第6話 どうやら、今日はピオネロをするようです。
午後四時。
スマホにメッセージが入る。
獅郎からだ。
『すまん。今からピアネロ来れるか?』
『ほんと、唐突だな。今日はどうしたんだ?』
『ほんとすまん。それも含めて話すから。ピオネロ来れないか?』
『わかった。行くよ』
そこでメッセージを切る。
フルダイブ型VR機は寝室に置いてあるため、寝室に歩みを進めたのだが、そこで玄関前のチャイムが鳴った。
扉を開けると、
「花蓮か。今帰りか?」
玄関前には、荷物を抱えた花蓮が立っていた。
「はい。友達に引き止められまして」
「大変だったな。三上たちには会ったのか?」
「会いました。幸いなことにバレていませんでした」
「それは良かった。それで、どうしたんだ?」
「そうでした。奏太から借りた服なのですが、家を出るときに洗濯したので、今日中にはお返しできます。なので、夜に伺うことになるのですが、大丈夫ですか?」
少し不安そうに花蓮は訊ねてくる。
わざわざそんなことのために、真面目だな。
でも、
「これから獅郎とゲーム内で会う予定なんだ。いつ終わるか分からなくて」
「そうでしたか…」
残念そうに花蓮は苦笑した。
「朝は忙しいから。明日の放課後はどうだ?」
「明日は実家の方に帰る予定がありますので、戻ってくるのが遅くなる可能性がありまして……」
「そうか……」
明日もダメか。
長く他人の物を預かってもらう訳にもいかないしな。
俺は一つの考えを思いつき、駄目もとで訊いてみる。
「花蓮がよければでいいんだが、俺の部屋の鍵を渡すから、リビングに置いといてもらえないか?」
「別に構いませんよ?」
「いいのか?結構図々しいことだけど」
「お安い御用です。奏太の服がなければ今回の事件は乗り切れなかった訳ですから、それぐらいさせてください」
ニコッと花蓮は微笑んだ。その表情には俺も自然と力が抜け、破顔せずにはいられなかった。
玄関の横にある棚の上から鍵を掴み、そのまま花蓮に手渡した。
「鍵を掛けたら、郵便受けから落としてくれればいいから」
「分かりました。乾き次第お届けします」
「ありがとう」
花蓮と別れると鍵を閉め、寝室に直行した。
ベッドに仰向けで身体を倒し、VRを装着した俺は一言。
「起動―――」
まぶたを閉じても視界は白ばんでいく。
真っ白な空間に立った俺は、頭上を見上げる。
「ピオネロのアプリを起動してくれ」
「了解致しました」
VR専用のAIが自動でピオネロのアプリケーションを再開させてくれる。
「このデータにログイン致しますか?」
「このデータでログイン。場所は最終ログイン地から」
「了解致しました。これより起動いたします」
3……2……1…。
目を開けると煤けた木の天井が、最初に視界に入った。宿屋のベッドからスタートだ。
ウィンドウを開き、フレンド一覧から獅郎を探す。こちらでのアバターネームは、獅郎がシロ。俺がライだ。二人とも、名前から取っている。
「シロも同じ宿屋にいるな。下か?」
階下は酒場になっている。
部屋を出ると賑やかな声がここまで届いている。部屋の中は防音機能が働いて、音が全く入らない。
この時間帯だから、ログインする人も増えてくるだろう。
階段を下りた俺は、シロの姿を探す。
「ライ、こっちだ」
酒場の奥の席にシロの姿はあった。
それともう一人。見知らぬ子も。
「待たせたな。その子は?」
早速、シロの隣に座る子を尋ねる。淡い栗色の髪から、同色の瞳が俺を覗いた。
「こいつはミナだよ」
「ミナ?どこで知り合ったの?」
確かに、女の子の名前は『ミナ』と表示されている。
俺は会話を進めると、シロとミナは顔を合わせ、苦笑した。
「何言ってんだ。ミナだよ。美奈。大園美奈だ」
「え?ミナって同じクラスの、中学の時に知り合った?」
「そうだよ。バカ」
俺が理解を示すと、ミナは苦笑しながら悪態を吐いた。
「美奈もピオネロやってたんだな。言えば誘ったのに」
「ううん。私は姉さんから借りたんだ。今日話がしたかったから」
「そういえばシロが言ってたのは、このことだったのか?」
「ああ。今日ドタキャンしたのは、ミナに呼び出されたからなんだ。問題が起きたから来てくれって、言われてな」
「問題…それで何があったんだ?」
シロからミナに視線を切り替える。
「もしかしたらなんだけど。私、ストーカーされてるみたいなんだ」
「ストーカー?」
俺は予想外の言葉に、喉が詰まるのを感じた。
美奈が?
