第9話
「服ができました。簡単な作りのものですが」
スゥハが畳んだ布を持ってくる。
じゃ、早速、
変化魔法『人間』
「ありがとう、スゥハ」
顔をそらしてこっちを見ないようにして、畳んだ布を差し出すという器用なことをするスゥハ。うん、相変わらず人に化けた僕を見てくれない。
服を受け取って広げる。上下一体の白い貫頭衣。頭と腕を通して腰のところで縛る服。
それを手に持って表、裏とひっくり返して見る。真っ白で丁寧な作り。
「なかなか上手だねスゥハ」
「ありがとうございます」
ただ、これを着るともうスゥハに裸を見せることができなくなるのか。
スゥハが赤くなってモジモジするところを見たいのに。じっくりと見たいのに。
そんなことを考えて服を見てると、勘違いしたのかスゥハが尋ねてくる。
「ユノン様? もしかして人の服の着方が解らないのですか?」
いや、知ってるけど。
ん? ここで知らないって言ったらどうなる?
「そうなんだスゥハ。僕には人の服の着方が解らない。スゥハ、僕に服を着せてくれる?」
スゥハに服を渡して両手を広げてスゥハの前に立つ。
「え? あの?」
「ほら、早く」
両手を広げてスゥハににじり寄る。
スゥハは真っ赤な顔を手に持つ服に埋めて、
「わかりました! わかりましたから向こうを向いてくださいー!」
ちょっと必死な感じで言う。正面から着せて欲しかった。ススゥハに言われたとおりに背中を向ける。
そのまま待ってると背中になにか触れる。
スゥハの指? ちょっとひんやりしてる。
スゥハの指がつうっと背中を撫でる。ちょっとぞくっとした。
「スゥハ、なにしてんの?」
「! すみませんすみません、あの、ユノン様、ちょっとしゃがんでもらえますか? ユノン様は背が高くて届きません」
しゃがむ、これでいい?
「両手をあげてください。バンザイしてください」
しゃがんでバンザーイ。なんだかこれって武装解除して降伏する兵士みたいだね。
人間の女の子に全面降伏の姿勢をとるドラゴン。これ、他のドラゴンに見られたらなんて言われるだろう?
スゥハに降伏姿勢をとる僕、ん? なんか今、ぞくっとしたぞ?
スゥハが僕に服をかぶせる。腕を通して頭を通して。
「ユノン様、立ってください」
はい、立ちます。スゥハが僕の腰に帯を巻いてきゅっと締める。
「下着はこれから作ります。なんの飾り気も無い粗末な出来で申し訳ありません」
「誰かに見せるわけじゃないから十分だよ。隠すとこは隠せるから用途として問題無い」
「はい!」
力強く返事がきた。やっぱり隠したかったんだ。
スゥハの顔を見る。スゥハも僕を見る。首から下を隠したことで、スゥハも人に化けた僕をちゃんと見ることができるようになったみたい。
これはこれでいいな。と、思ってたら見つめあってるうちにスゥハの顔が赤くなっていく。スゥハが目をそらす。あれ?
「スゥハ、僕は顔も隠したほうがいいの?」
「い、いえ。そのまま、そのままで」
「僕の顔はなんかおかしいの? 変化魔法、練習しなおした方がいいのかな。スゥハ、ちょっとこっちを見てよ」
「おかしくないです。ユノン様は素敵です。あ、あの、見た目の確認のために鏡を作ってみてはいかがでしょうか?」
「鏡か、ちょっと作ってみようかな」
「それでは失礼します」
なんだかはぐらかされた? でも鏡か。そのあたりは考えて無かった。鏡とか櫛とかスゥハには必要だよね。よし、鏡と櫛を作ろう。
ある日のこと。洞窟の中で僕は粘土と格闘中。
スゥハの使う皿とカップを作るために粘土をこねる。足で回すろくろも作ったから今度は綺麗な器ができるはず。前に作った壺も使えるけど形が気に入らないんだよね。
スゥハのサイズで作るために人に変化して作業中。粘土で汚れるから服は脱いでて素っ裸。
最近鋭くなったスゥハは、僕がドラゴンの姿から変化魔法で人に化けようとすると、感づいて素早く逃げる。残念だ。
「ユノン様、私これから森に行ってきます」
「はーい。気をつけてね」
この作業場に入らないように顔を出さずにスゥハが声をかける。
粘土まみれの僕を見ないようにして。
ちょっとくらい見てくれないかなぁ。
服ができてからはわりと人の姿でいるけど、服を着たり脱いだりするときはスゥハは素早く逃げるようになった。一人で服が着れることを隠しておけばよかったかな。
うーん。どうすればさりげなくスゥハに裸を見せられるんだろう?
