ぽんこつ探偵ジョディー

結城暁

【短編】ぽんこつ探偵ジョディー

 あたし、ジョディ―・ハードキャッスルはソリーム学園高等部の二年生!

 今は依頼を達成すべく、迷い猫のプッティーちゃんを探してる真っ最中!


「ネコちゃ~ん。プッティーちゃ~ん、出ておいで~」


 学園中の植え込みという植え込みを探しているけれど、猫の毛一本見つからない。

 うーん、こういうときは! おじさんの教えにならって初心に帰る!


「ええと、調査対象の日常行動を調べる……。依頼人の話によればプッティーちゃんは食いしんぼ……でも食堂のおばちゃんは見てないって言ってた……」


 聞き込みをしたメモをめくりながら推理する。

 将来、凄腕の名探偵になるならこれくらいの依頼はちゃっちゃとこなさないとね!


「むう……。ここ三日は依頼主のもとに姿を見せていないからお腹は減っているはず……。でも食べ物が盗まれたり減ったりなんてことはないし……。つまりこれは……」


 どういうことだろう。


「やっぱりおじさんみたいに鮮やか、スパッと解決! とはいかないかあ~。でもめげないめげない。継続は力なり、っておじさんも言ってたし、努力あるのみよ、あたし!」


 諦めずに植え込みを探しているとかすかに猫の鳴き声が聞こえた。

 このダミダミした本当に猫かな? 断末魔では? と疑っちゃうような声! プッティーちゃんの特徴にあった! 確認だー!

 はやる気持ちそのままに駆けていって、植え込みから顔を出したところで思い出した。猫とか犬とか、動物は全般的に物音に敏感だっておじさん言ってたなー!

 案の定、そこにいた猫は瞳孔を真ん丸に、全身の毛を逆立ててびっくりしていた。

 それでも逃げられなかったのは、その猫を抱き留めていた人間がいたからだ。あーよかった!


「んーと、白地に黒ぶち、右耳が黒くて、目の色はうす緑……。見つけたわ、プッティーちゃん!」


 わんぱくなプッティーちゃんの巨体……失礼。ふくよかな体を抱き上げる。う~んずっしり。爪を立てられても気にしない。だって依頼だもの!


「ご協力感謝します! お礼はまた後日必ず! それじゃあたしはプッティーちゃんを依頼人に届けてきますね! それでは!」

「え、ええ」


 プッティーちゃんとたわむれていたらしい女生徒にお礼を言ってあたしは依頼人のもとへ走っていった。


***


 依頼人にプッティーちゃんを無事送り届け、さっきの協力者を思い出す。

 制服は高等部のもの、リボンの色からしてあたしと同じ二年生。髪は巻き毛の茶金で、目の色は青! ええと、たしか名前は……。


「さきほどはご協力ありがとうございました、エリノーラ・エディソンさん! これはささやかですけどお礼です!」

「きゃあ!」

「ささ、どうぞ!」

「ど、どうもありがとう……?」


 購買で買ったいんくをエディソンさんは受け取ってくれた。うんうん、筆記用具はどれだけあっても困らないもんね。

 さっきと同じ場所にいたエディソンさん。きっと静かな場所が好きなんだ。


「ええと、あなたは……?」

「あたしは高等部二年、ジョディ―・ハードキャッスルです! それでは!」

「あの、ちょっと待って、ハードキャッスルさん!」

「はい? なんでしょうか。もしかして依頼ですか? エディソンさんは協力してくれましから、依頼料を割引しますよ!」

「い、依頼……? あなたはなにをやっているの? なぜわたくしの名前を知っているの?」

「探偵を志す者なら同級生の名前と顔くらい一致させないと、ですよ! お恥ずかしながら同級生以外はまだぼんやりとしか覚えてないんですけど!」

「た、探偵……」

「はい! おじさんのような立派な凄腕探偵になるのがあたしの夢なので! さっきも迷い猫探しの依頼だったんです。餌付けしていたプッティーちゃんの姿が三日も見えないということで探してほしいと!」

