幼馴染「酒に酔って一夜の過ちを犯してしまった……!」私(違うって言い辛いな……)

結城暁

【短編】幼馴染「酒に酔って一夜の過ちを犯してしまった……!」私(違うって言い辛いな……)

「私はっ、私はっ、酒に酔ってなんてことを……! すまない……!」


 頭を下げる幼馴染の金髪がふわふわとゆれる。それに反射した朝日がきらめいた。

 ここは私の自宅の自室、つまりは寝室で、私と、私の幼馴染のシオドーラは二人仲良くベッドの上にいた。

 大粒の涙を零さんばかりに瞳を潤ませる幼馴染には悪いが、こっちは寝起きがあまり良いほうではないので、起き抜けの大声は止めて欲しい。

 あと、はやく服を着て欲しい。

 しなやかについた筋肉を惜しげもなく晒し続けるシオドーラに、とりあえずシーツをかぶせた。初めて目にする脇腹と手足の傷は、話に聞いていた以上に惨たらしかった。本当に、無茶をする。生きていてくれてよかった。

 ちなみに私はきちんとタンクトップを着ている。新陳代謝の高いシオドーラの事だから、暑くて夜中に脱いでしまったのだろう。ほぼ裸だ。

 念の為に行っておくが、私達の間にはシオドーラが嘆く様な事は何もなかった。

 久しぶりに会った幼馴染兼親友と宅飲みをして、二人して泥酔した結果、同じベッドで寝てしまっただけだ。

 下半身には何の違和感もないし、そもそもいつベッドに潜ったかすらも覚えていない。もしかしたら私の方が先に寝てしまった可能性だってある。

 そして今気づいたが、これは寝起きの倦怠感ではなく、二日酔いだ。ああ、クレアに怒られる……。


「ごめん、私はなんてことを……! クレアちゃんにも申し訳ないことを……!」


 鼻声で謝り続ける幼馴染の肩を叩く。


「まあまあ、落ち着いて。大丈夫だから、とにかく今は服を――」

「でもディック! 私っ、君をけがしちゃったんだよ?!」


 着て欲しい、という私の願いはまだ叶えられないようだ。幼馴染兼親友は泣きながら喚いた。ご近所さんが近くにいない郊外に家があってよかった。

 そしてそれはどちらかと言えばわたしの言うべきセリフではないだろうか。


 なんとかシオドーラをなだめて服を着てもらい、昨夜は何もなかった事を説明しようとしたところで両手を力強く握られ、


「責任取るから!!」


 と宣言された。

 相変わらずおとこらしい。


***



「それで承諾しちゃったの?」

「ああ……」


 項垂れる私にクレアは呆れ顔だった。


「あんな必死になってるドーラに昨夜はなにもなかったとは言い辛くて……」

「うーん……。それはちょっとわかるけど」


 今朝のシオドーラの様子を思い出したクレアが眉を下げて笑う。

 あのあと行動力おばけのシオドーラは役所が開くと同時に婚姻届けをもらってきて必要事項を記入した。保護者のサインが要る年齢でもないので出せばすぐに受理される。

 けれど、指輪を買ってから出そう、と説得して今はまだ家のタンスに保管してある。

 そして近所に独り暮らししているクレアの元を訪れ、結婚報告と土下座付きの謝罪をし、クレアからの許しを得たのだった。


「たしかにあんなに一生懸命なおばさまを止めるのは難しいかもしれないけど、結婚だよ? 止めてあげたほうが……」

「うん、今はパニックになっているからね。もう少し時間が経てば冷静さを取り戻すだろうから、その時に話すつもりだよ」

「そうだね。そのほうがいいと思うわ」


 マグの中身を飲み干したクレアが流しへ片付けに行く。


「おばさま、私も手伝います」

「いやっ、ここは私が!」


 おそらくは贖罪のためだろう、シオドーラが後片付けを申し出てくれたので、気の済むまでやらせた方がいいだろうと判断し、遠慮なく頼んでいた。


「もうっ、遠慮はナシですよ! 二人でやれば早いし、これから家族になるんですから!」

「クレアちゃん……!」


 二人の会話を聞きながら苦く笑う。

 おそらく、私が本気で声を上げればシオドーラはきちんと話を聞いてくれただろう。それをしなかったのはなにも二日酔いのせいばかりではない。

 私が彼女に恋をしているからだ。


 私とシオドーラは幼い頃から仲が良かった。

 冒険者に憧れた彼女はひたすらに努力を重ねて強くなった。

 私はそんなシオドーラの力になりたくて、手先の器用さをいかし、いろいろな魔道具を開発した。

 できることなら同じ冒険者になって隣で彼女を守りたかったのだが、残念ながら私は冒険者に向いていなかったのだ。頭脳労働のほうがよほど向いていた。現在は冒険者ギルドに勤める傍ら、趣味で魔道具の研究開発を続けている。

