第59話 真里姉と運営からの接触


 大変だったイベントも、最後はみんなと笑いあって終えることが出来た。


 けど無茶をしたせいか、翌日は熱を出してベッドに付けられたセンサーが盛大に鳴動めいどうし、真人まさと真希まきに随分心配をかけてしまった。


 そうせざるを得ない状況だったとはいえ、反省だね。


 病院で診てもらい、2〜3日安静するように言われ、大人しく頭と体を休めた翌日。


 熱も引いて体調も良くなった私は真人に起こされ、運ばれ、3人で朝食をとっていた。


 朝食は私の体調を考慮してくれたのか、たくさんの野菜を細かく刻み、擦り下ろした生姜と隠し味に梅干しを入れた、栄養もあってお腹にも優しいおかゆだった。


「美味しい……真人は本当に料理が上手になったね」

 

「だろう? 真里姉……にはまだおよばないだろうけどな」


 ちらりと真希の反応をうかがわなくてもいいのに。


 隣では真希が『へえ、ちゃんとわきまえてるじゃない?』って目を向けていた。


 この弟妹ていまいは、相変わらずだね。


 私がくすくす笑うと、お粥をき込んでサクッと食べ終えた真希が勢いよく尋ねてきた。

 

「お姉ちゃんに質問! 熱を出して心配したわたしと真兄に、罰としてゲームの中で何があったか説明を要求するよ!!」


「既に質問じゃなくなってるんだけれど……そうだね、本当に色々なことがあったから、2人には聞いてもらいたいかな?」



 朝食を終えた私達3人は、広いリビングに置かれたソファーに場所を移した。


 左隣に真人が座っているのはいいとして、


「どうして私は真希の上に乗せられているの?」


「だっていつも真兄ばっかお姉ちゃんを抱っこしてるんだもん! 私だってお姉ちゃん成分をもっと堪能したい!!」


「お姉ちゃん成分って……」


 私はサプリとかじゃないんだよ?


 というか真希、私お姉ちゃんだからね?


 こんな体勢、私の方が妹に見え……はっ。


 背中に感じる、柔らかな2つの感触。


 において真希に越されているのは、目覚めた時から分かっていたけれど、この弾力の豊かさ、さらに成長しているのは明らかだった。


 一方、私はというと、成長どころかむしろ退化しているとしか思えない。


 パジャマの隙間に目を向け上から覗き込むと、胸からお腹まで、実に見通しが良かった。


「……真希の苛めっ子」


「なんで!?」


 訳も分からず慌てる真希に、ごめんごめんと謝ると、真人が軌道修正してくれた。


「で、そもそもどんなイベントだったんだ?」

 

「と、何があったかの説明だったね。じゃあ、まずは公式サイトを開いてもらっていいかな? そこに概要が載っているから」


「分かった」


 壁に備え付けてある大画面ディスプレイに、公式サイトを映してもらう。


 公式サイトには第1回公式イベント終了のお知らせが書かれていたけれど、イベント概要はそのまま載っていたので、概要を元に私が見聞きしたこと、感じたことを話していった。


 厳密にはイベントの前からイベントは始まっていたようなものだけれど、そこは省略で。


 イベント開始時点から話すと、2人は最初ワクワクした様子で聴いてくれていたのだけれど、攻略組が出てきた辺りから雲行くもゆきが怪しくなり、彼等がイベントを去る場面では、私を抱きしめる真希の腕に力が入り過ぎ、真人が止めに入る一コマもあった。


 やがてみんなに協力してもらったおかげでのイベントクリアと、その後の表彰。


 そこでランキングトップになったことを話すと、2人はことのように喜んでくれた。


「さすが真里姉。しかしなんつうか、王道の少年漫画みたいな展開だな。1人で立ち向かい、それに呼応こおうする仲間達。最後は協力し合って目的を達成……熱いぜ」


「真兄好きだもんね、そういうの。わたしはお姉ちゃんが活躍して、評価されたので大満足だよ! 特に表彰で最下位からのトップに躍り出たところは最高だね!! あ〜あ、わたしも一緒に『ざまぁっ!』って言いたかったなぁ。ねえ、動画とかないの?」


「動画!?」


「誰かしらアップしてそうだもんな。よし、検索してみるか」


「ちょっと待って。私の動画なんて、誰もアップしていないと思うよ?」

 

