第29話 後宮と諫言



 募兵令が大きな混乱もなく進められた後、続いてクリシュナは町制令を制定した。


 これは、これまで農村で暮らしていた民をそれぞれ付近の町に集め、全国の人口調査を行い、町周辺の土地を再分配するというものだった。


 故郷を大切にする民や多くの土地をもつ土豪からの反対が予想できたが、軍の力と補償金の支払いによって実行することに決まった。


「長く続いた戦乱でほとんどの土地は荒れ、国内の人口は大幅に減少した。特に、働き盛りの男が少ない。農村という小さな規模で国内を再建するのは時間がかかる。反発は大きいが、多少強引でも、一つ一つの町ごとに力を合わせて生産力を取り戻すのがよい」


 クリシュナの発言に反論らしい反論はなかった。


「兵たちも元はほとんどが農夫です。威圧するだけでなく、開墾などの再開発を手伝ってはいかがですか。そうした方が、復興も早く、民心も安らぎます」


 ロナーが献策した。


「種苗の貸し付けも考慮してはいかがでしょう。それと、ラテ国から譲り受けたクリステル地方は現状維持でよいと思います」


 続いてガゼルも発言した。


 クリシュナはその二つの意見を受け入れて、各地方へ派遣する騎士、部隊、十官を振り分けた。それからロナーがエスタール商人を呼びに執務室を出た。種苗の購入に関する取引だろう。


 今度は十官全員が忙しくなった。しかも、土地を奪われる有力な土豪と接する憎まれ役である。彼らにしてみれば、騎士たちはまるで監視役のように思われたのではないだろうか。


 各地方への派遣を前に慌しく準備をしている時に、十官たちは未婚の娘をクリシュナの後宮へ入れるように命じられた。王との婚姻である。


 これには、何人かの十官が喜んだ。ウアラが幾分有利な立場にいるように思われていたが、娘がいる者はこれで対等になるのである。


 外務官アラキスの娘には十五歳と十六歳の姉妹がいたが、アラキスは姉を後宮に送り出した。しかしクリシュナは即座に妹も要求した。アラキスは慌ててクリシュナに謁見し、姉を差し出したことを説明したが、クリシュナは「未婚の娘を出せと命じた」と冷たく言い放った。驚いたアラキスはそれ以上反論できず、屋敷に戻って妹も後宮に送り出したという。その話を聞いた法務官ノルは、七歳の娘を含む未婚の四人の娘を全て後宮に送り出したのである。


 十官にとって未婚の娘は、政略結婚の道具である。王の后となることに異論はないが、全ての娘を奪われてしまうと、他の十官や外国の王族、高官との独自のつながりをもちにくい。それがクリシュナの狙いの一つだったようである。また、人質という意味もあった。


 クリシュナの后は、まだ結婚という実質のない者も含めて、十二人に増えた。それだけでなく、ラテから連れ帰った女子どものうち、適齢期で未婚の娘をみな娶ったので、后の数は二十五人になったのである。


 軍務官ワグツには娘が一人もいなかったので、クリシュナとの縁戚を結ぶことができなかった。


 実直で汚職を嫌ったワグツは王妃から疎んじられていたらしい。しかし、クリシュナが政権を握ったことで、また政府の中枢での活躍を夢見ていたに違いない。そして、先に行なわれた軍制改革では、軍務官として十分に力を発揮していた。


 この男がクリシュナに面会を求め、堂々と諫言したのである。


「后を一度に二十五人も迎えるというのは、いくらなんでも多すぎます。普通、民は一人の男に一人の女が当たり前です。今までの王でも、后の多かったセルジナ王で七人でした。後宮に難あれば国が乱れる元となるものです。陛下はどのようにお考えか」


「私には私の考えがあって、このようにしている」


 クリシュナはそう言うと、ワグツを捕らえて監禁した。


 これには十官たちが戦慄した。クリシュナは王妃派だったかそうでないかなどということをまったく問題にしていないらしい、と。王の考えが読めない、と十官は感じたらしい。


 クリシュナはワグツの代わりに、ワグツの息子を軍務官の地位に登用した。一人の罪を一族の罪にはしないと暗に示したのだ。今度は、十官たちも少し安堵した。


 これも飴と鞭とでもいうのだろうか。


 こういう状況になって、十官たちは、クリシュナ政権下でどうすべきかをそれぞれ真剣に考え、互いに話し合うようになった。ようやく、全員がそれまでの王や王妃による王家の状況との違いに気付いたのである。自分たちの存在など、クリシュナは重要視していないのだということに。


 そのような中で、各地へ部隊が派遣され、町制令が実行に移された。カゼルとロナー以外の高官はみな王都を離れている。十官たちは、クリシュナの目をおそれて、この仕事に全力で取り組んだ。中には、必要に応じて私財を投じた者もいたらしい。


 高官のいない気楽な王宮の一室で、私は一枚の絵をクリシュナに献上した。


 暗い背景の中、いかめしい面構えの男が縛られている横で、光に照らされた九人の笑顔の男が手を挙げて喜びながら王都の門を出て行く絵だった。十官の様子を思ったままに描いたものだった。


 王都に落ち着いてからは、絵筆や何色もの顔料もクリシュナから与えられていた。また、描いた内容も、私としては、初めてクリシュナを批判するつもりで描いたものだった。


 それを見てクリシュナは笑い、百モルカの銅貨を代価として私に手渡した。それは兵一人の年収に匹敵する大金だった。いつもの金額よりかなり多い。そして一言だけ、私に言った。


「私を信じてくれ」


 その一言で私は黙ってうなずき、安心した。クリシュナには考えがある。何かは分からないが、それは、信じてよいものなのだ。










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