眠れない夜のSF

浦木真和

1.料理禁止法

「朝ですよ。起きて下さい」

 眠気ではっきりとしない頭に声が掛かる。あと少しだけ、という男の思いを打ち砕くかのようにベッドが起き上がり強制的に覚醒を促される。

「おはようございます」

 執事姿の初老の男性が恭しく頭を下げ、朝の挨拶をする。

「本日の朝食はどうなさいますか?」

 そう執事から質問をされても寝起きの頭で朝食のメニューを考えることができるはずもなく、ただ男は「おすすめで」と答えた。

 承知しましたと答えた執事はほどなくしてベッドルームから消えた。

 すぐに良い香りが漂ってきたのでベッドから降りると、寝間着のまま隣のダイニングの扉を開いた。

 こじんまりとしたダイニングの壁に据え付けられた調理機械に、今日の朝食が用意されている。

 ハムとスクランブルエッグ、パンが2つと赤と緑の粒が散りばめれたマッシュポテト。それとコーヒーだ。全て男の好みに調味済みなので何も加えることなくそのまま食べていく。

 一通り食べ終わり、食後にもう一杯と調理機械にコップを持っていきセットすると、そこに再び落ち着く香りを放つコーヒーが注がれた。

 コップを持ってテーブルに戻ると、男は姿の見えない執事向かって声を掛けた。

「今日の予定は?」

 男の声に反応して天井から執事が男の目の前に、今日のスケジュール表が壁に映し出される。本日の予定は、という執事風の声に沿ってスケジュールがスクロール、重要な予定が強調表示される。その中に、男の顔を歪ませる名前があった。

「また料理研究家か」

 男は溜め息を吐きながら忌々しいという感情を隠すことなく声に出した。

 わかった、もういいと執事に告げると天井に吸い寄せられるように執事の姿は消えた。


「何度も申し上げているように、料理禁止法は現代において不可欠なのです!」

 男は目の前の女性に対してあくまで低姿勢でそう言い放った。

 個人及び不認可法人による調理等禁止法案、通称料理禁止法の廃止要請。この料理研究家を名乗る女性がここを訪ねてくるのも何度目だろうか。成立以前から足繁く抗議活動をしていた者は数多くいたが、今ではこの女性を含めても両手で数え切れるようになってきた。

「現在この国には5億人を超す人々が住んでいます。それらを全て養うには料理禁止法が必要なことがなぜわからないのですか!もう成立以前の10年前とは時代が違うのです!個々人が料理をしていては餓死者が出てしまう!あなたは餓死する人々がいてもいいというのですか!」

 徐々に男は声をヒートアップさせていき、女性を威圧する方向へと変わっていく。

「そうは言っていないでしょう。私は料理が人間の文化のですね」

「文化のためならば人が死んでもいいと言うのですかあなたは」

 男が水掛け論を仕掛けている内にアラームが面会時間の終了を告げた。

「それでは時間ですので私はこれで」

 とそれまでの剣幕が嘘のようににこやかになると、男は立ち上がり踵を返して面会室を後にした。

 面会室から自席に戻ってきた男に対して同僚の女性が声を掛ける。

「またですか?声、こっちまで聞こえてましたよ」

「ん?ああ、あの手の輩にはああいう風に言っとくのが一番なんだよ」

 そう得意げに言う男をげんなりとした目で見ると、女性はその場を立ち去った。


 数日後、マスコミやネットにある映像が流れた。

 餓死者が出ると悲劇を煽りながら女性を責め立て、その末に女性が泣き出してしまう、官僚の非道な実態。というものだった。テレビには数日前男と面会していた料理研究家が連日出演し、料理の大切さと料理禁止法の廃止を訴え続けた。

 その結果ほどなく世論は動き、男は地方の閑職に回され、料理禁止法はほどなく廃止となった。


 その後一年ほどが立ち、男の予言通り、とはいかないまでも餓死者や栄養失調者が出現することとなった。

 料理研究家が全自動調理機械に対する批判に熱を上げた結果、手料理がムーブメントとして熱を帯び始めた。しかし料理禁止法の成立によって壊滅していた食材の流通網もその供給元も、増えすぎた人口の需要を満たすにはあまりにも貧弱だった。その結果……


 男は一人部屋でテレビをつけ、料理番組にチャンネルをあわせた。そこにはあの料理研究家が写っていて、今から料理をするようだ。

「今日は栄養バランス抜群!ハムエッグの朝食です」

 料理研究家はそう言うと画面に少し不揃いなハムとスクランブルエッグ、パン。それと赤と緑の粒が散りばめれたマッシュポテトが映し出された。

 材料はこちら、と言ってまた画面が切り替わるとそこには調理機械に使用する合成食料素材が映し出された。

 それを見て男はけたけたと一人笑った。

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