第8話
スゥハとの生活が始まって七日。
一通りスゥハの生活に必要なものはできたところだろうか。
でもそれは必要最低限ということであって完璧にはほど遠い。
水は僕が汲んでこないと無いから水路をひくか井戸を掘るか。
その前に風呂とトイレをしっかり作りたい。他にもいろいろ作りたいものが次々とあって追いつかない。
「ユノン様、新しい包丁と鍋は軽くてとても使いやすいです」
「よしよし、台所まわりはだいたいできたかな」
「それで前の包丁と鍋はどうしましょうか?」
「どうしようか? 捨ててもいいけど。とりあえず再利用が思い付くまで倉庫に放り込んでおこうか」
「わかりました。洞窟の奥ですね。運んでおきます」
スゥハも、僕のドラゴンの姿に見慣れてきたみたい。会話するときの固さがとれてきたような気がする。
「それでは、行ってきます」
「やっぱり僕もついていこうか?」
「ユノン様は発明の続きを。私にはユノン様に作っていただいた霧吹きがありますから」
柑橘系の果実の皮から作った汁の入った霧吹き。野性動物の鼻にかけたら逃げ出すだろうと作ってみた。
でもどこまで効果があるか。
スゥハが森に行って食料採取すると言い出した。熊が出るとか言ってた森に。
「私が食べるものを取ってくれば、ユノン様が発明に集中できるのではありませんか?」
「ひとりで大丈夫?」
「そんなに遠くまでは行きませんから」
ドラゴンの住み処に近づく獣は少ないだろうけど。
篭を背負って森に歩いていく。サンダル履いて。左足首の足枷から伸びた鎖が地面を擦ってチャリチャリと鳴る。
あの足枷もまだそのままだ。僕がドラゴンの腕力を使えば簡単に足枷くらい壊せる。だけどいっしょにスゥハの足も壊してしまいそうで。
変化魔法で人に化けてヤスリで削ろうとしたらスゥハに走って逃げられた。
まだ服ができてないから全裸にヤスリひとつで迫ったのが良くなかったみたい。
あのとき『やー!』と叫んで逃げたスゥハの顔を思い出すと、なんだかほっこりとする。
布もけっこうできて昨日にはスゥハに、
『早くハサミと針を作ってください!』
と、怒られたから今日は裁縫道具を作らないと。
でもやっぱりスゥハひとりで森に行かせるのは心配だ。
よし、後をつけよう。
空を飛んでスゥハの後を追う。高度を高くして見つからないようにして。
木が邪魔で良く見えないけど、スゥハは見つかった。洞窟の近くからはそれほど離れてはいない。
熊とかが僕の住み処に近づいたりはしないだろうから、このあたりなら大丈夫か。
だけどチラチラと魔狼の姿が見える、木々の合間に白い狼の姿が見える。スゥハから少し距離をとって、でもスゥハを囲むような位置取りで。
なにをやってるんだろ?
まさか狩るつもり?
一番大きい魔狼、群のボスが上を見上げる。僕に気がついたようだ。
スゥハに見つからないように迂回して魔狼のボスのところへ。ちょっと話をしとこうか。
バッサバッサと羽ばたいて着地すると魔狼のボスの方から近づいてきた。
「どうした? 白いドラゴン」
「どうした?って聞きたいのは僕なんだけど、君たちなにやってんの?」
「護衛だ」
「護衛?」
「あの人間の娘は白いドラゴンにとって特別なのだろうと」
「なんでそう考えた?」
「白いドラゴンがあの娘を抱えて飛んでいるのを見た。食うために住み処に持って帰るのではなく、住み処から離れてあの娘の集落近くの方へと飛んでいった。なので、あの娘は白いドラゴンにとってなにか特別な娘なのかと考えた」
「見てたのか」
「あぁ、それで我々はあの娘が森に入ったときはこうして護衛をすることにした。娘には気がつかれないようにして熊とか猪を追い払っている」
「もしかして、スゥハがひとりで歩いて僕の住み処に来たときも?」
「あぁ」
「なんでまた、そんなことを?」
「白いドラゴンには借りがある。それにあの娘になにかあってドラゴンの怒りが森に来ることを怖れた、というのもある」
熊とか狼に襲われたら簡単にご飯にされそうなスゥハ。小娘ひとりで森の中で三日もかけて僕の住み処に来れたのも、魔狼が影ながら護衛してたから。よくぞここまで来た、とも思ったけどタネをあかせば納得した。
「我々のしたことは余計なことだったか?」
「いや、助かるよ。ただそういうことは僕に直接言ってくれないとわかんないよ」
「そうか、次からはそうしよう。それであの人間の娘は白いドラゴンの何だ?」
「なんだと言われても、流れで一緒に暮らすことになった。名前はスゥハ、扱いとしては僕のペットだ」
「ふぅん。白いドラゴンはもの好きだな」
「一本角のドラゴンは変わり者、よく言われるよ」
「変わり者でも珍しくはない。かつて魔狼の一族の中でも森に捨てられた人間の子供を拾って育てた変わり者がいる」
「へぇ、その魔狼とは一度話をしてみたいな」
「昔のことだ。今はもういない」
いろいろ知ってるなこの魔狼のボス。ドラゴンが怒り狂うことを心配してるけど、それならなんで僕の後を追いかけてきたんだろ?