「そうだったのね……。ごめんなさい。きっとわたくしが三日前からあの子に餌を与えていたからだわ。野良かと思っていたの。飼い主さんにそう伝えてくださる……?」

「謝罪は不要ですよ、エディソンさん! 依頼主は猫好きというだけで飼い主ではないので! エディソンさんの作った餌のほうが美味しかったからプッティーちゃんは依頼主の前に姿を現さなかったのだと思います! 遠くからでも良い匂いでしたので! プッティーちゃんは今ごろ依頼主を引っかき逃亡を図っているでしょう。話を聞く限りスキンシップの嫌いな猫のようなので! スキンシップ過多の構いたがりな依頼主とは相性最悪です!」

「そ、そうなの……」


 エディソンさんはなにかしら考え入る様子だった。


「あの、ハードキャッスルさん」

「ジョディ―でけっこうですよ、エディソンさん! なんでしょう、依頼ですか!」

「その、ジョディ―さん。依頼ではないのだけれど……」

「依頼じゃないんですね……」


 あからさまに肩を落としたあたしにエディソンさんは慌てて言いつくろう。


「あの、もしかしたら今後依頼をすることもあるかもしれないけれど、今はないの。ごめんなさい。

 その、わたくし……あの、わたくしの話を少し聞いてほしくて。話し相手に、少しの間でいいからなってほしいの」

「いいですよ!」


 今は依頼が終わったばかりで暇なのだ。失せ物探しか迷い猫探しの依頼が発生するまで特にすることがない。

 探偵は依頼がなければ動かない。おじさんの教えだ。

 エディソンさんは即答したあたしになぜだかびっくりして、それから泣き出してしまった。泣くようなセリフありましたっけ?


「ご、ごめんなさい。わたくし、学校で人と話すのは久しぶりで、感極まってしまって……。ごめんなさいね」

「謝罪は不要ですよ、エディソンさん! そうなんですね。おじさんも一週間の監禁生活のあとは人と話すのが楽しかったそうなので、それと同じですね!」

「あなたのおじさんはすごい経験をしていらっしゃるのね……」

「はい! おじさんはすごい探偵です!」


 どうせ話をするならお茶でも飲みましょうと食堂に誘ったのだけど、エディソンさんは悲しそうに首を振った。


わたくしと一緒にいるところを見られないほうがいいわ。あなたまでいじめられてしまうもの」

「いじめ?」

「ええ、そうなの」


 エディソンさんは保温水筒から熱々のお茶を注いでくれた。おつまみにプッティーちゃんが残していった餌を食べてもいいかと聞くと勢いよく首を横に振られた。


「ご不快でなければ明日にでもお菓子を作ってきますから、猫の食べ残しを食べるのはやめてくださいね」

「ありがとうございます! 楽しみです!」


 エディソンさんはやさしい人だなあ!

 エディソンさんははにかみながら笑って、それからすぐに表情を曇らせた。


「……わたくし、一年生の中頃からいじめを受けていて。最初は無視されるくらいだったのですけれど、悪口を言われるようになり、物を隠されたり、壊されたり……」

「ふんふん」

「先日はついに階段から突き落とされて……。幸い手足に擦り傷を作る程度ですんだのですけれど……」

「なるほど!」


 たしかに制服からのぞく足には傷跡が見える。制服に隠れて見えない部分にも傷が隠れていると思われた。


「事件ですね! 未来の有能凄腕探偵の腕がなります!」

「ええ?! じ、事件というほどのことでは……」

「事件ですよ! 悪口を言われているんですよね?」

「え、ええ……」

「刑法三十四章、名誉に対する罪、第二百三十一条、侮辱ぶじょくです!」

「名誉に対する罪……」

「拘留、または科料に処せられます!

