第3話 林の中の一団



 なんという短い人生だ。


 そう思って目を閉じた。


 しかし、私は殺されなかったのである。


「アーク、ルイ、彼を傷つけるな。連行すればそれでいい。敵ではない」


 青年の声が静かに風に流れた。


 私は目を開いた。


 敵ではない、そう聞こえた。


 では、何なのだろうか。


 青年にとって私は敵ではないとしても、私にとってエキドナルは間違いなく敵である。


 しかし悲しいことに、アイステリアが敵ではないと言い切れない。この国に生まれた民の苦しみはそこにあるのだろう。


 双子がそろって首をかしげていた。


 青年は私を見据えて言った。「声を出すな。抵抗するな。おとなしく双子に従えば命は助かる。逆らえば命はない。簡単なことだ。いいな」


 疑問は尽きず湧き出していたが、私はとにかくうなずいた。


 双子は剣をおさめずに、私をうながして歩かせた。私は素直に従った。殺されるにしても、逆らわなければもう少しは生きられる。


 歩き出してしばらくたって、ようやく気がついた。私はなんと鈍いのだろうか。彼らはエキドナルの手の者ではない。


 私はエキドナル軍の陣とは正反対の方向に向かって進んでいるのだ。








 レソトの町の東にある林の中へ私は連行された。


 双子はすでに剣を納めていたが、私はおとなしく従っていた。


 この双子は明らかに年下の少年だが、剣を握る姿にどことなく威厳を感じた。私ではどうやら戦っても勝てそうにない。


 双子にクリシュナと呼ばれていた青年は私の少し後ろを歩いている。


 表情は見えないが、それだけではなくあまり感情を感じない。つとめて冷静にしているというより、冷静が身についているのだろう。私とそれほど歳が離れていないと感じたが、見た目以上に年上なのかもしれない。


 林の中に入って私はとても驚いた。


 武装した男たちがいる。


 三十人ほどだろうか。


 剣や槍を手にしているが、あまり上質なものではなさそうだった。


 双子に目を動かし、その腰の剣を見た。武具の良し悪しなど知るはずもない私でも、男たちの武器と双子の剣は明らかに違うものだと感じた。


 男たちは屈強な兵士という感じではなかった。


 どちらかと言えば、レソトの町を守っている男たちと似ている気がした。


 武装しているが、軍人ではないだろう。




 私の視線に男たちも気付いていた。


 向こうも、私のことを何だろうと見つめているらしい。


 しかし、私の後ろに続いて入ってきた青年を見つけると、男たちは一斉に頭を下げた。


 この青年が一団の首領格だということがすぐに理解できた。


 しかし何者なのかは見当もつかない。


「ガゼルとロナーを呼んでくれ。それと中央をあけて、輪になってもらいたい」


 男たちの中から一人がうなずいて、席を立った。


 他の者も青年に言われた通りに輪になろうと動き出した。物音はするが、誰も声を出さない。


 男たちの視線は青年に集まっていた。


 私のことを不信そうに見るものもいたが、何も言わなかった。


 青年がいずれ説明するのだと考えているのかもしれない。


 青年は立っていたが、男たちは静かに腰を下ろしていた。


 この中でもっとも特異な存在はやはり双子だった。あくびをしながら、目をこすり、緊張感のない笑顔を見せていた。


 幼いから状況が理解できていないのだろうかと思ったがすぐに考えを改めた。


 男たちは双子のことを驚きもせず、ごく自然に受け入れていた。


 すでに二人はこの一団に馴染んでいるということだろう。


 この一団は、軍人ではないが間違いなく戦うための集団である。双子のなんとも言えない雰囲気。そのことに気付かないはずはない。


 さらに言えば、この二人はこの中でもっとも素晴らしいと思える剣を身につけていた。装飾が多いものだ。


 少年ということに関係なく、重要な役割をもっているのだろう。


 レソトから少し離れた林の中で、音を立てずに潜伏しているということは、この一団はエキドナルの味方ではなく、エキドナルと戦うためにここにいるのだと確信できた。


 これは私にとって良い想像だった。


 私はレソトの町の者ではないが、レソトの町を守りたいと思っていたし、エキドナル兵を追い払いたいと思っていたからだ。


 しかし、この一団はアイステリア軍でもないように思えた。


 彼らは軍人ではなく、どこかの町からかり出された民衆だろう。


 武器を見てもそのことは簡単に予想できた。


 ただ、士気は高いと感じる。


 徴発された人たちの瞳から、これほどの戦いの意思を感じることがあるだろうか。


 そう考えると、この一団はどこかの蜂起軍ではないか。


 私はそう結論付けた。








「絵師よ」


 青年は私を振り返った。「名を知りたい」


「タルカ」


 私は静かに答えた。「しかし、絵師ではない。絵は描くが、農夫の子だ。絵師としてまだ生きてはいない」


「そうか。絵師ではなかったか。だが、絵を描くことはできるな」


「できる。そういう意味でなら、絵師と変わらない自信はある」


「なら、それでいい。みなの前で、レソトの絵を描いてもらいたい。あそこの、輪の中心に、だ」


「さっきのような?」


「いや、あの丘の上から見えたままの絵を描いてもらいたい」


 青年はそう言って、私に木の棒を差し出した。




 私は素直に従い、棒を手に取ると、丘の上から眺めていた様子を思い浮かべながら、じっくりと描いた。


 棒を絵筆に、大地をカンバスに。


 子どもの頃からのもっとも得意な絵である。




 レソトの石壁とエキドナルの木柵、大きな幕舎、小さな幕舎、水瓶、荷車など、思い出せる限り、すべてのものを描いた。




 人々の視線は私の手に集中し、私の視線はまだ描かれていない部分を見つめていた。


 すべてを描き終えて、私は深く息を吸い込んだ。


「見事」


 低い声が腹に響いた。


 いつのまにか青年のそばに、屈強な男が立っていた。


 上背は青年に及ばないが、腕の太さは三倍くらいありそうだ。


 見るからに、他の者とは異なる威容があった。


 武人だ。


 そう直感した。そしてすぐ、描きたいという欲求が私を包み込んだ。


 自制心の堤防をあやうく決壊させそうになったが、双子と目が合い、自分の立場を思い出した。


 私は捕らわれの身だったのだ。


 双子の近くに、もう一人武人だと思える人物がいた。弓を肩にかけている。


 この二人こそ、先ほど青年が呼びに行かせた人物なのだろう。


 そうすると、私の想像は少し外れていたのかもしれない。


 この蜂起軍はただの蜂起軍ではなさそうだ。


 もちろん正規軍ではありえない。


 正規軍へ徴兵されれば武具、防具はそろえてもらえるはずだ。


 しかし、長い戦争で徴兵しても武具をそろえられないようになっていたのかもしれない。


 それでも正規軍ではないと感じた。勘でしかないが、それは正しいと思えた。


「これで全員そろった」


 青年はぐるっと周囲を見て、大きくうなずいた。「いよいよレソトを解放する」








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