この美奈が、か?
ないない。
「……っ!なんだよ急に‼︎」
ミナにいきなり蹴りを入れられる。
ゲームであるから痛覚はないが、反射的に痛いと反応してしまう。
「今失礼なこと考えたでしょ!」
「別に考えて……ミナのアバター身長大きくね?った…やめ!いきなり蹴るなよ!」
「あんたが容姿のこと指摘してくるからよ!バカ!」
「シロ、助けてくれ。こいつを止めてくれ!」
「落ち着け。ライをぶっとばすのは、話が終わってからでも遅くない。な?」
「…確かにそうね。話を進めましょ」
話が終わったらすぐにログアウトしてやろ。
「つい最近のことなんだけど、一人で帰ることが何度かあってね。学校が終わって街の中を歩いていると、よく同じ人を見かけるの。最初は偶然かと思ってたけど、その人、毎回私が通ると居て。気味が悪かったから、ルートを変えてみたんだけど、それでもその人を見かけて」
「幽霊なんじゃ?」
「ねぇ、余計怖くなるからやめてくれない?殺すわよ?」
そうだ。美奈は幽霊も苦手なんだった。
美奈の目がガチなため、俺は手を合わせ、謝りの仕草をして、先を促した。
「そして今日のことなんだけど。花蓮とプールで遊ぶ約束があったから、学校に向かってたんだけど……」
「そこで、そのストーカーに出会ったと……」
察しがついたため俺が代弁してみると、美奈は頷いた。
「怖かったから。最初に連絡先に出てきた獅郎を呼んで、助けに来てもらったの」
それが獅郎がドタキャンした理由で、花蓮の約束を破棄した美奈の事情か。
「その人の人相は憶えているか?」
「確か、黒い無地の帽子に無精髭を生やしてたかな。服は毎回違うんだけど、小柄で太ってた。詳しくは、怖くて見れなかったからよく……」
この情報だけじゃ断定は難しいな。俺たちの住む街は案外広いし、人だってごった返す。
気配的に美奈には誰だか察することは出来るんだろう。
「警察に相談は?」
「まだしてない。ストーカーだと決まったわけじゃないからね。それに、変に問題を起こして姉さんに迷惑かけたくないし」
「ミナのお姉さん、モデルだったよな」
美奈に対するストーカー行為か。
美奈自身、ロリ可愛い見た目はしている(これ本人に言ったら殺されるやつ)。しかし、しっくりくるのは、姉の
美奈に対するストーカー行為か姉に近づくための工作か。
「うん。姉さんにもそれとなく聞いてみたんだけど。姉さんの場合、警備のガードが固いから、ストーカー行為にあったことはないって。そもそも警備が強固過ぎてやる人がいないみたい」
「そうか。家を知られてる可能性は?」
俺は情報が欲しいため、他のことにも質問してみた。しかし、この質問は美奈の表情を曇らすものだった。
「多分知られてないと思う。いつも出会うのが駅前だから」
駅前とは、学校から駅の間のことを示唆しているんだろう。
人が一番多い区間だ。
ストーカー行為にしては大胆だな。
「そこでだ。明日俺たちで、美奈の付き添いをしてストーカーかどうか判断してみないか?」
ここで獅郎が口を開いた。
「明日の放課後、俺と美奈が歩いて帰るから、その後ろを奏太についてきてもらいたい。犯人の動向を調べてもらいたいんだ」
「別に構わないよ」
獅郎がこの件に加担しているため、こうなることは何となく予想していたから、俺は首を縦に振り肯定した。
「そして明後日の放課後もやる。ストーカーなら、ターゲットに男が出来るとなれば焦るだろ。だからここでストーカーかどうかを見極める。この時は俺と奏太は後ろから美奈をついていくだけだ。もしやばかったら、助ける。そういった算段だ」
明後日で全てが決まる訳か。
男がストーカーの場合は、警察に突き出せばいい。
結構危険なことだが、獅郎に至っては、『面白くなってきたぜ』みたいな顔をしている。
「ありがとう二人とも。明日からよろしくね」
こうして俺たちの調査が始まった。
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