第15話


 薬を作ろう。

 スゥハが寝つくまでベッドの側にいた。

 スゥハは昼間のトイレの一件で体力を消耗したみたい。シチューを作って食べさせたものの、器に半分残してしまった。食欲も無く、味も熱のせいかよくわからないと言う。

 暖炉に薪を入れてスゥハを起こさないようにそっと大樹寝室から外に出る。


 ドラゴンの姿に戻って森に飛ぶ。薄く雪が覆い始めた森。この時期に見つかるだろうか?

 エルダーフラワー、ペパーミント、ヒソップにエキナセアあたりか、熱を下げるものとしては。

 そして青カビ、これは洞窟の中にある。僕も小さい頃には熱を出したとき、大量の青カビを飲まされた。不味かったなー。

 とにかく森と洞窟で使えるものを集めてから。


 薬になるものが見つからないときは、いよいよ魔法の出番か。ただ、それをするとスゥハが毎年おなじ風邪をひくことになりそうなんだよね。

 なのでできれば魔法は使わないで、薬で熱を少し押さえてご飯が食べられるようにして。

 これで休んでいれば良くなるはず。

 こじらせて肺炎とかにはなってないし。


 青カビをとってきて抽出、エルダーフラワーの実がまだあったのが幸運、他にもいくつ薬草を。

 この森は豊かでいろいろある。これなら効き目のあるのが作れそう。

 出来たのは明け方近く。


 変化魔法『人間、角あり尻尾付き』


 出来た薬を持って大樹の隣の家屋、二階の台所に。

 お湯を沸かして蜂蜜を少し溶かして、これで割れば少しは飲みやすくなるかな?

 蜂蜜を溶かそうとカチャカチャかき混ぜてると、下の階から上る足音が聞こえてきた。

 階段を上がってきたのはスゥハ。


「ユノン様? 何をしてるんですか?」


 手にしたランプで僕を見る。僕は暗くても見えるから明かりを点けずに作業してた。なので台所は暗いまま。


「薬を作ってた。スゥハこそどうしたの?」

「私は、トイレに」

「身体の調子はどう?」

「なんだか、目が覚めて。寝たり起きたりです」


 スゥハは僕が作業してるテーブルの上にランプを置いて、椅子に座る。


「ユノン様、もしかして寝ないで薬を作っていたのですか?」

「うん。抽出に時間がかかっちゃって」

「ドラゴンでもちゃんと寝た方がいいのでは無いですか? 夜更かしは良くないです」

「ランプの油がもったいない?」

「違います。ドラゴンでも寝るときは寝て、食べるときは食べた方がいいのでは?」


 スゥハは椅子に座って僕の手元を見ながら言う。


「もしかしたら、私の風邪がユノン様に移ってしまうのではないか、と」

「じゃ、僕が風邪ひいたらスゥハが看病してね。それにドラゴンは三日くらい寝なくても大丈夫だよ。スゥハは寒くない? ベッドに行った方がいいんじゃない?」

「寝てばかりですので、あの、薬はユノン様の創物魔法で作れないのですか?」

「それが無理なんだよ。なぜか、砂糖と塩と油は作れるけれど、人が口にできそうなのはその三つしかできない」


 蜂蜜ってなかなか溶けない。スプーンでカチャカチャ。


「僕の魔法は単純な物しか作れないんだ。それで薬の材料も森に行って採ってきた。けっこう時間がかかって、もう明け方だね」

「私のために、ですか。ユノン様には迷惑ばかりかけて」

「いや、楽しんでるよ。こんな機会が無いと薬の作り方も忘れそうだし。僕が小さい頃に飲まされたのを人が飲めるようにアレンジしてみた」

「ドラゴンも薬を飲むのですか?」

「僕は他のドラゴンより身体がちょっと小さくて、心配されたんだ。子供のころはよく熱を出してたし。それで薬の作り方を憶えたんだよね」

「ユノン様の小さい頃ですか。ドラゴンも熱を出すのですね」

「幼い頃はそうだよ。そして長生きするほどいろんな病気に強くなるんだ」

「ドラゴンの角は万病に効き、不老長寿の薬になるというのは?」

「迷信だよ。少しは薬効あるかもだけど、こっちのエルダーフラワーの方が僕の角より効果あるよ」


 スゥハは僕の角を見る。


「あの、角を見せてもらってもいいですか?」

「いいよ」


 手に持ったカップを置いて、テーブルの向こうのスゥハに見えるように、テーブルに肘をついて身を乗り出して頭を下げる。

 ランプの明かりに照らされた暗い台所で、テーブルを挟んでスゥハと顔を近づける。

 僕の額の上、前髪の生え際にある銀色の1本角。人の使う剣のような形と言われる角。この大きさだとナイフだけど。

 スゥハは指を伸ばして僕の角をチョンと触る。指でなぞったり軽く握ってみたり。


「とても綺麗です。キラキラして、不思議な形」

「研ぎ上げたらナイフになるかな?」

「このナイフなら、国がひとつ買えてしまいますね」


 そのままスゥハは角に顔を近づけて、角に触れる。なんだかうっとりとしてる。暗い台所、ランプの明かり、すぐ近くで僕の角を見るスゥハにドキッとする。

 更に顔を近づけて角に唇をつけようとするのを見て、


「僕の角を食べても風邪は治らないよ?」

「食べませんから」


 慌てて僕の角から離れる。何をしようとしたんだろ? スゥハを見るとちょっと不満そう? じゃあ、


「でも、効き目があるかもしれないし、試しに舐めてみる?」

「舐めませんっ!」


 え? スゥハ、なにがしたかったの?


