第11話 王たる資格
しばらく本陣にとどまり、訓練の日々が続いた後、再び商人がやってきた。しかし、前回とは違う商人の一団だった。王都からここに来たという。
クリシュナはいったいどれだけの人間と通じているのだろうか。
底知れぬ力を背の高い青年に感じる。この人は何を見て、何を考え、何を目指しているのか。それが知りたいと私は強く思うようになっていた。
この前と同じように、クリシュナは商人を幕舎に招き入れ、密談を続けた。
そして翌日、朝の訓練を終えて、全陣への集合が命じられた。戦闘員も、非戦闘員であるその家族も、全員が陣の中心に集まり、クリシュナの話を待っていた。
束の間の平和な時は過ぎ、次の戦いが始まるのだとみな分かっていた。しかしそのことを悲しむ様子はなく、高揚した気持ちを押さえられないという感じがした。
「王都から討伐軍が出陣してくる」
立ち上がったクリシュナが静かに口を開いた。大きな声ではなかったが、全員がはっきりと聞き取った。驚くこともざわめくこともなく、クリシュナへの注視が続いている。「この国を立ち直らせる道を進む限り、国軍と対立することは分かっていたことだ。だが、国軍は本当の敵ではない。我々の本当の敵は国軍を動かす立場にある者たちであり、敵国であるエキドナルやラテである」
そこまで言ってから、クリシュナは大きく息を吸い込んだ。
私の腕は震えていた。描きたいという想いが溢れてくる。クリシュナが何か、大切なことを言おうとしている。今の、この場の、この雰囲気、この空気、この色、そして、この言葉を絵にしたい。描けないと言われるものさえも絵にしてみせたい。
私の目には光輝く冠をかぶったクリシュナが見えた。昼へ向けて力を増しつつある陽光に照らされた平原の陣の中で、私には玉座に立つクリシュナが見えていた。
私は自分の目を疑い、もう一度クリシュナを見た。
冠も、玉座も、消え失せていた。
「今から三ヶ月、私は、私がこの国の王になるための戦いをしようと思う」
静かだった。
その言葉の意味をみなが噛み砕く時間が必要だった。
やがて小さなざわめきが大きなどよめきへと変わり、みなが立ち上がって、そして、歓声が響いた。その言葉は、この一団の誰もが待ち望んでいた言葉だった。
私は目に見えるこの場の全てを心に刻もうと思った。
クリシュナが片手を挙げて、みなを静めた。歓声はおさまったが、興奮とともにざわめきが去ることはなかった。
「王たる資格は二つ」
クリシュナはあらん限りの声を振り絞った。「民を想い、国を守る力と、王家の血である」
そう、その資格が、私は、いや私たちは知りたいと思っていた。この一団の食糧を確保するために私財を遣い、この一団を庇護しているクリシュナが私たちの指導者であることに異論はない。しかしクリシュナがこの国の王を名乗るために、そして、それを誰もが認めるための根拠があるのか、私たちは誰も知らなかったし、あるならそれを知りたいと思っていた。
「この国を変え、戦争を終え、平穏な日々を取り戻すために私は戦い、勝利を手にする力をもっている。そしてそれはこの国を守り、民を守る力である。私には、民を想い、国を守る力がある」
この国の民の心は王家を離れていた。しかし同時に、この国の誰もがこの状況を変革してくれる強力な指導者を待ち望んでいた。まして、ここに集まっているのは、クリシュナを信奉する一団であり、今までのクリシュナの戦いをもっとも近くで見てきた人々である。
私たちはクリシュナが王となり、この国を動かしてくれることを望み、それを支えたいと思う。クリシュナの言葉を信じ、クリシュナのために、クリシュナとともに戦い、勝利をクリシュナにささげようと考える。
しかし、クリシュナをよく知る私たちとクリシュナを知らない民では事情が異なる。
この国の全ての民がクリシュナを王として認め、その命に従うためには、それを納得させる血というものが必要だろう。誰もが勝手に王となる世では、国が乱れるばかりである。
「王は、正しいから王なのではない。王は民の導き手として正しい道を示すべきだが、全ての王がそのような力をもっているわけではない。しかし、王とは、望めばそうなるというものでもない。力があれば王となるのではない。王は、王家から生まれた者でなければその資格がないから、王なのである」
クリシュナは短く言い放った。「私の体には間違いなく王家の血が流れている」
以前から噂は流れていた。クリシュナは王都の貴人の御曹司ではないか、と言われていたのだ。そうでなければ、あれだけの財力があることに説明がつかない。しかし、誰も本当のことは知らなかった。そして、みなが本当のことを知りたいと思っていた。
今、ここで、クリシュナは自分の出自を明らかにした。それが真実かどうか、信用できるかできないかではなく、その言葉だけで私たちには十分だった。本当は王家の血がクリシュナに流れていなかったとしても、それは私たちにとっては、クリシュナが王となることを妨げるものではなかった。すでに私たちにとってクリシュナは王だったのだから。
「これからは王旗を立てて進軍する。我々こそが王軍であり、国軍である。ここに私は、私がアイステリアの王となることを宣言する」
クリシュナはそう言い、周囲を見回した。そして、高らかに右手を挙げた。
「今から、私がこの国の王である」
クリシュナの声が大きく平原に広がり、再び歓声が起こった。
風が、平原をゆっくりと流れていた。
時代を変える戦いが始まろうとしていた。
この夜、私が描き上げた絵には、冠をかぶり、玉座の前に立ったクリシュナが描かれていた。
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