虫捕り少年事件簿

表之裏

殺人事件⁉

 その日は魚を捕りに行った。特に捕まえたい生き物もいなかったけど、暑い日だったので川に遊びに行きたいなと思って弟を連れて家を出た。途中で見かけた暇そうな友達を一人アミで捕まえて、合計3人でアミとカゴだけ持って川へと向かった。そんないつも通りの一日だった。


 川といっても田んぼの脇の用水路。深さも膝までで泥もそんなに多くなく、暑さや暇を凌ぐのに最適なお気に入りのスポットの一つだった。主にとれるのはメダカとヤゴで、ドジョウやオイカワが捕れたら大金星だった。


 そうしていつも通り、上流と下流に分かれて追い込み漁をしていると上流から何かが流れてきていた。とはいえゴミを流す不届き物がいるのか油が水面に浮いて流れてくることは日常茶飯事だったので、すぐに退避して流れてきたものを確認しに向かった。そんないつも通りの出来事のはずだった。


 けれども見えたのは赤、いつもの汚い虹色ではなく非日常の色だった。最初は少しだけだったけど、次第にその赤は増えていった。


 代り映えのしない田舎の日常とはかけ離れた色と量は明らかに血液のそれだったけど、幼かったぼくたちは恐怖より好奇心のほうが勝り、その赤を辿っていくことにした。気分はさながら殺人事件を追う探偵だった。


 犯行現場はそこまで遠くなく歩いて3分ぐらいの距離だった。用水路の上には檻があって血はそこから流れていた。近づいてみるとそれは大きな牙を持つ獣ですぐに猪だとわかった。


 殺人事件じゃなくて安心すると同時に、どちらにせよ初めての経験でとても驚いた。自分たちの暮らす場所が田舎だと知ってはいたけれど、まさか猟師がいるなんて知らなかったからだ。


 猟師の人はすでにその場にはいなかったけれど、急に怖くなってきたぼくたちは逃げるように家に帰った。別に大きな生き物が死んでいることが怖かったわけではなかった。今までにも車にひかれた鹿が死んでいるのを見たことはあるからだ。


 その時はそれ以上に猟師の人が怖かった。別に悪いことをしたわけではないし、猟師の人が本当に怖い人なのかは会ってないからわからないけど、猟師=銃のイメージがあったのかとにかく怖かった。


 その日の夕方以降にはもっと恐ろしいことに気付いてしまった。ぼくたちの地区には熊が出る。学校からの帰りには鈴をもって帰らないといけないし、熊の目撃情報があると集会が開かれる。猪はそんな熊に次ぐ脅威のように当時のぼくには感じられたのだ。


 その日から、しばらくの間は猟師の流れ弾と猪との遭遇におびえて山に遊びに行けなかった。実際のところ、檻に入っていたので罠で捕まった猪で、猟銃なんて人里の近くで使われるはずもないのだが、そんなことを当時の私が知るはずもなく見当違いにも川遊びばかりする夏休みに終わったのだった。

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