 物を隠すのはあなたから盗んでいるということですよね。刑法第三十六章、窃盗及び強盗の罪、第二百三十五、窃盗です!」

「窃盗……」

「十年以下の懲役、または金貨五十枚以下の罰金に処せられます!

 物を壊すのは刑法第四十章、毀棄きき及び隠匿の罪、第二百六十一条、器物損壊等です!」

「器物損壊……」

「三年以下の懲役、または金貨三十枚以下の罰金、もしくは科料に処せられます!

 エディソンさんに危害を加えて怪我をさせたのですから、刑法第二十七章、傷害の罪、第二〇四条、傷害です! 十五年以下の懲役、または金貨五十枚以下の罰金に処せられます!

 ほら、立派な事件ですよ! 事件ともなればこうしちゃいられません! まずは証拠集めです!」

「あ、あの、ジョディ―さん、あまり大事にするのは……」


 きょとり、とエディソンさんを見る。


「エディソンさんはこのまま危害を加えられ続けたいのですか?」

「いえ、……そういう、わけでは……」

「加害者は、加害者自身より弱い人間を被害者に選ぶ傾向が高いんです。やり返されるとは露とも思っていない場合が多いんですね。その説が有効なら、エディソンさんに加害した犯人は油断しきっているでしょうから、証拠をそろえるのは造作もありません。

 でもエディソンさんがこのままでいいというなら仕方ありません。侮辱と器物損壊等は親告罪ですし」

「…………でも、…………たかが、いじめ、じゃない。そんなに、大事にするなんて……」

「学校内で起こった事件はとかくいじめなどの皮を被せられ、さも重大ではないような印象を受けがちですけど、とんでもない! どれだけかわいらしい皮を被っていても事件は事件で、犯罪は犯罪ですよ!」

「あなたは、刑法に詳しいね……」

「父の言いつけで七法しっぽう全書をそらんじられますので、ちょっとだけ詳しいんです」

「そ、そうなの。すごいわ……。私、七法全書なんて触ったこともないわ……」

「たいていの人はそうだと思いますよ! おじさんはちょうどいい鈍器だと言ってました!」

「あなたのおじさんは何者なの……?」

「凄腕の探偵ですね!」

「そう……」

「どうしますか、エディソンさん。あたしの依頼人になりますか?」

わたくし……」


***


「よかったですね、エディソンさん! 犯罪から逃れられて!」

「ええ、ありがとう。ジョディ―さんのおかげだわ」

「いいえ、それほどでも! 探偵として当たり前のことをしたまでです!」


 照れ笑いながら頭をかくジョディ―にエリノーラは内心驚嘆していた。

 ジョディ―に依頼した日の放課後に連れていかれたのは彼女の言う“おじさん”のところ――探偵事務所であった。

 想像していたよりもくたびれていた探偵のおじさんは、ジョディ―の話を聞いてすぐにどこかへ連絡を取り、(ジョディ―はそれを邪魔しようとして片手であしらわれていた)やってきたのは弁護士で、なんとジョディ―の父だった。

