第2話 RPG ── 5

                ■■■


【F-311 RPG 第24回実験】

▼実験項目<RPG-1への接触>


「ミラさん? そっちは猫さんでは……?」

「そうよ。セリナ、第1~第19回の実験報告書に目を通していないわね? RPG-1は、中年男性ではなく、猫のほうよ」

「EEEが、猫さん……? じゃあ、この男の人は?」

「彼はオブジェクトに過ぎないわ。本体は猫。私たちに認識阻害を起こさせているこの部屋の光景も猫が見せているものなのよ」

「そんな……なんのために?」

「それを突き止めて、人間に害を及ぼすものだったら排除するのが私たちの仕事よ。私が猫に触れた後、反撃されたら自分の命を最優先してね」

「ミラがRPG-1に接触したぜ」

「……反撃はなし。無反応、というわけではないけど、変化はないわ。通常の呼吸を繰り返している。手触りは一般的な猫と同じ」

「おい、セリナ。お前はおっさん担当だろ。空間の呼称がRPG-2でおっさんはRPG-3だ。報告しとけ」

「あ、はいっ。えっと……RPG-3の反応もありません。新聞を読んでいます。猫さん──RPG-1はRPG-3の膝の上でミラさんに撫でられながら、いま、あくびをしました」

「接触強度を高めてみるわ」


 この実験により、「撫でる」以上の接触強度「押す」「叩く」「絞める」「引く」といった接触はすべて無効化されることが判明。

 これにより、エレボス博士の「RPG-1を解剖したい」という希望は不可能となる。



【F-311 RPG 第32回実験】

▼実験項目<RPG-2の破壊・脱出>


「はじめるぜ」


 ──レイジ、ナイフでRPG-2への破壊を試みるも失敗。


「傷ひとつ、つきやしねえな」

「ある意味、幻視空間であることが再確認できたわね」

「RPG-1とRPG-3の反応もありません。いつも通りです」

「これより脱出に移るわ」


 ──被験者3名、RPG-2が展開されている状態での脱出を試みるも失敗。


「扉が開かねえな」

「拘束系の能力でもあるというわけね」

「猫の攻撃……ってことになるか?」

「猫さんが私たちに攻撃なんてするでしょうか?」

「だったら他にどんな可能性が考えられるんだ?」

「条件に当てはまっている私たちに、なにか伝えたいことがある……とか」

「EEEの行動を好意的にとらえすぎだぜ」

「可能性としては否定できないけれど、基本的に彼らは行動の意図が不明な奴らよ。こうした光景も私たちを油断させるための手段なのかもしれないわ」

「けど、この空間を猫さんが作りだす条件としては、人間のお母さん役とお兄さん役、妹役が必要ですよね? そこには意味があると思うんです」

「……想像するのは勝手だ。好きにすりゃいい」


 ──数分後、幻視空間が解除。

 ──RPG-1は通常通り、部屋の隅で身体を丸める。

 ──実験継続不可能につき、続く試行は第23回実験へ行うとの判断をマリ博士が下す。



【F-311 RPG 第37回実験】

▼実験項目<RPG-2内に配置された食事の摂取>

 ──当実験は危険性が高いため、レイジに代わり、稀少性で劣るIVクラス職員の男性を投入。実験進行はミラが担当。


「これを食えばええんか?」

「ええ」

「なんやおかしな空気やな。まあええわ。ほな、いただきます」

「……味はどう?」

「ようわからん。味がせえへん」

「身体に異常はあるかしら?」

「なんもないわ。そもそも食った気がせん。霞でも食わせたんか?」

「ありがとう。よくわかったわ」


 ──実験後、VIクラス職員の胃袋を見たところ、内容物は実験前と変化なし。

 ──RPG-2における食糧は、人体に影響のないもので、幻視によって“見せられている”ものだと推測される。


【F-311 RPG 第50回実験】

▼実験項目<RPG-3との話し合い>


 ──第49回までの実験で、オブジェクトとしての価値しかなかったRPG-3との接触・対話により、F-311の特性に結論を出すことを、マリ博士が決定。

