鬼は側に

ネミ

吸血少女の成り立ちは

母様かあさまは私を生き返られせた。


私は吸血鬼きゅうけつき


私はお父様のしもべ


……。


吸血鬼きゅうけつき、それはおに


契約者の眷属。


血契約ちのけいやくを結んだあるじの血で生きる化け物。


私はお父様とうさまに生かされていた。


……。


死した生者が蘇りおにとなる。


災いをもたらす悪鬼あっき。人から、嫌われ、蔑まれ、侮辱される事を好む。


飢えと乾きに苦しむ餓鬼がき。飢えを満たす為、行動し、倫理、道徳、法を犯す。


血を食らう吸血鬼きゅうけつき。生きる為、血を求める。


……。


戦争なき時代。


人々は手を取り合い、暮らしている。


それは悪鬼あっき餓鬼がきの御蔭だが、悪鬼に感謝する者など居ない。


生者から嫌われる為、悪事を働く悪鬼。


満たされぬ飢えを満たす為、生き物を食らう餓鬼。


両者は人々を恐怖させ、不安を生み、社会を乱す。


超越的な力を持つ悪鬼。


飢えている餓鬼は痛みを恐れない。


両者は常人を超越している。


人々は救いを求めた末、吸血鬼きゅうけつきを頼った。


血を食らい人を害した吸血鬼は何時しか人の守護者になった。


鬼を殺す為、鬼を飼う。


それが現代の常識。


吸血鬼を飼いならす者、血契約者ちのけいやくしゃ鬼飼おにかいとも呼ばれている。


……。


私が吸血鬼きゅうけつきになってから半世紀。


老衰したお父様とうさまは私を飼えなくなりそうだった。


そんな時、かれが現れた。


悪鬼あっき母親ははおやを殺された少年。


私を見上げる少年が。


……。


6年。


その月日は子供を大人に変えた。


私のあるじ山田やまだ太郎たろうは跪いた。


屈まなければ、私の口は届かない程、太郎は背を伸ばした。


可愛らしかった幼顔は面影しか、残っていない。


右手を首の後ろに回し、母親から受け継いだ自慢の赤毛をまとめた太郎は、私に催促する。


血を吸え、と。


これは日課、契約の更新。


決して、吸血鬼から求めてはいけない。


血は奪うものでは無く、与えるものだから。


吸血鬼は隷属する僕だ。


決して上位者になってはならない。


人々はそれを望まないから。


吸血鬼はそれを望んではいけない。


人々に生かされる存在だから。


……。


悪鬼あっきは大好きな人から嫌われたい。


そう思っている。


悪鬼は嫌われる為に大切なものを奪う。


私も奪われた。


半世紀前。


私のお母様かあさまは、お父様とうさまに恋する悪鬼あっきに殺されて、悪鬼になった。


最愛の女性を奪われてもお父様はその悪鬼を恨めなかった。


お父様は知っていたから。


悪鬼の『嫌われたい』は『愛している』という愛情表現だって事を。


……。


愛する人に『喜んでもらいたい』『好かれたい』普通ならそう思う。


でも、悪鬼あっきは違う。


『嫌われたい』『憎まれたい』そう思ってしまうらしい。


私は悪鬼じゃないから分からない。


でも、お母様かあさまから何度も言われた『私を嫌って、私を憎んで』って。


だから、きっと、そうなのだと思う。


お母様は私から嫌われる為、私の友達を殺そうとした。


私は友達の盾になった。


死の間際、涙を流し、悲しむお母様に看取られた。


死んだ私はお母様に蘇生させられた。


吸血鬼として。


お母様から私は求められてしまった。


生きる事を。


お母様を嫌い、憎むことを。


私は、お母様を嫌えなかった。


愛されている。


そう思えたから。


……。


当時は理解できなかった。


母様かあさま悪鬼あっきにしたあの悪鬼を、お父様とうさまはなぜ憎まないのか。


でも、友達ともだちを殺されかけて、吸血鬼きゅうけつきになって、分かった気がする。


お父様が、あの悪鬼を憎まなかった理由が。


お母様は私から嫌われる為、私を吸血鬼にしてまで生かした。


私に生きて欲しい、という思いを感じた。


それはたぶん愛だと思う。


そう思いたいだけ、なのかもしれないけど。


期待してしまう。


お母様を愛しているから。


……。


母様かあさまに友達の殺害を計画させたのは私だ。


私がお母様を嫌えなかったから、友達は殺されかけた。


お母様を嫌っていたら、友達は巻き込まれなかったかもしれない。


吸血鬼きゅうけつきになってから、私はお母様を嫌おうと思った。


憎もうと思った。


その気持ちが偽りでも、お母様を満足させる為に。


父様とうさまは私のあるじになってくれた。


『お母様を殺したい』その願いを叶える為に。


『友達を傷つけた』それを理由にお母様へ殺意を向けた。


理由に嘘はあったけど、殺したい気持ちは本物だった。


『愛する人に嫌われたい、恨まれたい』そう語る人を愛している苦しみから解放されたい。


その苦しみを共有するお父様を解放したい。


私たちはお母様を殺した。


二人で、親子で、止めを刺した。


後悔はしていない。


お母様を殺す時『私の友達を殺そうとした事、たとえお母様でも許せない』そう叫んだ。


死の間際、お母様は笑っていた。


私たちの嘘は通じたのかな。


お母様は満足できたのかな。


出来たら良いなと私は思う。


……。


知識人は嘘つきだ。


悪鬼あっきが愛ゆえに人から嫌われたいと思っている事を隠している。


悪鬼に悪事をさせないために。


人々が悪鬼を恨むために。


人々が悪鬼を殺すために。


【終わり】

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