 エリノーラはそこでようやくジョディ―の家名が有能弁護士のヴィヴィアン・ハードキャッスルと同じだと思い至った。

 ジョディ―の父のヴィヴィアンはエリノーラの話を真剣に聞いてくれ、ジョディ―と“おじさん”に証拠集めをするように指示を出した。


「安心なさい、エディソン嬢。この男は見た目以上に胡散臭い男ですが、きちんと仕事はしますので」


 ジョディ―がおじさんと呼んでいますけれど、ご兄弟ではないんですか? と聞けば、嫌そうに顔を歪めたヴィヴィアンは首を真横に振った。

 まったくの赤の他人で、ただの腐れ縁であると言う。

 そのわりにジョディ―が懐いていますね、と微笑ましい気持ちで伝えれば苦虫を口いっぱいに頬張ったような表情で、


「この男が探偵などをやっているせいで、私のかわいいジョディ―が探偵になると言い出したんですよ。とんでもないことです。弁護士の方が向いているのに!」


 と叫んだ。


「はっはっはっ。残念だったなヴィヴィアン」

「残念でしたね、父!」

「今からでも遅くはありませんよ、ジョディ―。探偵などやめて弁護士になりなさい! 検事でも構いません!」

「お断りしますね!」

「あああああああああああああ」


 床に崩れ落ちても、きっちりと居住まいを正し、エリノーラに挨拶をして探偵事務所を去るヴィヴィアンは控えめにいってかっこよかった。奥さんがいなければ恋をしていたかもしれないわ、とジョディ―に伝えると父親そっくりの嫌そうな顔で「あれはやめたほうが良いですよ」と言われた。

 いじめに遭ってからは一人ですごしてきた学園生活も明るいジョディ―のおかげで楽しかった。

 加害者たちは学園を休んでいるし、学園外でもヴィヴィアンが代理人に立ち、すべてを取り仕切ってくれているおかげでもうエリノーラを加害していた人間達と顔を合わせることもない。心安らかな学園生活が戻ってきていた。


「でも、依頼料があんなに少なくて良かったのかしら。もっと高いかと思っていたわ。ハードキャッスル弁護士と言えば今をときめく売れっ子弁護士でしょう? 新聞にも載っていたのを見たわ。両親に心配をかけずにすんで、良かったのだけれど」

「ええ! 所得の少ない依頼人が利用できる制度がありますから! トライム国ここは法治国家なのですから、便利な制度はどんどん利用していきましょう! 手続きは面倒ですが!」

「そうね、本当にありがとう、ジョディ―さん」

「いえいえ! つきましては依頼達成完了カードにサインをお願いします!」

「ええ、任せて」


 格子状に線が引かれたカードにはたくさんのサインが書かれていた。開いている個所にエリノーラがサインをすると、ジョディ―は飛び上がらんばかりに喜んだ。


「やったー! 祝! 依頼完了数百件目! です!」

「おめでとう、ジョディ―さん」

「ありがとうございます! 卒業までに三百個集めるとおじさんの事務所で助手にしてもらえる約束なんです!」

「良かったわね」

「はい!」


 卒業までの残り一年と十か月ほどであと二百個のサインを集める気でいるらしいジョディ―さんにエリノーラは笑みをこぼした。自分もこんな風に前向きになりたい、と。


わたくし、知り合いにジョディ―さんのことを売り込んでおくわ。困ったことがあれば法律に詳しい探偵見習いさんがきっと解決してくれるって」

「ありがとうございます! でも法律に詳しいのを売りにするのは、ちょっと……」

「あら、ダメかしら。じゃあ書類作成が得意な、のほうが良いかしら……」

「う~ん。ちょっと有能、凄腕探偵って感じがいまいちしないんですよねえ」

「そうかしら? どう言えば探偵らしさが出るかしら」


 二人して頭を捻るのだが良い案は出てこない。ぐう、とジョディ―の腹の虫が大声で鳴いた。


「糖分です。糖分が足りません。疲れた脳には糖分です」

「ならシュークリームを食べに行かない? 贔屓にしている店があるの」

「行きましょう。そしておじさんにアドヴァイスをもらいましょう」

「ええ、そうね。行きましょう、ジョディ―さん。わたくしもお礼を言いたいわ」

「はい! そうと決まれば善は急げです!」


 二人が走り出す。どんどん小さくなっていく背中を見つめながら、ナ゛ァーオゥはらへった、とプッティーは空になった皿をいじりながら鳴いた。




参考文献:

西田 典之 (編集), 高橋 宏志 (編集), 能見 善久 (編集)『六法全書平成25年度版』(有斐閣)

山崎聡一郎『こども六法』(弘文堂)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぽんこつ探偵ジョディー 結城暁 @Satoru_Yuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