皿とカップを窯に入れて、と。火力を確認、焼けたら出来上がり。
大樹巣穴を見に行く。
扉までは石で階段を作って扉の前には屋根もつけた。なかなか立派な玄関ができた。石の階段も頑丈に。
暖炉用の薪を抱えて大樹寝室に移動する。
中には切り出した石で暖炉を作って、煙突で外に煙も逃がせるようにした。これで寒くなっても大丈夫。
床には熊一頭から綺麗に剥いだ毛皮を敷いてある。窓もガラスで作って天井からランプも吊るした。
明るさ良し、あとはカーテンをスゥハに作ってもらおう。
樽の中の水は良し。樽の隣には小さい机と洗面器とコップ。ここに鏡を作って壁につけるといいのかな。
暖炉の横に薪を置いて。
部屋の隅の綿の固まりはこの前交換したからまだ綺麗。布ができたのならこの綿を詰めて布団を作ってとスゥハには言ってある。
大樹寝室にあるもうひとつの扉を開けて移動する。
大樹にピッタリくっつけて二階建ての木造の建物を作った。そっちの二階に通じている。
二階には洞窟のスゥハ用の台所をそのまま移動させた。
塩と砂糖と油はまだ補充しなくていいか。スゥハの要望で石臼とかすりこぎとか増えた。ジャム用の入れ物なんかは試作中。ガラス瓶とコルクでいいのかな。
食器棚はあるけど、なんだかいまいち。部屋に合わせて板を塗装して作り直そうかな?
隣の部屋に保存食。塩漬け肉とか干し肉。野菜の酢浸け。ついでに解体した熊の肉と猪の肉を熟成中。そろそろ食べ頃?
一階には風呂とトイレ。まだ作成中で完成してない。給水と排水のところに手こずっている。
雪が積もったらこの建物から出なくても生活できるようにしないとね。
風呂とトイレを仕上げようと作業する。
風呂場でトンテンカンテンとしばらくやってたけど、なんだか調子が出ない。肩を回して足をブラブラさせる。
うーん、先に変化魔法の改良かなぁ。
長い時間人の姿でいると、窮屈なんだよね。人に化けることも多くなったし。
作業を中断して外に出る。
もとのドラゴンの姿に戻って、と。
魔法の式を見直して負担の少ない人型に変化する魔法の研究といこうか。
いくつか試してみて、こんなものかな?
できた姿を確認する。確かに先に鏡を作っておけば良かったのかもしれない。
スゥハに見てもらおう。そうしよう。
森の方から足音が、スゥハだ。最近は足音で分かる、といってもこの辺りを歩くのは僕かスゥハでたまに魔狼しかいないのだけど。
森から出てきたスゥハはこっちに歩いてきて、僕を見て、手に持ってた長芋をポロリと落とす。
スゥハはしばらくポーッと僕を見てる。なので僕から、
「スゥハ?」
「だから服ー!」
叫ぶスゥハに近づいて、
「スゥハー、見てみて。新しい変化魔法の実験でね」
変化が上手くいってるか見るために、今は僕は素っ裸だ。
スゥハはぺチャリとその場に座り込み手で顔を覆う。イヤイヤと首を振る。うつむいたままのスゥハが言う。
「ユノン様、その、角と尻尾は?」
「うん、長い時間人に化けてると窮屈でさ。こうしてドラゴンの部分、角と尻尾を出してると楽になるんだ。羽も出せるけどあの家の中の作業には邪魔だから」
「窮屈だったんですか? 苦しい思いをされてたんですか?」
「苦しいと言うほどでも無いけどね。でもこっちの方が楽だから、人のサイズでする作業はこの姿でしようかな」
僕の額、髪の生え際あたりからは銀の角が生えてる。やや平べったくちょっと反りがあってナイフに似てるかな。お尻の上背骨の下からは尻尾が生えてる。白い鱗の僕の尻尾。力を抜いてだらんとすると、地面を引きずるくらいの長さで、ドラゴンの姿のときよりは柔らかい。
その尻尾の先をスゥハの膝の上に、にゅっとのばす。
「触ってみる?」
スゥハはうつむいたまま、おずおずと僕の尻尾に手をのばす。指でチョンチョンとつついてから尻尾の先端を優しく握る。
「尻尾があると、服がちょっとね」
スゥハは両手で尻尾の鱗を触ったり指でふにふにと押したりする。くすぐったいけど我慢する。
「えーと、スゥハがこの姿を怖いとか気持ち悪いっていうなら、もとに戻すけど」
「そんなことありません!」
スゥハはがばっと顔を上げて言う。言ってくれたのはうれしいけれど。
スゥハは今ぺたりと座り込んでて、僕はその前に立ってる。今のスゥハの頭の高さは僕の腰より少し低いくらい。
そこで勢い良く見上げたりすると、スゥハの目の前にあるのは僕の股間なわけで。
「も、やぁあああああ!」
叫んだスゥハの右の拳が僕の股間に直撃した。
「グオアアアアアアアアア!!」
僕の喉から断末魔の絶叫がほとばしる。驚いた森の鳥たちが一斉に飛び立った。
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