第12話 騎士と賢王
クリシュナは本陣をエキドナルとの国境へ移動させ、四隊と五隊に再び守備を任せた。その指揮はロナーがとることになった。弓射隊の錬度を高めるためだろう。一隊から三隊は王旗を立てて王都への道を進んだ。
「討伐軍の合計は四十。王都の守備兵の三分の二だ。王都の全軍を出すのは怖かったのだろうな」
クリシュナはガゼルとロナーに説明していた。
数の上では、私たちの方が多い。兵の錬度でも上だろう。王都の守備隊はこれまで戦いらしい戦いをしていないという話である。クリシュナ軍は幾度もの戦場を戦い抜いた精鋭である。
「指揮は、王都の騎士団から選ばれた三人の騎士がとっている。だから、私とは戦わない。彼らが私を見て、私が王族であると判断すれば、それが私の血の証にもなる」
「大丈夫でしょうか」
ロナーが不安そうな声を出した。「騎士を信頼できるのですか」
「もし戦ったとしても、負ける気はしない。それと、私が王都を離れていた十年という時が長いか短いかは、彼らに会ってみないと分からない。これは賭けだが、勝ち目は高いはず。王都にはもう十分噂が流れている。噂が、私の後押しをしてくれるさ」
「商人たちに流言を仕込ませていたのですな」
ガゼルが笑った。
「この六年、王妃が政務の代行について国は乱れを極めた。心ある騎士なら、私の帰国は待ち望む好機に他ならない」
クリシュナはいつものように冷静だった。「私は、昔から死んだ母に似ていると言われていた。十年経ってそれが大きく変わったとしたら説得力はないが、この長身は先王から受け継いだものだと思う。甘いと言われるかもしれないが、これだけ政務が乱れても国が続いたのは、騎士団が、まだ正常だからだろう」
ガゼルもロナーもうなずいた。
六年前、クリシュナの父である当時の王が亡くなり、クリシュナの兄である王太子が即位するはずだった。しかし王太子はいなくなり、弟であるクリシュナは留学中で、王妃が政務を代行することになったという。
王太子とクリシュナの母はすでに死んでいて、義母となる王妃には先王との間に幼い王子がいる。この王妃は権勢欲が強く、何度も幼い王子を即位させて摂政になろうとしたが、その度に王子が幼いという理由で騎士団の同意を得られず、即位できなかった。それで王妃が政務代行を続けているという。
アイステリアの騎士団は国軍の司令部として王家に仕える騎士の集まりである。乗馬術を身に付け、馬を駆って軍全体を的確に動かし、戦いの指揮をとる。王に仕えるのではなく、王家に仕えるというところに、クリシュナは信頼を置いていた。
「私と義母が争ったとしても、騎士団は王家に仕えるのだから、王家の争いには、最悪でも静観するだけだ。正義がこちらにあると感じたなら、私が王となるために手を貸してくれる。そして間違いなく、正義は私にある」
クリシュナは自分自身の未来を確信していた。それはガゼルやロナーにしても同じだった。私も、私たちもそう信じていた。
「では、王都を落とすのですか。攻城戦はノルスクをみなに思い出させるでしょう。まして、今度は王都の城壁です。あまり良策とは思えません」
ロナーが言う。ノルスクの戦いは、犠牲が大きかったと聞いている。
「その通りだ。だから王都は後回しにする。まずは討伐軍と合流し、北上してエキドナルを討つ。そうでなければ騎士団の後押しは得られない。王妃の政権を奪うには、私が騎士団に力を示す必要がある。それからラテを討ち、最後に王都を落とす。心配するな、王都の攻略は難しくない。使える策はみな使った。私の持てる知識の全てを使って、この国の王位を手にする。その決意と自信は変わらない。つまり、結果はすでに出ているようなものだ。あと、三ヶ月で私は王になり、それからこの国を立て直す」
その言葉どおり、クリシュナはそれだけのことをやってのけたのである。
討伐軍との会戦は、クリシュナの予想通り、戦いにならなかった。
両軍とも王旗を掲げていた。全軍を止め、クリシュナが双子をともなって前に出る。馬上の騎士が手を挙げて、討伐軍も止まった。三人の騎士は馬を進め、クリシュナの前に出た。
「ブランジールか。セイシェルも。久しいな。私が誰か分かっていると思うが、どうか」
クリシュナは声を張り上げた。「国の危難に帰国した王子に対面し、馬上でかまわんと思うなら全軍の衝突だ。アイステリアの騎士ともあろう者が、政が乱れて、王族への礼も忘れたか」
騎士たちが慌てて馬を止めた。
「王都に流れる噂が真実ならば、と考えていました」
そう言った一人の老騎士が馬を降りた。あとの二人もそれに続いた。「お久しゅうございます、殿下。馬上での失礼をお許し下さい。私が覚えておったのは幼い殿下の姿です。王家に仕える者として、よく確認もせずに盲従する訳にはまいりませんので、先ほどの無礼をお許しくださいますように。お目にかかって安心しました。噂が真実で良かった」
三人の騎士がクリシュナの前にひざまずいた。
「では、軍装を解くように兵に命じよ」
「それは…」
「安心せよ。国軍の者を殺すつもりなどない。それに彼らを捕らえる気もない。私は内乱を起こしたのではない。エキドナル、ラテは討つが、この国を滅ぼすのではなく、この国を建て直すのだ。ただ、武具が必要なのだ。また、従軍を希望する者は、我々に加わってもらいたい」
「…そのお言葉を待っておりました。王太子が出奔されて、はや六年。この時をずっと、騎士団は待っておったのです」
騎士は討伐軍に軍装を解くよう命じた。そして討伐軍は騎士も含めて全員がクリシュナの前に平伏した。クリシュナ軍はそれに歓喜の叫びで応じた。騎士と討伐軍の動きは、クリシュナの出自を証明してくれた。クリシュナに王家の血が流れていることがはっきりと分かったのである。
クリシュナは平伏している兵に、王都に戻るか、我々に加わるかを選ぶように命じ、それに付け加えて、王都に家族がいる者は王都に戻れ、と言い添えた。そして、討伐軍のほとんどが我々に加わる道を選んだ。王都の守備隊だからといって、王都の出身者ではなく、地方から徴兵で連れてこられた者がほとんどだったのである。
わずかだが、王都出身の兵もいた。その何人かの兵に、クリシュナは十分な食糧を分け与え、王都へ帰らせた。
騎士は三人とも条件付きでクリシュナの元に残った。その条件とは、アイステリア軍との戦いには一切協力しないというものだった。クリシュナはその条件に対して、当然だ、と答えた。
「騎士団は王家の争いをおさめるためにあるのだから」
老騎士ブランジール、禿頭のセイシェル、若く眼光の鋭いファーラという三人の騎士たちは黙ってうなずいた。この一言で、クリシュナへの信頼は高まったようだった。
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