Episode 11
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「東条さん……! どうして」
目の前に立っているのは今をときめく超人気俳優 ──
「あはは、中野くん。そんなに驚かれるとなんか嬉しくなっちゃうな」
「こんにちは」
藤嗣が流れるように挨拶をして、他のみんなも頭を下げる。
「リアライズの皆さんも、こんにちは。あまり揃っている姿をお見かけすることがなかったんですが、こうしてみるとやっぱり皆さん華がありますね。美形の方ばかりで」
そう言う東条さんが透の方を見ている気がして、少しモヤモヤとした気持ちになった。今までの撮影で何度かメンバーについて話す機会もあり、透のことを話すと少し興味深そうに聞いていたことを思い出した。そんな、東条さんが透を取るだなんてこと、あるはずないのに。この嫌な気分を放り出すために、笑顔で話しかける。
「華は東条さんの方ですよ、あの後もお変わりなく忙しいみたいで、すごいです。やっぱり人気俳優さんは違いますね! 憧れます」
「そ、そんなこと言われると、俺も照れちゃうなぁ……! でも俺、知ってるよ。来月ライブだもんね、リアライズも忙しいでしょう」
そんな、と慌てると「謙遜しなくていいんだよ」と笑われてしまった。藤嗣は有の隣で相槌を打ったり愛想笑いをしたりするものの、透と紀彦はノーリアクションだ。恐る恐る透を振り返ると、東条さんのことを珍しいものを見るような目で見ていた。
── まぁ、珍しいんだけどさ……!
何だか居た堪れないような気持ちになって、本題に入った。
「ところで、どうしてこちらに? うちの事務所に何か用事 ── というか、僕らにです?」
なんとなく気付いていた。うちの事務所は割と小さな事務所で、リアライズ以外にはあまり地上波に映るような人材はいない。というのも、かつてのリアライズのように、ネットで活動する若者を支援するのに力を入れているからだ。そんな事務所 ── というのも透のお父さんには申し訳ないが ── にわざわざマネージャーも連れず東条さんが出向いているこの状況は、どう考えても釣り合わない。恐る恐る訊くと、東条さんは爽やかな笑みを見せた。
「ははは、正解。今日は君たちに用事があってね、実はマネージャーさんにはお話を通してあって、さっき連絡を貰ったから。そこに車を停めてもらってるんだ」
── 京本さんは知ってたんだ
「あンのオッサン、俺らに黙ってたんやな」
「オッサン言うな」
後ろで紀彦と透が漫才のように話しているのを見て、東条さんは笑みを深くした。
「リアライズのみんなはこういう雰囲気が人気の秘訣なんだろうな。俺も見習わないと……でもやっぱり、中野くんがリーダーだからみんなこうして自由にやれてるんだろうね」
偉いじゃないか、と有の頭にぽんと手を乗せる。俳優の仕草だ。流れるようでどこか決められたコースをなぞっているようにも見える、だが柔らかい。見ていて心地よい ── とこんなことまで考えるようになったのはきっと、演技をするようになったからだろう。
東条さんは背丈も顔立ちも透と同じくらいに見えるが、雰囲気が違う。落ち着いた大人のオーラを身に纏っているし、実際有よりも7つ歳上だ。東条さんに褒められると、心がふわふわするような気持ちになる。でもさっき京本さんの言葉に思わず涙してしまったことを思い出して、少しだけ別のことを考えるようにしていた。有からフッと手を離した東条さんは、また本題に戻る。
「それでね、今日はみんなにお願いがあって来たんだよ。俺から直々にお願い」
みんなが少し、息を呑むのが分かった。きっと嬉しい話には違いないが、東条さんが直々に僕らに「お願い」だなんて ── 身構えるなという方が無理な話だ。
「次に俺が出演するドラマで ── リアライズに主題歌をお願いしたい。ライブで忙しいのは分かってるけど、君たちにお願いしたい。ドラマ側が決めるのが普通だけど、今回は絶対に失敗できないんだ。だから俺から直々にお願いして、それをまたドラマ側にお願いする」
── 主題歌……!? 直々に……!?
