第23話 王都アルマーナ



 クリシュナ軍はゆっくりと進軍を続けていた。


 アイステリア王都アルマーナを目指して。各地で施しを続けながら。


 対外戦争は終わった。しかし、内戦は続いていた。


 ホラズム、ブランジールをはじめとする騎士たちは、クリシュナから少し距離を置いていた。本心はそうではないと感じるが、それが騎士として正しい行為なのだとクリシュナは言う。


 アイステリアの内戦には協力しない。それがクリシュナと騎士たちとの約束だった。エキドナルとも、ラテとも和約を結び、長かった戦争もようやく終わった。残るは、国内の戦いだけである。


 騎士たちは騎士としての立場から、約束に対して忠実な行動をとったに過ぎなかった。そしてそれは、王ではなく、王家に仕える者として当然の行為なのだ。クリシュナが納得していることに私が不満を感じても仕方がない。


 クリシュナは平然としていた。だから、ガゼルやロナーも、私も、不満はあっても不安を感じなかった。クリシュナ自身が、そのような騎士団の姿勢を何よりも重視していたのだ。


 次は王都アルマーナでの決戦が待っている。これに勝利すれば、クリシュナが王としてこの国を治めてくれる。全ての弱い民のために。


 ただ、ラテ王都カイラルトでの戦いを思い出すと、仕方がないこととはいえ、自国の王都を攻めることにためらいは感じてしまう。


 クリシュナの指揮下で戦いに敗れるということは考えられなかったが、相手を殺さずに勝つ可能性は低いということも分かっていた。


 それに、城攻めがもっとも困難な戦闘だということを私はガゼルから何度も聞かされていた。


 先の戦いで、ラテ王の愚かさが際立っていたのは、有利な王都での篭城を選ばず、王都の被害を避けるために陣を築いて守戦をするのでもなく、互いに軍を率いて堂々と会戦するのでもなく、最悪と言っても過言ではない敵陣への突撃を命じたからである。


 今度の戦いは、王都アルマーナでの攻城戦になると予想されていた。


 クリシュナ軍は攻城戦に弱いというわけではない。ラテでは、攻め落としたわけではないが、甚大な被害を敵に与えていた。アルマーナを攻める今回の場合、兵力差もはっきりとしているので大変有利な状況であり、時間はかかるとしても、いずれクリシュナ軍が勝つだろうということは分かっていた。


 たとえ苦戦することになったとしても、負けることはない。


 それでも、気は進まなかった。騎士たちも今回は手を引いている。クリシュナが威風堂々としていなかったら、全軍に不安が蔓延していたに違いない。


 それに、クリシュナには何か秘策があるように見えた。


 王都の城門が閉ざされていることを確認すると、クリシュナ軍は王都を牽制でき、かつ王都からの直接の攻撃を受けない距離に陣取った。


 クリシュナが王になると宣言したあのナントの宣誓から、すでに二ヶ月以上過ぎていた。宣誓で誓った三ヶ月まであと少しとなった。


 時代は大きな変化の波にさらされている。それは私だけでなく、クリシュナ軍の人たちや、その他の人たちも感じていると思う。しかし、王都は例外かもしれない。


 王都の城門は堅く閉ざされ、中のアイステリア兵たちはクリシュナ軍の城攻めに備えていた。


 王都の守備兵たちは、どんな思いで城壁に立っているのだろうか。これから始まる戦いがどのような意味をもつのか、彼らは考えているのだろうか。いや、おそらく、何も考えずに、命じられたまま、働いているのだろう。それが、民というものの本来の姿である。


 私は自問自答し、そしてその答えを悲しく思った。


 ほとんどの民というものにとって、支配者である王が愚鈍だろうと英邁だろうと、もともと関係のないことなのである。それが国というものの現実だった。エキドナル国の一部だった町も、ラテ国の一部だった町も、一度はアイステリアを見限ったはずのアイステリア国の町でさえ、あっさりとアイステリア国の一部になることを認め、納得している。


 だからクリシュナは、食糧の提供という具体的な方法を選んだのだろう。民など、食べ物というエサに釣られた魚でしかない。でもそれが、民にとって、もっともありがたい王の姿なのだ。


 一人一人の民は、遠い未来のことなど考えない。その日の暮らしを常に考えているものだ。だから、愚かでもあり、賢明でもある。


 私は雑用を全て終え、陣の中で絵を描き始めた。木板はたくさん余っていた。クリシュナが用意してくれたものもあったが、兵たちがどこからか木材をもってきて作ってくれた木板もあった。彼らは、クリシュナの肖像を私に求めていた。


 レソトで初めてクリシュナを描いた絵を見張りの男に渡してから、いったいどのくらいクリシュナの絵を描いてきただろうか。クリシュナだけでなく、ガゼルやロナー、双子、騎士たち、人物画以外の絵もたくさん描いてきたが、兵たちは私にクリシュナの絵を頼んだ。ありがたい絵なのだという。また、王に仕えた証だという者もいた。


 クリシュナは王として、すでに兵士から崇拝されている。そのクリシュナが正式に王位について、いったいこの国はこれからどう変化するというのだろうか。いや、クリシュナが王となって政務を執り、いろいろなことを変革していったとしても、民というものの本質は大きく変わらないのではないか。民の本質、その愚かさは変わらないのではないか。王が愚鈍だろうと英邁だろうと、民はひたすらその日の暮らしを考えて生きていく。


 それは少し哀しく、そして、とても正しい姿なのだ。


 笛が鳴った。


 それは全軍召集の合図だった。


 いよいよ戦いが始まる。そしてこの戦いは、クリシュナ軍としての最後の戦いだった。
















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