第3話この世界の仕組み

「おい……」


 まだ息を切らしていたアルクが、私のことをにらみながら近づいてきた。


「なんだアルク? 置いてったこと怒っているのか?」


「当たり前だろ! だいたいどうして俺が怒られている? 本来ならお前が怒られているはずなのに……」


「それはお前……お前が遅れたからだろ」


「いやいや、誰のせいだと思ってるんだよ! お前を置いていけば俺は怒られずに済んだんだぞ」


「じゃあアルクは私の身代わりになってくれたってことだな!」


「お前……次は絶対置いていく」


 激昂しているアルクを宥めつつ、私は教室に置かれている器具に目を通す。


「最初は何からやるんだよ?」


 少し口調が強いアルクはそんなことを聞いてくる。


「うーん……」


 教室に置かれている器具を見渡して、一番近くにあった握力測定器を指差す。


「あれにしよう」


「握力ねぇ……。まあなんでもいいか」


 そうして私とアルクは、握力測定器が置かれている机に並んでいる生徒の一番後ろに並んだ。

 アルクはさっきのことをまだ怒っているのか、「どうして俺が……」などとブツブツ独り言を言っている。

 

「前々から思っていたんだが……」


 独り言に耽っているアルクに、いきなり話しかける。


「なんだよ?」


「体力測定って、お前ら男子がやる必要あるの?」


 前々から疑問に思っていたことをアルクにぶつける。この世界は女が戦う世界だ。強い女が家族を守り、貧弱な男子は家で守られる世界。

 だからこの行為を男がやる必要性は、全くないと思う。私の言葉になんて返したらいいのか困ったアルクは、少し考えた後に。


「必要なんて、ないだろ」


 そんな適当な答えを返してきた。


「まあそうだよな……」


 順番の回ってきた私は、握力測定器をグッと握りしめながら。


「私たち女は、お前たち男子の十倍強いもんな……」


 そんなことを言う。そう、この世界は女子の身体能力が男子の十倍高い世界。だから、男と女の間にはものすごい壁が存在している。

 女の方が立場が上で、物事全てが女を基準に考えられている。私は25と数字の出された握力測定器をアルクに渡した。それを聞いたアルクは、


「ナリア、その認識は少し間違ってるぞ」


 握力測定器を握りながら、そんなことを言ってきた。


「……? 何がだ?」


「ナリア。お前は今、女は男の十倍強いと言ったな?」


「あぁ、それがどうしたんだ?」


「違うぞナリア。この世界は女が十倍強いんじゃなくて、男が十分の一倍弱いだけだ」


 アルクのその言葉を聞いた私は、少しの間ぽかーんとしていた。それからアルクの言った言葉を頭の中で考え直す。「この世界は女が十倍強いんじゃなくて、男が十分の一倍弱いだけだ」。これって一緒じゃないか?


「おいアルク。それって何が違うんだ?」


 考えれば考えるほどよくわからなくなってきた。何がどう違うのかわからない。十倍強かろうが、十分の一弱かろうが、結局一緒だろ……。

 私がそんな質問をすると、アルクはふふふっと不敵な笑みを浮かべ。


「全然違うぞ。つまり俺が言いたいことを要約するとだな、本来なら俺たち男の方が強ってことだ」


 どこをどう要約したのか全くわからない。


「さっきからお前の言ってることが全く理解できないんだが……」


「はぁ……。これだから脳筋は」


 今の言葉はイラッときた。だいたい私の理解力がないわけではなく、コイツの説明力がないだけだろ……。


「前に先生も授業で話してただろ。人間っていうのは脳に制限がかかってる。それは男も女も一緒だ。でも女は、男よりも十倍制限がかかってない。まあ結局何が言いたいかっていうとだな、本来お前よりも俺の方が強いってこと」


「へーじゃあこの握力の十倍した数字が、本来の力ってこと?」


「まあそうだな。見とけよ」


 そう言って、アルクは力一杯握力測定器を握った。顔は真っ赤になり、腕はプルプルと震えているが、それでも握り続けている。

 握力なんて持続的な力じゃなくて瞬間的な力なのに、なんでずっと握ってるんだ?

 そんなことを思いながら、一向に測定器を離さないアルクから無理やり測定器を奪い取る。

 そしてそこに出ていた数字は……。


「1……? いや、1、3ぐらいか? ププ、十倍したところで私より10以上低いけど」


「は、はぁ!? だいたい身体能力って筋力だけじゃないんだよ。瞬発力とか色々あるわけ! それを加味したら50はくだらないね」


「はいはい、もうわかったから次行くよ」


 言い訳をしているアルクの腕を無理やり引っ張りながら、私は他の場所へと向かった。






















 

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