第11話 刺客

「ハルメリオ様、馬車が来ます」


 黙々と歩いていたハルメリオの隣から、メリーがそんな言葉を口にした。

 ふと顔を上げれば、一頭の白馬と、豪華絢爛に宝石で飾られた正方形の荷台が見えた。魔法使いの中でも優秀な家計が好んで使用しそうな美しい馬車が、ハルメリオ達の正面から走ってくる。

 成程、馬車である。しかし、一見するだけで、それが普通の馬車ではないことは容易に理解することができた。

 よく見れば、白馬の関節には継ぎ目がある。身体に帯びた光沢は、毛艶ではなく材質によるものだ。材質――つまり、あの馬は人工物である。何よりも、馬車が走っている道は、ハルメリオ達が立っている大通りではなく、馬車の荷台から排出される、空中に伸びた半透明な煉瓦道だ。魔馬車を見かけたことがない者がいれば、真っ先に自分の目を疑うだろう。


「魔馬車ですね。すごい、あんなに美しく動くものは初めて見ました」


 リリィは強く関心を惹かれたらしい。その丸い瞳は自然と輝き、その馬車――魔馬車を、まじまじと見据えていた。

 魔馬車、というのは、魔道具の一種である。アンドロイドの容量で馬を機械で作り、魔法石を大量に嵌める。動力源を増やすことで、一般的な馬車よりも格段に速く移動することを可能としたものだ。あまりにも移動速度が速いせいで事故が多発したので、魔馬車は特殊な道を走ることを義務付けられている。それが、あの馬車が走っている空中の道の正体だ。

 荷台の脇に取り付けられた、蓄音機のような形の魔道具が、馬車の行き先に合わせて空中に魔力の道を創りだす。通った後の魔力の道は魔道具の中にある魔法石によって自動的に回収されるため、街の景観を損なうことなく、魔馬車はほぼ永久的に移動することができるのだ。

 地面を走ることができないのなら空中を走ればいいと最初に考えたのは、確か、箒で空を飛ぶことを得意とした有名な魔法使いだったはずだ。発明当初は大絶賛されたものの、肝心の馬が生物ではないため、傍目から見たときの動きはぎこちないものが大半だった。結果として、美しくないという理由で魔馬車を好まない魔法使いが続出し、魔馬車は高い利便性に反した低い人気を獲得することとなった。魔馬車は、矜持の高い魔法使いを相手に商売をするのが以下に大変なことかを示した貴重な商品でもある。

 しかし、正面から走ってくる魔馬車の馬は、生物顔負けの優雅な動きをものにしている。非常に滑らかな、まるで本当に生きているかのような動きで、魔力の煉瓦道を力強く走っていた。


「素晴らしい出来栄えですね。私のデータにはあのような魔馬車を販売している店は無いのですが、どなたかの自作でしょうか」


 魔馬車のクオリティに、メリーまでもが感心したように呟く。あれだけのものを制作できる調律師は、そう多くはないはずだ。その大半は自らの技術を売り、生活を営んでいる。あれだけ見事な調整をしていれば、欲しがる魔法使いは後を絶たないはずだが。

 非売品にする理由が分からない。ハルメリオは、魔馬車を注意深く観察する。しかし、白馬の美しさが目立つだけで、怪しげな点は見当たらない。関節の継ぎ目と、馬から聞こえてくる機械音がなければ、生物と見間違うところだった。

 自分の腕を見せつけて矜持を保ちたい魔法使いでも乗っているのだろうか。自分達の頭上を通りかかる魔馬車を見上げながら、ハルメリオは瞬きを繰り返す。

 その刹那、ハルメリオの鼓膜は、『三つ分の機械音』を捉えた。

 馬の機械音に、道を創りだす魔道具の機械音。ならもう一つの機械音は――。


「伏せろ!」


 一瞬遅れて、ハルメリオは一つの答えを弾き出した。抱えていた荷物から両腕を離し、腰の柄に手を掛ける。重力に従って落下した紙袋が地面に叩き付けられ、先ほど購入した魔法薬の瓶が無残に割れた。紙袋から染み出した紫の色合いの魔法薬が、紙袋から染み出して地面に広がる。人体に害があるものを買った覚えはない。今はそんなものよりも、もっと気にするべきものがあった。

咄嗟の叫び声に、立ち止まって魔馬車を見物していた住人全員が不可解そうな顔をする。しかし、次の瞬間、その表情はたちまちに驚愕、或いは恐怖といった感情に塗り替えられることとなった。

 荷台の扉が突如開く。そこから、一つの人影が飛び出した。

 その人影は、黒いローブを身に纏い、その右手に剣を握っていた。どう見ても街中でするような恰好ではない。既に剣は鞘からその美しいまでに磨き抜かれた刀身を露わにしている。

 馬車は瞬く間に遠くへと走っていく。――もう一つ、馬車の中に人影があった気がしたが、その正体を見る前に、不思議と馬車の中が暗黒に包まれて見えなくなってしまう。次の瞬間、馬車を追っていたハルメリオの視界は、落下してきた人影に遮られることとなった。

 その人影はハルメリオの頭上目掛けて勢いよく落下しながら、その剣を空中で振り上げる。そして、それは容赦なくハルメリオの頭上に振り下ろされた。


「ハルメリオ様!」

「っ、く」


 身体が仰け反った。咄嗟に鞘から引き抜いた剣が、振り下ろされた刀身を受け止める。悲鳴にも似たリリィの呼び声を幕開けに、通行人達に一斉にざわめきの波が広がった。

 眼前の人物は、深くフードを被っていた。その下から覗く瞳は冷酷な光を帯びて、ハルメリオを見下ろしている。人間の瞳ではない。それは、背筋がぞっとするほどに美しい、硝子製の青い瞳だった。


「――アンドロイド取締第一部隊副隊長、ハルメリオ・ブライトネスですね」

「お前は誰だ! 名乗れ!」

「不要な回答と判断。無回答」


 無機質な声がテキストを読み上げる。その声は、メリーのものよりも低く、落ち着いた少年を彷彿とさせた。瞬時に力を込められた剣の重心を支えきれず、ハルメリオは体制を崩してしまう。

 ハルメリオの身体は、冷ややかな煉瓦の地面に倒れ込む。その腹をすかさず踏みつけたフードの人物は、鋭い剣先をハルメリオの喉元に突きつけた。


「このまま死んでいただきます、ハルメリオ・ブライトネス」

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