岬の遺構

 ミキの前に2匹のトンボが現れ、目の前でくるりと向きを変えベンチの端に止まった。全体が透明感のない瑠璃色で、羽には細かい鱗模様があり、体は光を反射して複雑に輝いていた。目は透き通った緑色をして、その奥に見える小さな黒い玉、これは瞳と呼んでいいのか、そこからみなぎるような生命力が感じられる。

 つっと2匹同時に飛び立ち、頭の上でくるくると誘うように輪を描き、そして崖に沿って灯台とは反対の方へと飛んでいった。ミキは視界から外さないように手探りで飲みかけのグラスを置き、つられるように小走りにあとを追いかけていった。


 大人の背丈ほどの草木が生い茂った藪を抜けると、一段低くなった場所に古びた石づくりの建物があった。ぽんっと短い草で覆われた地面に降り立ち近づいてみる。追いかけていたトンボは空高く飛び去っていく。視線を戻すと、正面からは円形に見えるその建物は、西洋の城の砦のように上部に凹凸がある。とても頑丈に作られているようで、積まれた石の間から草が生えているが、崩れるような気配はまったく感じられない。かつて使われていた灯台の建物があると聞いたことはあったが、おそらくここがそうなのだろう。見るのは初めてだった。


 空はどんよりと曇り、あたり一面に霧が漂いはじめた。

 さらに建物に近づき石に手を当ててみる。表面はとてもなめらかだが、わずかな溝があり、何か模様が描かれているようにも思える。それを指でなぞってみるが、ひんやりと冷たく、ずっと触っていると指先の感覚がなくなってくるようだった。

 丸く深くなったくぼみで溝は途切れ、指を引っ込めようとしたとき、突然めまいを感じた。

「まただ…」

 最近こんなことが多くなった。いつも急にくるので、どういうタイミングで気をつければいいのかまったくわからない。頭がくらっとし、体を支えるのがやっとだった。

 少し休んでいれば治るだろう。そう思い腰を下ろし扉に背中を持たれかけた瞬間、それはぎぃと音を立ててゆっくりと開いた。はずみでころんと後ろに一回転し、建物の中に入り込んでしまった。

「いたたた…」

 足元からは光が差し込んでいるが、その他は真っ暗で、何も見えない。体を起こそうとするが、ふらふらとして上半身すら支えることができなかった。少しだけ休んでいよう。そう思い目をつぶってしばらくすると、胸元に違和感を感じた。

「温かい?」

 相変わらずの暗闇の中、服がぼんやりと光っている。

「なにこれ」

 胸に手を当てると、ペンダントの硬い膨らみを感じた。チェーンをたぐりひっぱり出すと、緑色の石は強く輝き、持つ手に暖かさを感じた。

 起き上がろうとするが、やはりまだ体は重い。もう少し休もうとそのまま横になっていると、いつしか意識を失うように眠ってしまった。


 ひとすじの弱い光が差し込むだけの、深い暗闇の中、ミキは全身を緑色の繭に包まれているようだった。

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