第14話
日に日に寒くなってきて、雪がちらちらと降り始めるころ、
「ユノン様、すみません」
スゥハは風邪を引いて熱を出して寝込んでしまった。
「気にしないで養生して」
大樹寝室の中、僕の作ったベッドの上でスゥハの作った綿の布団の中。
スゥハが申し訳なさそうな顔して寝込んでいる。ゆっくり休んで、と布団の上からポンポンと。
ここに来た頃のスゥハは張り詰めていたというか、気が張っていたというか。
それに比べると最近は少し柔らかくなった。張り詰めていたのが緩むと病気になったりすることもある。
これはスゥハが僕に気を許してきた、ということでもあるのかな。
僕は角と尻尾を出した人の姿でスゥハの看病をする。
暖炉の前に置いた水の入った桶、そのうえにタオルかけを設置する。そこにタオルをかけてタオルの端を桶の水に浸ける。
タオルが水を吸い上げて、暖炉の熱で暖まって蒸気になる。これで大樹寝室の湿度を上げて乾燥を防ぐ。
桶に水が入っていれば燃える心配は無いはず。暖炉の中に薪を追加、暖かくしておかないと。
スゥハの額のタオルをとって、冷たい水ですすいで絞ってスゥハの額に置く。
「あの、ユノン様」
「なに?」
熱のせいか目が潤んでいるスゥハが聞いてくる。
「魔法で病気は治せないんですか?」
「治せるよ」
「それでは、治してくれませんか?」
「それをするとスゥハが弱くなる」
僕はベッドの近くの床に座ってスゥハに顔を近づける。
「魔法で身体の中の病気を取り除くことはできるけどね。人に限らず生物には自力で病を治す力がある。そして自力で克服したなら同じ病にかかることは無い。魔法で治すとまた同じ病気にかかるかも知れないから」
「自然に治れば、同じ病気にはならないということですか?」
「そうだよ。命に関わるとか後遺症が残るとかなら魔法で治すけどね。このくらいの風邪なら自然に治るようにしたほうがスゥハにはいいと思う。つらいとか苦しいなら薬を作るよ。どんな感じ?」
「あたまがぼうっとします。身体がだるいです」
「しんどくなるようだったら魔法で治癒も考えようか」
手を伸ばしてスゥハの首を触る。額には濡れタオルがあるので首で熱を計る。けっこう熱が高いかな。スゥハに顔を近づけて顔色を見てるとさらに熱が上がったみたい。顔が赤くなる。
「あ、あのユノン様」
「なに? なにか飲む?」
「は、はい」
湯飲みに白湯を入れて、片手でスゥハを抱き起こして飲ませようとすると、
「自分で、自分で飲めますから」
「そう?」
弱ったスゥハを見てるといろいろとめんどうをみたくなる。湯飲みを渡すと両手で持ってコクコクと飲んでる。
スゥハに食べやすいようにスープかお粥でも作ってみようかと考えていると、スゥハが起き上がろうとする。
「スゥハ、どうしたの?」
「あの……、トイレに」
よし来た。ついにこのときが。
「安心してスゥハ。起きなくても大丈夫」
僕はこのときのために作った容器をふたつ、スゥハに見えるように持つ。
このときの為につくったふたつの陶器の器。
「ユノン様、それはなんですか?」
「オマルとシビンだよ。これを使えばベッドで寝たままでも用が足せる。さぁ、どっちを使う?」
「えぇ?」
「実際に使ってみての感想を聞きたい。改良点がいくつかありそうだし。で、どっちにする?」
「え、あの、えっと、いや」
スゥハは首を振ってる。イヤイヤと。
あれ?
「えーと、スゥハ、大きい方と小さい方、どっち?」
もう一度聞いてみる。
「あの、トイレに」
「あ、寝巻きの下を脱がないとダメか」
手を伸ばしてスゥハの寝巻きを脱がせるために布団をめくろうとしたら、スゥハに両手首をガッチリ掴まれた。
スゥハは必死な顔して、
「トイレに行きます」
「だから、行かなくてもそこのオマルかシビンを使えば」
「トイレに! トイレに行かせて下さい!」
スゥハはなぜか必死に抵抗する。
えー、せっかく作ったのにな。
「わかった。じゃ、トイレに行こうか」
僕が言うとスゥハはホッとしたみたいに手から力が抜ける。どうしてオマルとシビンを嫌がるんだろう。
右手でスゥハの肩を抱いて左手はスゥハの膝の下に通してスゥハを持ち上げる。
「自分で歩けます」
「熱でふらついてるのに?」
スゥハは顔を伏せて僕の服の胸のところをギュッと握る。
「落としたりしないから、大丈夫だよ」
そのまま大樹寝室に隣接する家屋に行く。尻尾を伸ばして扉を開けて。階段を下りて一階へと。
「ユノン様、トイレは外では?」
「屋内トイレが完成したんだよ」
これまではスゥハのトイレとお風呂は外だった。外に作ったのは簡易式というか、こっちの屋内トイレができるまでの代用品。屋内にトイレとお風呂を作ろうとして、排水設備を作るのに手間取った。
地面に穴を掘ってパイプとか通して。パイプを繋ぐのに手間取ったんだよね。
給水と排水をキッチリ作ろうとしたら難しいところもあって、手こずった。苦労した。
「それがやっと完成したんだ。今日から使えるよ。寒い外に出なくても良くなる、どう? この屋内トイレは?」
「トイレとは思えないくらい綺麗ですね」
「綺麗で清潔な方がいいんじゃないの?」
「それはそうですけど」
「壁も床も磨いた石で作ったから、この部屋の中まるまる水をぶっかけて洗うことも可能。掃除が簡単にできる」
「豪快な掃除の仕方ですね。壁がキラキラしているのは?」
