第35話 断罪
宴は結局、十日間続けられた。
ほとんどの十官たちが暴飲暴食を楽しんでいたが、五日目に外務官レイルが欠席した。病に倒れ、自宅で休んでいるという。他の十官たちはそのようなことなどお構いなしという様子で、クリシュナや、時には私にも媚びていた。
レイルは六日目、七日目と欠席し、八日目に王都から姿を消した。後宮に入った娘を除く、家族全員が突然いなくなった。どうやらどこかに逃げたらしい。おそらく、国内にはいないだろうから、外国へ亡命したのだろう。クリシュナは泣いて暮らす娘を慰めるのが大変だとぼやいていた。
以前から切れ者と評判のレイルだったが、ここぞとばかりに十官たちはレイルのことをさんざん悪く言った。自分自身を引き立てるためだろう。私の考えでは、クリシュナはレイルの行動を評価していると思えた。二人だけの時にそれとなくたずねてみると、クリシュナは短く答えてくれた。
「正、であるけど、忠、でない。そういう意味で不要な人材」
「予想が外れました。彼には忠誠がないということですか」
「判断は正しいが、保身を優先したのさ。娘を見捨ててでもね」
それ以上、クリシュナは何も言わなかった。
私も、何も聞かないようにした。聞かなくても理解できた。
クリシュナが求めているのは忠臣なのだということがよく分かった。クリシュナに尽くすのではなく、国のために働く者を求めている。騎士団の存在を重要視しているのも、クリシュナが自分自身より、この国を大切に考えているからなのだ。
そんなクリシュナがいるこの国は、いつかその国民であることを誇らしいと思えるようになるのではないかと私は思った。
十一日目、宴に出ようと王宮にやってきた十官の一人、法務官ノルが、宴席の準備ができていないと怒って、王宮の従僕を叱って、殴った。
偶然そこに居合わせた私は、倒れた男を助け起こした。
「何をするのですか」
法務官ノルは大きな口を開いて何かを言いかけたが、相手が私だと気づいて、語気を弱めた。
私に対するこのような態度が、ノルという人物の器を示している。本来、私も、ノルが殴った従僕も、クリシュナに仕える同じ近侍なのだから、その扱いが異なるというのはおかしな話である。
「いや、その者の職務怠慢を少しとがめたのですよ」
「乱暴は止めてください。陛下に仕える近侍の一人です」
「あ、いや、すまなかった」
私はすぐに男を連れて、ノルから離れた。
男は私に礼を言うと、すぐ仕事に戻った。殴られた頬が痛々しかった。
私の他にもたくさんの人が見ていたので、この話はすぐクリシュナに伝わった。そして私が呼び出され、クリシュナは私に状況の説明を求めた。私は、私が見たそのままを説明した。
クリシュナは苦笑して、今度はノルを呼び出した。呼び出された時は、ノルも平然としていた。罪の意識など微塵もない。
「なぜ従僕に乱暴を働いたのか」
「いえ、乱暴ではありません。職務怠慢を注意したのです」
ノルは私に言ったのと同じことをクリシュナにも言った。
後ろに控えて聞いていた私は、ノルを愚かな男だと思った。彼は何ひとつ分かっていない。あの従僕は職務怠慢などしていないのだ。
「いったいどのような職務怠慢があったのか」
「宴の準備を怠っておりましたので、注意したのです」
「宴? 今日は何か催しがあるのか」
「はっ?」
ノルは首を傾げた。「いえ、陛下が宴を開くので、その準備を急がせなければと思いまして」
「私がいつ、宴を開くと命じたのか」
クリシュナは冷たく、そして厳しく言った。
確かに、毎日のように宴が続いていた。しかし、今日も宴を開く、などということをクリシュナは一言も口にしていない。
今日も宴があると思ったのは、ノルの勝手な勘違いなのだ。いや、そう勘違いしてしまうほど、クリシュナはこれまでの宴を充実させていた。
「あ、いや、毎日宴がありますので…」
ノルの顔色が青白く変化していく。「今日もそうかと思ったのですが」
「法務官として、行われない宴の準備を怠った者を処罰した、そういうことなのだな」
「いえ、その、これは…」
狼狽しているノルをクリシュナは睨んだ。
「法務官ノル。罪を見誤り、無実の者に罰を与えるなど、法務官としての能力があるかどうかも疑わしい。ただちにその職を解き、投獄する」
クリシュナの言葉に衛兵がすばやく動いた。その衛兵に、クリシュナが一言付け加えた。「ああ、今までとは違うぞ。今度は、地下牢へつなげ。これは本当の罪人だ」
こうして、ノルは本当に捕縛、投獄されたのである。
これがクリシュナによる本格的な国政改革への第一歩であった。
ノルの事件の後、昼前に騎士団と全軍が王都に帰還した。クリシュナは城門を出て全軍を出迎え、騎士たちと兵たちに感謝の言葉を述べた。
兵たちには休息が与えられたが、騎士団はクリシュナとともに王宮へ戻った。
十官たちはノルの処分についてクリシュナの温情を求めようとして、王宮の中でクリシュナを探していたらしい。クリシュナが帰還した騎士団と軍を出迎えて慰労するなどということは想像もしていないのだろう。クリシュナはそのような十官たちには目もくれず、執務室への参集を命じた。
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