第30話 再会
騎士団や十官たちが町制令の実行に苦心している間、クリシュナは王都でエスタールの商人との取引を繰り返していた。その時に知ったのだが、クリシュナの私財は、これまでの戦いでかなり散財したはずなのに、それでもまだ、十数年分のアイステリアの税収に匹敵するだけのものがあるのだという。
画材を届けてくれた商人が水を飲みながら、色々な話をしてくれた時にそういう話題になった。さらに、この商人は、いずれエスタール商人はこぞってアイステリアに移住するだろうと言っていた。
いったい、クリシュナはあの若さでどのようにしてそれだけの財を築いたのだろう。王子だということだけで手にすることができる範囲の財産ではない。
クリシュナにはまだまだ知られていない謎の部分が多かった。クリシュナの活動とそれを支える莫大な資産。クリシュナの智謀。それに、護衛として傍にいる双子。武人として仕えているガゼルやロナー。彼らがどこから来て、何故クリシュナと共に活動しているのか、それを知っている者は、彼ら自身を除いて誰一人としていなかった。何度か耳にした「帝都」という言葉に、その秘密の答えがあるのだろうと思うが、私にはそれ以上は分からなかった。
私に画材が届いた頃、エスタールから商人たちによって、王宮に大量の酒食が運び込まれていた。見たこともない珍しい果物や大量の肉、赤、白、紫などの様々な酒。そして、それだけでなく、それを調理する料理人も同行してきていた。どうやらクリシュナの指示によるものらしい。
この華美な行いは玉座の魔力か、それともクリシュナの策謀か。私はこの前のクリシュナの言葉を信じることにしていた。つまり、これはクリシュナが何かを企んでいるということの現れなのだ。
また、クリシュナは監禁されている前軍務官ワグツのところへ何度も訪れていた。そして、ワグツがクリシュナから直接、棒や鞭による懲罰を何度も与えられているという噂が王都に流れた。それを聞いた瞬間は少し戸惑ったが、カゼルやロナーに動揺が微塵も見られなかったので、私はやはりそれもクリシュナの考えでそうなっているのだと思った。これまでもクリシュナは噂を武器にしていたからだ。
私の個人的な事件も起こった。
母と妹が王都に移ったのである。
ナント地方への派遣が決まった騎士たちに、私は密かに母と妹のことを頼んでおいたのだ。私の無事と現況を伝え、王都に来るように伝えてほしい、と。町制令を実行する中で、必ず私の母にも出会うだろうと思ったからだ。
騎士は私の願いを快く引き受け、実行してくれたのである。
私が王に仕えていることを聞いた母は驚き、戸惑いながらも、生活の安定が妹のためだと考え、どうなるか分からない町への移住より、私のいる王都への移住を決意してくれたのだった。
どのみち元いた村には住ませてもらえないのだから、と母は笑いながら言った。
「何か仕事はないのかねえ」
「心配しなくても、稼ぎは十分あるから」
「そうは言うけどねえ」
母は働くということが生き甲斐の女性だった。
私の収入は主にクリシュナによる絵の買取りだったが、それはゆとりある生活に十分な金額だったのである。木板に墨で描いたものなら一枚五モルカ、色絵は一枚三十モルカから五十モルカである。時には、銅貨ではなく、食べ物での支給を願い出ることもあったが、クリシュナは文句も言わずその額に応じた食糧を届けてくれた。
「お前の一芸に助けられる時がくるとは思わなかったよ」
私には嬉しい母の一言だった。思えば、子どもの頃には、絵が何の役に立つのか、と毎日のように叱られていたのだ。
ある日、クリシュナは私たち親子を王宮に呼んで、食事に招待してくれた。母は、とんでもない、と固辞したが、それならば、とクリシュナはお忍びで私の家にやってきたのだ。
お忍びといっても、今の王都の住人でクリシュナの顔を知らない者はいない。その結果としてこれ以降、私はクリシュナの寵を得ている絵師として、周囲の人から認識されるようになった。王位についてからのクリシュナは、私以外に下町の特定の誰かを訪ねるようなことはしなかったからだ。
この時、妹がクリシュナの関心を引いた。クリシュナは妹の後宮への出仕を私の母に頼んだが、まだ幼いことを理由に母は丁重に断った。
するとクリシュナは、五年後の出仕を母に約束させたのである。年齢を断る理由にしていたので、五年後という約束は断ることができなかった。それに、母が明日から後宮で雑用を手伝うことも決まった。仕事をしたがっていた母はとても喜んだ。
私はクリシュナが妹に興味をもったことが不思議だった。これにはクリシュナなりの理由があったのだが、それに私が気がつくのはもうしばらく後のことだった。
「兄妹で、陛下の寵を頂くとはねえ。今までずっと苦労して生きてきたけど、何が起こるか分からないもんだよ」
母はクリシュナが帰った後で、しみじみとそう言った。
この約束の結果として、妹は十年後にクリシュナの后の一人となり、三人の王子を生む。その末っ子が後に、隣国エスタールの公王となるのだから、本当に人生というものはどうなるのか分からないものである。
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