 幼い頃からの努力が実り、頭角を現していったシオドーラはもっと難易度の高い依頼が数多く寄せられる王都へ旅立った。私はそれを誇らしい気持ちで見送った。寂しさは見ないふりをして。

 それからシオドーラとの繋がりは手紙のやり取りだけになった。

 冒険者ギルドに出入りしていれば卓越した冒険者の話はすぐに入って来る。彼女は冒険者ランクを順調に駆け上がり、すぐSランク冒険者になった。

 それからは英雄譚のような活躍を成し遂げた。

 シオドーラを謳う吟遊詩人曰く、一人で竜を倒した、異常発生した魔物の群れ一万匹を壊滅させた、ダンジョンからの救出劇など、枚挙に暇がない。

 果てにはどこぞの国王になんとかという勲章までもらい、自国からは功績を称えられ、名誉男爵の爵位まで授与された。

 その話を聞いたときには、幼馴染が手の届かない存在になってしまったと、かってに気落ちしていた当時の私が少し笑える。

 国を超えた大英雄となり、本来なら忙しく世界を飛び回っているはずの彼女がこんな田舎にいるのは、少し前に負った怪我が原因だ。

 猛毒を持つ竜との戦闘中に仲間をかばい、体を抉られた。一時は命を危ぶまれるほどの重傷を負いながらも、竜を倒しきったのは流石の一言だが、もう少し自分を大切にして欲しい。

 王都の冒険者ギルドは療養のために故郷へ戻ったと説明しているようだが、本人曰く冒険者への復帰は難しいだろう、とのことだ。

 治癒術師の治療を受け外傷は問題なく塞がり、日常生活に支障はないそうだが、毒を受けた後遺症でうまく体が動かない時があるらしい。

 Sランク冒険者ともなれば、一瞬の遅れが死に繋がる事も珍しくない。シオドーラは現役引退を決めて、この街に帰って来たのだ。

 引退記念に、と奮発したとっておきを開けた昨日の宴会は大いに盛り上がった。盛り上がりすぎた結果が今なのだが。

 私はといえば、初恋に見切りをつけ、見合いを経て妻と結婚した。

 妻の事はもちろん愛していたし、娘を設け、シオドーラの事は過去の事だと割り切ったつもりでいた。きっと、今でも妻が生きていたのならば、そうなっていたはずだ。


 妻は産後の肥立ちがよくなく、しばしば寝込むようになった。それでもクレアの面倒をよく見てくれるので、自分がクレアの面倒を見る、体が良くなるまではちゃんと休んでくれ、と言えば涙ながらの謝罪を受けた。


「……ごめんなさい」

「気にするな。産後の肥立ちが良くないのだから当たり前のことだろう?」

「違うの。ごめんなさい」


 泣きながら、妻は自分の身体が生来丈夫でない事、妊娠も出産も奇跡のようなものだった事を話してくれた。話せば嫁に行けなくなる、と周囲からは口止めされていたそうだ。


「ごめんなさい」

「それでも君が謝る事は何もないさ。話してくれてありがとう。

 私のほうこそすまない。君の身体の事にまるで気が付かなかった。鈍感な夫ですまない。これからは自分の身体の事だけを考えてくれ」


 幸い、発明品のいくつかが収入源となり、在宅でも仕事ができた。

 弱弱しく笑う妻は「ありがとう」と涙をこぼした。

 妻の事を心配して、忙しいだろうにシオドーラもたびたび顔を出してくれた。彼女が土産と称して持ってきてくれたダンジョン産の薬はありがたく使わせてもらった。おかげで妻は生きながらえる事ができたのだろう。

 妻の体調は一進一退を繰り返し、クレアが四歳を迎えるころ、ついに御空みそらへと旅立った。安らかな寝顔だったのがせめてもの救いだった。

 胸に大きな穴が開いたような空虚感に包まれた。泣けばよかったのだろうが、クレアのためにも強く生きなければと思うとそれも憚られた。

 妻の葬儀に参列するために戻ってきてくれたシオドーラは、それからしばらく滞在してくれ、クレアが母親のいない生活に慣れるまで連日家を訪れてくれた。ほとんど一緒に住んでいるようなものだった。

