔術師なんぞの細い首は竜騎士の腕力に耐えきれることもなく、限界以上にしなって、そのままバキリと折れてしまう。


 ほとんど即死だ。いい死に方だぞ。そこらで生焼けになって、死にかけた虫みたくもがいている連中より、ずっとマシな死に方だろう!?


 オレは竜の息に焼かれた兵士の手から、サーベルを奪い取る。業物とまでは言えんが、十分に殺傷力はありそうだ。近くにいた兵士とそれで打ち合いをし、そいつを圧倒して、その肉で切れ味を確かめる。


 竜太刀には遠く及ばないが、やはり、いい鉄だ。


「……さすがだな。ケイン・ストラウスの息子」


 落ち着いた声を鼓膜が聞く。聞き覚えはない。


 だが、ヤツは我が一族との因縁がある男だと理解する。


 親父の名前を口にしていたからな。どこか懐かしむように。


 だが、どうあれ、貴様はバルモアの兵士!!


「挑むなら、名乗れ!!オレの剣に斬られて、歌に混ざりたいのならッ!!」


「君らの文化に興味はないが、私はカイエン!!連邦の三剣士の一人だ!!」


 黒髪の剣士はそう名乗り、こちら目掛けて走って来た。速いな。くそ。どうせなら、最初から出て来い。手傷のせいで、オレは鈍っている!!無様な戦いはしたくないのがな。まったく!勇者ならば、最初にオレへかかってこい!!


 斬撃と斬撃が交差していく。


 竜の焔と兵士の悲鳴がこだまするその場所で、オレと長い黒髪を結った剣士は斬り結ぶ。剣を当てると腕前を感じられるものだが、コイツは一流どころか、超一流。剣術だけならば、兄貴たちと同じレベルかもしれんな。


 ……いや、親父レベルかも。


 オレとカイエンは何度も何度も剣をぶつけ合わせていくが、決着はつかない。オレはここに来て、親父に近づいたようだ。いや、超えているのかもしれない。万全ならば、このカイエンとやらにも、無傷で圧倒出来たかもしれないからだ―――。


「隙有りッ!!」


 それは、まるで黒い疾風。そうだ。思い出す。親父がいつだか言っていた。


 ―――東方に、恐ろしく速く動く剣客がいたと。それはまるで飛ぶ影のように速く、読みにくい。その太刀筋は重く、剣を折られて、顔に傷をつけられた……ッ。


 こちらが握っていたサーベルが、黒い疾風の斬撃に半ばで折られてしまっていた。やはり、ドワーフ以外の打った鉄など信じるものではない。そして、カイエンは踊り、その太刀はオレの首を目掛けて飛来する。オレは首と体をひねり、致命傷を避ける。


 ―――命を守れた。だが、その代償は大きかった。


 オレの左目が、暗黒に染まる。視界が大きな光と熱を感じたかと思うと、次の瞬間から左半分が見えなくなっていたのだ。片目を切り裂かれたようだ。フン。いい技だな。親父の語った言葉を覚えていなければ、首を刎ねられていたところだぞ。


「もらったぞ、小僧―――」


「―――いや。そうじゃない」


 左目を切り裂かれる屈辱を受けながらも、オレの器用な指はカイエンの利き手側の手首を掴んでいた。教えてやろう、竜騎士の握力は、若くない貴様の骨を容易く砕くのだ。


 ボギリ。


 乾いた木を割れるような音を立て、あの剣士の手首の骨にヒビが入った。痛みと、そして機構が破綻したことにより、ヤツの指は握力を失う。だから、こんな風に雑な手の動きでも、オレは貴様から刀を奪える。


 手ではたきながら、ヤツから刀を奪っていた。手の内側の皮が深く切れるが、構わない。それどころではない。ヤツは反対側の手でナイフを抜こうとしている。ここからはスピード勝負だ。オレは……ヤツから奪った刀で、ヤツの顔面を深く切り裂いていた。


「これで、おあいこ。片目同士だな」


「おごるな、少年!!」


 それでもカイエンはナイフを突き出して、オレはナイフを腕で受ける。ミスリルの篭手を貫き、その鋭い刃は肉へと達していた。致命傷ではないものの、なかなかに深く入ってしまったな。


 カイエンは熟練した戦士だ。


 オレと同じく目を失ったことも気にせず、利き手ではない手に握ったナイフを、獣の牙のごとく強く動かして、オレの体を切りつけてくる。利き手ではないからな、器用さはかなり劣る。だからこその、速度と手数というわけだ。


 勢いで圧倒するしか、彼に手段はもう残されてはいないというわけさ。ナイフが幾度もオレを襲い、あちこちに傷を負う。


 それだけじゃない。重傷を負った右手でもカイエンは殴りかかって来る。鎧や刀に拳は当たり、オレ以上にヤツが壊れてしまうが、それでも勢いを奪い返そうと剣聖は殺意を発揮してくるのさ。


 まったく、引くに引けなくなった手負いの獣は危ない。


 ―――まあ、お互いにだが。


 オレはヤツのナイフをしゃがんで避けようとした。ヤツはあわてて突き出す腕の角度を修正したが、その古い鉄が切り裂いたのはオレの赤毛と頭皮だけ。


 オレと同様、ヤツも片目になったばかりだ、やはり遠近感の処理が甘いのだ。それゆえの大きな動作であった。つまり、リーチで精度を誤魔化すのだ。


 ならば?若輩のオレも先輩の技を真似るのだ。コイツはオレよりも経験が上の古強者だが……でも、ナイフと刀!このリーチの差なら、オレのほうが有利だな!!