理解が追いつかない。そんなことができるのか ── というか、そんなことをしてもらっていいのだろうか ── 思わずみんな顔を見合わせて黙ってしまった。
「無理……かな……?」
「あ! いや! そうではなくて! ただ……びっくりしてて……僕らにそんな大役……」
思わず自身の感情を零してしまった。求められているはリアライズの答えなのに ── しかも、京本さんが許可しているということは後はリアライズの気持ち次第 ── といったところだろう。素直に「ありがとうございます」「やらせて頂きます」と言えばいいと分かっていても、みんなが思っているであろうことを口に出してしまう。
すると、東条さんは有の不安を汲み取ってか、全員の顔を見渡すように話し始める。
「君たちがプレッシャーを感じる必要は、本当にない。ミジンコほどもいらないんだ」
── ミ……ミジンコ……?
「俺が成功するには、君たちが必要だと思った。それは今までのリアライズを見てきたからでもあり、この前の中野くんとの撮影を経たからでもある。今をときめいているのは俺じゃない ── いや俺もそうかもしれないけど ── リアライズだと思ってる。中野くんの話を聞いていてそう思った。すごくかわいい顔でメンバーのことを話してくれるんだもの ── 少しでもアドバイスできることがあればしてやろう、そう思っていたけど、むしろこちらが学ばせてもらうことばかりだったな……本当に」
僕らは今、人気俳優からとんでもないお褒めの言葉を頂いている。しかも僕らが返事を渋っているが為に、説得まがいのことをさせてしまっている。申し訳ないと思うと共に ── この言葉を有難く受け取ることが、今僕らがするべきことだと直感した。
「だからね、中野有くん。君と君たちの力を少しの間だけ分けてもらっても……いいかな?」
きっと、本当は事務所を通して事務的に行われるべき話し合いなのだろう。でもそれを、僕らにわざわざ言いに来てくれたこと、今までのリアライズを見てくれていたこと。それを全員が理解した。藤嗣がほら、というように有の肩を押す。
「……はい、任せてください!」
その後のことは早かった。どこからともなく現れた京本さんと向こうの事務所の人が何やら難しそうな話をして ── 僕らには分からない領域の話だ。京本さんはよく「お前らはこういうの、しなくていいからな。歌って踊ってればそれでいい」という。その言葉の真髄を今 ── 理解した気がする。
「中野くん、本当にありがとう。今度一緒にご飯でも行こうね」
ひと仕事終えた、というように嬉しそうに去っていく京本さん。周りでどよめく事務所の女性たち。全てが1年前の僕らには想像もできなかった色で塗られている。
「あァ、オーラに押されて気ィ抜いたら気絶しそうやったわ……危なッ……」
自らを抱いて震えるような表情を見せた紀彦は、「そろそろ帰らんとヘビ公が待ってるわ」とペットの蛇を心配して帰っていった。
普段は比較的、物静かな藤嗣も今日は「すごかったな……!」と笑っていた。藤嗣は藤嗣なりに有の受け答えを隣で見守ってくれたので、緊張はしていたのだろう。
透はと言うと ── さっきから終始機嫌が悪いように見える。仕事が増えたことが嫌だったのかと訊くと、「いや、最高でしょ。ドラマの主題歌とかラッキーすぎ……すごいよね」と嬉しそうだった。勘違いだったのかな、と首を傾げていると、事務所を出た透がバサリと後ろから抱きついてきた。
「あー! もう! 今度からありあり、事務所出るまでマフラーしないでね!」
「は、はぁ? どういうイライラなのそれ?」
透の考えていることは、恋人になってからも分からない。しかし2人とも初めての経験に興奮していて、空も暗くなり家に着く頃にはこれからのリアライズの話に戻っていた。
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