2章

第5話 調律師

「またハルメリオが厄介なものを持ってきたって、他の調律師が愚痴ってたよ?」


 揶揄うような友の声に、ハルメリオは顔を上げる。自分が思うより、余程顔を険しくしていたのだろう。そんな発言をした調律師の共、シスルは、面白がるように目を細めて、笑い混じりに「ごめん」と謝罪した。決して誠意は感じなかった。

 ここは、アンドロイド取締部隊の本拠地内メンテナンス室である。実働部隊が確保したアンドロイドを修復、管理、メモリーのサルベージなど、専門的な知識を要する仕事が行われている。平たく言えば、アンドロイド専門の病院だ。

 白い壁に囲われた四方形の部屋には、重量感をありありと感じさせる大量の機材が置いてある。部屋の中央には数多のコードが繋がった手術台が設置されており、そこに、例の少女は横たわっていた。


「仕方ないだろう、敵の拠点で見つけたんだ」

「ああ、あれね。俺の作った隊員専用発信機のおかげで見つけられた場所。じゃあ隊員殺害事件の真犯人の手掛かり確定じゃん。ハルメリオ、大出世じゃない? おめでと」

「俺はもう既に副隊長だ。これ以上の出世は望んでない。……し、発信機を開発したお前の手柄だろう。出世するのはお前だ。良かったな、シスル」

「俺もここで一番の調律師やってるからなぁ。これ以上出世したら手が二本じゃ足りないよ。アンドロイドみたく腕のパーツを増やさないといけなくなる」


 シスル、と呼ばれた少年は、その手をひらひらと振っておどける。

 十九という年齢とは反する幼い顔立ちに、栗色の柔らかい髪。背丈はハルメリオよりも頭一つ分小さく、無邪気で明るい性格も手伝って、彼は幼い子供のように見えた。

 しかし、その正体は、アンドロイド取締部隊が誇る街一番の凄腕調律師だ。隊員が円滑に連携をとれるのは彼が制作した発信機で互いの場所を感知できるからだし、調律師全体の仕事の四割はシスルがたった一人で片付けている。あまりの仕事の速さに、周囲は彼が腕をあと百本隠し持っているアンドロイドなのではないか、などという噂をし始める有様だ。

 冗談じゃない。そう吐き捨てて、ハルメリオは溜息を吐く。それから、シスルによって精査されたばかりの少女アンドロイドの寝顔を、冷ややかな眼差しで見つめた。


「それで、コレについて分かったことはあるのか? 愚痴られるってことは、相当攻撃的なプログラムでも入っていたってところか」

「いーや、逆。なんの敵対プログラムも入ってないよ。皆が厄介だって言ったのは、この子が全く新種のアンドロイドだったってこと」

「新種?」

「そう。彼女は自分の思考を持ち、日常を学ぶアンドロイドなんだ。予め用意されたプログラムで動く従来のアンドロイドとは、全く異なった性質を持ってる。……言うなれば、『自立したアンドロイド』ってとこかな」


 自立したアンドロイド。そんな単語を聞いて、ハルメリオは疑念に満ちた顔でシスルを見やる。シスルは珍しく真剣な顔をして、精査結果の資料をハルメリオに手渡した。

 精密な検査によって、彼女について分かったことは三つ。

 一つ目は、彼女は新種の自立したアンドロイドだということ。

 二つ目は、彼女には敵対プログラムや持ち主のデータは組み込まれていないということ。

 三つ目は、彼女は『例のアンドロイド』ではない、ということだ。


「うちの部下が血の匂いがする、と言っていたんだが。本当に攻撃的なプログラムは組まれてないのか?」

「アンドロイドのどこにも血は付着してないし、部屋自体に匂いがついてたって考えるのが自然じゃない? 例のアンドロイドの拠点なら、別段可笑しくもない気がするし」

「そうか……」


 シスルの精査でなければ、ハルメリオは精査内容を執拗に確認しただろう。あの場所で発見された以上、敵対的なプログラムが仕組まれている可能性が高いのは明白なこと。しかし、そんな可能性以上に、シスルへの信頼は高いのだ。