「では、白いドラゴン。これからはどうする?」
「これから、ね。魔狼の一族が森でスゥハの護衛をしてくれるなら安心だ。これからも頼んでいいのかな?」
「ならばあの娘の森での安全は、我々魔狼の一族が請け負う。我々はあの娘を狙って寄ってきた熊を狩ることにしよう」
「ちゃっかりしてるね、君って」
「生きる知恵、というものだろう。では護衛に戻る」
「あ、ちょっと待って」
変化魔法『人間』
「ほう、白いドラゴンは人に化けられるのか」
「ちょっと隠れてスゥハの様子を見に行きたいんだけど、僕の図体じゃ隠れるのは難しい。音を消して動くことはできてもね」
「隠れてこそこそするのは、ドラゴンには似合わない」
「そうだよね。こんなことなら鳥とか狐とかに化ける魔法を練習しとくんだった。ちょっとスゥハのとこまで運んでくれない? 見つからないようにこっそりと」
「いいだろう、背中に乗れ、白いドラゴン」
「ありがとう」
魔狼の背に乗ってスゥハのところへと。茂みに隠れて息を潜める。
スゥハの赤い髪は森の中では見つけやすい。歩く度に足の鎖がチャリチャリ鳴るのもいい目印だ。ここにいますと教えてくれてる。
魔狼の一族が守ってくれてなけりゃ、僕の住み処にたどり着けてないよね。
サンダル履きでまた足をケガしないかも気になるんだよなぁ。底は木で厚めにしてあるけど。熊の毛皮はまだ加工の途中、熊の毛皮のブーツならあの細くて柔らかい足を守れるだろう。ブーツも早く作らないと。
スゥハは落ちてる栗を拾って背中の篭に入れてる。
栗? 表面トゲだらけの、
「いたっ」
スゥハは栗を放り投げて指を押さえてる。トゲが刺さったらしい。これは手袋も早いとこ作らないと、いやトングを作ったほうが早いか?
指を押さえたスゥハはそのままそこにペチャンと座り込む。なんか泣きそうな顔をしてる。
「また、やっちゃった……」
ん? 栗のトゲを何回指に刺したの?
「ユノン様は親切でしようとしてくれたのに、私は」
栗のトゲじゃなくて僕のことか。茂みの中で耳をすませて。
「自分の仕える主人を蹴って転ばせて逃げる従者なんて、聞いたことも無いわ……」
茂みで隣に隠れている魔狼のボスが小声で聞いてくる。
(あの娘、白いドラゴンを蹴りで地面に転ばせたのか?)
(そんなこともあったね)
(ほう、それはおもしろい)
スゥハの足枷を外そうとしたときを思い出す。人間に化けてヤスリを持って、
「スゥハ、そこに座って」
「あ、あの、その」
「立ってるとやりにくいから」
スゥハは地面に座って、真っ赤な顔をしてた。僕の裸を見ないように両手で両目を固く覆ってプルプルふるえていた。
そんなスゥハを見てるだけでまた僕の胸にモワンとなにかが溢れる。楽しい。楽しい?
スゥハの左足を手にとって、そのときに改めてスゥハの足の細さを確認した。
ふくらはぎが柔らかくて、ついムニムニする。
「あの、ユノン様?」
「この枷、カギが壊れてるんだっけ。もうちょっと良く見たい」
と、スゥハの左足を高く持ち上げたら、
スカートが捲れてパンツが見えた。
「やぁー!」
スゥハが叫んで右足で僕の胸を蹴った。痛くは無かったけど、びっくりして転んでしまう。スゥハは起き上がって走って逃げていった。
耳まで赤くして走り去るスゥハは生き生きとして見える。
こんなことがあったわけで。ん? 人間の女の子に蹴り倒されたドラゴンて、もしかして僕、史上初?
「ユノン様は笑って許してくれたけど、こんなこと二度としないようにしないと」
別に何回やってもいいけど。スゥハは何度もごめんなさいと謝ってたけど。そんなスゥハを見てると僕が悪いことをしたような気分になる。
スゥハは悪くないよ。
「ユノン様は優しくて、初めて会ったときは怖かったけど、真っ白な鱗も銀の角も、日にあたるとキラキラと輝いて美しくて」
(僕って美しいの?)
(勇ましいというよりは美しい、なのか? 白いドラゴンが空を飛ぶ姿はかっこいいと我は思う)
「人に変化した姿も綺麗でかっこいいのに、なのに、なんで」
(この姿も綺麗でかっこいいの?)
