第25話 玉座
いったい何の部屋だろうか。こういった場所が初めての私には予想もできない。
クリシュナは最後に出てきた兵に、岩を戻させ、さらに机を少し動かして、脱出路をふさいだ。それは私たちにとって、退却する道を断たれたようなものだった。
「我々は勝つ」
クリシュナは小さく言った。「だから、退路は必要ない」
全員がうなずいた。兵たちの気迫がさらに部屋を満たす。
敵に気付かれず王都の中に、しかも王宮の中に進入することができた。その時点で、私たちの、そしてクリシュナの勝利は確約されたと同じだった。
今、クリシュナの頭にある考え。
それは間違いなく、犠牲を最小にとどめることだろう。勝利は掌の中にある。あとはその勝ち方だけなのだ。
義母である王妃か、もしくは異母弟である幼い王子を捕らえること。
クリシュナは、今、王妃がどこにいるのかを考えている。そして、王宮を制し、王都を制するのに何をすればよいのかを考えている。
この時間帯ならどうか。この王都の状況ならどうか。この王妃の性格ならどうか。この王妃の考え方ならどうか。王妃の周囲の考え方ならどうか。どのような寵臣がいるのか。賢臣なのか、そうではないのか。王妃への影響力はあるのか。そういった王妃についてクリシュナが知っている全ての情報をまとめ、整理し、その行動を予測、今の居所を想像する。
「タルカ」
「はい?」
「今、何を思い浮かべた?」
突然の質問に私は戸惑った。
私が思い浮かべたもの。それは玉座だった。
「立派な椅子です。王の椅子。玉座、と呼ばれるものでしょう」
そう答えると、クリシュナの顔つきが変わった。どうやら思考の中で王妃を見つけたらしい。
クリシュナは全員を見回した。
「ここは王の執務室だ。左の扉を抜ければ、謁見の間の、玉座への扉がある。王亡き今、その扉は閉ざされているはずが、その少し横にある扉から謁見の間の中へ入ることができる。
その扉の中に、大きな椅子の背が見えるはずだ。玉座よりは少し小さい。その椅子に座って話している者を捕らえよ。それが王妃だ」
兵たちはうなずいた。
「話し相手をしている者たちも捕らえよ。王妃の寵臣だ。武器は持っていないはずだ。強欲で無能だから、戦いの心得があるような者もいないだろう」
クリシュナはガゼルを振り返った。「私に一隊を預けてくれ。ガゼルは二隊、三隊とともに前の扉を抜けて、正面の大きな建物に入れ。その中のどこかで騎士たちが謹慎しているはずだ。中に入ったら、クリシュナが王宮に来た、『王の間道』から王宮に乗り込んだと大声で叫びながら騎士を探し出せ。そしてクリシュナは流血を望んでいないと伝えよ。騎士がいれば、王都の守備隊は必ず城門を開く。」
「はっ」
ガゼルは深々と頭を下げた。
王としての威厳が、今まで以上に、クリシュナから感じられた。王宮という場の雰囲気もあるのかもしれない。ガゼルにも私と同じ感覚があったのだろう。それまで丁重さに合わせて、有無を感じぬ素直さのある態度だった。
「速さが勝負だ。全員、力を出し尽くせ。突撃!」
クリシュナが叫び、兵たちが走った。そして、クリシュナも走った。
神速の兵の動きだった。奇跡のような速さを感じた。回りが全て、時を止めてしまったのではないかと感じるほど、ゆっくりと景色が動いている。恐ろしく速い動きは、周囲をゆっくり感じさせてくれるのだということを知った。
扉を抜け、石畳の上を走り、目の前の扉ではなく、その横にある扉を先頭にいた兵が大きく開いた。次々と兵たちがその扉の中へ飛び込む、中から、意味は分からないが、声が聞こえた。双子とクリシュナも中へ入り、私もそれに続いた。大きな椅子の背が見えた。
椅子の向こうで、二人の男が剣を突きつけられて、動けなくなっていた。そして、椅子に座っていた女性にも兵士の剣は向けられていた。
「私が王妃と知って剣を向けるとは何事か!」
鋭い声。しかし、どこか怯えている。甲高い女性の声だ。
しかし、兵士たちは誰一人として怯まなかった。
クリシュナが両脇に双子を従えて、椅子の前へと進む。そして、椅子に座っている女性をまっすぐに見つめた。怒りも、悲しみも、憤りも、優しさも、愛情も感じない。あらゆる感情を心の底に押さえ込んだ、静かな視線だった。
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