「ま、とはいえ、彼女は未だ何かを学んだ形跡がない。さらにいえば、『学ぶこと』に重点を置いたせいか、本来備わってるはずの生活補助型アンドロイドとしてのプログラムが見当たらない。未完成もいいところだね」

「……つまり?」

「このまま彼女に何かを指示しても、まともな仕事はできませんってことだよ」

「とんだポンコツじゃないか」


 ハルメリオの呆れた声を聞いて、シスルが可笑しそうに笑った。労働力として求められるアンドロイドが何もできないのでは、最早所有する意味もないだろう。製作者が何を考えているのか、ハルメリオは大いに理解に苦しんだ。


「でも、この子は学ばせれば学ばせるほど色んなことに順応する。面白いと思わない?」

「興味がない。が、お前が楽しそうで何よりだなとは思う」

「ハルメリオってば友達想いだよね。調律師たちに毛嫌いされる意味が分かんないや」

「言っておくが、俺も調律師はお前以外嫌いだぞ」

「極端」


 どこか咎めるような言葉を吐きながら、シスルの表情は明るいままだ。ハルメリオが誰を厭っていても、彼はそれを注意せず、こうして笑ったままなのだろう。それが、ハルメリオにとっては非常に有り難かった。

 基本的に調律師は実働部隊ほど表で話題になるような職業ではない。魔法使いは何よりも自分の名声を気にするため、実働部隊であるハルメリオは、何かと調律師からの恨みを買いやすかった。あの日のことを持ち出して、アンドロイドに滅ぼされた一家だと嘲笑されることも多々ある。そんな経験をしてきた結果、ハルメリオが心の底から信頼している調律師はシスルだけになったのだ。


「嫌悪を分かりやすく示されている人間に善意を向けられるほど、俺は人間ができてないんでな。調律師にも、アンドロイドにも、嫌悪を向ける他ないだろ」

「君のそういうところ、レイと全然違うよね。彼は自分に悪意を持っている人間にも紳士でいる大人だし、アンドロイドにも理解があるよ。ハルメリオと違って」

「悪かったな、子供で」


 そんな簡単なやりとりの最中、ハルメリオは静かに少女に目を向ける。ハルメリオの胸に沸々と沸いた憎悪など素知らぬ顔で、少女は穏やかな寝顔を晒していた。

 あの地下室で彼女を捕縛するのは、実に簡単なことだった。何故かハルメリオを主人だと認識した少女は、何をされるにも無抵抗だった。身動きを封じるために拘束しようが、アンドロイドの心臓である魔法石を取り外そうとしようが、文句を言うことはなかったのだ。


「コイツの処遇はどうなる? 証拠品として管理室にいくのか、それとも処分されるのか。まさか売り出しはしないだろう?」


 アンドロイド取締部隊に捕縛されたアンドロイドが辿る道は、大きく分けて三つある。

 一つ。重要なデータや証拠となり得る場合、事件の重要資料としてアンドロイド管理室で保存される道。

 二つ。危険因子だと判断された場合、市民の安全確保をするためにスクラップにして処分される場合。

 三つ。捕縛されたアンドロイドが事件の犯人ではない、或いは、情状酌量の余地があると判断された場合、それを所有していた主人の手元に戻される道。しかし、一度でも事件を起こしたと疑われる機体を従えることに抵抗感を覚える魔法使いは少なくないため、受け取りを拒絶される場合がある。そうなった場合は、データを完全に消去した上で、中古のアンドロイド売買店に引き渡されることになるのだ。

 彼女の場合、重要な資料と捉えることも、危険因子と捉えることもできる。持ち主が不明な上、誰が何の改良を施したか分からない新種のアンドロイドなど、売買店側が買いとることを拒絶するだろう。


「今、レイがお偉いさんと話し合ってるとこ。……でもまあ、大凡予測はつくなぁ」


 シスルが苦笑した、その時。


「失礼します。第一部隊隊長、レイ・ブライトネスです」


 凛とした兄の声が、背後から聞こえてきた。

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