 蜂蜜を溶かしたお湯を薬に入れる。緑色の液体が器に一杯分。青カビの薬効は胃液に弱い。それを補うために量を多くしないといけない。いっぱい飲むことで腸まで届く。


「スゥハ、薬ができたからこれ飲んで少し寝るといいよ」


 スゥハを促して大樹寝室のベッドに。

 台所が寒かったみたいでスゥハは少し震えていたので、寝室の暖炉に薪を入れて火をつけ直す。


「寒いなら寒いって言えばいいのに」

「……ユノン様とのお話しが、楽しくて」


 言いながらコンコンと咳をする。悪化しちゃった? ベッドに座ったスゥハに薬を持たせる。両手で緑色の液体の入った器を持って口をつけるけど、


「うぇ」

「やっぱり不味い? でも効果あるから飲んで」

「はい……、うぇ」


 ちょっとずつ口にしてるけど飲み込めないみたい。どうしようか。

 細い管を口から入れて、直接胃に流し込むのはどうだろう? 無理すると吐いちゃうから駄目か。

 鳥とかだと親鳥が1度飲み込んで出したものを雛鳥に食べさせたりとかしてる。かと言って僕の胃に入れて出すと青カビの薬効が弱くなるし。


「すみません、飲み込めません。せっかく作ってもらったのに」

「ちょっと待って、考えるから」


 スゥハから薬を受けとる。いっそ逆にお尻から入れて腸から吸収させてみようか?


「スゥハは横になってて、すぐ戻る」


 味と舌触りが問題ならと、台所に薬を持って戻る。プエラリアを使って少しとろみをつけて砂糖を足して、と。

 大樹寝室に戻る。寝室はさっきより暖かくなってる。横になってるスゥハに近寄る。


「さっきよりは飲みやすくなってるけど、ガマンして飲んでね」

「はい」

「じゃ、行くよ」


 僕は左手に持った器の緑色の液体を僕の口に含む。うん、あまにがまずい。これをドラゴンの唾液で中和して、と。


「え? あのユノン様?」


 口に薬があるので喋れない。右手でスゥハの肩を抱いて、


「ちょ、ユノン様、あの」


 僕は唇をスゥハの唇に合わせる。


「んうーー?」


 舌でスゥハの唇をこじ開けて薬を流し込む。少しとろみのついた緑の液体を少しずつスゥハの口の中に送り込む。スゥハが全部飲み込むまでそのまま口をつけたままにする。

 スゥハの喉が動いて薬を飲み込んだのを確認してから口を離す。


「えほっ、けほっ、はー、はー」

「よし、ちゃんと飲んだね。じゃもう一回」


 涙目のスゥハにまた口移しで薬を飲ませる。


「待ってユノン様、ふ、んうーー? んーー!」


 嫌がるスゥハの唇に舌をねじ込んで開かせて、薬を流し込む。顎を開かせようと舌でスゥハの歯茎をなぞる。開いた歯の間に舌を入れて、スゥハの舌を僕の舌で突っついて薬を飲み込ませる。よし、要領が解ってきた。

 スゥハの舌を舐めるとスゥハの身体が小さくピクンと震える。


「はぁっ、けほっ、はー、ユノン様、待って、許して」


 スゥハは力が入らない手で僕の胸を押して離れようとする。

 器を見れば薬の方はまだ残っている。この量だと、


「スゥハ、あと三回だ。頑張って」


 左手の薬を口に含んで右手でスゥハの後頭部をがっちり支えて引き寄せる。


「むり、もうむり、ユノン様、んうーー? むぅんーー!」


 なんとかスゥハに薬を全部飲ませた。最後の一回はなんだかスゥハがぐったりしてた。

 僕は不思議な満足感に包まれている。なんだろう、この奇妙な達成感。ひとつことを成し遂げたような、やりきった感じは。

 ふう、満ち足りた気分。

 スゥハはベッドに横になって眠っている。薬を全部飲ませたところで、かくんと首から力が抜けて気絶するように眠ってしまった。

 これで安らかにぐっすり眠れるといいかな。

 眠ったままのスゥハのお腹と膝のあたりが小さくピクンピクンと痙攣しているのが気になるけど。

 スゥハに布団をかけ直して、口の横についた緑色の薬を拭き取って。


「おやすみ、スゥハ」


 大樹寝室から外に出る。森に朝日が昇る。

 スゥハの隣にいようかと考えたけど、僕もちょっと眠い。大樹寝室の中で眠って意識が途切れたら変化魔法が解けてしまう。いきなりドラゴンの姿に戻ったら大樹寝室が壊れるから、洞窟に戻ってドラゴンの姿で少し眠るとしようか。


 なぜか口元が笑ってしまう。薬を飲ませたときのスゥハの真っ赤な顔と涙目、いや、もうむり、と言ったときの表情を思い出すとついニヤニヤしてしまう。

 うん、なんだかとても、満足した。

 唇に残った薬をペロリと舐めると、微かにスゥハの唾液の味がした。


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