「大理石で作ったからかな」
「はあ、あの、ところでどうしてふたつあるんですか?」
スゥハが見る先には便器がふたつある。座って使える椅子型で陶器で作った白い便器と青い便器。
「こっちの白い方で用を足す。終わったらこの紐を引くと水槽から水が流れて押し流す。そしてこっちの青い方はこの紐を引くと」
どうなるか見せるために紐を引く。青い便器の中から小さな噴水がチョロチョロと上がる。
「この噴水でお尻を洗うということで。白い方で用を足して、青い方で洗浄、洗い終わったらタオルで拭く。どう?」
「使い方はわかりました。こんな斬新なトイレは初めてです。噴水を止めるには?」
「一定量水が出たら止まるようになってる。寒くなることを考えたら温水で噴水にしたいけど、その改良は次回かな。水を通すパイプは鉄で作ると錆びるから銀で作り直した」
「銀で? なんて高価なトイレ……」
「そこの小窓は外に繋がってる。換気するときはこの小窓を開けてね」
「はい、わかりました。広くて綺麗すぎて落ち着きませんが」
「それでスゥハにお願いがある」
「あの、なんでしょう」
「その洗浄用の噴水なんだけど、目見当で作ったから位置がズレてると思う」
「はぁ、あの、そろそろ限界……」
「あとで位置を修正するために調べたいんだ」
「というと?」
「スゥハが実際に使ってみて、洗浄噴水がちゃんとお尻の穴に命中するかどうかなんだ。なのでスゥハが使うところを見せて欲しい」
「え!?」
「きっちりと作りたいからね。座った状態で計測もしたいけど、いいかな?」
「ダメです」
「スゥハ?」
「出てって下さい出てって下さい出てって下さい出てって下さい!!」
スゥハに押されてトイレから追い出された。見るのはダメかー。
うん、真っ赤になって恥ずかしがるスゥハはやっぱりかわいい。でも風邪で体調が良くないから無理させちゃ良くない。
トイレの扉にもたれかかって腕を組む。
噴水の位置が問題なんだよなぁ。細かい調整はスゥハ自身に座る位置でしてもらうとして。
人間の身体の構造から見て中心線、縦の線は合ってるはず。問題は横の線、前か後ろ、どっちかにズレてるんじゃないかな?
調整するための機構を組み込むと耐久性が下がる。毎日使うようなものなら頑丈で掃除とかメンテナンスしやすくすることも必要。複雑な装置にすると壊れやすくなるし。
給水設備に繋がる大型水槽も僕が水を補充しないといけない。水路を引っ張ってくるのはちょっと無理か。
ドラゴンの姿で飛んで水を汲んで来た方が早いか。
更なる改良点を考える。まだまだ完璧にはほど遠い。
「ふわうっ!」
トイレの中からスゥハの悲鳴がした。今の声は、洗浄用の噴水が目標に命中した? それとも誤射して目標から外れた? どっち? 外れたならどれだけ離れた位置に誤爆した? 射撃照準は、誤差修正はどの方向にどのくらい?
しばらく待っているとスゥハがトイレから出てきた。
うつ向いてなんだかぐったりしている。トイレを使った感想を聞いてみたいけど、なんだか無理そう?
「寝室まで運ぶよ?」
またスゥハを抱き上げる。スゥハはぷいっと向こうを向いて顔を見せてくれない。
持ち上げた寝巻き越しに触れるスゥハの身体はさっきより熱が上がってるみたい。
寝室に戻ってスゥハをベッドに寝かせると、布団をかぶって身体ごと壁の方を向いてしまった。
なんだか、怒ってる?
綺麗、清潔、快適を目標に作ったトイレはスゥハの気に入らない出来だった?
「えーと、スゥハ? トイレはどんな感じだった?」
スゥハはボソボソと、
「……とても、快適でした」
「噴水の位置はどうだった?」
「……ちょっとズレてました。前の方に」
「どのくらい?」
スゥハはおずおずと布団の中から手を出す。手は軽く握って、伸ばした親指と人指し指で長さを示す。
僕はスゥハの親指と人指し指の間にそっと指を入れて長さを計る。
指三本分、前にズレてたか。
「噴水の位置は直しておくね」
スゥハはなにも応えない。
トイレが快適だったというなら、なんでこっちを見てくれないんだろ。
怒ってる? それとも拗ねてる?
熱が上がってるみたいなのも心配だし。
タオルを水ですすいで軽く絞って畳み直して。
「スゥハ、上を向いて。濡れタオル額に置いた方がいいから」
熱があるなら頭を冷やした方がいい。
スゥハはモゾモゾと動いて仰向けになる。鼻まで布団をかぶって目を固く閉じて。
僕は熱を計ろうとスゥハの額に手を伸ばす。スゥハの額は熱い、やっぱり熱が上がってる。
スゥハは小さな声でボソボソと、
「ユノン様が、ものを作るとき。ちゃんと作りたい、キッチリ作りたい、というのは知ってます。それだけだと知ってます。でも……」
スゥハは両手で額に置いた僕の手をとる。
僕の手を下にずらして、僕の手のひらに目蓋を押し付けるようにして、僕の手を上から両手で押さえて顔を隠す。
「……あんまり、いじわるしないで下さい……」
きゅん
ん? なんだ今の変な音?
僕の胸のあたりから聞こえたような。
僕はスゥハの寝るベッドの側で膝立ちのまま、右手でスゥハの目蓋を押さえて、左手に濡れたタオルを持ったまま、しばらく固まって動けなくなった。
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