 ──F-311の状態を見るに、本記録が最終のものとなった。


「お父さん。ご飯が冷めちゃうよ」


 ──娘役のセリナが話しかけたことで、RPG-3が初めて被験者らに反応を示す。


「ああ……すまんすまん。母さんがせっかく作ってくれたのにな」


 ──ミラ、レイジ、共に動揺するが、即座に「RPG」を開始。


「そうよ、ご飯中は新聞を読まないでって言っているのに」

「ったく、仕方ねえオヤジだぜ」

「はは……うん。そうだね。うん。ごめんね」


 ──RPG-3、足の上で丸まっているRPG-1の背中を撫でる。


「みんな、ありがとうなぁ。ぼくやアールのために、本物の家族みたいにふるまってくれて……。短い間だけど、楽しかったって、アールも思っているよ」


 ──RPG-3のいう「アール」はRPG-1を指していると思われる。


「お父さん、どういう意味?」

「どういった事情があるのかはわからないけれど、あなたたちが、今までぼくやアールに付き合ってくれたのは知っている。きっと、アールが幸せだったときの家庭と生活を再現してくれたんだと思ってるよ」

「あなたったら、急にどうしたの、そんな夢みたいな話をするなんて」

「うん。そうだ、夢みたいな話だね。ぼくは自分が死んだことを理解しているつもりだけれど、いま持っている記憶が本来のぼくのものなのか、アールに作られたぼくのものなのかはわからない。でも、そんなことはどうでもいいんだ。アールがぼくのためを思ってこんなことをしてくれた。それがとてもうれしいんだ」


 ──RPG-1がRPG-3に体をこすりつける。


「ぼくに、こういう家族がいれば、残したお前に寂しい思いをさせずに済んだんだろうけどなぁ。甲斐性なしでごめんな、アール」


 ──RPG-3、RPG-1の背中を撫でる。


「オッサンは自覚してるってわけか。んで、この家族ごっこは猫が望んだものだっつーことな」

「レイジ。やめなさい」

「いいんだ。ぼくにはね、昔、3人の家族がいたんだ。妻と息子、娘がね。残念ながら家族を事故でなくしてしまったんだ。それからはずっと独り身だった。傍にいてくれたのはアールだけだった。そのあと、加齢もあってか心臓疾患をわずらってね。病気のことがわかってからはアールを世話してくれる誰かを探したんだが……ダメだった。ぼくが死んだ後、アールがどうなったのかはわからない。食べ物をくれる人がいなくなって、お腹を空かせていたと思う。ごめんな……ごめんな、アール」


 ──RPG-1が鳴き声を上げる。これも実験で初めての出来事であったと記録されている。


「なぜ、わたしたちに話そうと思ったんですか? 今までずっと一言も喋らなかったから、お父さんは話ができない“役割”なんだと思っていました」

「なぜ、話そうと思ったか……それは、最期が近いからなんだと思うよ」

「最期? お父さんの、ですか?」

「いや、アールのかな。アールは普通なら今年で18歳になる。寿命だよ。猫としてはとても長生きしたほうだ。ぼくのために、がんばって生きてくれていたのかな。きっとそうだよな、最期のプレゼントに、幸せな家族との空間をもう一度ぼくに見せたかったんだよな」


 ──RPG-1、RPG-3の太ももの上で、伸びをする。


「十分だ。満足した。ありがとう。お前ももう疲れたろう」


 ──RPG-1、丸くなる。


「みなさんにもご迷惑おかけしました。ありがとう」

「ひとつだけ聞かせてください」

「もちろん」

「猫さん……アールをどうしてほしいですか?」

「君たちの好きにしてくれていい。ぼくたちは散々わがままを聞いてもらっただろうから」


 ──RPG-3、消滅。

 ──その後、RPG-2も消滅し、室内にはRPG-1だけが残った。

 ──RPG-1は椅子の上で丸くなったまま、二度と動きだすことはなかった。

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