戦国時代の技術でどれだけ近代的な銃を作れるか考察してみた
藤屋順一
戦国時代の技術でどれだけ近代的な銃を作れるか考察してみた
はじめに
ある日、5chの『web歴史・時代小説を語るスレ』で表題通りの議論があり、そこで
「ライフリングのある銃身は巻張り法の芯金に八角形の鉄棒を捻ったものを使えばおそらく作れる。実用的には紙製薬莢のミニエー弾を使うフリントロック式のライフルドマスケットが限界だろう。無煙火薬と金属薬莢は産業革命を経た工業生産力がないと厳しい(要約)」
と発言したのですが、それに対して
「雷管が作れればドライゼ銃まで作れるんじゃないか(要約)」
という意見が出まして、ちょっとそのことについて考察してみようかなと思います。
この考察は創作のネタにすることを目的としていて、検証に使う知識や情報の殆どはWikipediaに頼っており、作者が実際に検証しているわけではありませんので突っ込みどころは多々あるかとは思いますが、その辺はご容赦ください。
◇◇◇◇◇◇
1.銃の進化
まずはじめに、近代以前の歩兵銃の分類要素と進化について軽く触れると、産業革命以前の歩兵銃は大雑把に、1.銃身、2.点火方式、3.装填方式、4.弾薬(火薬と銃弾)を要素に分類されています。
1−1.銃身
銃が発明された当初、銃身は滑腔砲と呼ばれる内壁がつるつるのただの鉄の筒で、火縄銃も滑腔砲に分類されます。
滑腔砲から撃ち出された弾は無回転で飛翔するため弾道が空気抵抗によって安定せず、命中率も有効射程もイマイチでした。
そこで銃身の内壁に螺旋状の溝|(ライフリング)を掘り、発射する弾に回転を与えることでジャイロ効果によって弾道を安定させるライフル銃のアイデアが早いうちから出ていたのですが、実際にその加工をするのは非常に手間がかかり、使う弾も口径にぴったり合うものを押し込む必要があって、生産性と扱い難さから金属加工の技術が向上するまでなかなか普及しませんでした。
有効射程を比較すると滑腔砲の銃が100ヤード程なのに対してライフル銃では300ヤード程と、滑腔砲の銃を使う相手に対してライフリングのある銃を使うことで戦術的に圧倒的な優位性が生じます。
1−2.点火方式
最初期の銃は引き金を引いて発射する機構が存在せず、銃身の後ろの方に開けた小さな穴(火門)に火の付いた棒を差し込んで装填した火薬に点火していたのですが、それでは狙って撃つことができないし、撃つまでに時間がかかるので実用的ではありませんでした。
そのうちに火門の前に設けた火皿に火薬を乗せ、そこから銃身内の火薬に点火する構造が考案され、長い間どうやって火皿の火薬に点火するかが点火方式の分類となっていました。
火縄銃は名前の通り、バネ仕掛けのレバーに火の付いた縄(火縄)をはさみ、引き金を引くと火皿に火縄が打ち付けられる仕組みで、マッチロック式と呼ばれる方式です。
その後、ゼンマイ仕掛けで回る鋼輪に火打ち石を擦り付けて点火するホイールロック式、単純に火打ち石を火皿の蓋を兼ねた当り金に打ち付けて点火するフリントロック式が考案されます。
火皿から点火する方式に革命をもたらしたのが雷管の発明で、衝撃で発火する火薬(
1−3.装填方式
弾薬の装填方式は銃口から装填する前装式と銃尾から装填する後装式の二つに分かれます。
近代以前の銃は特殊なものではない限り銃尾がボルトで塞がれている前装式で、特に滑腔砲で前装式の銃はマスケットと呼ばれています。日本の火縄銃も西洋から伝来したマスケットを元に作られています。
