#20 死に至る病TAIKUTU

 6日目の朝のこと。

 昨日の成功に気を良くし、揚々とギルドを出発しようとした時だった。

 

「よぉ、攻略は順調か?」


 ギルマスに声をかけられた。


「あ、はい。なんとか」


「昨日、影蛇と岩タニシの対処方法に悩んでると聞いたが、大丈夫か?」

 

 どうやら、心配してくれているらしい。

 受付の魔法使いさんがチクったわけではないと信じたい。

 

「影蛇はともかく岩タニシなんて、下の階にいけばすぐに見なくなるぞ。攻略に詰まってるんじゃないか?」

 

「確かに敵につまずくことはありました。が、進んではいます。……早くはないかもしれませんが」


 そう、進んではいる。1階から出ないだけで。

 

「そうか。近々ルーキーどもを集めて、訓練会を行うことになったんだが、お前出てみないか?」


 詰まってないって言ったんだが、聞く気はないらしい。

 訓練会か。やばい軍曹にしごかれそうなイメージしかわかないな。

 

「あ~、今のところ大丈夫なので止めておきます」

 

「そうか、役立つと思うぞ?予約入れておくから出ておけ。後々"絶対に"やってよかったと思う日がくるはずだ」


 なんだか押しが強い。

 それに、言下にダメな子扱いされている感じがする。

 受付の魔法使いさん、変に俺のこと伝えてないか?


「大丈夫です。出ません」


 トレーニングとかしたくない。

 訓練会でるくらいなら、ダンジョンで稼ぎたい。

 そんな気持ちが声音を強くした。

 それで、さすがに意思が強いとみたらしい。


「……そうか。そこまでいうなら今回は見送ろう。気が変わったらいつでも言え。いつでもやり直しはきくんだからな」


 ギルマスは心配そうにしながらも、一応は引いてくれた。

 

(なんでこんなに心配そうなんだろう?)

 

 変な噂たってない?

 今はむしろ逆に順調にいってるんだが……。

 

(やっていることを話すべきか?)

 

 少し逡巡する。が、結局はやめておいた。

 下手にやり方を教えて真似する人が増えても嫌だし、もし万が一、自分のやり方が流行った結果、1Fの敵が毒耐性を得てしまったら目も当てられない。

 

「いずれ結果はお見せすることができると思いますので、待っててください」

 

「そうか、吉報を待ってるぞ」


 全然信用してなさそうだ。しかし、ギルマスは大人なので色々飲みこんで頷いてくれた。

 ちょっと悪い気もしたが、俺もギルマスを見送ると足早にダンジョンに向かった。

 




 さて、6日目のダンジョン攻略。

 昨日に引き続き、今日も密室ガス作戦を継続だ。

 ただ、今日は昨日とはいくらかやり方を修正することにした。

 

 というのも、実は昨日はダンジョンから帰ると疲れて、ベットに倒れこむはめになったのだ。

 さすがに飲まず食わず休憩なしで10時間はやりすぎだった。

 今朝まで疲労をひっぱり、筋肉痛で動けなかったので最終的にはポーションを使って体を治している。

 失敗を繰り返すのもアレなので、今回は前半後半5時間ずつに分け作業を行っていく予定でいる。

 

 まずは前半の部、48分のクラウドキルリング2つと、96分のクラウドキルリング2つを稼働させ、48分版の各使用回数を5回、96分版2つ分の使用回数を使い切る。

 これで準備含め前半5時間を行った。

 

 密室ガス作戦240分(48+96+96)結果(前半)

 ・撃破数:857体

 ・獲得DP:34282

 ・実行にかかったコスト:6000

(※クラウドキルリングの減価償却が12500)


 +15782DP。今回もいい調子だ。完全に軌道に乗った感じがある。

 

 そして、休憩を挟んで後半。そちらも前半と同じように作業を行うはずだった。

 が、しかし、非常に単調な作業を繰り返すこの密室ガス作戦、俺はすでに疲れが出てきていた。


 体が、ではない、心がだ。


 この密室ガス作戦を始めてからずっと思っていた。

 つまらない、と。

 このまま俺はこの作業を繰り返し続けるのだろうか。

 そんなことは嫌だと心が叫んでいた。そしてなによりも、飽ききっていた!

 生物を殺す作業に、飽きるなんてもっての他かもしれない。

 けれど、もうマジックミサイルとカースワードキルによる遠距離からのルーチンワークに緊張感はない。生物に向き合う感触なんて、とうの昔に失われている。

 今残っているものは、ただの作業だ。昨日10時間続け、今日もすでに5時間やった。きつい。眠い。


(96分のクラウドキルなら最後の部屋に撒き終わってから60分は時間がある)

(その間巡回しなくても、ある程度は大丈夫なんじゃないか?)

 

 効率は落ちるだろう。しかし、もはやルーチンワークをこなす気力はなかった。

 俺は最後の力を振り絞って、96分のクラウドキルを各部屋に充満させると、地上に向かった。

 そして、太陽の光をあびて、広間の空気を満喫し伸びをする。


 頬を爽やかな風がなでた。作業を放り出すことは、なんて気持ちが良いのだろう。


 もちろん、その間も小天使はひっきりなしに

【36DP獲得しました】

【41DP獲得しました】

【38DP獲得しました】

【34DP獲得しました】

 とメッセージを告げている。


 なんたって1分間に3体は自動で殺し続けている。

 他の冒険者より相当忙しいことだろう。俺担当になって後悔しているに違いない。

 メッセージを受け取る俺自身も、止まらないメッセージに面倒を感じているが、地下の情報を把握する検知器でもある。

 止めるつもりは一切なく、このまま業務を遂行してもらうつもりだ。

 幸いにも、このメッセージは他人には全く聞こえていないらしい。

 カタログリストと同じで、俺の認識の中にだけ存在しているのだろう。

 

 あたりを見回すと、広間は実に活気があった。街はダンジョンと違い平和そのものだ。

 思えば、こんなにのんびりとした気持ちで街をみるのは2日目の昼以来だろう。あのひと時以外は、生きるのに必死で周囲をよく見る余裕なんてまるで持てないままだった。

 

(観光をしよう!)

 

 DPも少しばかりだが余裕がある。

 俺は、心なしか小天使からジト目を感じながらウィンドウショッピングに乗り出すのだった。

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