 そもそも、撮られてすらいないと思うんだけれど。


 私はトッププレイヤーでも、有名プレイヤーでもないのだから。


「ヒットしたぞ。すげ、1000件超えてる」


「ふぁっ!?」


 思わず変な声が出た。


「……ん? おかしい、ヒットはするが全部削除されてんぞ。削除ってか、凍結?」


「凍結?」


 私が尋ねると、困惑したように真人が教えてくれた。


「『この動画はカドゥケウス社からの申告により公開を保留しています』だってさ」


「カドゥケウス社?」


「カドゥケウス社は、お姉ちゃんがやっているMebius World Onlineの制作会社だよ。でも変だね。今時のゲーム会社なら、むしろネットにアップするのを推奨すいしょうするくらいなのに。その方が宣伝になるしね」


 さすが情報通の真希の言葉には説得力がある。


 というか、Mebius World Onlineの制作会社って、カドゥケウスっていうんだね。


 これだけお世話になっておきながら、初めて知ったよ。


「何か思惑おもわくがあるのかな……っと、着信だ。あれ?」


 見上げると、スマホの画面を見ていた真希が首をかしげていた。


「どうかしたの?」


「えっとね、たった今話していたカドゥケウス社からの連絡だった。お姉ちゃんに話したいことがあるんだって」


「私に?」


「うん。いつでも都合がいい時に、できれば対面でだって。対面といっても、ネット越しだけど」


「おい真希……」

 

「分かってるよ、真兄。見知らぬ人にお姉ちゃんを会わせたりしないよ、勿体ない。今連絡くれたのは私が個人的に知っている人だから、大丈夫」


「そういうことなら、まあいいが」


「真兄の過保護シスコンっぷりもブレないよね」


「お前今、変な意味込めただろ?」


「はいはい、真希もあおらないの。真人は、私が見せ物みたいになるのを心配してくれたんでしょう? ありがとう」


「いやっ、俺は別に……」


 そう言って目をらすけれど、耳まで赤くなっているところが、この弟の可愛いところだ。


「お姉ちゃんはどうしたい?」


「そうだね……今から話せるかな? それと出来れば真人と真希にも、一緒にいてもらいたいんだけれど」


「勿論だよ!」


「聞くまでもないな」


 2人揃ってビシッと親指を立てる。


 ほんと、こんな時だけ息ぴったりなんだから。


 苦笑しつつ、私は真希にお願いして返信してもらうと、やがてディスプレイにカドゥケウス社からの通知を表すアイコンが表示された。


 真人が改めて目で確認してきたので頷くと、通知が開かれ、共有の許可を承諾すると、向こう側の映像が表示された。


 そこに映っていたのは、調度品も何も無い殺風景さっぷうけいな部屋に佇む、ショートカットの女性だった。


 年齢は30代後半くらいかな。


 オフホワイトのタイトなジャケットの下に黒のワンピースを合わせていて、女性らしさを出しつつも甘くなく、りんとした感じがする。


「初めまして。私、カドゥケウス社広報担当、結城ゆうき セラと申します。この度は突然のご連絡にも拘らず、こうしてお時間頂き、誠にありがとうございます」


「初めまして、秋月あきづき 真里まりといいます。Mebius World Online、いつも楽しく過ごさせて頂いています」


過分かぶんなお言葉、痛み入ります」


 私が返すと、口元を上品にほころばせ、笑みを見せてくれた。


「こんにちは、結城さん! こうして顔合わせるのは久しぶりだよね。お姉ちゃん宛だったけど、わたしと真兄が一緒でも構わない?」


 私の頭上から体をぐっと乗り出し、真希がいきなりの要求。


 知り合いだと聞いてはいたけれど、その距離感はいいの?


「ええ、勿論です。むしろご同席頂いて、ご家族としての視点からご意見頂ければ、我々としても安心です」


 あっさり許可してくれたのは良かったけれど、真希、どこまで顔が広いのよ……。


「今回、不躾ぶしつけながらこうして直接お話しさせて頂いたのは、Mebius World Online 第2陣向けソフト販売時のプロモーション映像に真里さん、いえ、マリアさんを起用させて頂きたく、お願いに参りました」


「は?」


 ずいぶん間の抜けた声が出たと、自分でも思う。


「プロモーションって、宣伝みたいなものですか?」


「その認識で間違いありません」


「それに、私が?」


「はい」


「いやいやいや、なんで私なんですか!?」


「なんでと申されましても、イベントランキングトップという、十分な実績をお持ちではありませんか」


「あれは、みんなのおかげで……」


「そうかもしれません。しかしマリアさんがいなければ、イベントのクリアはなかった。それが我々運営の見解けんかいです。プロモーションには、マリアさん以上に相応ふさわしい方はおりません」


「そう言われても……」


 あまりに突然で、そして大きな話に思考が追いつかないよ。


「ちょっといいか?」 


 助けるように話をさえぎってくれたのは、これまで黙っていた真人だった。


「それって真里姉が注目されるってことだよな。良い意味でも悪い意味でも。悪い意味の時、あんたら運営は何をしてくれるんだ?」


 初対面でも物怖ものおじしない真人が凄い!