前装式は発射する毎に銃口を上にして規定量の火薬と弾丸を入れ槊杖で突いて装填し、それに加えて火皿に火薬を乗せ火縄を挟んで構え直すと言う動作が必要で、初弾を撃ってから再装填に30〜40秒、後述する紙製薬莢を使用しても20秒程度かかり、発射速度は1分間に3〜4発が限度だったようです。
装填の時間短縮はマスケットの大きな課題で、例えば最大射程が200m、敵騎兵の突進速度が秒速10mとすると、敵が射程に入ったと同時に初弾を撃って、それが当たらなければ弾を込めている間に殺されてしまうことになります。
そこで装填を容易にするために考案されたのが防水した紙の筒に弾丸と火薬を包み込んだ紙製薬莢で、日本でも
後装式の銃は銃尾にある薬室を開いて弾薬を装填した後、火薬の燃焼ガスを漏らさないように銃尾を閉塞してから点火する方式で、大砲の時代から数百年もの間試行錯誤が繰り返されていましたが、銃尾を確実に閉鎖して点火する機構を実現するのが技術的に困難で、近代に入り精密な金属加工が出来るようになるまで実用化できませんでした。
後装式は装填の際に銃口を上に向ける必要がないので伏せたままでも素早く容易に装填ができるのが一番の利点で、最初期に実用化された後装式ライフル銃のドライゼ銃でも1分間に10発以上撃つことができました。
1−4.弾薬
現在では弾丸と火薬が薬莢に収まった実包が当然のものになっており、弾丸と火薬をまとめて弾薬と呼んでいます。
弾丸は俗に鉛玉と呼ばれるように、溶かした鉛を銃に合った弾丸の鋳型に流し込んで作るので型さえあればある程度複雑な形状でも簡単に作ることができます。
マスケットの弾丸は無回転で飛ぶので、重心が中心にあってどの方向を向いても形状が変わらず弾道が安定する球状の弾丸が使われましたが、銃身の内腔にライフリングが刻まれているライフル銃では発射時に弾丸と内腔の隙間から火薬の燃焼ガスが漏れて射程と威力の低下を招き、弾道も不安定になるため、燃焼ガスが漏れないよう弾丸と内腔の隙間を埋める何らかの工夫が必要で、パッチと呼ばれる布切れや紙片で弾丸を包んで銃口から押し込む単純な方法からライフリングに合う突起がついた弾丸を用いる方法、装填の際に特殊な槊杖で突いて弾丸を変形させる一風変わった方法などが考案されましたが、いずれも装填に手間と時間がかかるのが難点でした。
この問題を解決したのが口径よりもわずかに小さいどんぐり型の形状の後部に中空の窪みをもたせた弾丸で、発射時の爆発によって弾体が膨らんでライフリングに食い込むことでガス漏れを防ぎ、効果的に回転を与えられるようになっています。それを更に改良したのがミニエー弾で、弾丸の外周に掘られた三条の溝にグリスが塗られ、変形しやすいように後部の窪みにコルクのプラグが詰められており、紙製薬莢に収まった状態で扱われたものでした。
火薬は19世紀に無煙火薬が実用化されるまで黒色火薬かその仲間しか存在しなかったので、銃砲の装薬としては不向きな特性が数々ありながらも銃の発明以来数百年に渡って黒色火薬が使われていました。
黒色火薬が不向きな理由を挙げると、大量の煙と煤が出る、燃焼速度が早い、湿気に弱い、腐食性の高いガスが発生する。といったところでしょうか。
煙と煤とガスについては黒色火薬の化学的特性なので仕方ないですが、燃焼速度については銃砲用に火薬の配合や整形を工夫して緩やかに燃焼するようにした褐色火薬というものも発明されました。
薬莢は元々は弾丸と火薬を別々に持ち歩く煩わしさを解消し、装填時間を短縮するためのアイデアグッズと言う感じで、単に銃口から規定量の火薬と弾丸を注ぎ込むだけのものでした。