(人間の美醜は我にはわからん)
「なんで、いつも裸なの? 私、なんでこんなに恥ずかしいの? それに、あんな、あんな、あんな、……おっきい」
スゥハはいきなり地面に額を押しつけて、額を地面にこすり付けながら右手でパンパンと地面を叩く。どうしたのスゥハ?
今のスゥハの顔が見たい、とても。
スゥハ、顔をあげて、顔を見せて。
そして何がおっきいのか僕に教えて。
スゥハはそのまま、はぁはぁと深呼吸を繰り返して落ち着こうとしてる。
「きっと、ドラゴンと人間では習慣も羞恥心も違うのよ。ユノン様も悪気があってわざとしてるんじゃないのも解ってる。私が慣れなきゃいけないことなのよ」
いや、慣れてほしくないなぁ。慣れちゃったらなんだかつまらなくなりそう。
だからスゥハ。
君はいつまでもそのままの君でいて。
スゥハは手と額についた土と草を払いながら立ち上がる。
「早く服を作らないと。でも、私にユノン様に相応しい衣装なんて作れるのかしら」
(興味深い娘だ。ところで白いドラゴン、大丈夫か?)
(実は限界だ。寒い。人の姿がこんなに寒さに弱いなんてね)
指先が震える。顎まで震える。皮膚の薄い人間の姿は寒さに弱いと自分の身で改めて実感している。裸で茂みの中にうずくまってカタカタ震える。鼻がムズムズして。
「っくしっ」
くしゃみが出た。鼻水も出た。
「熊? それとも魔狼?」
スゥハが霧吹きを構える。音のした茂み、僕の隠れているところを睨んでいる。出て行こうか、それとも隠れてようか。
(任せろ、白いドラゴン。おい)
(では、
魔狼のボスの指示で、魔狼のひとりが離れた茂みをガサガサ鳴らして姿を出す。
「魔狼!」
驚いたスゥハは出てきた魔狼に霧吹きを構える。
(娘があいつに気をとられているうちに離れるといい)
(頼りになるね、君たちって)
うぅ、寒い。ガクガク震える足でこっそりと離れようとしたとき、
「えい!」
スゥハが霧吹きを魔狼の鼻に向けて吹き付けた。
「? キャイーーーーン!!」
その魔狼はのけ反って一回倒れて起き上がって、頭を振って走り去る。ガサガサと茂みをかき分けて。
「酸っぱい? 酸っぱいー!」
泣きながら森の中をでたらめに走り回る。あの霧吹き、すごい効くみたい。スゥハに見つからないように離れてから変化を解いて、もとのドラゴンの姿に戻る。
魔狼がかわいそうになったので、空を飛んで酸っぱい酸っぱいと泣きながら暴れる魔狼を背中から掴む。そのまま川まで飛んで行く。
「酸っぱい酸っぱい酸っぱい!」
「前足で鼻を引っ掻いちゃダメだよ」
川に放り込む。バッシャン。
「水で洗い流して」
魔狼は何度も川の水に顔をつけて鼻と目を洗う。いや、まさか魔狼にこんなに効くとは思わなかった。嫌がって逃げるくらいを予想してたのに。
追いかけて来た魔狼のボスが言う。
「あれはいったいなんだ?」
「柑橘系の果実。オレンジの皮とか絞った汁を濃縮して霧吹きで吹き付けるんだ。獣よけになるかなーと」
ずぶ濡れになった魔狼が川から出てくる。
「ひどい目にあわせたね。ごめんよ」
「いえ、ぞれがじが、おやぐにだでだのであでば、ぞれで」
すごい鼻声になってる。魔狼のボスも、
「よくやってくれた。しばらく休め」
「ばい、じづれいじまず」
うわー、悪いことしたなー。
「治癒の魔法をかけとこうか?」
「我々の一族にも使える者はいる。しばらくは鼻が使えないかもしれないが」
「スゥハは?」
「辺りを警戒しながらドラゴンの住み処に帰っていった。なかなかにしっかりしている」
魔狼のボスと並んで魔狼の群れを見る。ずぶ濡れの魔狼は人間にしてやられたとしょんぼりしてて、仲間が慰めている。
「僕の、ドラゴンの作った道具でやられたんだから、人間に負けたわけじゃないよ」
「あいつには後でそう伝えておく」
「僕の名前はユノン」
「む?」
「白鱗銀角のユノン。同じ山の同じ森に住むなら、仲良くやっていこうか」
「我は魔狼の一族の長、フイル」
魔狼の一族の長とちょっと仲良くなった。
ついでに魔狼が熊とか猪を狩ったときに食べたあとの残りもの。毛皮があったらわけてもらえないか聞いてみる。
かじられてボロボロかもしれないけれど使えるところはあるだろうから。
「我らには熊の毛皮など無用だ。洞窟まで持って行けばいいか?」
「場所を教えてくれたら僕が取りにいくよ」
魔狼の一族がいればスゥハが森に行っても大丈夫みたい。
安心できて住み処に帰ると、スゥハが出迎えてくれた。
「ユノン様、ハサミと針はできましたか?」
あ、忘れてた。
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