ロスト・シティー
Sargent
ナイト
私の結婚生活はすでに崩壊していた。私は次の職場を見つけることができなかった。彼女には別の男がいたが、私には他の女などいなかった。それなりに仲が良い女はいたが、その女にも男がいた。それで私は家の近くのバーに行ってビールを飲んでいた。2脚離れた席に女が二人いて、一人は二十代前半、もう一人は四十代後半に見えた。若いほうが私に話かけた。
「お金持っている?」
「持っている。だけど財布の中の現金はほとんどない」
現金のほとんどは妻に譲渡していた。それでけりがつくなら問題などない。
もう一人の女がこちらのほうを見た。思ったより顔に皺があり、五十代は超えているかもしれない。
「ねえ、本当に持ってないの?」と歳をとった女が聞いた。
「すみませんが、持ち合わせていないです」と私は言った。「もし、持っていたらどうしたのですか?」
若いほうの女が笑った。「すごいこと思いついちゃったの。それで少しばかりお金が必要だったのよ」と彼女は得意げな顔をしてそう言った。
私はグラスを見ながら適当にうなづいた。
「あなたは役に立ちそうにないわね」と歳をとった女が言った。
私はビールを飲みほして、別のビールを頼んだ。二人の女も聞いたことがない銘柄のウィスキーを注文した。
「今何してるの?」と若い女が私に尋ねた。
「何もしていない」と私は答えた。
「ヒマなの?」と若い女は間伐いれずに聞いてきた。
「・・・ヒマではないね」と私はゆっくりと答えた。「いろいろなことがあって、あまりヒマではない」
「それでも酒は飲むんだねぇ」と歳をとった女のほうがもったいぶった言い方でそう言った。
離れたテーブル席のほうを見ると、男女四人が楽しそうに笑っていた。私は黙ってビールをすすった。すると、妻が好きだった曲が流れた。私は晩御飯を作ってくれた頃の妻を思い出そうとしたが、なぜかはっきりと思い出せなかった。ほんの数年前のことなのに。それで今後のことを考えようとしたが、やはり無理だった。さきほどの若い女が私の肘を突いてきた。
「ねえ、面白い計画があるんだけど、聞いてみたい?」
「いや、今日はやめておくよ」と私はそう言ってから、店を出た。
私はまっすぐ家に帰った。水を一杯飲み、一つしかない椅子に座った。読みかけていた本を手にとったが、最初の数行を読んだだけでテーブルに戻した。私は立ち上がり窓を少しだけ開けて、外を眺めた。真っ暗な通りを照らす光がまだら模様のように見えた。
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