そこから進化して銃身内で燃え尽きるように処理した紙を使い、数種類の紙を組み合わせて筒を作り、脂を塗った弾丸と火薬を詰めて封をし、防水と潤滑のために蝋と脂を塗って仕上げた紙製薬莢として、封をちぎって火薬を注ぎ込んだ後パッチとして薬莢ごと弾丸を込めるようになり、雷汞が発明されると、弾丸と火薬と雷汞を完全に包み込んだまま銃身に込め、銃の発射機構から撃針を薬莢に打ち込み雷汞に衝撃を与えて点火するドライゼ銃、ドライゼ銃を改良したシャスポー銃が現れました。
金属薬莢が実用化されたのもこの頃で、プレス加工による深絞りで作るのですが、最初は生産性や技術上の問題で底の部分だけ金属で筒の部分は紙を使ったものもありました。
金属薬莢は薬莢自体で銃尾を閉鎖できるので後装式銃や拳銃に向いており後装式銃の普及につながりましたが、ライフリングを持つ銃身との相性が悪く、紙製薬莢に比べると命中精度で劣っていたようです。
点火方式で分類すると薬莢側面から突き出たピンを叩くことによって点火するピンファイヤ式、薬莢の底のフランジ内部に雷汞を詰め、そこから衝撃を加えて点火するリムファイヤ式、薬莢の底の中心にパーカッションキャップを取り付けるセンターファイヤ式が存在し、リムファイヤ式とセンターファイヤは現在の弾薬にも使われています。
以上を年表にまとめますと、下記のようになります。
15世紀前半〜
マッチロック式マスケット
16世紀前半〜
火縄銃(日本製マッチロック式マスケット)
16世紀?
ホイールロック式マスケット(ネタ要員)
17世紀前半〜
フリントロック式マスケット
19世紀前半〜
パーカッションロック式マスケット
19世紀中期〜
前装式ライフル(ミニエー銃・エンフィールド銃・M1855)
後装式ライフル+紙製薬莢(ドライゼ銃・シャスポー銃)
後装式ライフル+金属薬莢(スナイドル銃・スペンサー銃)
19世紀後半〜
無煙火薬が実用化される
十三年式村田銃(初の日本製後装ライフル)
◇◇◇◇◇◇
2.戦国時代の技術でどこまでできるか
銃の進化について紹介したところで、戦国時代(16世紀前半)の日本の各種工業技術でどこまでできるか考えていきたいと思います。
2−1.銃身
まずはライフリングを持つ銃身ですが、現在は切削工具を着けた棒を回転させながら腔内を往復させて溝を掘る方法か、銃身となるパイプ状の鋼材にライフリングの型となる芯金を差し込んで外周をハンマーで叩き、冷間鍛造多角形を捩った螺旋状のライフリング(ポリゴナルライフリング)を持つ銃身を形成する方法で作られています。
一方、戦国時代の銃身は円柱状の芯金に銃身の元となる鉄板を熱して巻き、熱間鍛造で鉄板の接合面を一体化させてパイプ状にした後、その上から帯状の鉄板を巻きつけて補強する二重巻張り法が主に使われていたようで、冒頭に書いた方法はこのときに使う芯金に捻った八角形の鉄棒を使えば内腔をポリゴナルライフリングにできるだろうというアイデアです。
この方法の利点は芯棒を変えるだけで従来と同じ方法で銃身を作ればライフルになるというお手軽さで、芯棒も八角形なら精度良く作れて均等に捻るのも容易だと思います。
ポリゴナルライフリングも、燃焼ガスが漏れにくい、ライフリングが溶けた鉛で詰まりにくい、などと行った利点があり、溝を切るライフリングよりミニエー弾との相性が良い気がします。
2−2.点火方式
次に点火方式ですが、元々戦国時代に雷汞を作るのは難しいだろうという感覚で、火縄銃とほとんど同じ構造で実現できるフリントロック式が限界だろうと考えていましたが、ここで本当に雷汞が作れないかを検証する必要があります。
