第37話 真里姉と第1回公式イベント(白と緋の衝撃)


 クーガーを喚んだ私はその背に乗ると、すぐに【操糸】で鞍を2つ作った。


「マレウスさん! カンナさん!」


 私の呼びかけに応え2人が鞍に跨ったのを確認し、ジャーキー を食べ料理バフによってAGIを向上させてからクーガーに告げた。


「行こう、クーガー!」


「グオゥッ!」


 その場で一声咆えると、クーガーが爆発するような勢いで駆け出した。


 急激な加速で体が持っていかれそうになるけれど、【ライド】スキルが上がっていたせいか、なんとか耐えられる。


 周囲の景色を猛スピードで置き去りにしていく最中、ネームドの奇襲にどう反応したらいいか立ち止まっていた冒険者達が、私達を見て一様に驚愕の表情を浮かべているのがちらりと見えた。


 そういえばまだ乗れるモノが無いから、騎乗しているのが珍しいのかな。


 あれ、でも馬じゃないから熊乗? 熊の音読みがユウだから、熊乗か。


 仲良くなってしまいそうだね。


 クーガーはあっという間にモンスターの群れに迫ると、雑魚を前にしても速度を落すことがなく、その大きな体で次々と撥ね飛ばしていった。


「クーガーすごいっ!!」


「さすが俺達が生んだだけあるな」


「まるで雑魚がゴミのようね。意味が似てて言い回しは微妙だけど」


 私達が褒めると、クーガーが誇らしげに鼻を鳴らしたような気がした。


 おかげで最短距離を突っ走ることができるよ!


 モンスターを蹴散らしながら進むその前には、ネームドの攻撃を必死に防ぐ後衛の一団が。


 けれど後衛だけでは圧倒的に防御力が足りず、杖や魔法で必死に応戦しているけれど、既に何人かはダメージを受け地面に倒れている状況だった。


 そんな中、一団から離れ範囲魔法を打ってネームドの注意を引きつけようとする魔道士ジョブの冒険者の姿があった。


 その行動は確かにネームドの注意を引いたけれど、その代償に複数のネームドに囲まれる結果となっている。


 覚悟を決めて抗おうとするその姿に、熊の外見をしたネームドの豪腕が振り下ろされる。


 でもそれはさせない!

 

 私の意図を汲んだクーガーが風の盾、風哮を展開する。


「伏せて!」


 私が声を発したのと、魔道士ジョブの冒険者が咄嗟に伏せるのと、クーガーが囲んでいるネームドに背後から襲い掛かるのにどれだけの時間差があったのか。


 クーガーの風哮を加えた突進は、ぶち当たったネームドを吹き飛ばしただけでは収まらず、熊のネームドとその直線上にいたモンスター全てを巻き添えにして、数十mもの空白地帯を作り出した。


 そして空白地帯の始まるギリギリの所で、恐る恐る周囲を伺う魔導士ジョブの冒険者の姿があった。


 良かった、間に合って。


「でかしたマリア! 前言撤回、お前はクーガーと一緒に暴れてこい!!」


「こっちはワタシとマレウスちゃんでなんとかするから安心していいわよ!」


 クーガーから飛び降りたマレウスさんとカンナさんが言うけれど、ちょっと待って、暴れるって何!?


「引き付けるのが私の役割でしたよね!?」


「あれだけの威力を見せといて何を今更。それにもう周囲のモンスターの注意はお前に向いている。どのみち暴れないと死ぬぞ」


「マレウスさんの鬼!」


「安心してマリアちゃん! こういう”分かり易い状況”にはどハマりする子が猛追しているから大丈夫よ!!」


 私の後ろを指差して言うカンナさんにつられ振り返ると、そこには信じられない光景が繰り広げられていた。


「へっ?」


 間の抜けた声が自分の口から漏れた気がするけれど、それどころではない。


 クーガーと一緒に突破した跡を、1人の良く見慣れたはずの女性が駆けている。


 徒歩でありながらその速さは異常で、距離がそれ程離れていないことにまず驚いた。


 でもそれはまだマシで、さらに異常なのは彼女の進路を妨害しようと集まるモンスターの悉くが、HP消失時の現象を残し消え去っていることだ。


 モンスターが消える直前、彼女の体が僅かにブレた気がしたので、多分攻撃はしているのだろう。


 けれど、それがどんな攻撃なのかはまるで見えなかった。


 それを成したであろう女性の顔には、なぜかトレードマークのぐるぐる眼鏡は無く。

 

 緩やかな曲線を描いていた浮かんでいた笑みは、今や犬歯を剥き出しにした獰猛なそれに変わっている。


「ルレット……さん?」


「裁縫連盟の長ってのも間違いじゃないが、全てじゃねえ。βとは名前も姿も変えてるから気付いてない奴も多いけどな」


「β時代のルレットちゃんはね、拳闘士系のトップだったの。そして本来の名前とは別に、二つ名を持っていたのよ」


「二つ名?」


 私の疑問に、2人が同時に答えた。

 

「「緋眼ノ女鏖ひがんのじょうおう」」


 まるでその名で呼ばれることを待っていたかのように、俯き気味な顔を持ち上げたルレットさんの眼は、二つ名が表す緋色の光に妖しく彩られていた。

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