 娘はシオドーラのおかげでだんだんと元気を取り戻していき、半年が過ぎた頃、すっかりとまではいかないが、ほぼ元通りの明るい笑顔を見せてくれるようになった。


「おばさま!」

「ふふふ、なんだいクレアちゃん」

「うふふ、なんでもなーい!」


 笑いあう二人を見て、私もまた、自身が笑えるようになった事を知った。


 その日の夜。クレアが寝てしまったあと、二人で晩酌をした。


「明日、発つよ」

「そうか。寂しくなるな。随分長い間英雄きみ田舎ここに留め置いてしまったな。でも、本当に助かった、ありがとう」

「何言ってるんだい、冒険者は自由なものさ。知ってるだろう?」

「ああ」


 けれど、シオドーラに王都のギルドから出動要請があったのは知っていた。それも幾度も。

 どうしてもシオドーラでなければ対処不可能だと判断した依頼は全速力で片付けて、最短なら二、三日、長くても一週間で戻れるように済ませてくれたのも知っていた。


「それでも、いや、だからこそ、礼を言わせてくれ。ありがとう」

「ふふ、やだな。親友が辛い時なんだもの、傍にいるのは当たり前じゃない。私だって、何度も君が作った魔道具達に助けられてきたんだもの。持ちつ持たれつさ」

「そうか……ありがとう」

「もうっ、しつこいなあ!」


 この時にはもう再びシオドーラに恋をしていた。

 けれど、妻が御空に旅立ってからまだ半年しか経っておらず、何より私の事を親友だと思ってくれているシオドーラに想いを告げるのは戸惑われた。

 結局、私は何も言わず、ぐずるクレアと一緒にシオドーラを見送った。

 そうして年に一回程度だけれど、里帰りしてくるシオドーラを心待ちにしながら待つクレアと共に、年月は過ぎて行った。

 研究と開発しか取り柄のない不器用な父親だという自覚はある。何しろクレアに冗談交じりではあったが、面と向かって言われた。

 そんな男手ひとつで育ったというのに、クレアは本当に良い子に育ってくれた。きっとシオドーラのおかげだ。私一人ではこうはいかなかったに違いない。

 クレアが十八になり、魔具師の弟子となり、独り暮らしをするようになっても、私はシオドーラに告白できなかった。

 臆病な私は、シオドーラも親友だと思っている奴に告白などされたくないだろう、と諦めていたのだ。


 クレアの家を出て、未だばつが悪そうにして歩くシオドーラの手を取り、笑いかけた。シオドーラからは戸惑うような、遠慮がちな笑みが返ってくる。

 ああ、そんな顔をさせたい訳ではないのに。


「まずは君の食器を揃えようか」

「う、うん」


 妻の部屋はとっくの昔に整理していた。妻は寝た切りが多かったので、私の寝室が妻の部屋だったようなものだ。彼女が夜中に起こすと悪いから、とベッドは別にしていたので今の私の部屋は他より少し広めだ。

 娘の部屋は今は客室になっている。もうひとつの客室をシオドーラの部屋にする事にして、さしあたって必要なものを二人で揃えていく。

 食器を選ぶ楽しそうなシオドーラの様子を見ながら自嘲した。

 冷静になれば結婚を止めるはずだと婚姻届けを出さなかったくせ、こんな逃げ道を塞ぐような真似をして。

 夢ならば覚めないで欲しい。冷静さを取り戻さないで欲しい。

 そんな身勝手な願いばかりが浮かんで、たまらず目を閉じる。ああ、本当に自分はずるい人間だ。


***


 シオドーラと暮らし始め、数日が経った。私には何の不満もない。

 シオドーラと過ごす時間は楽しすぎて、ギルドに出勤するのが億劫になるくらいだ。

 シオドーラのほうは同居を始めてからずっと罪悪感を抱いているようで、私に対する態度はまるで壊れ物を扱うように慎重だった。豪放磊落を絵にしたシオドーラには似つかわしくないように思えた。


