#22 素人考え

「バイトを紹介してもらえませんか」


7日目朝、さっそくバイトの紹介を頼んでみた。


「ふむ」


 朝から唐突であったが、ギルマスは少し考えこむと


「魔法が使えないと仕事は限られるが、きつくても大丈夫か?」


と聞いてきた。定番は飲食店の店員らしい。


「酒場ならすぐに紹介できる。それ以外は少し時間がいるな」


 酒場か、冒険者が多そうなイメージがある。

 情報収集にわるくないかもしれない。

 それに、居酒屋でならバイトをしたことがある。

 確かにきついかもしれないが、やってやれないことはない。

 仕事内容を聞くと、だいたい一緒だった。

 

「酒場の店員なら経験があります。そこを紹介してください」

 

「……そうか」


 ギルマスが少し驚いた目で俺を見た。

 そんなに意外だろうか?

 

「おまえ、カタログからメモ帳は買ったか。少し高いがあると格段に便利だぞ」

 

 意識をむけるだけで文字が記入できる、店員の必須アイテムとのこと。

 自分しか見えないので情報共有には使えないが、手にもつ必要もなく浮遊しながら自動で自分を追尾してくれるそうだ。

 この街の人間はほとんど持っていて、常にONにしながら生活しているらしい

 そんな便利アイテム、もっと早く教えてほしい。

 値段は2000DPと格安だった。少し高い?

 バイトを申し出たから、こちらの懐事情に気を使ってくれたのだろうか?


「買いました。他にも必須のアイテムってありますか?手持ちはそれなりにあるのでそろえることができると思います」


「ウェイターをやる分にはそれで問題ない。厨房に回るなら水や酒が出せる必要があるが、普通新人にそんな仕事頼まないな」


 裏方に回って稼ぎたいなら、それなりにスキルを身に着けろと言われた。


「あと、さっき経験があると言ったな。俺が今まで見てきた限りでは、たぶんズレがあるぞ。落ち人には何度か仕事を斡旋したことがあるが、だいたいが金の支払いで間違える」


 こちらの世界では、まとめて支払うということはないらしい。

 酒場で注文しても都度一品一品受け取る度に金を支払う必要があるのだとか。

 非常にめんどくさい気がするが、露天と変わらないだろと言われた。

 どういうことだろうと頭の中で整理してみる。

 

・リンゴを注文する→金を支払う→リンゴを受け取る

・ビールを頼む→店員がビールを運んでくる→金を支払う→ビールを受け取る

 

 なるほど、1工程増えるだけで一緒だ。食券システムに近い。

 食い逃げも防げるし、考えてみるとこちらが正しい気がした。

 

 なので、ビールを運んだあとで、金を出さなかったら決して渡してはいけないのだとか。

 金を受け取る前に品を渡して、もし金を受け取れなかったら、それはその店員の責任になるそうだ。

 なるほど、結構違うな。異文化というのは難しい。

 気楽にバイトをはじめようとしていたが、少しなめていたかもしれない。

 その他、ギルマスから仕事をするにあたってかなり細かな注意点が続いた。

 信用問題にかかわるからか、初日目よりも熱心で細かい。

 買ったばかりのメモ帳に、要点を記録していくと30分くらいかかった。

 

「こんなところか。なにか聞きたいことはあるか?」

 

「仕事に関しては大丈夫です。別件でならいくつかあるのですが」


「なんだ、言ってみろ」


「ええと、ダンジョン攻略についてなんですが……」


 せっかくなので、昨日思いついたことをいくつか尋ねてみた。

 例えば、水没させれば簡単に敵が倒せるんじゃないかとか、穴をあければ簡単に下の階にいけるんじゃないかとか。


「水を流し込むか。なるほどな」


 それに対して、ギルマスの反応は渋かった。

 否定もされないが、肯定的な反応はまるでない。

 なぜか尋ねると

 

「魔法への理解力の差だな。敵はいくばくか倒せるかもしれないが、本質的には失敗している」


 本質的には失敗?どういうことだろう。


「魔法という物はいくつか工程があるが、"ゼロから物を生み出す"ところに一番エネルギーが必要だ。そして、"物を変化させる"部分がもっとも負担が少ない。水を流しこむことで敵は殺せるかもしれないが、魔神は殺された敵以上に大量の水というリソースを手に入れるわけだ。いずれは大量の水が魔神に吸収&変換され、それを元に魔物が発生することだろう」


 思わぬ回答がきた。なるほど、リソース的な問題か。

 倒す以上に敵にエネルギーを与えても意味がないってことね。


「じゃあ、穴をあけて魔神にたどり着く案はどうでしょう」


 これならば、敵に与えるリソースは存在しない。


「それは普通のことだな。下に降りる道が遠かったら、穴をあけて下に行くのはよくやるやり方だ。魔神のところまで下りないは、単純に勝てないからだ」


 まずは弱らせてからじゃないとな、とギルマスは独り言ちる。


「さて、他はなにかあるか?」


 覚悟していたとはいえ、考えが浅かったのだとわかって少し落ち込んだ。

 

「いえ、大丈夫です」


「まぁ、そう落ち込むな。なかなかに面白い考えだと思うぞ。敵を殺したあとで水を回収できるなら、悪い案じゃない。また、面白い考えを思いついたら教えてくれ」


 最後にフォローをもらい、話は終了した。

 う~ん、まだまだ知識が足りない。

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