「マリアさんに対する悪意ある投稿の監視強化、削除、差し止めを行います。現在も、イベント中に撮られたマリアさんの動画は、見つけ次第保留申請を行っています」


「全部後手ごてだな、話になんねえ」


「結城さん、こればっかりはわたしも真兄に賛成かな。リスクしかないよね? あ、ちなみにメリットの提示は不要だよ。ゲームバランスを崩すようなことは出来ないだろうし、残るのはお金くらいでしょ。それはわたし達にとってリスクに見合うメリットにはなり得ない。いくら積まれてもね」


「真人、真希……」


 言い切る2人に対し、結城さんは何の弁解べんかいもしなかった。


「もっともなご指摘です。そしてリスクをくつがえすメリットを、我々は提示できません。ですから、これは我々からのになります」


 淀みない口調は、まるで2人の反応を予想していたかのよう。


 そしてではなく、


 それなのに、なぜか結城さんはある言葉を口にしないことに気付いた時、私は結城さんがが分かった気がした。


「ご無理を承知で申し上げます。Mebius World Onlineを1人でも多くの方に知って頂くため、どうかご協力お願い出来ないでしょうか」


「だから、ただの宣伝に一個人を巻き込むんじゃねえって!」


 腰を浮かしかけた真人を、私は止めた。


「もういいよ真人、ありがとう」


「真里姉……」


 目で座るよううながし、渋々しぶしぶといった感じで腰を降ろした真人を確認してから、私は結城さんに話しかけた。

 

「結城さん、1つだけ聞いてもいいですか?」


「なんなりと」


「どうして、今更Mebius World Onlineを知ってもらう必要があるんですか?」


「……」


 やっぱり、そういうことか。


「真里姉、どういうことだ?」


「わたしも分かんないよ、お姉ちゃん!」


「簡単なことだよ。βテストも、正式サービスの時も、Mebius World Onlineというソフトは凄い人気だったんでしょう? それなら、第2陣の募集だとしても、宣伝にそこまで力を入れる必要ってあるのかな? 仮にあっても、私にこだわる必要はないよね?」


「「!!」」


「……」


「私に拘るのは、私という冒険者の目線を通じて、Mebiusという世界のコンセプトを伝えたいからだと思ったんですけれど、違いますか?」


「……ご推察すいさつの通りです」


 結城さんが、わずかに痛みをこらえるような表情を見せた。


「コンセプトを知ってもらえれば、第2の街で起きたような、悲しいことを少しでも防げるかもしれない。でもそれを言ったら私が断れないと思ったからこそ、言わないでくれていたんですね」


「っ!」


 目を見開いて驚く様子に、私が感じたことは間違っていなかったと確信が持てた。


 そこまで考えてくれた上で、こうして話してくれていたんだね……。


 私が真人と真希を見ると、2人共、仕方ないなあという感じで肩をすくめていた。


「2人にはまた心配かけると思うけど、ごめんね?」


「謝るくらいなら断って欲しいんだけどな……真希は?」


「わたしも断って欲しいけど、お姉ちゃんらしいもんね?」


 自分の考えを口にしながら、それでも私に判断を任せてくれる真人と真希には、感謝だね。


 結城さんに向き直り、私は自分の意志を伝えた。


「結城さん、プロモーションの件、お受けします」


 私がそう言うと、結城さんは立ち上がり、深々と頭を下げた。


「……ありがとう、ございます。カドゥケウス社を代表して、そして私個人として、感謝致します」



 息抜きとして勧められて始めた、Mebius World Onlineというゲーム。


 そのプロモーションにまさか私が出ることになるなんて、ゲームを始める前の私に言ってもきっと信じなかったと思う。


 その後、私はちょっとした確認とお願いを結城さんに伝え、検討してもらうことになった。


 そして結城さんからは、様々なアングルから捉えた、プロモーションで使う予定の私のノーカット動画を提供すると言われたけれど、そんな物は要りません。


 自分が映っている動画を見て楽しむ趣味は、私にはない。


 なので全力でお断りしようとしたのに、止める者が2人。


「これは心配かけた罰ということで、没収だよ!」


「ゲーム内で問題が無いか確認するのも家族のつとめってやつだな、うん」


 真希が私を抱き締めている間に、真人が動画を受領、そして流し始める。


 この弟妹うらぎりものめ!!


 その日、2人は私の動画を見ながら遅くまで大いに楽しんだようだった。


 私? 私は病み上がりだから大人しく寝ていたよ?


 不貞寝ふてねを決め込んでいた訳じゃないんだからね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る