「シオドーラ、ちょっといいかな。話があるんだ」

「う、うん」


 改まった態度の私に、シオドーラはやはり緊張しているようだった。

 自分には緊張をほぐすための紅茶を、彼女には甘めのココアを淹れる。しかし私にも、彼女にも緊張をほぐす効果はあまり得られなかった。

 まず、私は黙っていたことを謝罪し、それから言い出せなかった事を謝り、誤解を正せなかった事に頭を下げた。


「すまない、ドーラ。君に居心地の悪い思いをさせてしまった。もっと早く言い出すべきだった」

「そんなの! もとは私が勘違いしたからで! ごめんね?!」


 でも、と彼女は笑う。数日ぶりに見る、力の抜けた笑みだった。


「よかったよ、間違いがなくて」


 大好きなその笑顔が、今は怖い。

 私は努めて呼吸を整えた。うう、手汗がひどい気がする。静まれ、むしろ止まれ、私の心臓。

 テーブルの上のシオドーラの手に、自分の手を重ねる。

 びくり、とシオドーラの肩が揺れた。


「でも、私はこのまま君と結婚がしたい」


 シオドーラの瞳が大きく開かれた。

 いつだってきれいな、風に吹かれる広大な麦畑のような黄金色に、自分の強張った顔が映っている。


「好きだ、シオドーラ。どうか、私の伴侶になって欲しい」

「………」


 数秒、茫然とした様子だったシオドーラが私の言葉を咀嚼し、それから頬に朱を上らせた。

 今度はこちらがおや、と目を見張る番だった。


「……気持ちは、嬉しいよ、すごく。でも、私、……その、おばさん、だし」

「私だっておじさんだ。ちょうどいいんじゃないか」

「でも、ええと、たぶん……、もう子どもは産めない、し……」

「子どもが欲しいだけならまず養子を考えるさ」

「うう……、でも、私……、その………この年で、男の人と付き合ったこと……ないし………」

「……まあ、君はSランク冒険者としてひっぱりだこで、平和のために大忙しだったんだし、珍しくもないと思うよ」


 たぶん、と心の中で付け加えておいた。

 顔どころか耳まで真っ赤にしたシオドーラはうろうろとさ迷わせた瞳を伏せる。


「でも……君の、奥さんに……ウェンディに、悪い」

「……ウェンディの事を言われると強く出れないけど」


 私はシオドーラの手に重ねた自分の手に少しだけ力をこめた。シオドーラの手は変わらず暖かい。

 子どもの頃、転んで泣きじゃくる私の手を引いてくれたシオドーラを思い出した。うん。私、かっこ悪いな。


「ウェンディは私の幸せを願ってくれてると信じてる」

「………」


 私がそう信じていたいだけだけれど。

 身体の事を黙っていて申し訳ないと、事あるごとにこちらを気遣ってくれるような女性ひとだったから、頭ごなしに反対はしないだろう、と思う。

 これも私がそう思いたいだけなのだけれど。


「もしもウェンディに許してもらえないのだとしたら、御空に旅立った時に誠心誠意謝るよ。土下座で」


 シオドーラがちょっと笑った。

 その拍子に目尻に溜まっていた涙がこぼれる。

 こぼれた涙を拭って、震える唇に触れるだけのキスをした。


「……責任、取るから」

「……ふふ。それ、私のセリフだよ」


***


「という訳で、結婚しました」

「おめでとう!」


 朝一番に婚姻届けを提出し、お揃いの指輪を受け取った帰り道、クレアに二度目の報告をしに行った。

 クレアに手放しで祝福され、シオドーラは照れていた。かわいい。


「ふふっ。おばさまがお母さんになるなんて嬉しいっ! 今度、二人で買い物にいきましょ!」

「う、うん。私も嬉しいよ。クレアちゃんのお母さんになれるなんて」


 照れるシオドーラに和んでいたら、クレアに叱られた。


「ほら、お父さんぼやぼやしない! もう出勤でしょ?」

「今日は午後からだよ」

「なあんだ。おばさま……お母さんを独り占めできると思ったのに」

「クレア……」


 まったく。シオドーラの遅い春を邪魔しないで欲しい。私の為にも。

 けれど、これからは二人で過ごす時間が増えていくばかりなのだから、多少は大目に見よう。


 私は知らない。シオドーラの弟子が凄腕の治癒術師と共に訪れ、シオドーラの後遺症をあとかたもなく直したあとに巻き起こる日々の忙しさを。

 微塵も知らずに、シオドーラとのんびり笑いあうのだった。

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幼馴染「酒に酔って一夜の過ちを犯してしまった……!」私(違うって言い辛いな……) 結城暁 @Satoru_Yuki

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