「うおらあああああああああああああああッッ!」


 吼えながら刃を大振りし斬撃をヤツの胴体に叩き込む。切断とはいかなかったが、鎧が歪み、カイエンの肋骨がいくつも砕けていた。重傷を負ったその肉体は、ヤツの意志に反して後退してしまう。重心が乱れているからな。心構えでは、どうにもならん。


 このとき生まれた間合いを活かし、オレは目を閉じながら突きを放った。


 不慣れな片目の視界に幻惑されるぐらいならば―――。


 鍛錬を染みこませた肉体の感覚のみに頼るほうが、ずっと良いからな。


 ストラウス一族の血のささやきのままに選んだその判断は正しい。オレの突きはいつもの通りの軌道を描き、カイエンの胸を正面から貫き、この古強者の鍛えあげられた胸をも穿っていた。必殺の感触を手に入れる。心臓を串刺しだ。


「……さすがは……あの男の仔……だが……君らの王には……名誉の死は……訪れん」


 不吉な言葉を言い残しながら、本物の戦士がまたひとりあの世に昇っていく。横たわっていく男の骸を左手で圧しながら、オレは刀をそれから引き抜いた。


 ―――瞬間。


 気配を察して、オレは左腕で頭を守った。


 失った目があれば、叩き落とせていたはずだが―――見えぬ視界から来た一撃までは、さすがにどうすることも叶わず、オレは左の前腕に矢を受けてしまっていた。


 怒りに震えながら、残ったひとつの目で敵影をにらむ。


 そこには槍と弓を構えた一団が隊列を組んでいる。わずか12人。数はそこまで多くはないが、傷つき疲れ果てたオレとアーレスにとっては、十分に致命的だ。


 ヤツらは限界まで弓を引き絞って、力と精度を蓄えている。仲間をオレたちの犠牲にさせながらも作った、必殺の機会さ。ヤツらも必死なのだ。


 魔竜の影がオレの身をおおう。これが夏の日ならば喜べるが、死に瀕する今では、その暗さがどこか不吉なものに思えた。


 まあ、いいさ。不吉でも上等だ。これが最後の突撃になりそうだからな。アーレスよ、お互いに血を流しすぎたし、体も壊れすぎている。もう何分も動くことはムリだ。


『……おあつらえ向きだな。我の焔と小僧の突撃。そして、ヤツらの飛び道具。どちらが残酷な威力を持ちうるか、勝負と行こう』


「……いいぞ。それは悪くない。正面から力を競うだけか。単純なほうがいい、オレたちらしい……ストラウスと竜だ。こういう戦いこそが、本懐だ!!」


 オレは刀を振り上げ、腰を低くする。突撃の準備だ。避けられないなら、避けない。ただ前進にすべてを捧げ、ひとりでも多く殺す。一秒でも長く戦う。それが、ストラウスの歌だ。セシルよ、頼むぞ。お前の腹で、オレより邪悪な鬼をつくれ!!


 いつか……この歌を継ぐ戦士よ。我が一族を殺したバルモアの連邦兵どもを、皆殺しにしてくれ。オレは、まだ見ぬお前を導く、歌になろう!!


 笑うオレを見て怯えてしまったのか?死ぬ間際に笑う男など、不気味でしかないか?その美学は、底が浅いぞ。オレたちには、命よりも深い歌があるというだけだ。


 バルモアの赤服を着た指揮官が、震える体から大きな声を出していた。


「―――撃てえええええッッ!!」


 命令など。ひとつのことを成すべきときは、竜騎士と竜のあいだには不要だ。オレは走る。アーレスは最大級の火炎を噴き出す。焔のブレスで矢の軌道が揺れて、しかし槍は焔を貫き、まっすぐ飛んだ。オレはただ走った。焔に身を焦がしながらも、焔とひとつになって敵の群れ目がけて突っ込んで行く。


 双方に、死が訪れた。


 焼き払われて死に往く者と、貫かれ死ぬ者と、剣で斬られて死ぬ者がいた。死は混じりあい、どちらがどちらなのかも分からなくなるように、ただただ闇雲に武器をあやつり、殺意を表現していく。


 痛みと、喜びと、苦しみが、ごちゃごちゃになって死の歌となった。


 やがて、オレの意識は消失するのだ―――解放感を感じる。兄弟たちが、オレの体から魂を抜き去り、冥府の里へと招き入れようとしているのだろうか……?


 冷たい何かが、心臓に入ってきたように思えた……これはきっと死神の指?いや、兄弟たちの手であるはずだ。そう信じることを決めながら、疲れ果てたオレは眠りに落ちる―――。



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