Wikipediaで調べてみると、雷汞(雷酸水銀)は硝酸水銀の硝酸溶液を温度管理した状態でエタノールと混ぜて反応させれば作れるとあります。工程が単純ですし、エタノールは焼酎でいいので戦国時代でも入手できます。あとは硝酸水銀の作り方を調べれば良いわけですね。というわけで硝酸水銀を調べると、水銀と希硝酸を反応させて得られる。と。そして硝酸は硫化鉱物と硝石を蒸留すれば作れるので……雷汞は戦国時代でも作れます。しかも複雑な工程がないので方法さえ確立すれば量産も容易でしょう。
雷管も柔らかい金属板を鉄の型で打ち出せばいいだけなので量産可です。
というわけで、どうやらミニエー銃やエンフィールド銃のようなパーカッションロック式ライフルは現実的に作れそうだと言うことがわかりました。
2−3.装填方式
結論から言いますと、後装式の銃を作るのはかなり難しく、欧州でも旋盤やフライス盤が使われだしてから試行錯誤を繰り返してようやく実用化しており、戦国時代の技術で実用的な後装式ライフルを作るのは困難だと思われます。
ドライゼ銃の構造を調べてみると、精密なネジ切りが必要。複数の鋼材を使い分けてる。複雑な構造の遊底を作るのに高度な切削加工技術が必要。コイルスプリングが使われている。と。さすがにこれを作るのは無理ですね。
最も機構が単純なスナイドル銃であれば、パーカッションロック式ライフルの銃身後部を切除してヒンジ付きの銃尾ブロックを作って取り付ければ完成なので、構造を簡略化して信頼性と生産性を度外視すればかろうじて作れるかな。といったところでしょうか。
作れたとしても金属薬莢の弾薬を作って量産することも必要になりますので、とても現実的とはいえません。
2−4.弾薬
後装式は大変困難だということで、銃本体で作れるのはパーカッションロック式の前装式ライフルが限界だろうということにとなりました。なので弾薬も紙製薬莢のミニエー弾になります。
ミニエー弾は鉛の鋳物なので丸い弾丸と同じように簡単に作れます。
紙製薬莢は高温多湿の環境に弱く湿気で分解することがあり、耐候性を与えるとともに腔内で燃え尽きるようにする工夫が必要ですが、絶対の要件ではないし、戦国時代なら紙工品の技術もそこそこ発達していたので大きな障害にはならないと思います。
火薬についてはニトロセルロースを装薬用に加工した無煙火薬を使いたいところですが、ニトロセルロースを作るのに植物繊維を濃硝酸で処理するので大量の濃硝酸が必要になり、安全に安定した装薬に加工するのも戦国時代の技術では不可能でしょう。
火薬の燃焼速度は弾丸が銃身内を走る間に燃焼を終える程度が理想です。黒色火薬は前述の通り燃焼速度が早く、爆轟(爆発の衝撃波)が発生し腔内のガス圧が高くなりすぎて銃身を痛めやすいので、装薬には向いていません。
そこで燃焼速度を遅くするために黒色火薬の配合に半炭化状態の炭を混ぜて整形したものが褐色火薬で、黒色火薬と製法も用法も変わらないので問題なく作ることができます。
◇◇◇◇◇◇
3.結論
結論としまして、銃はパーカッションロック式の前装式ライフル、弾薬は褐色火薬を使った紙製薬莢のミニエー弾で、スペックは有効射程400m前後、発射速度は1分間に3〜4発程度。というのが作者の考える戦国時代に作れる最も近代的な銃になります。
火縄銃に比べて有効射程は3倍以上、発射速度は1.5倍で、取り回しと弾道特性が圧倒的に改善されている。といった感じでしょうか。
狙撃銃に近いものということで照準器や銃床を工夫して近接戦用に銃剣と鈍器の付いた銃架みたいなものを付属させればより役立つかもしれません。
戦国時代の技術でどれだけ近代的な銃を作れるか考察してみた 藤屋順一 @TouyaJunichi
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